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【13-015】中国の環境公益訴訟~進む法整備の背景を探る~(その1)

2013年 7月19日

奥田進一

奥田 進一(おくだしんいち):拓殖大学政経学部 教授

専門:民法、環境法
学歴:1993年 早稲田大学法学部卒業
1995年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了(法学修士)
著書:『環境法へのアプローチ』(成文堂)、『確認中国法用語250』(成文堂)ほか

1.急増しているはずの環境被害者

 中国で、環境汚染に起因する健康被害者が急増しているらしい。なぜ不確定な表現方法をとるのかといえば、公式な統計データが公開されていないからである。他方で、中国の環境保護部ホームページ等では、大気汚染や水質汚濁等の個別環境ごとにその汚染状況に関する詳細な統計データが公開されている。たとえば、2011年度の中国全土における二酸化硫黄(SO2)および窒素酸化物(NOx)の排出量はそれぞれ2,217.9万トンと2,017.2万トンであったというが(中国環境公報2011年版)、これはわが国の高度経済成長期の約40倍に及ぶ量であるという。そうであるならば、健康被害者の数も当然のことながら相当数に上っているに違いない。すでに、中国政府も全国におよそ200カ所近くもの「がんの村」が存在することを認めている。「がんの村」とは、非常に高濃度の重金属汚染の影響を受けて、がん発症リスクの高まった人々が居住する地域のことを指す。とくに、淮河流域のそれが有名かつ深刻であり、熊本水俣病研究の第一人者であり、胎児性水俣病の発見者である故・原田正純先生も現地に足を運んでおられる。ところが、こうした「がんの村」の被害者たちが、その法的救済を求めて法廷で闘争を繰り広げる事例はまだ数えるほどしかない。被害者の多くは、その原因について全く理解ができていないか、抗うことについてなかば諦観しているのではないだろうか。

 また、人的被害以外にも目を向けてみると、たとえばわが国にも飛来する黄砂の発生原因である砂漠化なども環境被害であろう。少なくともこの30年間に、内モンゴルから河北省にかけての地域だけでも約10万平方キロメートルあまりが砂漠化し、中国全土ではすでに国土面積の1/6を占める約150万平方キロメートルに達している。この砂漠化によってもたらされる農牧業生産の減産による損失は毎年約17~20億元、間接的な損失も加えるならば約800~900億元にものぼるという。このような莫大な損害をもたらす沙漠化の原因としては、過伐採、過放牧、過開墾が主に挙げられ、これらはいずれも、人口増加による食糧増産の必要性に起因している。中国政府は、社会的および経済的な見地から、とくに1980年代以降、遊牧民に対して従来の遊牧を廃して定着型の農耕と牧畜を行わせる定住化政策を積極的に推進してきたが、それが結果として土地の過剰利用を引き起こしたといっても過言ではない。しかも、それがちょうど気象の乾燥周期と合致していたことも砂漠化を加速させ、さらに、もともと砂質の厚い湖成堆積物でできていたことも流砂地帯を生むもとになっていた。このように、自然的、社会的、人為的要因がそれぞれ複合的に交錯し合って、現在の深刻な砂漠化現象を引き起こしているのである。また、とりわけ過開墾は、農耕民族である漢民族と遊牧民族であるモンゴル族との間で、民族的、感情的対立を深化させており、深刻な民族問題としても認識される。このような砂漠化が環境被害であることは論を待たないが、その原因を探ると自然的現象よりも人為的現象によることが大きく、加害者が存在していることがわかる。しかし、砂漠化に対して、被害者ともいうべき牧民らが何らかの司法救済を提起したとは寡聞にして知らない。

 このような現況に対して、2005年頃より環境公益訴訟に関心が集まり、関連する法整備が疾風怒濤の勢いで進められ、2012年8月31日に第11期全人大常務委員会第28回会議において採択された改正民事訴訟法(2013年1月1日施行)は「公益訴訟」に関する規定を新設した。しかし、環境被害を幅広く救済する道が開かれたにもかかわらず、この制度を利用しようとする動きは極めて鈍いのである。この相矛盾する状況はどのように説明できるのであろうか。本稿では、中国における環境訴訟をめぐる法整備と理論的動向について概観し、とくに近時の環境公益訴訟に関する状況を取り巻く現象について考察することを目的とする。

2.拡大してきた環境汚染概念

 環境公益訴訟が実現するためには、それが対象としている環境汚染被害の概念が、人の健康被害や財産権の侵害(環境を通じて引き起こされる被害)に止まらず、自然景観の破壊、動植物の生息地域の縮減等の環境負荷(環境に対して引き起こされる被害)にまで拡大されなくてはならない。じつは、この30年来の中国の環境関係法制において、すでに環境汚染に対する概念拡張が継続してきたことを指摘したい。

 まず、1986年に施行された民法通則124条は、環境汚染による不法行為について、「国家が保護する環境汚染防止の規定に違反して、環境を汚染して他人に損害を与えた場合は、法により民事責任を負わなければならない」と規定している。環境汚染による損害と責任の概念については、個人の権利利益侵害行為とする見解と、社会性を伴う個人の権利利益侵害行為であるとする見解とが存在していた。とくに、後者については、人間の生存と発展を害する環境汚染に対する責任であると解するが、いずれにせよ同条は人間に損害が発生することを要件としている。

 つぎに、1989年に施行された環境保護法41条1項は、「環境汚染の危害をもたらした場合は、危害排除の責任を負うとともに、直接損害を受けた単位または個人に民事責任を負わなければならない」と規定している。民事責任については民法通則124条と同様に個人や単位への直接損害の発生が要件とされているが、危害排除の責任についてはそれが人的危害であるのか否かについて明確にされていない。もっとも、危害排除に関しては、危害発生という「状態」に対する責任であり、「損害」に対する責任とは異なる構成がとられているといえよう。

 そして、2010年7月1日に施行された侵権行為責任法において、環境汚染の概念が極めて広くとらえられるようになった。民法通則や環境保護法等の環境汚染責任に関する既存の条項を整理統合して登場した侵権行為責任法は、その第8章に「環境汚染責任」という独立した規定(法65~68条)を設けた。同法65条は「環境汚染によって損害をなした場合は、汚染者は権利侵害責任を負わなければならない」と規定している。民法通則124条が環境を汚染して他人に損害を与えることを以てして民事責任の発生要件としていたのと比べると、侵権行為責任法65条は他人への損害発生の有無について触れておらず、保護客体は国家や個人の法益に限定されることなく、環境そのものも包括されると解釈されている。さらに、被害者は現在の世代だけでなく、将来の世代をも射程範囲に含め、彼らに代わって国家が責任を追及する可能性があるという見解も存在する。

 ところで、侵権行為責任法65条は環境汚染による権利侵害の構成要件を規定したものであるが、行為の違法性を前提としていない点において民法通則124条とは異なる。また、同条の規定は、汚染者の過失の有無にかかわらず、汚染によって損害が発生しさえすれば、あらゆる場合において賠償責任を負わなければならないと解釈されている。なお、責任負担の方法に関しても多岐に及んでおり、必ずしも損害賠償だけでなく、侵権行為責任法15条に規定されている「侵害停止」、「妨害排除」、「危険排除」、「財産返還」、「原状回復」等の方法が適用される。

 このように、環境被害者救済を規定した民法通則、危害排除という状態責任も包摂した環境保護法を経て、侵権行為責任法でついに環境損害に対する責任規定が設けられるに至り、環境公益訴訟が成立する基盤がほぼ整ったのである。(その2へつづく)