330年あまり前に豪雨で水没した都市・泗州城は、火砕流によって地中に埋もれた古代都市・ポンペイになぞらえて「水中のポンペイ」の異名を持つ。このほど、南京博物院考古所の1年間あまりにわたる発掘作業により、泗州城の南西の一部分が再び水上に姿を現し、多くの文化財が出土した。専門家と現地政府は現在、遺跡の修復を計画している。都市・新華社が伝えた。
北周時代に建設された泗州城は、隋代に戦乱で破壊されたが、唐代に再建された。黄河と長江の水運の中心地であったことから、唐代から明代にかけては商船や貨物船が絶えず往来し、「水陸の都会」と呼ばれ栄えた。しかし、黄河河道の変化などに伴い、泗州城はたびたび水害に見舞われるようになる。清の康熙19年(1680年)、1千年にわたって栄えた泗州城は数十日間続いた豪雨により水没した。新華社が報じた。