第133号
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モリブデン汚染水質の処理技術に関する研究の進展(その1)

2017年10月11日

銭 冬旭:同済大学環境科学・工程学院汚染制御・資源化国家重点実験室修士課程研究生

主な研究分野は新型材料による工業廃水の処理。

張 亜雷、周 雪飛、銭 雅潔:同済大学環境科学・工程学院汚染制御・資源化国家重点実験室

代 朝猛:同済大学土木工程学院

蘇 益明:同済大学土木工程学院ポストドクター

重金属汚染水質処理技術の研究に従事。

摘要:

 モリブデンは重要なレアメタルであるが、近年、モリブデン汚染が頻発し、生態環境の安全性とヒトの健康に深刻な影響を及ぼしている。本稿では、現在の中国内外における環境中のモリブデン汚染に関する処理技術(人工湿地法、化学沈殿法、イオン交換法および吸着法を含む)について総合的に述べた上で、それぞれの技術の処理効果、影響因子および関連モデルを詳しく紹介する。人工湿地法ではモリブデンを水質から分離することはできるが、モリブデンを含む基質と機能性植物に汚染の転移がある等、リスクを制御できない。化学沈殿法では中濃度・低濃度汚染水の除去効果は良いが、余剰汚泥の処理が難しく、循環利用されない。イオン交換法ではモリブデンを水質から効率的に分離できる上に、脱着により樹脂の反復利用が実現できるが、樹脂への適応性が劣ることからpH等の反応制御条件への要求が高い。また、従来からの材料を主とする吸着法では廉価な材料を使用して汚染物質質を濃縮するが、二次汚染の問題がある。そして、本稿では最後に、モリブデン汚染処理に用いる新型機能性材料が低コストと資源化の方向に発展するであろうこと、並びに鉄基材料は将来性が高いことを指摘する。

キーワード:モリブデン汚染、人工湿地法、化学沈殿法、イオン交換法、吸着法

 モリブデンは動物とヒトに必須の重要な金属元素である。研究によれば、人体中のモリブデン含有量は50mgより少なく、一日の平均必要量は0.2mg[1]だが、人体中でモリブデンが過剰になると痛風、貧血、下痢等を引き起こす[2-4]。モリブデンは酸化還元酵素の重要な構成元素であり[5]、銅と拮抗作用がある[1,5]。モリブデンは鉄鋼業の生産や電子機器によく用いられるが、工業廃水や電子機器廃棄物によりモリブデン汚染は引き起こされやすい。近年、中国ではモリブデン汚染事故がたびたび発生しており、その例に葫芦島ダムのモリブデン汚染事件や渭南モリブデン鉱山汚染事件等がある。中国の環境関連法においては、集中式生活飲用水・地表水源地におけるモリブデンの質量濃度は0.07mg/Lを上回らないと定められている。このため、モリブデン汚染対策はきわめて重要である[6-7]

 自然環境におけるモリブデン元素の最も安定的な原子価は+4と+6であり[8]、自然界の水媒体や工業廃水においては主にモリブデン酸基(MoO42−)の形式で存在し[8-9]、ナトリウムや鉄、カルシウム等のその他の金属陽イオンに対応する塩を構成する。モリブデンはpHにより異なる形態で存在する上に、その形態に応じて異なる電荷を帯びる。中国内外で現在用いられているモリブデン含有廃水の主な処理方法は、イオン交換法、化学沈殿法、吸着法および人工湿地法等である。本稿では、さまざまなモリブデン汚染の処理方法および技術を総括し、その処理効果、メカニズムおよび影響因子を述べるとともに、それぞれの処理技術の長所・短所および応用面での将来性を指摘した上で、モリブデン汚染処理の材料研究およびその発展について展望する。

1 人工湿地法

 人工湿地法とは、基質、植物および微生物の共同作用により汚染物質を除去する方法である。人工湿地法では化学的、物理的および生物学的方法を利用し、吸着、ろ過、イオン交換、酸化還元、植物による吸着および微生物濃縮により重金属に対する処理を実現する[10]。低濃度の重金属廃水については合理的な人工湿地を設計すれば基本的に除去要求を満たすことができるが、高濃度の重金属廃水については事前処理を経てから人工湿地に投入することができる。また、高濃度のモリブデン汚染水については、鉄塩を加えることによって凝集沈殿による相乗効果を強めることができる。

 人工湿地の基質は主に土壌、礫、石炭すす等である。モリブデンを吸着する基質については、中国内外ですでにいくらかの研究がある。鉄酸化物[11]やカオリナイト[12]、黄鉄鉱と石炭すす、礫と土壌[13]等を利用した人工湿地の基質は汚染物質としてのモリブデンに良好な処理効果があり、基質において吸着や酸化還元の多重反応を生じる。基質の処理効果はpHやイオン強度等の条件による影響が大きく、モリブデンの存在形態や吸着点数等も条件により影響を受ける。また、植物によって重金属としてのモリブデンに対する耐毒性、吸収プロセス、濃縮状況も異なる。

 基質や水質のpHと酸化還元環境によりモリブデンの存在形態も多様に変化するため、モリブデンの移行プロセスに影響を及ぼす。LIANら[13]は垂直流方式の人工湿地を用い、ヨシとコガマを採用して腐植質、石炭すす、改質石炭すす、黄鉄鉱により構成した基質について研究した結果、改質石炭すすと黄鉄鉱の最大吸着量はそれぞれ10.01mg/g、6.25mg/gであった。14週間に及ぶ実験において、黄鉄鉱と石炭すすの基質は一般の礫と土壌による基質より安定しており、大部分のモリブデン酸基は10~20cmの基質中に吸着された。これに比べ、生物除去は全体のわずかな一部であり、ヨシよりもコガマのほうがモリブデンの吸収に適していた。ヨシとコガマによるモリブデン吸着研究の結果、モリブデン中毒によりこれら2種類の植物は茎葉が黄変し、蒸散能力が下がる。モリブデン濃度が2~20mg/Lの時のコガマの耐毒性はヨシより強く、モリブデンの除去率はヨシより高い。モリブデン濃度が2mg/Lの時のコガマとヨシの除去率はそれぞれ87%、62%である。営養液中には多くのイオンが含まれるため、濃度が増すとイオン競合によって除去率が低減する。練建軍[14]の研究では、脱硫スラグ、転炉スラグ、石炭すすおよび土壌の4種類の基質により、基質の吸着プロセスにおいてはpHの影響を大きく受けることがわかった。pHが3.0~4.5の時に基質によるモリブデンの除去率は高く、pHが8.0を超えると除去率はほぼゼロになる上に、基質がモリブデン酸塩を吸着する際に受けるPO43−の競合作用による影響はSO42−より強い。

 つまり、人工湿地法の除去効果の影響因子は主に植物と基質であることがわかる。植物によってモリブデン酸塩への耐毒性は異なり、吸収も異なる。材料によって汚染物質との反応プロセスが異なるため、材料の組合せによって除去に一定の影響を及ぼす。WILLIAMS[15]の研究によれば、植物は主に生物吸着と表面吸着によって汚染水中の汚染元素を除去する。一方、微生物は人工湿地の運用の際は高い活性を保ち、吸着と吸収によって重金属を除去する。菌体はモリブデン酸基イオンと表面錯体を形成した後に、特有の伝送ルートによりモリブデン酸基イオンを細胞内に移行させて濃縮させる。

 人工湿地法は低濃度のモリブデン汚染水媒体の処理に適し、飲用水水源の前処理の要求を満たすが、人工湿地法により発生するモリブデンを多く含む基質や微生物、植物には大きな環境リスクが存在し、モリブデン汚染の移行の可能性が大きい。

2 化学沈殿法

 化学沈殿法とは、廃水中に化学物質を投入し、汚染物質との反応により生じた不溶性塩を沈殿させることによって、溶液中の汚染物質含有量を減らす方法である。沈殿のタイプによって水酸化物沈殿法、不溶性塩沈殿法およびフェライト法[16]に分類できる。モリブデン酸塩の処理法は、以下の数種類がある。すなわち、材料の還元性能を拠り所として、Mo6+をMoO2または単質モリブデンに還元して沈殿させる方法や、凝集剤を使用してフロックを生じさせ、沈殿させる方法、そしてフェライトの吸着能力を利用してモリブデン鉄塩の共沈を生じさせる方法がある。

 鉄基材料には還元能力があるだけでなく、モリブデン酸塩と共沈を生じることがモリブデン酸塩汚染の処理における重要なルートとなっている。鉄基材料の種類によって、モリブデン酸塩の処理の際に生じる反応メカニズム同じとは限らない。ナノゼロ価鉄(nZVI)は高い比表面積と強い還元活性を持つ材料であり、吸着能力と還元能力もある。SCOTTら[17]は、0.5g/LのnZVIをpH5.7と6.8の際に使用し、5h処理すると除去率が100%に達することを発見した。鉄ナノ粒子がMo(VI)と還元反応するとMoO2が生じ、nZVI表面に付着する。鉄マイクロ粒子(ZVI)の活性はnZVIほど強くないため、モリブデン酸塩の処理は主に吸着・共沈の作用による。ZHANG[18]と王宜成[19]らの研究によれば、ZVIは水中の高濃度モリブデン酸塩を効果的に除去できるが、pHと陰イオン・陽イオンによってその除去効果は大きく影響を受ける。これは、陰イオンの競合吸着点数により引き起こされるためである。二価鉄(Fe2+)はモリブデン酸塩汚染の処理の際に酸化性と還元性を同時に持ち、溶液中でフロックも生じる。BRITOら[20]は、Fe2+はモリブデン酸塩とだけ反応してMo5+を生じるが、モリブデン原子価はそれよりも下げられないことを発見した。HUANGら[8]は、ゼロ価鉄/磁鉄/Fe2+混合材料システム(hZVI)により低濃度のモリブデン酸塩汚染を効果的に除去できることを発見した。ZVIを電子供与体とし、Fe3O4を電子の伝導メディアとすればモリブデン酸基に還元反応が生じるが、硝酸基イオンは除去効果に大きく影響を及ぼす。それは、硝酸基はFe2+の酸化を促し、Fe3O4の媒介作用を下げることで、還元能力が低減するためである。hZVIシステムによりZVIの表面酸化物膜によって生じる不活性問題が克服され、電子伝達プラットフォームが提供され、反応の進行が促進される。AFKHAMIら[21]の実験では磁性ナノγ-Fe2O3粒子を用いて汚水中のモリブデンを除去した結果、pH4.0~6.0時に良好な効果を示し、Langmuir吸着等温線によりフィッティングされたMo(VI)最大吸着容量は33.4mg/gであった。

 金属凝集剤を利用したモリブデン酸塩汚染の処理方法は廉価かつ効率的な手段である。蘇憶安[22]の研究によれば、凝集剤によるモリブデン除去効果は塩化鉄>ポリ塩化アルミニウム>硫酸アルミニウムの順に下がり、凝集剤の単位鉄あたり除去量はアルミニウムの1.6~3.5倍である。モリブデン濃度が1mg/Lで、投入する鉄凝集剤が5mg/Lの時のモリブデン除去のための最良のpHは4.5~6.0の範囲内で、除去率は90%以上に達する。馬越ら[23]の研究結果によれば、水道水原水のpHが7.5の時に、15mg/Lの的FeCl3によって基準規制値の100倍のモリブデンも0.07mg/L以下まで除去することができる。

 化学沈殿法による汚染物質の処理効果に対する影響因子は多く、pHや温度、攪拌速度、濃度等がある。近年の化学沈殿法によるモリブデン酸塩処理の影響因子に関する研究は、pHとモリブデンの初期濃度が主となっている。鉄基材料を用いて廃水中のモリブデン酸アンモニウムを処理する際に、pHが低すぎると材料中の鉄が溶出してしまうため、一般的にpHは3.5を上回るように制御される。これは、鉄基材料の形態安定に役立つ。モリブデン酸塩は負電荷が多い形態で存在すると吸着に有利で、共沈を生じる。金属凝集剤を用いてモリブデン酸塩を処理する際に鉄塩の効果がアルミニウム塩より良いのは、鉄とモリブデンの間でモリブデン鉄塩が形成されるためである[22]

 化学沈殿法の適用範囲は広く、水質要求が低いため、高濁度の水媒体に適用できる。鉄塩またはアルミニウム塩を利用すると飲用水中の低濃度モリブデン汚染を処理できる。化学沈殿法によるモリブデン汚染水媒体の処理は将来性が高い。特に改質鉄基材料は処理効果が良好で適用性が高いが、研究によって資源利用率を高め、循環利用を強化する必要がある。

その2へつづく)

主要参考文献:

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※本稿は銭冬旭、張亜雷、周雪飛、代朝猛、銭雅潔、蘇益明「鉬汚染水体処理技術研究進展」(『化工進展』2016年第35巻第2期、pp.617-623)を『化工進展』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司