テンセント第三の改革
2019年1月9日 趙一葦(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)
テンセントは過去20年の間におよそ7年に一度組織変更をおこなっている。初期の職能ごとの部門から、2005年には多元化にともなう部門間調整をはかるためビジネスユニット制を採用、2012年には事業部を再編して、モバイルインターネットを中心にテクノロジーですべてをつなぐ試みがスタートした。そして今回、第三の改革へと大ナタを振るうことになる。
9月29日午前6時、テンセントの劉熾平(リウ・チーピン)総裁は全社員宛てにメールを送信し、社内の組織変更に関する正式な発表をおこなった。主に七大事業群の一部合併統合と新事業群の設置に関するもので、ソーシャルネットワーク事業群(SNG)、モバイルインターネット事業群(MIG)、オンラインメディア事業群(OMG)から、クラウド・スマートインダストリー事業群(CSIG)とプラットフォーム・コンテンツ事業群(PCG)を新設し、既存のWeChat事業群(WXG)、テクノロジー・エンジニアリング事業群(TEG)、コーポレートディベロップメント事業群(CDG)は現状維持、そしてインタラクティブ・エンターテインメント事業群(IEG)ではゲーム部門のみが残された。
社内組織が分割・再構築されたことで、トップの人事にも重要な調整が加えられた。馬化騰(マー・ホアテン)董事長兼CEO、劉熾平(リウ・チーピン)総裁、張小龍(ジャン・シアオロン)高級執行副総裁兼WXG総裁、廬山(ルー・シャン)TEG総裁、この4名の職責には変更がなかったものの、任宇昕(レン・ユーシン)首席運営官がPCG総裁、湯道生(タン・ダオション)高級執行副総裁がCSIG総裁となり、劉勝義(リウ・ションイー)高級執行副総裁は一線を退いた。
写真①:3月25日に中国(深圳)ITリーダーサミットに出席した馬化騰テンセント董事長兼CEO。
写真/視覚中国
今回の変更は、直近6年間で最大規模の組織改革となる。取材によると、今回の調整は人員削減とは関係がなく、テンセント内部でモジュール化された各業務を平行移動し、合併したうえで最適化を図るものという。また以前のメディア情報によれば、PCGの人員数は1万人超と最大の事業群となるうえ、CSIGも5,000人に届く勢いだが、今後も継続して適切な人材を採用するとのこと。
テンセントの新たなステージ、そしてクラウドサービス戦略の更新内容が明らかになりつつある。内部の対立と外的競争は以前から厳しさを増しており、今回の改革は時すでに遅しの感があるものの、創業20年を迎えたテンセントはすでに痛みを伴う改革に乗り出している。
内憂外患
国慶節明けの取引日、テンセントの株価は300香港ドルを割り込んだ。これは直近15カ月の最安値であり、時価総額は1年前の水準に逆戻りした。
テンセントは2018年10月8日の時点ですでに20取引日連続で自社株買いを実施し、総額6.4億香港ドルを費やしてきたが、株価は相変わらず低調のままだ。
テンセントの株価は今年に入り終始軟調だ。3月に17年前からの大株主である南アフリカのナスパーズが2%の持株を初売却すると市場全体に衝撃が走り、株価はさらに4.4%下落し、その後は停滞が続いている。現在の株価〔記事執筆時〕はすでに330香港ドルを下回り下げ幅は30%に達しており、時価総額1兆5千億香港ドル近くを失っている。
株価低迷の一方で、テンセントの業績悪化のニュースも瞬く間に伝えられた。同社が8月に公表した財務諸表によれば、第2四半期の総売上高は736.75億元で前年同期比30%増となったが、営業利益は前年同期比2%減の178.67億元にとどまった。
しかし、市場の信頼への最大のダメージは、元来テンセントの屋台骨を支えていたゲーム業務がネックとなっている点だ。
国家新聞出版ラジオ映画テレビ総局(SARFT)は2018年3月29日に「ゲーム申請・認可の重要事項に関する通知」を公布し、すべてのゲームの承認番号〔中国語で「版号」〕の発行を全面的に停止し、停止期限も明示しなかった。テンセント傘下の複数の人気ゲームも正式な承認番号を取得できず、商業化によるマネタイズができない状況だ。
教育部など8部門が昨年8月に共同で印刷・配布した「児童青少年の近視の総合的予防に関する実施方案」は、インターネットゲームの総量を調整し、新規ゲームのネット上での運営数を制限するものだ。これはゲーム業界に対する厳格な供給制限、また業界自体が頭打ちとなったことを意味する。
規制の影響は歴然で、テンセントのゲーム部門の主力製品「王者栄耀」やサバイバルゲーム〔中国語で「喫鶏」〕などの携帯ゲームでは収入の伸びが軟調となり、商業化に向けた懸念も高まっている。財務諸表によると、売上高は携帯ゲームで前期比19%減の176億元、PC版ゲームで前年同期比8%減の129億元にとどまった。
このほか、増え続ける投資収益も投資家の不安を倍増させている。テンセントの一昨年の年間財務諸表をみると、同社の純利益715億元のうち、投資収益の割合は3割近くにも達している。劉総裁によると、「テンセントは過去数年で600社以上の企業に投資してきたが、これら企業の時価総額増加分は、当社の時価総額をすでに上回っている」という。
このような収益構造および投資に間接的に関与するような経営スタイルは市場の疑問や不満を呼んでおり、それが時価総額にも直接的に表れている。一時は「夢がない」、「投資ファンドのよう」などといった批判の声が絶えなかった。
「市場は現在、テンセントの企業価値をどう評価すればよいのか悩んでいる。現行の経営方式に持続的な収益能力があるのか判断がつかない状況だ」。清華大学グローバル産業研究院の朱恒源(ジュー・ホンユエン)副院長は取材にこう答えている。利益構造からいえば、テンセントの投資収益はすでに正常な割合を超えている。業務面でもゲーム事業の比重があまりに高く、政策的リスクや持続的な収益能力は不透明だ。
さらに致命的なのが、テンセント内部の官僚的気質がイノベーションを深刻に妨げているという噂だ。2014年11月、テンセントクラウドの陳磊(チェン・レイ)元総裁がテンセントを退社し、迅雷社のCTOに正式就任した。十数年前に迅雷が創設されて以来初のCTOとなったわけだが、陳氏の退社理由については、テンセント内部でたびたび牽制にあい、能力が発揮できなかったとの見方が多い。
「企業に官僚的階級システムができあがってしまうと、上級への報告・承認制度の影響で、社員は明らかにイノベーションに及び腰になる。これこそ大企業にすくう弊害だ」。朱氏は率直にこう述べており、テンセントのような大規模企業にとって、安定、イノベーション、内部競争のバランスを図るのは至難の業だという。ただし、ここ2年は新たな大ヒット製品に恵まれていないとはいえ、テンセントにはイノベーション能力がないとの結論に至るのはあまりに性急だろう。
内部環境の面では、テンセントの経営方式、収益構造、イノベーション創出体制はすでに非難の的となっている。また外部環境においては、「コネクティング」戦略を堅持し、「両個半(SNS、コンテンツおよび少しの金融分野)」に専念する同社は新規業務の開拓で絶えずプレッシャーを抱えている。テンセント系列のアプリ「微視」、「天天快報」は今日頭条(Toutiao)系列のアプリ「抖音」(Tiktok)や「今日頭条」の後塵を拝しており、クラウドやスマートリテール業務でもアリババの後手に回っている。SNSおよびスマートテクノロジーの両方で機先を制することができていない。
SNSをベースに成長を遂げたテンセントは、それを通じて発生する膨大なアクセスとオールラウンドなコンテンツをユーザーエクスペリエンスに転化させてきた。「アクセス+コンテンツ」がその業務の本質だったが、現在の市場の構図にあって、この2つの柱は大きく揺らいでいる。
アクセス数でいえば、今日頭条と抖音はすでにテンセントのデイリーユニークユーザー数〔1日のサイト訪問正味人数〕を急速に侵食している。統計調査を手がけるクエストモバイル社によると、昨年6月の総使用時間に占めるテンセント系アプリの割合は前年比6.6ポイント減の47.7%だったが、今日頭条系アプリでは6.2ポイント増加した。アクセス量の奪い合いはトレードオフの関係にあり、テンセントはすでに今日頭条系の激しい追撃を受けている。さらにコンテンツでも、今日頭条系アプリのアルゴリズムによる配信方法が主流になりつつあり、テンセントが一貫して使用してきたSNSによる配信方法はすでに下火になってきている。
内憂外患に見舞われるテンセントの今回の改革は、すでに遅すぎたかのようにもみえる。
後半戦の始まり
テンセントは今回の戦略を消費者向けインターネットからインダストリアルインターネットへのアップデートと呼んでおり、これはインターネット市場での後半戦と産業の生態化に向けた進展でもある。総じてテンセントの戦略の方向性は、インダストリアルインターネット、データ障壁の打開、ゲーム事業によるリスクの低減、この3つを主軸としている。
劉総裁は「インターネットは今後、産業特化型に向かう」と述べている。WeChatユーザー数の伸びはピークを迎えているうえ、市場競争は過激さを増している。既存ユーザーからより大きな価値を引き出せた企業が後半戦の鍵を握るだろう。
朱氏の考えでは、今回の組織変更でSNG、MIG、OMGから、SNS、アクセスラットフォーム、デジタルコンテンツ、コア技術などのセクションを統合してPCGを新設したのは、膨大なユーザー数というテンセントの強みを生かし、本来複数の事業群に分散していたコンテンツ関連業務を一本化することで、「SNS+コンテンツ」をメインに打ち出すためだという。消費者向けインターネット分野の新たな競争に対応した形だ。
この分野では、テンセントはアリババに先を越されている。アリババはECからスタートした企業であり、取引に対してサービスを提供するBtoBでは、ごく自然にC(顧客)からB(企業)に切り込み、「ニューリテール」から「ニューマニュファクチャリング」への拡大を実現できる。このほか、アリババの「3つのNEW」と呼ばれるニューファイナンス、ニューテクノロジー(AI)、新エネルギー(データ)も、同社の取引サイドから生産サイドへの業務拡大を支えている。
反対に、SNSからスタートしたテンセントの強みはBtoCであり、BtoBへの業務拡大はたやすくない。朱氏は同社の今後の方向性について、「SNSでの優位性を発揮し、消費サイドで人と人とをつなぐことができる。さらには今後のIoTのトレンドに乗って人とモノとをつなぎ、ここから他の実体産業(製造業など)に切り込む必要があるだろう」と述べる。
「テンセントはWeChatなどの製品の膨大なユーザー数という強みを利用し、産業シーンの人々に接続し、さらにその人を通じて彼らの業務対象に接触できる。この方法によって、馬化騰CEOが今年の世界人工知能大会で語った理想『人と人との接続から、人とモノとの接続、さらには人とサービスの接続』を実現できるかもしれない」
ソーシャルシーンからオフィスシーンへの業務拡大、これがビジネス版WeChat、プログラム開発支援オープンソース「小程序」、オフィス文書共有・編集クラウドサービス「テンセントドキュメント」を開発した際の重要方針であり、今後もこの方針をもとに垂直分野の産業間を接続できる。新設されたCSIGの今後の使命は、消費者向けインターネットからインダストリアルインターネットへのアップグレードを実現し、他の産業でもデジタル化への転換を推進することに他ならない。
さらには、データの共有もテンセントが直面している大きな課題だ。
テンセントの成長を阻んでいる元凶は、部門間の「データの壁」だというのが業界の定評だ。現状、部門間の業務とデータはそれぞれ独立しており、各データが部門ごとに分断され、オープンになっていない。データ活用という面では、ネットワーク層のデータプラットフォームが構築されておらず、相互利用ができない。さらに外部との連携でも、テンセントとテンセントの投資先企業とは資本関係のみでデータ上の関連がほぼ皆無なため、リソースの融合が実現できていない。
「ABC(AI+ビッグデータ+クラウド)時代にあって、データはテンセントのようなデジタルインフラ企業の生命線だ」。朱氏はこう指摘する。「同社はこれまでユーザープライバシーやデータの安全性を第一に据えてきたため、データ開放には非常に慎重だった。だが現在ではデータ共有はすでに抗えない趨勢となっている。デジタル経済へのモデルチェンジを本気で主導したいなら、自らデジタル生態系を構築する以外にない。膨大なユーザー数をベースに、アクセス量を利用してより多くの垂直分野の産業パートナーを1つにまとめ上げ、データ共有を実現することで、次世代のAI産業生態系を構築できる」
テンセントの今回の組織変更は、この問題の解決に向け技術的なプラットフォームを構築し、各部門間のデータ業務上の垣根を打破する試みでもあるのは間違いない。
新業務に注力する一方で、大切に育んできたゲーム事業については慎重にならざるをえない状況だ。
ここ数年、青少年の「王者栄耀」ゲーム依存症が社会の批判を浴び、これがテンセントの重大な危機となった。政府の規制も相まって、同社はゲーム業務の大きなリスクを意識し始めた。
今回の組織変更で、本来IEGに属していたアニメ、映画およびテレビなどの業務は新設されたPCGに組み込まれ、IEGの業務はゲーム関係のみとなり、16年前の設立当初の状態に戻った。
「現状からいえば、シンプルであるべきだったゲーム事業にそもそも足を踏み入れすぎた」。テンセントが「連接一切(すべてをつなぐ)」を使命とし、「好助手、好幇手(名助手、名アシスタント)」を目標に定めた以上、ゲーム関連業務への過度な依存は避けるべきだと朱氏は考えている。
写真②:2017年12月初旬に四川省成都市で開催されたテンセントゲームカーニバル。
テンセントは自社の改革において、ゲーム業務への依存からの脱却を試みている。写真/視覚中国
クラウド業務で猛追
馬化騰董事長兼CEOは2010年、馬雲(マー・ユン)アリババ会長や李彦宏(リー・イェンホン)バイドゥ董事長兼CEOも同席する深圳での会議でこう言い放った。「クラウドコンピューティングの実現は何百年、何千年後の話だ」。このコメントは今でもテンセントの戦略ミスとして度々取り上げられる。また、クラウド事業への同社の取り組みが遅れた根源といわれている。
テンセントクラウドのリリースは2013年のことだが、すでにアリババより2年も後れを取っており、これが両社のクラウド事業の差を決定づけたとされる。2016年にはテンセントクラウドが同社の戦略的業務となり、馬氏は各シーンで「クラウド使用量」に頻繁に言及し、さらには一地域のクラウド使用度とデジタル経済の発展レベルを関連づけている。
馬氏のクラウド業務に対する重視度は今回の組織改革にも直接反映されている。CSIGは、テンセントクラウド、インターネットプラス、スマートリテーリング、教育、医療、セキュリティ、LBSなどの業界のソリューションの統合を目的として新設された。テンセントでは、少なくとも3つの事業群がSaaSによるクラウドサービスを提供している。
しかし、クラウド業務におけるテンセントとアリババの格差はすでに看過できないのが現実だ。世界的なIT専門調査会社IDCが昨年7月に発表した「中国パブリッククラウドサービス市場半期フォローレポート」によると、アリババクラウドは中国のクラウドコンピューティングのIaaS市場で47.6%のシェアを握る一方、テンセントのシェアはわずか10%にすぎない。またテンセントの売上高はわずか2.51億米ドルと、トップのアリババの5分の1程度となっている。
著名な投資・金融機関モルガンスタンレーも以前、アリババクラウドは中国のパブリッククラウド市場の絶対的かつ主導的地位を占めており、IT業界の巨頭として急成長中であるとレポートしている。
今回の組織変更からも分かるとおり、テンセントはクラウド業務に重点的に注力し、アリババに追いつこうと躍起になっている。「現状では、クラウドサービスを産業分野で真に大規模活用している企業はなく、明確な優劣もつけがたい。クラウド市場での競争はなお初期段階にあり、非常に不安定な構図だ。テンセントにはまだまだチャンスがあり、ファーウェイも自身の可能性を必死に探っている」。テンセントにとって最大の課題は産業用クラウドだが、まずデジタル化ありきのクラウド化であるため、どの業界でまずデジタル化が可能かを見極めているところだと朱氏は述べる。
「長期的には、テンセントが目指すべき方向性は産業の生態化やプラットフォームの構築だが、着地点は未定。テンセントの構造転換の成否は、中国のインターネット産業に多大な影響を与えるだろう」
※本稿は『月刊中国ニュース』2019年2月号(Vol.84)より転載したものである。