【14-13】細川護立の美術品蒐集と文化支援(その2)

2014年12月18日

三宅 秀和:公益財団法人永青文庫 学芸課長

日本美術史、特に絵画史を専攻
2002年03月 学習院大学大学院人文科学研究科博士前期課程修了 修士
2007年04月 財団法人永青文庫(現、公益財団法人永青文庫)学芸員
2008年03月 学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程単位取得満期退学
2011年03月 博士(哲学、学習院大学)
2014年10月 公益財団法人永青文庫 学芸課長

その1よりつづき)

 大正15年(1926)2月、44歳の細川護立は神戸を出港した。5月にロンドンで開催の万国議員商事会議出席のため貴族院から派遣されたのである。会議は一週間で終わり、翌年7月に東京に戻るまでの一年余を、護立はヨーロッパにおける東洋美術の鑑賞と研究の絶好機とした。学習院を卒業する頃に陶磁器に関心を持ち、東洋陶磁研究所の奥田誠一らから話をずいぶん聞いていたという護立は、日本を発つまでに中国陶器に関する図書を蒐めて準備していた。ロンドンでの会議と秩父宮を数日迎えたルツェルンでの夏の滞在を挿んで、パリを拠点に、著名な美術蒐集家を訪ねてまわり、学者と交流した。またC・T・ルーら美術商から「三彩蓮華文圏足盤」や「金彩鳥獣雲文銅盤」を購入し、帰国後「三彩宝相華文三足盤」も入手している。混乱していた中国から文物が流出していたことと、古墓からの発掘品という謂れが鑑賞上忌避されなかったため、この当時欧米には、中国美術が多く入ってきていたのだった。元から中国に関心があった護立のコレクションは、この旅行を契機に東洋美術の分野に広がりを見せることになった。

 細川護立がパリで購入した「金彩鳥獣雲文銅盤」は、護立コレクションの中国古代金属器の嚆矢といえる。京都帝国大学教授となる梅原末治(1895~1983、東洋考古)は購入時に護立に同行しており、学問的見地から、購入を進言していたが、実はその購入には前年からの楽浪遺跡の発掘が関わっていた。この発掘は、前述のように護立が資金提供して行われたもので、護立は発掘現場を見学して出土品をじかに見ることがあったが、ヨーロッパ滞在中にも写真によって発掘成果の報告が行われていたらしい。そのような写真で見おぼえた楽浪遺跡の出土品と文様が、「金彩鳥獣雲文銅盤」とすこぶる通ずるものと認められ、護立は、楽浪と密接な関係があるものは是非日本に持ち帰りたいと思ったのであった。その後、護立は洛陽金村出土の「金銀錯狩猟文鏡」をはじめ、中国古代の銀、銅製品を多く入手することになる。

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写真2 国宝 金彩鳥獣雲文銅盤  永青文庫所蔵

 護立は個人的な思い入れを持ちながら、美しい中国の文物を、美術商から購入したのだが、護立は、一人でそれらを鑑賞していた訳ではなかった。

 まず蒐集に際してから護立は、前出の京都帝国大学の梅原末治や東洋陶磁研究所の奥田誠一(1883~1955、陶磁器研究家)ら学者たちの助言を得ていた。「金彩鳥獣雲文銅盤」と「金銀錯鳥獣文管金具」を見に行ったときには梅原末治が同行しており、東京に立ち寄ったC・T・ルーから「三彩宝相華文三足盤」や「銅製馬車」「金象嵌越王銅矛」などを購入したときには、奥田誠一と、関野貞(1867~1935、建築史家、史跡、古建築)が同行して、護立と三人で相談を行っていた。

 護立は、購入後には、入手したものがいかなるものかという情報を、彼ら、親交のあった学者たちに求めもした。例えば、「金象嵌越王銅矛」は、そこに金象嵌された六字を何と読むべきか、黒板勝美(国史)、内藤湖南(1866~1934、東洋史)、濱田青陵(耕作、1881~1938、考古学)、羽田亨(1882~1955、東洋史、言語学)、狩野直喜(1868~1947、漢学、中国学)、羅振玉(1866~1940、金石文、甲骨文)が、護立の依頼に応じようとした。

 学者たちは護立の要請に献身的に応えたのだが、その一方で、学術的な探究心から護立蒐集品の展覧会への出品や熟覧を求めた。護立蒐集品は彼らの研究対象となり、展覧会とその図録や、彼らの論文、著書によって研究成果が公表されていった。昭和3年(1928)に華族会館で行われた展覧会「唐三彩陶器展」には、「三彩宝相華文三足盤」や「三彩蓮華文圏足盤」をはじめとした護立入手の唐三彩が複数出品され、「三彩宝相華文三足盤」はその図録『唐三彩図譜』(東洋陶磁研究所編、岩波書店)の表紙を飾ることになった。また、昭和7年(1932)春の、帝室博物館の展覧会にも護立入手の銀器が出品された。梅原末治は特に護立所蔵品を研究し、いくつも成果を発表している。梅原が護立蒐蔵品を取り上げたものには、「細川侯爵家藏金銀狩獵文鏡に就て」(『美術研究』13号、1933年)、「洛陽金村古墓発見の彫像」(『東洋美術』23号、1948年)『欧米に於ける支那古鏡』(刀江書院、1931年)、『洛陽金村古墓聚英』(小林寫眞製版所出版部、1937年)、『古代北方系文物の研究』(星野書店、1938年)などが挙げられる。

 このように細川護立は、発掘の援助だけでなく、蒐集によっても東洋諸学の進展に寄与したといえるのである。

 だが護立は、東洋の文物を通じて、東洋学という学問にとどまることなく、さらに当時の芸術にも貢献していたことも指摘することができる。

 護立のコレクションのなかに昭和4年(1929)に購入した「加彩舞伎俑」がある。丁寧に著彩、金彩し、箔押しされた華やかな女人傭で、気品ある面立ちで、裳裾のたなびくさまのみで動きを表わし、抑制された美しさがあるものである。護立と親しく交際していた洋画家の梅原龍三郎(1888~1986)は、写生したいと二、三日の拝借を願い出たところ、すぐに認められている。そこで「加彩舞妓傭」をモデルに梅原は、金地に鮮やかな色合いの岩絵具で「唐美人図」を描き出した。護立は作品制作を依頼するばかりでなく、研究者たちに研究材料を見せるのと同じような意味合いで、画家、芸術家たちからの求めに応じて、彼らの制作対象や資料として、所蔵する文化財を貸し出したり見せたりしていたことがわかる。

 また、日本画家の安田靫彦(1884~1978)は、昭和13年(1938)の第2回新文展に出品した「孫子勒姫兵」(霊友会妙一記念館所蔵)において孫子が振り上げた剣やその鞘の図柄を、護立の「透獣文鞘付銅剣」(春秋時代 前6~前5世紀)に取材したらしい。「これは事に依ると僕の持って居るスキタイの銅剣の模様を何かで見て描いたのかも知れないと思って」、美術史家の友人の児島喜久雄に聞いて貰ったところ、靫彦は「細川侯爵のスキタイの銅剣の模様を拝借しましたと答へたさうで、靫彦が常に新しいものを研究して居る態度が実に好もしいと思った」と護立は述べている(『季刊永青文庫』10号、1983年)。靫彦は歴史画家として知られるが、歴史を描くにあたって、描く対象の時代や地域の「らしさ」を作るにあたって、遺物の学習は欠かせなかったはずである。護立が入手した古代中国の実物資料が世に紹介されたのを受けて、その図柄を学んで、靫彦は古代中国の逸話を描く自作に取り込んだのであり、護立の蒐集活動と梅原末治らの研究活動が、靫彦が歴史画を描くのに寄与したといえる。

 中国の文化に幼少から親しんでいた細川護立は長じて遺跡の発掘を支援した。個人的な思い入れから東洋陶磁や東洋考古学の遺物を蒐集したが、蒐集品の展覧界への出品協力や、学者が希望する熟覧調査の受け入れを、彼らが研究成果を公開するのに理解を示した。図版で紹介することにも快く承知したのだと思われる。それは学者たちに対してばかりでなく、芸術家たちに対しても同様であった。さらには蒐集品に間近に接することができた学者や芸術家たちだけでなく、展覧会出品や図版を通じて、東洋陶磁や東洋考古学や古代アジアに関心を持つ者たちにも広く恩恵があったようである。

 以上のような護立の活動において、結果的に文化を支援したことになっただけで、純粋な文化支援は、楽浪遺跡の発掘を援助した一事だけのように見えるかもしれない。だが、護立が個人で行っていた活動は、すぐれた美術品の購入と、その公開、公共の利用への提供、そして保存を行う、現代の財団や企業体、自治体が行っている事業によく通じ合っている。大規模な組織体が行うような活動を、個人で行っていたのだということは、やはり評価すべきではないだろうか。護立が蒐集した文物は、個人の家に相続されはせず、彼が設立した財団である永青文庫が、細川家から寄贈を受けて、現在、保存との兼ね合いを保ちながら一般に公開している。

関連リンク:公益財団法人 永青文庫


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