【07-01】トップインタビュー「13億人国民の食料増産に寄与した農業科学、中国農業科学院の濯虎渠院長が語った発展状況」

2006年12月20日

馬場錬成(中国総合研究センター センター長)、内野 秀雄(同研究センターフェロー)

 自給率100パーセントを誇る中国の農業は、この30年間で1.7倍の増産を達成し、いまなお農業の近代化に多角的に取り組んでいる。その中 心的立役者は、中国農業部の直轄下にある中国農業科学院だ。農 業の基礎研究、応用研究、ハイテク産業開発研究の3本柱を中心に、農業だけでなく農村建設に 関わる科学技術の課題解決、農業科学技術による農業の振興、さらに次世代へとつなぐ人材育成にも力を入れている。出 版事業や国内外との技術交流・協力促進 事業など幅広く活動する状況を中国農業科学院のトップ、濯院長にうかがった。

写真1

1万1000人の職員と39研究所(センター)を擁する農業科学院

 日本の食料自給率が40%程度であるのに比べて、中国は100%と言われています。日本のスーパーマーケットに行 くと、中国産の農産物が多数販売されていて、日 本国民は中国の農業に深い関心を持っています。中国の農業経済発展に寄与する中国農業科学院の研究戦略を聞 かせてください。

 中国農業科学院は、改革開放以来、党と政府の肝いりで科学技術の研究能力を高め、人材養成に力を入れてきた。国内外で農業科学技術交流と協力 を行い、農業経済の発展に取り組んでいる。日 本と中国は一衣帯水の隣国であり、中国の農業は今や日本にも大きく影響する存在になってきた。

 中国は、13億人以上の国民の食糧を安定的に確保することが第一であり、努力した結果、10年前に衣食の問題はほぼ解決した。しかしまだ、 3000万人の衣食の足りない国民がいる。都 会は発展してそれなりによくなってきたが、農村はまだ未開発地域も多い。人によっては、都会はヨーロッパに なったが、地方はまだアフリカ並みという人もいる。

 農業の発展は科学技術によるところが大きい。中国の食糧の生産量は、70年代は3億トンだったが、今は5億トンになった。この30年間でこれだけ増えているのは科学技術が寄与した結果である。

図1

 穀物生産高は、1978年から毎年増加して、3億トンから5億トンへと安定した生産高になった。穀物生産は天候など自然条件に左右されること も多く、生産高を下げる年もあるが、再び盛り返している。ま た、食肉は8000万トン、卵とミルクはそれぞれ2900万トンに達している。

図2

 中国の近代化は、食生活にも大きな影響を及ぼしている。大豆の生産高は毎年ほぼ安定しているが、食肉、ミルクなどは近年急増している。中国人の食生活が多様化と欧米化していることを示している。

 農業科学院では、農作物と家畜の品種改良に積極的に取り組んできた。たとえば、イネの品種改良や綿花の病害虫防除による増産などの研究成果は、世界のトップレベルと思っている。

 日本との農業技術交流でも、色々な成果を上げている。日本から導入したビニールハウスによる栽培法は、さまざまな農作物の栽培に非常に効果があった。日本の陸稲技術では、苗 と苗を間引く日本式栽培法を導入して収穫をあげることに成功した。

 中国農業科学院は、北京の大学や中国科学院傘 下の研究所が集まっている中関村地域にある。1957年に設立された全国の農業総合研究機関である。その任務は、基礎的な研究から応用・実用面での研究ま で多岐に亘っており、科学技術研究者は約6000人いる。一般職員と行政幹部がほぼ5000人近くおり、試験農場牧場面積は7600ヘクタール、草地は 1300ヘクタール、山 林は4700ヘクタールになっている。

 中国農業科学院は濯院長が学長を兼任している中国農業科学院研究生院(大学院)を持っており、そこでハイレベルの農業研究者を育成していると聞いています。農業研究の人材育成について聞かせてください。 

 農業科学院は、欧米や日本のようにたくさんの農業研究の人材を育てたいと取り組んでいる。高級研究者の80%以上が、海外で留学経験をした人だ。海外に留学して修士や学位を取得して帰国してきた人が多い。< < < <   このような人材が多くの品種改良や穀物収穫の増産に貢献してきた。

 中国農業科学院には2つの国家重点実験室、20の部門重点実験室があると聞いています。何をどのように研究しているのでしょうか。

 中国農業科学院は、現在5つの国家重点実験室において、鳥インフルエンザ(ハルピン)、植物保護(北京)、水稲栽培(杭州)、動物栄養飼料 (北京)、口蹄疫(蘭州)な ど5つの重点分野の研究を進めている。東南アジアで鳥インフルエンザが流行した時に、ベトナムなど7カ国にワクチンを提供し て、鳥インフルエンザの沈静化に貢献した。現在鳥インフルエンザは流行していないが、研 究はその後も続いている。

写真2

日本向けには遺伝子操作をしない大豆を輸出

 新しい農薬が開発され、品種改良が進むと、食の安全性の問題が出てきます。また、遺伝子操作による品種改良が世界 中で行われているが、消費者の中には、これに反対する人々もいます。日 本は中国の農産物を大量に輸入しており、食の安全性に非常に関心が深い。食の安全に ついての研究にはどのように取り組んでいるかお聞かせください。

 遺伝子操作には、中国も先進国と同じように悪影響が出ることを考えて非常に慎重に取り組んでいる。遺伝子組み替えの研究では、綿花の栽培で病 害虫に強い品種を新たに開発した。現 在BT抗害虫綿の栽培を本格的に行っているが、水稲とトウモロコシの栽培はまだテスト段階である。

 中国はアメリカ、ブラジル、アルゼンチンからDNA改良をした大豆を輸入している一方で、遺伝子操作をしていない中国産の大豆を日本に輸出し ている。中 国から日本への輸出では農作物が一番品質のいいものを出している。日本は食の輸入に対しては規制のハードルが高く、いろいろ厳しい基準がある。 例えば、コメの検査でもかなり多数の項目がある。

 食の安全問題に対しては、中国でも国民の関心が高くなってきた。昔は基本的に食糧を確保することが第一であり、食料の安全性に配慮する余裕は なかった。しかし今は生活が豊かになり、国 民は食の安全性に関心を持つようになったので、農業科学院も安全性について積極的な研究に取り組んでいる。

農業の持続的発展で日中の研究プロジェクトが発足

 海外との農業技術交流・協力について伺うと、濯院長は即座に独立行政法人国際協力機構(JICA)との協力関係をあげた。

濯院長とJICAによると、1997年9月、当時の橋本龍太郎首相と中国の李鵬首相の間で「21世紀の夢の実現」を話し合っている中から、日本から農業技術支援をすることが決まった。

中国側が建物を建設し、日本側の無償資金協力(ODA)で研究用機材を整備して研究体制が整った。

2002年2月から、JICAの技術協力プロジェクト「 持続的農業技術研究開発計画」がスタートし、日本人専門家が北京に派遣され、中国の「 持続的農業発展」を 目指して研究協力が始まった。

 2002年6月に「中日農業技術研究発展中心」が設立され、この年の10月には、橋本龍太郎元首相ご夫妻がセンターを訪問した。このプロジェクトは、2007年2月に終了する。

 中国総合研究センターのミッションの一つは中国の科学技術政策、研究開発成果の発展状況などを日本国内に伝えると 同時に、日本の科学技術政策、研究開発成果の情報発信を行い、日 中の相互理解を深めることです。農業科学院は日本の研究機関または大学とどのような農業科 学技術交流・協力事業を推進しているか聞かせてください。

 日中両政府の合意に基づくJICA無償援助プロジェクトは、2002年2月からスタートして2007年2月まで実施される。農業科学院の敷地 に建てられた中日農業技術研究発展センターには、い ま日本から女性1人を含む5人の専門家が来ている。援助総額20億円のうち、15億円は研究設備費であ り、5億円は5人の派遣費など諸経費になっている。

 先ごろ行われたこのプロジェクトの評価では、十分にその目的を達成したものとして高い評価を受けた。

 このほかにも、香川大学、東京大学、京都大学と農業技術交流を行っている。先日も京都大学といっしょに農作物の遺伝育種についてフォーラムを実施したばかりだ。また、農水省の農業研究センターとは先日、協 力協定を締結した。

インタビューを終えて

 北京の中関村には、北京大学清華大学などの中国を代表する大学や中国科学院の多くの研究所が並んでいる。その中で、中国農業科学院は、大きな敷地を擁した研究所として存在感があった。

 濯院長は、一枚の紙片をひらひらさせながら会見した部屋に颯爽と入ってきた。中国の科学技術関係のリーダーは、どの方も若くエネルギーを感じさせる。持参していた紙片は、よ く見ると私たちが事前に送っていた質問書だった。

超多忙と聞いていたので質問書をあらかじめ送っておいたものだが、濯院長はときたま紙片に眼を落としながら、よどみなく中国の農業研究の現状を語ってくれた。てきぱきとした言葉遣いと、こ ちらの質問に迅速に対応する態度は、リーダーらしい風格がにじみ出ていた。

 インタビューの最後に「日本との農業交流が近年減少傾向にある。中国総合研究センターのホームページで、是非、中国の農業の発展状況を日本国 民に紹介してもらいたい。今 後とも中国総合研究センターと情報交換及び研究協力を進めていきたい」と語った。約束の1時間が来ると、濯院長は次のスケ ジュールに追われるようにあわただしく去っていった。


中国農業科学院とは

 1957年3月1日に設立された国の農業科学研究機関であり、農業の基礎研究、応用研究、ハイテク産業開発研究の3本 柱を中心に、農業及び農村経済建設に関わる基礎的、方針的、全 局的でキーポイントとなる重要な科学技術の課題解決、科学技術による農業の振興、ハイレベル の人材育成、農業科学技術関連出版事業の発展、国内外との科学技術交流・協 力促進事業など幅広い分野で重要な役割を果たし、中国の農業の近代化に貢献して いる。

農業科学院所属の研究所(センター)は39、国家重点オープン実験室は2、部門重点実験室は20、国家農作物品種改良センターは6、国家・部門品質監督検 査テストセンターは27、全 国的な作物DNA及び近縁種野生資源農園は11、農牧試験場は26である。この他に、農業科学院は国家級農作物遺伝子バンク、 研究生院(大学院)、中国農業科学院科技文献情報センター図書館、中 国農業科技出版社を擁している。現有職員は約1万1000人である。約6000人いる 科学技術者の内、研究員は344人、副研究員は1181人、博士は379人、修士は714人、中国科学院院士は3人、中 国工程院院士は8人になっている。

中国の国際的地位の向上と農業科学技術の発展につれて、中国農業科学院は世界の60以上の国と地域の農業科学研究機関、大学、国際組織、国際農業研究センターなどと様々な農業科学技術交流・協 力事業を推進している。

※ 2006年11月現在調査 (出典:中国農業科学院ホームページ)


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