第126号
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水体堆積物重金属汚染リスク評価の研究の進展(その1)

2017年 3月28日

陳明:江西理工大学江西省砿冶環境汚染控制重点実験室 副教授

博士。主な研究テーマは水処理技術。

蔡青雲,徐慧,趙玲,趙永紅:江西理工大学江西省砿冶環境汚染控制重点実験室

概要:

 堆積物は、水体中の重金属の主要な凝集地であり、水体堆積物の重金属のリスク評価を行うことは、水体中の重金属汚染状况を知る有効な手段であり、管理部門への政策決定の根拠の提供を可能とする。本稿は、中国の水体堆積物の重金属のリスク評価の研究対象と評価基準を分析し、中国内外で現在常用されている水体堆積物の重金属汚染のリスク評価方法を総合的に論じたものである。中国で現在、水体堆積物のリスク評価がかかわる水体には主に、湖沼と河川、ダム、海洋があり、湖沼と河川の重金属汚染リスク評価研究はダムと海洋よりも多い。水体堆積物の重金属リスク評価にかかわる重金属にはHgやCd、Cr、Pb、Mn、Cu、Zn、Ni、Co、Asなどがあり、このうち90%以上の水体堆積物重金属リスク評価にはPb、Cu、Znがかかわり、この3種の重金属汚染が広まっていることがわかる。これに続くのはCd、Cr、Asだった。重金属Wの水体中のリスクはまだ重視されていない。水体堆積物の重金属汚染リスク評価にかかわる評価指標には、重金属の含有量、重金属の形態分布・空間分布の特徴などがあり、重金属の含有量が主にリスク評価の指標とされている。重金属の空間分布の特徴の分析がこれに続き、重金属の形態分布の分析は比較的少ない。中国の水体堆積物の重金属リスク評価の基準はまだ整っておらず、基準の選択は多様で、評価の目的や水体の状況に基づいて適切な評価基準を選ばなければならない。中国内外で現在よく用いられている水体堆積物重金属汚染リスク評価方法は主に、土壌蓄積指数法、堆積物濃縮係数法、堆積物クオリティ基凖法、潜在生態リスク指数法、汚染負荷指数法、ネメロー総合指数法、二次相・原生相比較法などが含まれる。本稿では各評価方法の長所と短所を分析した。土壌蓄積指数法と堆積物濃縮係数法、汚染負荷指数法、ネメロー総合指数法はバイオアベイラビリティが取り入れられておらず、潜在生態リスク指数法は生物の毒性学と生態学の内容を考慮したものだが不足している部分がある。水体の堆積物中の重金属の毒害についての健康リスク評価は少なく、異なる毒性データの統一のための方法と原理にもさらなる研究が待たれている。

キーワード:水体堆積物;重金属;評価対象;評価基準;評価方法

 重金属は、自然界において危害の比較的深刻な汚染物の一種であり、危害の長期性、比較的強い生物毒性、食物連鎖の濃縮拡大効果などの特性を持っている(EDGARら、2010;張傑ら、2014)。重金属汚染物は、水文学的循環過程を通じて水体系統に入り、一定の時間の凝集・沈殿を経て、受納水体底部の堆積物に蓄積する。堆積物の重金属の濃度は一般的に、水体中よりも何桁も高く(賈振邦ら、2000)、自然の退化過程によって遷移・分解せず、堆積物中に長期的に蓄積・保存され、水体汚染の内因となり、一連の物理的・化学的・生物的な作用を通じて、水体生態環境に持続的に危害を加え、食物連鎖を通じて人類の健康を害する可能性がある(KAUSHIKら、2009;尚林源ら、2012)。水体中の重金属は主に堆積物中に濃縮されることから、水体堆積物中の重金属の含有量と分布、リスク評価などの研究は、水体中の重金属汚染状况を知る有効な手段であり、人為的な活動の水体汚染の程度を反映することができ、管理部門に政策決定の根拠を提供することを可能とする(牛燕霞ら、2014;宋学兵ら、2014)。米国環境保護局(EPA)は、水体堆積物の重金属検査測定を水体環境評価の重要な手段としている(EPA/600/R-12/11)。水体堆積物の重金属の汚染評価はすでに、現在の水環境研究のホットな問題となっている。

1 水体堆積物重金属汚染リスク評価の研究対象

 本稿は、CNKI中国学術雑誌全文データベースと維普中文科技学術雑誌全文データベースからここ30年の関連文献を検索し、EXCELを用いて分析・統計し、水体堆積物重金属汚染リスク評価にかかわる水体類型と重金属元素、関連評価指標の分布を得た(図1~図3)。

 図1からは、中国の水体堆積物重金属リスク評価にかかわる水体は主に、河川と湖沼、海洋、ダムがあり、湖沼と河流の重金属汚染に対するリスク評価の研究がダムと海洋よりも多いことがわかる。これは主に、中国の湖沼と河川が比較的多く、人類の居住区とのかかわりが広く、人類の活動の影響が大きいことと関係している。

図1

図1 リスク評価中の各水体の割合

Fig.1 Proportion of various water bodies in risk assessment

 水体堆積物重金属汚染リスク評価にかかわる主要重金属は図2に示す通りである。危害の比較的大きいものとしてHg、Cd、Cr、Pb、危害の比較的小さいものとしてMn、Cu、Zn、Ni、Coがある。Asは原子価が可変で、性質が金属と類似しているため、評価対象に入れられている。図2のように、水体堆積物重金属汚染リスク評価の90%以上の堆積物にはPb、Cu、Znが見られ、この3種の重金属の汚染が広がっていることがわかる。評価対象での比率がこれに次いで高かったのはCd、Cr、Asだった。

図2

図2 リスク評価中の各種重金属の割合

Fig.2 Proportion of various heavy metals in risk assessment

 注目すべき点は、タングステンは、一種の水不溶性金属で化学的惰性を示すことから、かなり長期にわたって顕著な生態毒性と環境影響はないと考えられ、生態環境安全性は基本的に無視されていたということである。21世紀に入って以降、先進国で発生したタングステン汚染事件から、タングステンの生態安全性は徐々に幅広い関心を集め、重視されることとなった。例えば米国ネバダ州ファロン市(Fallon、Nevada)などの地区で発生した環境タングステン汚染による児童の白血病の高罹患事件(2005)などが挙げられる。米国環境保護庁(USEPA)は2008年、タングステンを正式に新興環境汚染物とし、タングステンの生態環境安全性に対する全面的な審査と再評価を行うことを決定した。ロシアはすでにタングステンを危険性の高い水体汚染物と認定している(STRIGUL、2010)。

 現在、水体堆積物の重金属のリスク評価でタングステンを扱った研究はほとんど発表されていない。中国は、世界のタングステン資源国であり、タングステン生産大国であり、関連地域で水体堆積物重金属Wのリスク評価を行うことは、重金属汚染の防止に重要な意義を持っている。

 水体堆積物の重金属汚染リスク評価にかかわる評価指標には主に、重金属の含有量、重金属の形態分布・空間分布の特徴などがあり、比率は図3に示すとおりである。図3からわかるように、評価においては主に重金属の含有量がリスク評価の指標とされ、重金属汚染リスクの空間分布の特徴の分析が続いている。堆積物中の重金属はさまざまな化学形態で存在しており、重金属の賦存形態はその生物毒性と生態影響にかかわる主な要素の一つとなる。賦存形態の違いに応じて、化学反応や遷移性、生物的利用可能性、潜在的毒性の面で、異なる物理的・化学的挙動を示す。そのため重金属の形態を生態リスクの大きさに影響する重要な要素とする必要がある(WANGら、2007;廖天鵬ら、2014;王爽ら、2012)。現在、重金属の形態分布の汚染リスクの分析は少ない。

図3

図3 リスク評価中の各評価指標の割合

Fig. 3 Proportion of various assessment indexes in risk assessment

2 水体堆積物重金属汚染リスク評価の基準

 評価基準は、評価結果の科学性と有効性に直接関係する。そのため評価基準の選択は極めて重要となる。国外では、1980年代前まで主に、バックグラウンド値を評価基準としており、80年代以降、環境基凖に基づく標準の研究が始められた。米国は1991年、最初の水体堆積物地域性環境基準、ピュージェット湾堆積物環境管理基準を発表した。中国は、水体堆積物重金属汚染評価基準の研究で一定の成果を上げ、2002年には「海洋堆積物質量標準」を打ち出した。だがその他の水体堆積物の面では統一的な評価基準がなく、河川などの水体堆積物の環境評価は通常、環境バックグラウンド値と関連基準を評価基準に選んでいる。環境バックグラウンド値を評価基準に採用することは、直観的ではっきりとしており、操作が簡単だが、生態影響が考慮されていない。関連基準を評価基準とすることは、堆積物が環境機能の要求に合致するかを大まかに評価することを可能とするだけで、照準を欠いている。

 現在、堆積物の重金属汚染に関する評価基準の選択は多様で、実際の応用においては一般的に、評価の目的や水体の状況に基づいて適切な評価標凖が選ばれている。喬敏敏ら(2013)は、北京市の土壤バックグラウンド値を基準とし、密雲ダムに流れ込む河川の堆積物中の重金属リスクを評価した。安立会ら(2010)は、近海の漁業産品の品質に対する渤海湾河口の堆積物の重金属の影響を研究した。国家の無公害食品・水産品のための有毒・有害物質制限量「NY5073─2001」と海産鮮魚品質基準「GB/T18108─2008」が採用された。李梁ら(2010)は、底質ガイドライン(SQGs)を採用し、テン池の底泥の重金属汚染のリスク評価を行った。胡国成ら(2011)は、「土壤環境質量標準」(GB15618─1995)I級基準を利用して、長潭ダム堆積物中の重金属の汚染状況を評価した。田海涛ら(2014)は、茅尾海の表層堆積物中の重金属の潜在的な危害を評価し、世界的によく用いられている工業化以前の堆積物中の重金属の世界最高バックグラウンド値を基準とした。

その2へつづく)

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※本稿は陳明,蔡青雲,徐慧,趙玲,趙永紅「水体沉積物重金属汚染風険評価研究進展」(『生態環境学報』第24卷第6期(2015年6月)、pp.1069-1074)を『生態環境学報』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司