中国のトウモロコシの「農業供給側構造改革政策」の推進(その1)
2017年 4月 6日
白石 和良:元農林水産省農業総合研究所海外部長
略歴
1942年生れ
1966年 東京大学法学部政治学科卒、法律職で農林省入省
1978年~1981年 在中国日本大使館一等書記官
1987年 研究職に転職、農業総合研究所で中国の農村問題、食料問題等を研究
2003年 定年退職 以降フリーで中国研究を継続
はじめに
筆者は、一昨年(2015年)12月に本欄に「中国の『食糧安全保障政策』の概要と実態」 を寄稿した際に、中国ではトウモロコシについて極めて厳しい生産調整政策が開始される旨述べておいたが、その政策実施に至るまでの経緯やその後の進展状況などを把握できたので、それらの概要を紹介する。また、最近の中国農政界を席巻している感のある「農業供給側構造性改革」という言葉についても若干報告したい。以下では、先ず昨年の中国農業の生産結果を概観し、その中でのトウモロコシの減産を確認し、次いで、トウモロコシの減産政策推進の原因、政策の概要、政策の効果を概説し、最後に「農業供給側構造性改革」との関連を含めて、中国の近年の農業構造調整の推進経過を述べる。
1.昨年(2017年)の中国農業の生産結果
先ず、昨年の中国農政の成績表とも言うべき農業生産結果を概観する。昨年の農業生産結果に関する中国政府の公式データは、現時点では、国家統計局がこの2月28日に公表した「2016年国民経済及び社会発展統計公報」(以下、「16年統計公報」)が唯一である。そのため、ここでは、このデータに基づいて、昨年の農業生産結果を考察する。考察の方法としては、主要農産物の対前年増減率を見るのが、最も簡単で、分かりやすいと思われる。そこで、16年統計公報で公表されている19品目(食糧、穀物、米、小麦、トウモロコシ、綿花、油料、糖料、茶、肉類、豚肉、牛肉、羊肉、家禽肉、牛乳、水産物、養殖水産物、捕獲水産物の19種)について、それらの2012年~2016年の5年間の対前年増減率をまとめた。その結果が表1である。
注:統計公報未掲載の場合は『中国統計年鑑』の数値から計算した。 出所:国家統計局「統計公報」各年版、『中国統計年鑑』各年版。 |
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2012年 | 2013年 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | |
食糧 | 3.2% | 2.1% | 0.9% | 2.4% | -0.8% |
穀物 | 3.8% | 2.5% | 0.8% | 2.7% | -1.2% |
稲谷 | 1.6% | -0.5% | 1.4% | 0.8% | -0.6% |
小麦 | 2.7% | 0.6% | 3.5% | 3.2% | -1.0% |
トウモロコシ | 8.0% | 5.9% | -1.3% | 4.1% | -2.3% |
棉花 | 3.8% | -7.7% | -2.2% | -9.3% | -4.6% |
油料 | 5.1% | 2.8% | 0.0% | 1.1% | 2.2% |
糖料 | 7.8% | 2.0% | -2.5% | -6.2% | -1.6% |
茶 | 11.2% | 7.9% | 8.7% | 6.9% | 7.4% |
肉類 | 5.4% | 1.8% | 2.0% | -1.0% | -1.0% |
豚肉 | 5.6% | 2.8% | 3.2% | -3.3% | -3.4% |
牛肉 | 2.3% | 1.7% | 2.3% | 1.6% | 2.4% |
羊肉 | 2.0% | 1.8% | 4.9% | 2.9% | 4.2% |
家禽肉 | 6.7% | -1.3% | -2.7% | 4.3% | 3.4% |
卵類 | 1.8% | 0.5% | 0.6% | 3.6% | 3.2% |
牛乳 | 2.3% | -5.7% | 5.5% | 0.8% | -4.1% |
水産物 | 5.4% | 4.5% | 4.5% | 3.5% | 3.0% |
養殖水産物 | 7.0% | 6.0% | 4.9% | 4.1% | 4.4% |
捕獲水産物 | 1.3% | 3.5% | 3.5% | 0.5% | -1.0% |
減産品目数 | 0 | 4 | 4 | 4 | 11 |
(1)全体的検討
表1の最下欄に、対前年増減率がマイナスであった品目合計数を記載してある。先ず、2012年はゼロであったが、2013年~2015年の間は、各年とも4品目で経過している。農業生産は、自然条件の変動を受けやすく、右肩上がりを毎年続けられないことは通常のことなので、2013年~2015年の間については通常の変動の範囲内と見ておいて良いであろう。ところが、2016年には状況が一変している。19品目のうち、実に11品目(食糧、穀物、米、小麦、トウモロコシ、綿花、糖料、肉類、豚肉、牛乳、捕獲水産物)が減産となっている。このような結果は、極めて不本意な結果であり、従前なら、大事件である。何故このような結果になったのか。11品目全てを検討する余裕は無いので、ここでは食糧関連の5品目(食糧、穀物、米、小麦、トウモロコシ)についてだけ検討する。2016年の食糧の減産は、これまでの12年間連続増産記録をストップさせたことを意味しており、食糧安全保障の上からも大きな政治問題になることが危惧されたはずである。それというのも、食糧生産の12年間連続増産記録は、2003年の食糧生産の大幅減(前年比2636万t、5.8%の減)を受けて、中国政府が2004年から食糧大増産政策を推進し、その政策努力の積み重ねの結果として達成されたものであり、中国の食糧安全保障政策を誇示する際の証拠品でもあったからである。
(2)食糧関連5品目減産状況の検討
中国での「食糧」の概念構成は、「食糧=穀物+豆類+イモ類」であり、「穀物」は、「穀物=米+小麦+トウモロコシ+雑穀」である。そこで、食糧関連5品目の減産の理由を探るために、この概念構成を基にして、16年統計公報と国家統計局が昨年12月に別途公表している「2016年食糧生産に関する公告」で明らかにされている数字を用いて表2を作成した。作成に当たっては、合計、穀物、トウモロコシ、米、小麦には16年統計公報の数字を用い、豆類とイモ類には「2016年食糧生産に関する公告」の数字を用い、雑穀は、「穀物-トウモロコシ-米-小麦」で算出した。
出所:16年値は「16年統計公報」、国家統計局「食糧公告」。15年値は『中国統計年鑑2016』。 | ||||
年次 | 2016年 | 2015年 | 前年増減 | 前年比率 |
合計 | 61,624 | 62,144 | -520 | -0.8% |
穀物 | 56,517 | 57,228 | -712 | -1.2% |
トウモロコシ | 21,955 | 22,463 | -508 | -2.3% |
米 | 20,693 | 20,823 | -129 | -0.6% |
小麦 | 12,885 | 13,019 | -134 | -1.0% |
雑穀 | 983 | 924 | 59 | 6.4% |
豆類 | 1,729 | 1,590 | 140 | 8.8% |
イモ類 | 3,378 | 3,326 | 52 | 1.6% |
表2から言えることは、昨年の食糧生産量の減産は、①穀物の減産が原因であり、②穀物の減産は、米、小麦、トウモロコシの減産が原因となっているということである。そこで、先ず、米、小麦の減産について見てみると、米が129万t、小麦が134万tの合計263万tの減産となっているが、他方、豆類、イモ類、雑穀の増産合計は251万t(=140万t+52万t+59万t)となり、両者はほぼ拮抗しているといえる。そうなると、もし、トウモロコシが減産していなければ、昨年の食糧生産は「減産」という「汚名」は免れることができたのではないか、と考えるのは自然の流れであろう。そこで、ではトウモロコシの減産量はどの程度であったかと、トウモロコシの欄を眺めると、「万事休す!」であった。実際のトウモロコシの減産量は508万tであり、鉛筆を舐めることはできない規模のものであったからである。そうなると、何故トウモロコシは508万tもの大減産となったかの解明へ思考が向かうが、ここに至って、ハタと思い出したのが、中国政府が行うとしていたトウモロコシの減産政策であった。筆者の記憶は薄れていたが、資料をトレースして行って判明したことは、トウモロコシの生産調整はしっかりと開始され、既に初年度の2016年には具体的成果を挙げていたことであった。
2.トウモロコシに対する生産振興政策とその弊害の発生
中国政府は、食糧の増産政策を講じながら、他方で何故トウモロコシの減産政策を開始したのか。次にこの問題を見て行こう。
(1)中国の食糧安全保障におけるトウモロコシの位置
トウモロコシは、中国では、米、小麦と並んで「三大穀物」の一つとされ、食糧安全保障のうえでも重要な作物である。トウモロコシが中国の食糧安全保障に対する貢献を際立たせたのは、前述の2004年から開始された中国政府による食糧大増産運動においてである。大増産運動に至る以前の中国政府は、食糧需給に余裕が出来てきたため、「農業構造調整」を実施し、多作物への転換を進めたが、それが中国政府の予測を越えて行き過ぎ、結果として前述のように2003年に食糧生産の大減産(2636万t、5.8%の減)に見舞われた。原因は、食糧生産の収益性が他作物より低かったので、食糧生産農家は潜在的に他作物への転換願望を抱いており、それが「農業構造調整」政策の推進を奇貨として2003年に一線を越えるまでに顕在化してしまったことである。中国政府は、あわてて食糧増産政策に大きく舵を切り、しかも、これまでの「ゲンコツ行政」から「補助金行政」への切り換えと言うオマケも付けたのである。結果を先取りして言えば、この食糧大増産政策は、表面的に大成功を収め、2004年から2015年までの12年間の連続増産達成という「偉業」も成し遂げたのである。この偉業達成の中でトウモロコシは極めて大きな役割を果たした。表3に見るように、大減産の年の2003年と食糧大増産政策の最後の年の2015年を比較すると、食糧は1億6438.2万t増産しているが、このうち、トウモロコシの増産による部分は1億880.1万tで、増産部分の66.2%に達している。トウモロコシの貢献がなければ、12年間連続増産も達成されず、また、中国の食糧安全保障の上でも、大きな支障が生じていた筈である。
出所:『中国統計年鑑』等。 | ||||
年次 | 食糧A | トウモロコシB | B/A | 備考 |
2002年 | 45,705.8 | 12,131.0 | 26.5% | |
2003年 | 43,069.5 | 11,583.0 | 26.9% | 食糧大減産 |
2004年 | 46,946.9 | 13,028.7 | 27.8% | 食糧増産政策開始 |
2015年 | 62,143.9 | 22,463.2 | 36.1% | |
2016年 | 61,623.9 | 21,955.4 | 35.6% | トウモロコシ買上げ制度改正 |
15年-03年 | 16,438.2 | 10,880.1 | 66.2% |
(2)トウモロコシの買上げ制度の創設、実施
トウモロコシ農家の利益を保護し、トウモロコシ生産の積極性を保持させるために、2007年にトウモロコシ買上げ制度〔玉米臨時収儲政策〕が創設、開始された。この制度は、端的に言えば、トウモロコシの市場価格が、中国政府が定める一定の価格を下回れば、中国政府が指定する国有食糧企業(中国儲備糧管理総公司等)がこの価格で無制限に買い上げるという制度である。換言すれば、最低価格保障制度である。食糧生産農家にとっては、販路を考えることなく安心してトウモロコシ生産を行うことができ、中国政府にとっては、食糧安全保障の推進が確保されるというメリットが得られるものである。この制度は、全国に適用されるのではなく、東北3省(遼寧、吉林、黒龍江)と内蒙古の4つの省、自治区のみが対象とされた。表4に東北3省と内蒙古の2007年と2015年のトウモロコシ生産の状況をまとめておいた。東北3省と内蒙古の合計生産量のシェアは、2007年の36.5%から2015年には44.5%へと8ポイントも拡大している。買上げ制度はこの面では成果を上げていたと言えよう。
注:「全国順位」列の最下欄は「a~dの計」の対全国比率。 出所:『中国統計年鑑』から計算。 |
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年次 | 2007年 | 全国順位 | 2015年 | 全国順位 |
全国 | 15,230.0 | - | 22,463.2 | - |
a内蒙古 | 1,155.3 | 7 | 2,250.8 | 3 |
b遼寧 | 1,167.8 | 6 | 1,403.5 | 7 |
c吉林 | 1,800.0 | 2 | 2,805.7 | 2 |
d黒竜江 | 1,442.0 | 4 | 3,544.1 | 1 |
a~dの計 | 5,565.1 | 36.5% | 10,004.1 | 44.5% |
この制度によるトウモロコシの買上げ価格は毎年、決定、公表されていた。それをまとめたのが表5である。2007年のものは入手できていないが、買上げ価格は2008年以降ほぼ毎年のように引き上げられており、二等品の価格で見ると、1㎏当たり1.50元から2014年には2.24元にまで引き上げられている。ただし、2015年には高水準過ぎるとの反省からか、初めて2.00元に引き下げられている。いずれにせよ、現在では、買上げ価格の高値設定が反省される結果となっているが、このような高値設定の理由は何だったのか。中国の農業政策には、大きな流れとして都市住民と農村住民との間の格差是正思考がある。買上げ価格の引上げは格差是正のための格好の手段である。利用しない手は無いと考えたと思われる。もう一つは、米と小麦についても、同様の制度が行われており、こちらも買上げ価格が毎年のように引き上げられていたことである。こちらとの比較、横並びも、当然考えていたことと思われる。
出所:http://www.askci.com/news/chanye/2014/11/25/175336kx3q.shtml | ||||
等級 | 一等 | 二等 | 三等 | |
内蒙古産 | 遼寧産 | 吉林産 | 黒龍江産 | |
2007年 | n.a. | n.a. | n.a. | n.a. |
2008年 | 1.52 | 1.52 | 1.50 | 1.48 |
2009年 | 1.52 | 1.52 | 1.50 | 1.48 |
2010年 | 1.82 | 1.82 | 1.80 | 1.78 |
2011年 | 2.00 | 2.00 | 1.98 | 1.96 |
2012年 | 2.14 | 2.14 | 2.12 | 2.10 |
2013年 | 2.26 | 2.26 | 2.24 | 2.22 |
2014年 | 2.26 | 2.26 | 2.24 | 2.22 |
2015年 | 2.00 | 2.00 | 2.00 | 2.00 |
しかしながら、買上げ価格の高値設定は、トウモロコシの需給全体に思わぬ悪影響を与えることとなり、それが、トウモロコシ政策の大変革を引き起こす原因になった。次に、買上げ価格の高値設定がもたらした弊害を見てみよう。
(3)トウモロコシ買上げ制度がもたらした弊害
ア.国内のトウモロコシ価格の高止まり
買上げ制度の買上げ価格は、その制定の趣旨からして実質的には市場の最低保障価格として扱われ、そのように機能することが期待されている。しかしながら、政治的事情等から買上げ価格が市場の実勢価格より高く設定されると、その価格が、需給を反映していないにもかかわらず、市場の最低価格として高止まってしまうという弊害が生ずる。こうなると、高止まりした国産トウモロコシは、安価な外国産トウモロコシに太刀打ちできなくなり、種々の怪現象が生ずる。
イ.外国産トウモロコシとトウモロコシ代替品の輸入増大
国産トウモロコシの価格が高止まりし、外国産の方が安くなると、当然のことながら外国産の輸入が増大し、中国産トウモロコシの輸出は減少する。中国でのトウモロコシの内外価格比は、2013年7月から“国産>外国産”の状態となり、2015年5、6月には、価格差はt当たり1000元にも達したとされている。t当たり1000元も外国産の方が安ければ、実需者は外国産に走るのは当然である。表6は、見事にこうした状況を反映した結果となっている。
出所:『中国統計年鑑』等。 | ||
年次 | 輸出 | 輸入 |
2007年 | 491.8 | 3.5 |
2008年 | 27.3 | 5.0 |
2009年 | 13.0 | 8.4 |
2010年 | 12.7 | 157.3 |
2011年 | 13.6 | 175.4 |
2012年 | 25.7 | 520.8 |
2013年 | 7.8 | 326.6 |
2014年 | 2.0 | 259.9 |
2015年 | 1.1 | 473.0 |
2016年 | 0.4 | 316.8 |
トウモロコシそのものの輸入の他に、トウモロコシの代替品の輸入も増大している。表7はトウモロコシの代替品として輸入されたものの取りまとめである。表中にある「木薯」はキャッサバであり、「DDGs」はトウモロコシをアルコール発酵させた残滓である。また、表7は中国農業部のホームページからの転載であるが、このような数字を公表しているのは、この問題に対する農業部の関心の強さを表していると思われる。
出所:中国農業部HP。 | ||||
年次 | 大麦 | 高粱 | 木薯 | DDGs |
2012年 | 252.8 | n.a. | 696.1 | n.a. |
2013年 | 233.5 | n.a. | 723.6 | n.a. |
2014年 | 541.3 | 577.6 | 856.4 | 541.3 |
2015年 | 1,073.2 | 1,070.0 | 937.6 | 682.1 |
2016年 | 500.5 | 664.8 | 770.4 | 306.7 |
ウ.国有食糧企業の過剰在庫の持ち越し、財政負担の増大
買上げ価格が高止まりすると、需要は輸入トウモロコシ、トウモロコシの代替品に流れるので、国産トウモロコシは、国有食糧企業が買い込み、抱え込むこととなる。中国政府の研究機関である国務院発展研究センターの程国強研究員によると、2016年3月時点で国有食糧企業が買上げ制度によって買い上げた国産トウモロコシの抱え込み量は2.5億tに達している由である。そして、これらのトウモロコシの保管料は1t当たり年間252元掛かるので、全体としては年間630億元を費やしているとのことである。さらに、トウモロコシの貯蔵期間が長くなれば、品質劣化による減価や廃棄処分も生じてくるので、それらによる損失額は巨額に達することが懸念される由である。
以上のような状況をまとめた中国語が「三高現象」という言葉である。すなわち、「高産量、高庫存、高進口」現象であり、その意味は「生産量が多くなったのに、在庫が多くなり、輸入が多くなる」という意味である。こうした状況に陥っているトウモロコシについては、その買上げ制度の変更を含めて、抜本的な対策の実施が必要なことは、既に「待った無し」の状態であったのである。
(その2へつづく)