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【15-08】悩み解決法 日中大学生で大きな違い

2015年 2月20日 小岩井 忠道(中国総合研究交流センター)

 悩める若者がいるのは日中両国とも同じ。しかし悩みを抱えた本人、周囲の対応にはだいぶ差がみられる―。そんな日中両国の大学生像の違いが1月28日、国際交流基金主催の講演会から浮き彫りになった。 

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 講演したのは同基金の知的交流事業で昨年11月訪日し、東京大学客員研究員として日本に滞在中の李樺(りか)中山大学哲学科教授(教育心理学)。学生に対する心理健康教育のほか、中 山大学心理健康教育カウンセリングセンター主任として実際に心理カウンセリングにも当たっている。2008年の四川大地震の際には、現地を何度も訪れ、被災者、支援者の心理的ケア活動を行った。李 氏たちによって自殺を思いとどまったり、他人を傷つけたりしないですんだ人たちは200人以上に上るといわれる。

 都市部、特に男の大学生の自殺が増えている。優秀な大学の方が学生の自殺率は高く、家庭環境の違いで見ると再婚家庭の子供の自殺率が高い。どういう価値観を持ってよいか分からない、他 人とのコミュニケーションがうまくとれない、といったことが自殺の原因になっている。大学はメンタルヘルスに力を入れており、中山大学では1980年代後半に心理健康教育カウンセリングセンターがつくられた。大 学の学生寮の仲間などから自殺の恐れがある学生がいるといった報告があると、指導員、クラス担任、学部長などが話し合った上で、センターに送る。学生同士、指導員、先生、家 族が皆で学生をケアするさまざまな仕組みができており、200人の学生に1人の指導員がいる―。こうした実態が李氏から紹介された。

 日本の大学生との違いは、司会役の阿古智子東京大学教養学部准教授と、コメンテーターの植松晃子ルーテル学院大学総合人間学部准教授、さらに会場の参加者も加わった講演後の討議から明らかになった。「 進路や学業の悩みを抱えており、幸福感があまり深くない学生がいることや、学校教育で自殺を予防しようとしているところは日中とも似ている。ただ、日本の学生は、カウンセリングや心理相談に対する偏見が強く、困 っても相談しないため心理の専門家の支援につながりにくい」。学生の心理カウンセリングも行っている植松氏が、まず李氏の講演に対する感想を述べた。

 「中山大学は4つのキャンパスに相談室がある。相談に来る学生は多く、カウンセラーの数は少ないので、予約してもらい切迫性などを考慮、順番を決めて対応している。中 国では悩みを解消するのは自分の責任で、大学は自分のために相談に乗ってくれると考える学生が多い」。李氏は実情を説明するとともに「学生は皆、寮生活をしているので、悩 みを抱えている学生がいると誰かが気付いて教えてくれる」と日本との違いを指摘した。

 加古氏は「カウンセリングを積極的に受けるのは、人との関係はつくり合うものという中国人に特有な考え方があるからではないか」と語るとともに、農村から都市に出稼ぎに出てきた親たちが、居 住地を異動することで視野が広くなった結果、子供たちに対する期待が膨らみ、子供たちが感じるプレッシャーも大きくなる、という中国での研究活動に基づく見解を述べた。

 「1980年代、90年代生まれはナイーブな子が多い。ネットで多くの情報を得て、発信もできる。特に95年以降に生まれた子供たちは賢くなっている。農村の空洞化や、社 会で親しい人がいないといった心の空虚さから出て来る悩みが多く、伝統に何かを見つけたいと望むことが流行のようになっている」。李 氏も中国社会の急激な変化が若者の悩みに大きな影響を与えているとの見方に同調した。

 80年代、90年代以降生まれの世代は5年の違いでも考え方の変化が激しい―。阿古氏は、さらに李氏が講演の中で話したことを捉え、「政府や党が期待する理想像と、こ うありたいと思う若者の考えにギャップがあるのでは」と問いかけた。

 これに対する李氏の答えは「人々の考え方も理想とするものも中国では北と南、東と西では全く異なる。親の考え方も地域によってさまざまだ。ただ、家 庭の影響を受けることはあっても政府の影響はほとんどない」。

 中国は小中高校生だけでなく大学生も猛烈に勉強する、ということをよく聞く。15歳生徒を対象にした経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)でも、上 海が世界でトップの成績であることが裏付けられている。

 李氏は「全てのリソースを子供のために使う家庭が多い。勉強すればよい成績がとれてよい仕事に就けると言われ、小中学生の時から勉強しなければというプレッシャーは大きい」と認める一方、日 本にはあまり伝えられていない意外な面も明らかにした。

 子供の時に掃除をしたこともなく、よい大学に入ったので後はクラブ活動をやればよい、と考える大学生がいるということだった。

 中山大学は、孫中山(孫文)が創立した1924年に創立した歴史と伝統を誇る総合大学で、112ある中国国家重点大学の一つ。広東省広州市と珠海市に4つのキャンパスがある。 


関連ウェブサイト

国際交流基金講演会「 中国の青少年は何に悩んでいるのか

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