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【13-016】中国の環境公益訴訟~進む法整備の背景を探る~(その2)

2013年 7月22日

奥田進一

奥田 進一(おくだしんいち):拓殖大学政経学部 教授

専門:民法、環境法
学歴:1993年 早稲田大学法学部卒業
1995年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了(法学修士)
著書:『環境法へのアプローチ』(成文堂)、『確認中国法用語250』(成文堂)ほか

3.改正民事訴訟法55条と環境保護法6条との関係

 (その1よりつづき)2013年1月1日より施行された改正民事訴訟法55条は、「環境汚染、多数の消費者の合法的権益の侵害等の社会公共利益を害する行為に対して法律が規定する機関および関係組織は人民法院に訴訟を提起することができる」と規定する。本条が適用されるためには、①訴訟請求が公益に関するものであること、②原告は法律が規定する機関および関係組織であること、などの条件が満たされる必要がある。「機関」とは人民検察院と行政機関であるとされる。また、「関係組織」とは社会団体、民間の非企業単位、基金会などであるとされるが、その範囲については最高人民法院の司法解釈に拠ると解されている。さらに、これらの機関や関係組織について規定する「法律」とは、立法機関が制定する法律だけでなく、最高人民法院の司法解釈も含み幅広く解釈されている。つまり、司法解釈を通じて原告適格の範囲を拡大させる余地を与え、公益訴訟の制度的担保としているといえよう。他方で、管轄裁判所、訴訟請求の限定方法、原告の証明責任の程度、環境損害に対する鑑定方法、裁判上の和解の可否、既判力の及ぶ範囲など、手続き面において不明な問題が山積していることも指摘しておかなくてはならない。

 しかし、人民検察院と行政機関の一方または双方が原告となって提起された環境公益訴訟のうち、原告勝訴の判決を得ているものは相当多数にのぼるが、社会団体や個人が原告となって提起されたもので勝訴判決にまで至っているものは極めて少数で、なかには審理に付されずにたな晒しになっているものもあるという。このことは、既述の通り、多数の環境汚染被害者発生の事実と環境公益訴訟制度の充実という矛盾となって現れるのだが、これを矛盾として捉えることに問題はないのだろうか。欧米やわが国等において想定される公益訴訟は、「何人も公益に係る問題解決の主体となり得る」というものであるが、中国のそれは「公益に係る問題解決を公権力機関が主体的に解決する」という制度なのではないだろうか。このことは、環境保護法6条の規定が証左しているのではないかと考える。

 環境保護法6条は、「全ての単位及び個人は、環境を保護する義務を負い、かつ環境を汚染し破壊する単位及び個人を通報又は告発する権利を有する」と規定している。通報・告発権は、環境保護法以外の法律、例えば「大気汚染防治法」や「水汚染防治法」においても同様な規定があり、中国の環境保護法体系を貫く重要な権利規定である。「公民の通報・告発権」は、行政機関等が環境汚染者に対してなす刑事告訴あるいは民事または行政訴訟の提起にどのような役割を担っているのであろうか。この問題に対しては、訴権はあくまでも行政機関に留保されており、一般の単位や公民はあくまでも行政機関等に行政的または司法的解決を促すにすぎないと考えることができよう。つまり、公民は環境保護法6条というフィルターを通じて公権力に問題解決を促すことができるのであるが、それはもはや権利ではない。また、公権力の側からしても訴権ではなく、問題解決の義務のようなものなのではないだろうか。

4.「環境矛盾訴訟」が現実ではないか?

 環境公益訴訟をめぐっては、中国内外で非常に高い関心を呼んでいる。とりわけ、わが国では多くの関連する研究会やシンポジウムも開催され、もはや猶予はない状態にまで至った深刻な環境汚染被害者に対して、中国政府がどのように向き合うのかが注目されている。しかし、ここで決して失念してはならないことは、彼の国は社会主義国であってその法思想の根底には欧米諸国やわが国とは異なるものが流れていることである。毛沢東が「人民内部の矛盾を正しく処理する問題について」(『毛沢東選集』第5巻(外文出版社、1957年)収録)において指摘しているとおり、現代中国の歴代政権は人民内部の矛盾の解決に多くの力を注いできたといっても過言ではない。

 毛沢東によれば、「人民内部の矛盾には、労働者階級内部の矛盾、農民階級内部の矛盾、知識人内部の矛盾、労農両階級のあいだの矛盾、労働者・農民と知識人とのあいだの矛盾、労働者階級およびその他の勤労人民と民族ブルジョアジーとの間の矛盾、民族ブルジョアジー内部の矛盾等が含まれる。人民の利益を真に代表するのは政府であり、人民に奉仕する政府は、この政府と人民大衆との間に存在する矛盾や、国家・集団・個人相互間の利益矛盾を解決する義務を負っている」という。環境問題において発生した各利益団体間の矛盾も例外ではなく、中国政府が正しく処理しなくてはならない問題なのではないだろうか。要するに、欧米やわが国の環境公益訴訟を期待してはならず、むしろ「環境矛盾を解決する公的手段」であると考えるべきではないか。一連の関係する法整備は、このような矛盾解決のための地道な努力であったとも考えられるのである。

 さらに毛沢東の言葉を借りれば、「一般的な状況のもとでは、人民内部の矛盾は敵対的なものではない。しかし、その処理が不適当であったり、あるいは警戒心を失ったり、気を緩めたりすると、敵対関係が生ずることもありうる。こうした状況は、社会主義国では、ふつう、局部的、一時的な現象にすぎない。それは、社会主義国では人が人を搾取する制度が消滅され、人民の利益が根本的に一致しているからである」という。しかし、企業や一部の地方政府が人民を搾取し、虐げていないと明確に言えるであろうか。立派な制度の完備も知らず知らされず、今日も多くの環境被害者がひそかに死出の旅に就いている。(おわり)


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