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【14-010】中国倒産実体法の新司法解釈による展開(その2)

2014年 3月11日

屠 錦寧

屠 錦寧(Tu Jinning)

 中国律師(中国弁護士)。1978年生まれ。アンダーソン・毛利・友常法律事務所所属。京都大学大学院法学博士。一般企業法務のほか、外国企業の対中直接投資、M&A(企業の合併・買収)、知 的財産、中国国内企業の海外での株式上場など中国業務全般を扱う。中国ビジネスに関する著述・講演も。

その1)よりつづき

Ⅱ 否認権

1. 総説

 企業破産法では否認権に関する規定が設けられている(31条ないし34条)。すなわち、倒産申立受理前にされた財産減少行為や個別弁済行為について、管財人はその効力を否認してかかる財産を倒産財団に回復することができる。

 否認権の対象は、行為の時期によって、(ⅰ)倒産申立ての受理前の1年以内になされた無償譲渡・不適正な価格による取引・担保供与・債務の期限前返済・債権放棄(企業破産法31条)、(ⅱ)受理前の6ヶ月以内(かつ破産原因があったとき)になされた個別債権者への弁済(企業破産法32条)及び(ⅲ)時期に関係なく否認できる財産の隠匿・移転もしくは債務の架空行為(企業破産法33条)がある。

 この点、司法解釈では、倒産手続が債務者に対する行政整理・強制清算の手続より移行したときは、倒産を伴う制約をさらに遡及させ、上記の1年又は6ヶ月という期間の起算日を通常の倒産申立ての受理日から、上記前段階の手続の開始日に変更される(図1を参照)[1]

図

図1否認権の対象行為

 また、司法解釈は、企業破産法の否認対象について、行為の有害性等に従って運用上の修正を加えた。具体的には、

(1)財産減少行為

 債務の期限前返済について、その期限が倒産申立ての受理時に到来したものは、上記の個別弁済に該当しない限り否認権の対象行為から除外される(12条)。

 債権の放棄については、倒産債務者が正当な理由なく期限の到来した債権を速やかに行使しないことによって、倒産申立受理前の一年以内に訴訟時効経過に至ったときは、かかる債権の時効を受理日より改めて計算するとされている(司法解釈19条)。

(2)偏頗行為

 個別弁済行為について、確定判決・仲裁裁決によって債務名義があるとき又は執行手続に基づくものであったときは、原則として否認権を行使できない(司法解釈15条)。偏頗行為として否認するためには倒産債務者と個別債権者の悪意が要件となっていないが、執行力がある個別弁済行為について、債務者と債権者の悪意を否認の主観的要件、相通じて他の債権者の利益を害する事実を否認の客観的要件としている(司法解釈15条)。

(3)その他の修正

 また、倒産債務者が①生産を維持するために支払った水道代、電気代等の費用、②支払った労働報酬、身体損害賠償金、③倒産財団がこれによって利益を受けたその他の個別弁済についても、否認権の行使が認められない(司法解釈16条)。その理由として、①については正当性を有する行為であること、②については倒産債権間の公平より保護すべき利益があること、③については倒産債権者の利益にとって有害性を有しないことにあろう。

2. 否認権の行使

 否認権は管財人が行使する(企業破産法34条)。行使の相手方は倒産債務者ではなく、対象行為の相手方であり、例えば、対象財産を実際に占有している者、架空債務の場合は架空債務の債権者がこれにあたる(司法解釈9条、17条)。

 否認権行使の効果について、不当価格取引を否認したときは、当事者双方が取得した財産又は代金を返還する。具体的には、倒産債務者の相手方は財団の原状回復義務を負担する。この代わり、財団からは現存の反対給付の返還を受け、現存しない分について共益債権者として償還請求権を有する(司法解釈11条)。役員の異常所得を否認したときは、給与収入の返還による債権は、従業員平均給与で計算された部分について優先的破産債権と取り扱われるが、超過分や業績賞与その他の異常所得の返還による債権は、一般債権として弁済を受けることとなる(司法解釈24条)。

3. 契約法に基づく詐害行為取消権との関係

 中国契約法では、債権者は、債務者が期限の到来した債権を放棄し、又は財産を無償で譲渡する行為(以下「詐害行為」という。)について、債権者に損害を与えたとしてこれを取り消すよう人民法院に請求できる(契約法74条)。倒産処理手続においては、個別債権者による詐害行為取消権の行使は、優先弁済を受けるための個別権利行使として原則認められない。また、倒産財団に属する財産の回復という観点からは、管財人による否認権の行使によって果たされている。しかし、管財人が否認権の行使を怠ることもあるため、そのときに否認権の行使に機能的に代替できるものとして、個別債権者による詐害行為取消権の行使は例外的に認められている(司法解釈13条1項)。当該例外は、権利の行使によって回復した財産が倒産財団に帰されることを条件としている。優先弁済を受けるための個別権利行使ではないため、相手方には債権者が行使する権利は自身の債権を超えたことを理由に抗弁することができないとされている(司法解釈13条2項)。

 管財人は職務を遂行するにあたって、善管注意義務を負っている。これに違反し、例えば、過失によって否認権を行使せず、倒産財団を不当に減少させた場合は、企業破産法では、人民法院によって過料を科されるほか、これによって損害を被った者(債務者、債権者、第三者)に対しても民事賠償責任を有することになる(企業破産法130条)。ただし、これだけでは債権者の救済がかなり限定されているため、司法解釈によって上記個別債権者による詐害行為取消権を例外として認容した。もちろん債権者は相手方に対して上記詐害行為取消権を行使できるほか、管財人に対して損害賠償を請求することもできる(司法解釈9条2項)。これは、企業破産法130条に定める管財人の損害賠償責任を超えるものではない。

4. 高額役員報酬の否認

 企業破産法36条では、倒産債務者の役員が職権を利用して取得した異常所得については管財人がこれを取り戻す(倒産財団に回復させる)とされている。司法解釈では、「異常所得」の認定について、職権を利用して取得した業績賞与、従業員への賃金支払いを遅らせながら得た賃金収入その他の異常収入を対象として定めている(司法解釈24条)。また、企業破産法において何ら時期的制限もないのに対して、司法解釈は、否認の対象となる異常所得について、破産原因が存在するにもかかわらず取得されたものに限定している。

 倒産債務者の財務状況が悪化し続けるにもかかわらず、役員等の内部者が職権を濫用して、高額な報酬、賞与等の形式で会社の資産から個人のために利益を図った場合、従業員や債権者の利益を害した行為として否認の対象になるため注意が必要である。

5. 法定代表者その他の責任者に対する損害賠償請求

 企業破産法では、倒産債務者が否認権の対象行為を行い、債権者の利益を害したときは、その法定代表者及びその他の直接責任者が法により賠償責任を負うとされている(128条)。司法解釈では、上記賠償請求権は管財人が行使することを明記し、法定代表者又はその他の直接責任者に「故意又は重大な過失」があることを損害賠償請求の主観的要件として定めている(司法解釈18条)。内部者である法定代表者その他の直接責任者が倒産債務者の財務状況の悪化を知らなかったと言いづらいため、管財人の主張に対して故意又は重大な過失がないと反論するのが難しいと考えられる。

(その3につづく)


[1]行政機関が解散決定、人民法院が強制清算申立ての受理決定を行った日(司法解釈10条)。