第132号
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ノーベル賞と日本人(4) 21世紀になって受賞者が急増した秘密を探る

2017年 9月19日

馬場錬成

馬場錬成:特定非営利活動法人21世紀構想研究会理事長、科学ジャーナリスト

略歴

東京理科大学理学部卒。読売新聞社入社。1994年から論説委員。2000年11月退社。東京理科大学知財専門職大学院教授、内閣府総合科学技術会議、文部科学省、経済産業省、農水省などの各種専門委員、国 立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)・ 中国総合研究交流センター長、文部科学省・小学生用食育学習教材作成委員、JST 中国総合研究交流センター(CRCC)上席フェローなどを歴任。
現在、特定非営利活動法人21世紀構想研究会理事長、全国学校給食甲子園大会実行委員長として学校給食と食育の普及活動に取り組んでいる。
著書に、「大丈夫か 日本のもの作り」(プレジデント社)、「大丈夫か 日本の特許戦略」(同)、「大丈夫か 日本の産業競争力」(同)「知的財産権入門」(法学書院)、「中国ニセモノ商品」( 中公新書ラクレ)、「ノーベル賞の100年」(中公新書)、「物理学校」(同)、「変貌する中国知財現場」(日刊工業新聞社)、「大村智2億人を病魔から守った化学者」(中央公論新社)、「『スイカ』の 原理を創った男 特許をめぐる松下昭の闘いの軌跡」(日本評論社)、「知財立国が危ない」(日本経済新聞出版社)、「大村智物語」(中央公論新社)ほか多数。

予想していたノーベル賞受賞

 1981年にノーベル化学賞を受賞した当時の京都大学の福井謙一教授は、受賞後の報道関係者の質問に、受賞は「意外ではなかった」というような言葉を語った。つまり、受賞を予想していたのである。 

 後日、筆者はそのことを質問したら、ノーベル化学賞を受賞した友人が受賞候補者に推薦していたからだと答えた。受賞者からノーベル賞選考委員会への推薦は、最も有効になると言われている。福井は、そ のことを知っていたので受賞することを期待していたのである。

 福井はよく、子供のころ「ファーブルの昆虫記」を夢中になって読んだことを語った。「私の魂をゆさぶった。生涯の心の師である」と語っていた。福井の自然観の原点になった本だった。

 その一方で中学時代には明治時代の文豪、夏目漱石の小説に傾倒して読破したこともあった。

では、ノーベル賞受賞者たちの子供のころはどのようなものに関心を持っていたのか。

子供のころの関心ごと

 その関心ごとをまとめたのが別表である。当然のことながら子供時代から科学に関する興味を持っていたことである。

面白いのは2000年に化学賞を受賞した白川英樹である。「炊飯や風呂を沸かす時の火おこしで、新聞紙に食塩水を染み込ませて燃やすと炎の色が変わることに興味を持つ」とある。白川の少年時代、ご 飯を炊いたり風呂を沸かすとき、新聞紙に火をつけ、薪を焚いてご飯を炊き風呂を沸かした。その時、新聞紙に食塩水をしみこませて燃やすと炎の色が変わることに興味を持ったと語っている。

2015年に物理学賞を受賞した天野浩は、「小学校時代に扇風機の仕組みに興味をもった」というコメントも面白い。

 ノーベル賞受賞者のことを知って感銘を受けて科学者になった人もいる。このようにごく自然に科学に関する興味を持ち、やがて研究者への道へと入っていったことを示している。

数学が好きなら化学をやれ

 福井がノーベル賞を受賞した業績は、「フロンティア軌道理論」という理論化学である。化学反応の過程を理論的に説明した業績であり、難解な数学理論の記述で説明している。

 福井は高校時代、数学が得意だった。大学への進学を父の叔父に当たる喜多源逸京大教授に相談したところ「数学が好きなら化学をやれ」と言われて京都大学工学部工業化学科に進学した。入学後、独 学で量子力学を勉強し、フロンティア軌道理論を完成させる基盤となった。

 戦時中は、軍の要請で松脂から燃料を抽出する研究を命じられ、研究に没頭したという。陸軍燃料研究所では、アルコール蒸気の中で実験を繰り返していたため、酒にめっぽう強くなったとも語っていた。 

福井はメモ魔といわれるほど、メモをとる研究者だった。枕元に常にメモ帳と鉛筆を置いて寝ており、寝ながら思いついたことはすぐにメモしたという。

「メモもしないでも覚えているような思いつきは大したものではない。メモしないと忘れてしまうような着想は大事だ」と言う。

福井の講演会にはよく付き合って同道した。講演会では「企業は自分のことだけ考えていればいいという時代ではない。世界全体、人類全体のことを考えなければならない」と強調することが印象に残っている。 

文部科学省「科学技術白書」2016年版などから作成
受賞年 名前 部門 科学などへの関心のきっかけ
1981 福井謙一 化学賞 ファーブルの昆虫記を子供のころから繰り返し読んだ
2000 白川英樹 化学賞 炊飯や風呂を沸かす時の火おこしで、新聞紙に食塩水を染み込ませて燃やすと炎の色が変わることに興味を持つ
2001 野依良治 化学賞 小学5年生のとき湯川氏のノーベル賞受賞に感銘
2002 小柴昌俊 物理学賞 湯川氏のノーベル賞受賞に感銘
田中耕一 化学賞 小学校時代の科学の実験
2008 南部陽一郎 物理学賞 湯川氏のノーベル賞受賞に感銘
小林誠 高校時代に知った理論物理学の「坂田模型」に影響
益川敏英 高校時代に知った理論物理学の「坂田模型」に影響
下村脩 化学賞 小学校時代から機械的なメカニズムに興味
2010 鈴木章 化学賞 数学や理科の新しいことを知ることが好き
根岸英一 高校時代は、物理や数学、特に幾何が好き
2012 山中伸弥 生理学・医学賞 ミシンの部品を製造する町工場で働いている技術者であった父親の影響
2014 赤崎勇 物理学賞 少年時代に鉱物標本の虜になる
天野浩 小学校時代に扇風機の仕組みに興味
中村修二 中学校時代から数学や物理が好きで、実験が大好き
2015 大村智 生理学・医学賞 父親との自然体験を通じ、分からないことに探究心を持つ
梶田隆章 物理学賞 高校時代に物理の先生の話を聞き、物理に興味

 

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受賞記念碑(京都大学構内)

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福井謙一博士

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福井博士の著書「学問の創造」

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