可能性を秘めたブロックチェーンには正しい舵取りとリスク管理が必要
2018年5月2日 王全宝、趙一葦(『中国新聞週刊』記者)/脇屋克仁(翻訳)
中国インターネット金融協会ブロックチェーン研究工作組組長李礼輝(リー・リーフイ)氏に聞く中国ブロックチェーンの現状、課題、そして未来
―― まず、ブロックチェーン開発の進捗について教えていただけますか。
大きく3つの進展がみられる。
第一に、トラステッド・ブロックチェーンとトラストチェーンでの活用。騰訊(テンセント)の「TrustSQL(SQLインターフェースを備えたトラステッド・ブロックチェーン・ソリューション)」やアントフィナンシャルのトラストチェーンなど、実際の運用で効果を発揮しているものも出てきている。
第二に、多数の参加者が複雑に絡む取引シーンでの活用。こうした取引では毎秒数百件のトランザクション処理が必要だが、今の技術は十分対応可能なレベルにきている。
第三に、法定デジタル通貨(CBDC)、デジタル小切手といった分野への応用も順調だ。
写真1:李礼輝氏。撮影/『中国新聞週刊』記者 董潔旭
ほかに、比較的単純な取引シーンでの好活用事例として、チャリティー資金や貧困対策資金のトレーサビリティなどがある。
中国のブロックチェーン開発には3つの特徴がある。1つめは、いま挙げたCBDCなどのように中央銀行主導で研究開発が進んでいる重要分野があること。2つめは、科学技術分野でイノベーションを進める企業と金融機関が研究開発の中心を担っていること。そして最後に、資本と技術の融合、研究開発の金融システムへの適用など、協力モデルが多様なことだ。
―― ブロックチェーンとは何か、簡単に定義していただけますか。
一連の情報の塊、つまりブロックで構成されるデータ・チェーン、言わば、参加者全員が共通の合意システムに基づき管理する台帳のようなものだ。中心になる技術は、①合意形成システム、②暗号化技術、③スマートコントラクトの3つに整理できる。以下、説明しよう。
まず、合意形成について。取引情報(ブロック)を時系列にチェーンするブロックチェーンは、参加者全体の合意形成で情報を管理する。つまり、参加者それぞれが台帳を保有し、合意形成システムによって常に同期をとる。新しい技術を創造的に組み合わせた分散型台帳ともいえる。時系列に沿ってデータが格納されていくので、データの追跡が可能になると同時に、改ざんができなくなる。
また、分散ネットワーク上で各参加者が合意形成するにはアルゴリズムが必要となる。ブロックチェーンはコンセンサス・アルゴリズムによって常に同期をとる技術だといえる。ネットワークに参加する全員が共通のプログラムにのっとって認証やデータ処理をおこなうシステムをイメージしてもらえばよい。
次に、暗号化。ブロックチェーンは暗号デーモンにより運用されるP2Pネットワーク(特定のサーバーやクライアントを持たずにノードと呼ばれる各端末が対等に直接通信するネットワーク)といえる。暗号化技術を用いているからこそ、信頼性のある取引が可能になる。
最後に、スマートコントラクトについて。これは、従来の書面契約と違い、契約行動をプログラム化し、自動的・自律的に執行するしくみだ。当然、プログラミングされた条件と違えば取引は一切できなくなる。
―― そのスマートコントラクトにはどのようなメリットがありますか。
まず挙げられるのは、自律執行性があり、改ざんが非常に難しいこと、トレーサビリティがあることだ。従来の書面契約では、不履行、偽造、違約などの不正やトラブルが起こりうるが、スマートコントラクトでは、そうしたリスクを回避できる。
次に、双方の要求、関連法規をすべて書き込むことができるので、契約内容に曖昧な部分が一切なくなる。これは最大の強みといえるだろう。
また、自律執行性があるため、合意に達しなければ自動的に取引がなくなること、独自の監査ルートを通じて第三者が取引を監視できる点も挙げられる。
―― ブロックチェーンの「非中央集権化」が注目されていますが、この「非中央集権化」とはどういうことでしょう。
まず、それはブロックチェーンの本質的な特徴ではない、ということは言っておきたい。
非中央集権化(分散型システムと言い換えてもよい)の典型はビットコインだ。不特定多数が参加できるのでパブリック・チェーンとよばれる。ただし、現在では、そうした方向性をもたないシステムの活用が、主にフィンテック分野などで始まっている。通常、コンソーシアム・チェーンあるいはプライベート・チェーンといわれるこれらのブロックチェーンは、個々の参画者が管理権限を持っており、パブリック型のように誰でも参加できるわけではない。集権はしていない(分散型)が、権力(権限)は存在する。
金融取引など、量、スピード、安全性が要求される大規模な取引には、後者のコンソーシアム・チェーンが適している、というのがわたしの考えだ。将来的にもその方向で進んでいくと思う。
―― ブロックチェーンのもうひとつの特徴である「信用機能の解放」についてはどう考えていますか。
「信用」をなくす、というのは実際上ありえない。
そうではなく、信用が希薄、もしくはゼロに等しい状況でもそれを「つくり出す」ことができる、というのが正しい理解だ。数学的プログラム、すなわちスマートコントラクトの見地をもとに、新たな信用システムや信用プラットフォームをつくる。これは、わたしに言わせれば、「信用機能の解放」ではなく、「信用の加持」、すなわち技術の力で信用を「衆生に浸透させる」ということだ。そういう意味で、ブロックチェーン技術は、ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)の発展に資することになるだろう。
―― 現在、多くの企業がブロックチェーン技術の開発に取り組んでいます。これらをどのように規格化・標準化していくべきだと考えていますか。
標準化は制度構築の領域にも属するので、一歩一歩着実に進めていくべきだ。一種のソフトパワーの育成であり、絶えずバージョンアップが求められる。
ガイドラインの策定は、われわれインターネット金融協会の仕事だ。とくにフィンテック分野の規範化は協会がやるべき仕事のひとつだろう。政府の金融監督部門・民間の金融機関・金融イノベーション組織の扇の要に位置するわれわれが中心になって規格化を進める。これが一番スムーズだろう。
実際、協会はインターネット金融の標準化・規範化で実績がある。ブロックチェーン技術の標準化もそこに加わるだろう。
―― 昨今の「ブロックチェーン・バブル」ともいえる状況に対しては規制が必要になってくると思いますが、いかがですか。
なにがしかの技術革命が起これば、必ず規制が必要になってくる。そうでなければ、技術の欠点が野放しとなり、忌々しき事態が生じることになる。
いま起こっているさまざまな金融イノベーションは、決して消費者の利益を脅かしてはならないし、金融市場全体の安定を脅かすシステミック・リスクを生み出してもならない。そういう兆しが少しでもみえれば、躊躇なく規制することになる。特定の管理者を置かないバーチャル・コミュニティーにおける金融は、現実の市場と緊密に結びついており、しかも数多くの参加者の利益がからんでいる。こうした分野の舵取りは、今後の重点課題だ。他方で、デジタル金融分野における不正、逸脱にも目を光らせなければならない。ビッグデータ、人工知能、クラウドコンピューティング、ブロックチェーンといった技術がモバイルネットワークと結びつくことで、まったく新たな金融サービスモデルが生まれつつある。もはや二次元の平面的な世界で金融は語れない。重層的な空間でインタラクティブな立体的構造がつくられ、取引者双方の距離は縮まり、参画者も増加している。
いまの金融ビジネスはデジタル化がキーワードになっている。したがって、デジタル金融の持続可能な発展という立場から制度整備に力を入れなければならない。法定デジタル通貨の発行制度の確立、バーチャル金融の監督・管理制度、ガイドラインの一日も早い策定、国際ネットワークの強化、この4点が重要だ。とくに最後の点では、グローバルなプラットフォームを通じてガイドラインを確立し、違法な地下資金の流れを規制しなければならない。それが、合法的で有益な金融ビジネスのあり方をつくることになるし、ファイナンシャル・インクルージョンの実現にも近づくことになる。
写真2:昨年7月、浙江省杭州市の無人キャッシュレス販売店「淘カフェ(Tao Cafe)」を体験するために長蛇の列をつくる人々。アントフィナンシャルの無人決済技術を採用し、「自動認証」「財布のいらない店」を実現。写真/視覚中国
―― 市場におけるブロックチェーンの活用がブームになっています。これらはどうみていますか。
新しい技術に対する人々の関心や探求心は、ニーズの質的向上を意味しており、きわめて健全な状況だ。おおいに奨励されるべきだろう。微衆銀行(IT大手騰訊傘下の民営銀行)の監督・管理効率に優れた協調融資システムなど、ブロックチェーン活用の成功事例も出てきている。
物流、情報流通、資金流通のトレーサビリティやレギュレーションでも、「ブロックチェーンの活用」といわれるものが出てきているが、これらについては、さらなる分析と評価を待たなければならない。
―― ブロックチェーン技術の活用にはどのようなリスクがあるとみていますか。
注意を要するのは、非中央集権的なバーチャル金融に対する監督・管理だ。信用が完全に参加者の承認だけで成り立っており、国家の裏づけもなければ明確な発行責任者も存在しないビットコインがその典型だろう。昨年、ビットコインの価値は最高で20倍にもふくれあがった。その要因のひとつは投機だ。
パブリック・チェーンには2つの特徴的なシステムがある。ひとつは、合意形成のガバナンスシステム、もうひとつは、トークン発行を奨励するシステムだ。参加者の承認が前提になるが、トークンはそれ自体が貨幣価値を持つことができるし、決済手段にもなる。さらに重要なのは、プラットフォーム上で実際に売買できることだ。つまり、金融商品の属性が備わっている。
近年のトークン発行をめぐる情況で、注視すべきことが2点ある。ひとつは、ICO(仮想通貨の新規発行による資金調達)。昨年上半期、トークンによる資金調達は全世界で約13億米ドル、そのうち中国は3割強を占めた。しかし、金融監督部門の調査で大部分が非合法とされ、規制措置を受けた。もうひとつは、IFO(ハードフォーク=ブロックチェーンの仕様変更を利用したICO)。IFOで誕生したビットコインキャッシュなどの新たなトークンが、これまでになかった要素を市場にもたらしているのは事実だ。分析では、ビットコインは1000人の「クジラ(大口ユーザー)」が全体の40%を保持しているという。つまり、大口ユーザーによる市場操作、価格操作の危険性があるということだ。そこに市場の盛り上がりをみた小口ユーザーがなだれ込めば、非常に深刻な問題も起こりかねない。
したがって、昨年9月の政府によるビットコイン規制は、個人的にはよかったと思っている。国の監督機関が仮想通貨やバーチャル金融に対して適切な処置をとれば、金融市場の安定や投資者の利益保護にとってプラスになるし、システミック・リスクの回避にもつながる。
―― 金融イノベーションにおける新たな技術のリスクについてはどう考えていますか。
技術の発展プロセスにリスクはつきものだ。重要なのは「観察、評価、対応」。ブロックチェーン技術は金融の観点からは、効率アップとコストダウンにつながる。その過程で、不信や不安を除去し、アップサイジングに道を開いていかなければならない。
いま、中国のインターネット金融は世界をけん引している。これは、政府が新技術を積極的に受け入れてきたことが大きい。だからこそ、新技術の発展に対する寛容さと同時に、問題を芽のうちに摘み取る先見性が求められる。リスク回避に全力をあげることだ。また、技術自体と実際に生じる問題とを切り分ける必要もある。新技術の開発に違法な資金調達がついてまわるようなら規制するが、ブロックチェーン技術の発展とさらなる活用までもが否定されるべきではない。
―― ブロックチェーン技術の今後についてはどのように展望していますか。
ブロックチェーン技術は大きな可能性を秘めており、すでに成果も出始めている。今後必要なのは、正しい舵取りとリスク・マネジメントの強化だろう。
現在の管理監督部門のスタンスは「寛容と支持」。違法性が疑われる投機行為は規制し、制度構築やデジタル小切手の研究開発に重点的に取り組んできた。
わたしのみる限り、中国におけるブロックチェーンの研究開発はスピーディーで、初歩的な成果も勝ち取っている。しかし、アップサイジングという点ではまだまだだ。とくに金融分野ではアップサイジングはもちろん、安全性や信頼性の高い活用が求められる。道のりは長い。また、人工知能、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなど、新たな技術との結合も必要だ。技術と技術が融合すれば、すばらしい相乗効果が期待できる。
※本稿は『月刊中国ニュース』2018年5月号(Vol.75)より転載したものである。