第142号
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量子計算の魅力

2018年7月23日 九維空間

従来のコンピューターが2本指でピアノを弾いているというように例えたとしたら、量子コンピューターは千手観音がピアノを弾いているのに匹敵する。

 人類の歴史上のあらゆる科学技術革命は、物理学上の大きなブレークスルーを土台としたものだった。第一次科学技術革命はニュートン力学と熱力学を由来としたもので、ワットらがこの理論に基づき、蒸気機関などの技術を改良し、人類文明を工業時代へと前進させた。第二次科学技術革命はファラデーとマクスウェルの電磁気学上の重大な発見を由来とし、これを土台として、科学者らは発電機やモーターなどを次々に発明し、人類を電気時代へと前進させた。第三次科学技術革命は情報革命とも呼ばれ、量子力学の発見を由来とし、これを土台として、物理学者らは、半導体トランジスタや集積回路、レーザー装置などを発明し、人類文明を情報時代へと前進させた。

 今回の情報革命は、非常に壮大で、持続時間の長いものであり、これによってインターネットも生み出し、人々の生活方式を徹底的に変えた。だが情報革命はまだ道半ばである。半導体やレーザーは量子力学を由来としたものだが、処理されているのは従来型の情報だった。今回の情報革命の後半には、量子力学の法則だけで情報を処理する「量子情報技術」が登場することになる。そのうち人類文明が情報革命のピークに達したことを示すことになるのが、量子コンピューターだ。

量子計算の比類なき速度

 情報革命に伴って成長してきた多くの情報技術(IT)分野の大企業はいずれも、量子コンピューターを未来の発展方向と位置付け、研究開発に極めて大きな力を投入してきた。IBMやマイクロソフト、Googleなどがこれに含まれ、このうちGoogleの投入が最も大きい。同社は2014年、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のジョン・マルティニス氏を正式に雇い入れ、同氏の率いる超伝導量子計算実験室を資金援助し、民間企業による量子計算実験室の全額支援の先駆けとなった。

 アリババは、中国最大のインターネット企業であり、古典的な情報技術で分厚い蓄積を持つ。中国科学技術大学は、量子情報学の研究で世界をリードしている。Googleモデルの触発を受け、両者は協力で意気投合し、中国科学技術大学上海研究院に「中国科学院-アリババ量子計算実験室」を共同設立。中国における民間資本の導入による研究機関の基礎科学研究の全額支援の先鞭をつけた。

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中国科学院-アリババ量子コンピューター実験室」発足式(左から万立駿中国科学技術大学学長、王堅アリババ最高技術責任者、白春礼中国科学院院長)

 量子計算はなぜそれほど魅力があり、IT大手の資金を次々と引きつけているのか。これを考えるにはまず、量子物理学のうちで最も基本的であり最も特徴的な性質である「重ね合わせ(superposition)」から話さなければならない。古典物理学において、物質は、特定の時刻に一つの特定の状態しか呈することはなかった。量子力学はそれとは異なり、物質は同時に異なる量子状態にあることができる。簡単な例としては、二重スリット干渉実験がある。古典的な粒子は一度に一つのスリットしか通ることができないが、量子力学の粒子は一度に同時に複数のスリットを通り、干渉を産出する。

 伝統的な情報技術は古典物理学に根ざしたもので、一つのビットは特定の時刻に特定の状態にあることしかできず、0であるか、1であるかだった。すべての計算は、古典的な物理学の法則にのっとって行われた。

 量子物理学に根ざした量子情報は、一つの量子ビット(qubit)は0と1の重ね合わせである。重ね合わせの状態にあるために、一つの量子ビットは、同時に0と1を表すことができる。この量子ビットに一回の操作を加えることは、0と1とに同時に操作を加えることに等しい。これを拡張し、例えば10ビットの数であれば、古典的な計算では毎回の演算で一つの数(0001001000、0100001000など)しか処理できなかったのが、量子計算では一つの10量子ビットの重ね合わせを処理することになる。つまり量子計算では一回の演算で210=1024の数を処理することができる(0から1023までが同時に一度処理されたことになる)。

 ここから類推できるように、量子計算の速度は量子ビット数に対し、2の指数関数的な増加関係にあることがわかる(古典的なコンピューターの速度とビット数は直接的な正の比例関係にあるにすぎない)。64ビットの量子コンピューターは一回の演算で、264=18446744073709551616個の数を同時に処理できる。一回の演算速度で現在の民間コンピューターのCPUレベル(1GHz)に到達できるなら、この64ビットの量子コンピューターのデータ処理速度は、現在世界最速[1]のスーパーコンピューター「太湖之光」(93ペタフロップ)の1500億倍に達することになる。

 量子力学の重ね合わせの性質は、量子コンピューターに本当の意味での「並行計算」能力を与えた。現在の古典的なコンピューターのように、多くのCPUを並べることで並行を実現し、RSAアルゴリズムで暗号化しながら「ムーアの法則」を維持する必要はない。ビッグデータ処理技術の必要性の高まる今日、情報処理速度に対する人々の要求はますます厳しさを増している。「天下武功唯快不破」(天下の武術で破られないのは速いものだけだ)と言われる。量子計算はまさに、量子重ね合わせという先天的な強みによって、比類なき速度を実現した。IT大手が続々とこれに目をつけ出しているのはそのためだ。

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量子コンピューター特有のアルゴリズム

 1985年、オックスフォード大学の物理学者デイヴィッド・ドイッチュは、量子チューリングマシンの概念を打ち出した。その後、ベル研究所のピーター・ショアは1995年、量子計算の具体的な問題を解決する考え方の筋道、Shor素因数分解アルゴリズムを提起した。

 われわれが今日、インターネットで入力する各種のパスワードは、RSAアルゴリズムによって暗号化される。つまり大きな数の2つの素因数を用いて鍵を生成し、われわれのパスワードを暗号化し、安全にこれを伝送する。数が大きいことから、現在の古典的コンピューターの速度でその素因数を算出するのは困難である。例えば2009年には、複数のスーパーコンピューターが何日もかかってやっと、RSA-768の解読に成功した。

 だが量子コンピューターができれば状況は違ってくる。量子計算の並行性を用いれば、Shorアルゴリズムは短時間で素因数を獲得し、鍵を破ることができる。そうなればRSA暗号化技術では太刀打ちできない。

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RSA暗号システム

 量子コンピューターは、計算によって複雑度を高める暗号化技術に終わりをもたらすことになるだろう。だがこれはわれわれが情報安全の保護を失うことを意味してはいない。量子計算の双子の兄弟である量子通信は、情報伝送の安全問題を根本から解決するものとなる。  

 Shorアルゴリズムの提起から一年後の1996年、ベル実験室のLov Groverは、Groverアルゴリズムを提起した。このアルゴリズムは、量子計算の並行能力を通じて、データベース全体を変換し、必要なデータをすばやく表示できる。

 量子計算のGrover検索アルゴリズムは、古典的コンピューターのデータ検索速度をはるかに超え、これもインターネット大手の量子計算への注目点の一つとなっている。量子情報時代の検索エンジンは、Groverアルゴリズムに根ざし、われわれによりすばやい情報取得を可能とするものである。

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中国科学院の作成した光量子コンピューターの回路モデル

量子コンピューター実現の難度

 量子計算の各種アルゴリズムの理論はすでに成熟して何年も経つが、世界最初の量子コンピューターがいつ登場するかはまだ見当がつかない状況だ。物理的に実現するためには、量子コンピューターは、大量の量子ビットとつながり、量子論理回路の操作を行わなければならない。そのためには「デコヒーレンス」の難題に直面せざるを得ない。

 デコヒーレンス現象は、量子状態に対する外部環境のかく乱によって、量子状態が古典的状態へと変化し、量子重ね合わせの性質を失うことを指す。システムが大きいほど、内部と外部の各種の相互作用は増え、量子状態の維持が難しくなり、デコヒーレンスもそれだけ早く発生することとなる。これこそ、われわれが現在、粒子の重ね合わせは観察できるが、「シュレーディンガーの猫」の重ね合わせは観察できない所以だ。猫のように大きなシステムは、極めて急速にデコヒーレンスが発生し、死んでいるか生きているかの古典的な状態へと戻る。デコヒーレンスは、量子の世界と古典的な世界の間の大きな溝となっている。

 量子論理回路の各種の物理的な実現案では、▽比較的長くデコヒーレンス時間を維持できても、より多くの量子ビットの連関は実現できないもの(イオントラップ、核磁気共鳴など)▽比較的多くの量子ビットの連関は実現できても、デコヒーレンス時間が短すぎるもの(超伝導回路、量子ドットなど)――などが見られた。各者を比較すると、超伝導回路は、デコヒーレンス時間を延長してブレークスルーを実現し、利用可能な量子コンピューターを開発できる可能性がより高い。Google社も、超伝導回路による量子計算実現に期待をかけている。

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Googleが支援した超伝導量子計算チップ

量子コンピューターと人工知能

 英国の著名な物理学者ロジャー・ペンローズは、古典的コンピューターに依拠した人工知能(AI)を「皇帝の新しい心」と呼び、現在のAIは裸の王様だとの評価を示した。ペンローズによれば、人間の脳は、古典的コンピューターのような確定的な方式で情報を処理することはないとし、量子の観測は人間の脳のランダム性を与え、量子重ね合わせは人間の脳の全局観を与える(1ビットずつ処理する古典的計算は全局観を欠く)と論じた。ペンローズは、人間の脳は量子コンピューターに類似しているとし、神経学者のハメロフと協力してそのモデルを提出した。

 だが米国マサチューセッツ工科大学の物理学者マックス・テグマークは、室温下のペンローズモデルのデコヒーレンス時間は10-15秒級にとどまったとの計算結果を得て、この時間では量子計算をするにははるかに足りないと論じた。2015年、米国物理学会バクリー賞受賞者の物理学者マシュー・フィッシャーは、ニューロン中のポズナー分子のリン原子核は量子ビットを帯び、デコヒーレンス時間は数分間に達し、これは人類の意識の起源かもしれないとの仮設を提出した。この仮設については論争が続いており、証拠もまったく足りない。量子コンピューターの研究はこの方面でもブレークスルーを実現し、量子と古典とのいずれかの交差点で、人類の意識と知性の起源の問題の答えを見つけることになるかもしれない。そうなれば量子コンピューターの研究は、極めて急速な計算をわれわれにもたらすだけでなく、本当の人工知能の実現の鍵となるかもしれない。

 このように量子コンピューターは開発が成功すれば、人類の歴史において最も偉大な科学技術成果の一つとなる。量子コンピューター研究の任務は重く、道のりは遠い。現在は資金を投入する一方の開発段階だ。そのため多くの人は巨額の投入の価値を理解しない。だが振り返れば、われわれは現在用いている便利で廉価な情報技術も、1950、60年代にベル実験室を筆頭とした研究機関が長期にわたって大量の資金投入を行った結果ではなかっただろうか。われわれの未来の子孫は、量子フォンとAIロボットを用いて、量子インターネット上でわれわれの時代の投入に感謝しているかもしれない。


※本稿は九維空間「量子計算的魅力」(『科学24小時』2017年第10期、pp.18-21)を『科学24小時』編集部の許可を得て日本語訳/転載したものである。記事提供:同方知網(北京)技術有限公司