【14-01】安倍総理の靖国神社参拝に想う(上)

2014年 2月27日

服部健治

服部 健治:中央大学大学院戦略経営研究科 教授

略歴

1972年 大阪外国語大学(現大阪大学)中国語学科卒業
1978年 南カリフォルニア大学大学院修士課程修了
1979年 一般財団法人日中経済協会入会
1984年 同北京事務所副所長
1995年 日中投資促進機構北京事務所首席代表
2001年 愛知大学現代中国学部教授
2004年 中国商務部国際貿易経済合作研究院訪問研究員
2005年 コロンビア大学東アジア研究所客員研究員
2008年より現職

 さる12月26日、安倍総理は政権成立1周年の節目に当たり戦没者の霊に哀悼をささげるということで靖国神社を参拝した。今回の参拝では中国、韓国のみならず、同盟国である米国までも「失望」という意思を表明し、EUも懸念を表した。こうした情勢をとらえ中国は、尖閣諸島(中国呼称は釣魚島)の領有問題では中国にあまり同調する国がないこともあり、靖国参拝の背景にある歴史認識問題を全面に押し出し、日本に“歴史修正主義”とのレッテルを張り、外交的攻勢をかけている。いまや靖国問題は日本外交の大きな桎梏の様相を呈している。

 私は総理の靖国神社参拝は反対である。それは中国、韓国が批判するから反対ではなく、靖国問題は要するに先の大戦をどうみるか、A級戦犯をどう考えるかという問題に突き当たり、日本人自らが戦争を総括し、責任はどこにあるかを追及していないという意味で反対である。

 本当に個人的に戦没者の霊を慰め、戦争の反省と平和の祈願に行くことは信教の自由で、私も安倍総理の心境は理解できる。しかし、公人の立場である限り、政治と宗教の分離という憲法問題に抵触し、なによりも外交問題としてかまびすしい。憲法も外交も関係なく、心の問題に外国があれこれ言うのは内政干渉で心外だ、「信教の自由」と「心境の自由」の問題だと抗弁する人々もいる。それは日本の将来の進路を狂わせる狭隘な論議である。

 靖国参拝は日本の伝統だとか、霊を分祇できないなんて本当か。ことさら日本文化の独自性を強調する論を聞くと何か大きなことが抜けているような気がする。その基層にあるのは傲慢と姑息さと異民族に対する気配りの欠如である。昭和初期の日本はそれで猪突猛進した。

 靖国問題では中国、韓国の対日批判がセンセーショナルに取り上げられるのに比して、昭和史の史実を学校教育で教えることがそもそも少ない。また戦争では日本だけがいつも悪者にされていると反駁する論もある。それじゃ誰がそんな戦争を導いたのか。それは言わずとも知れた大日本帝国陸軍を中核とする軍部である。その頂点に東条英機がいた。A級など「戦犯」の決め方については連合軍の復讐的な意志もあったことは間違いない。極東軍事裁判でインドのパール判事が主張した「日本無罪論」は、要するに植民地帝国の欧米が同質の日本を裁く権利が国際法にあるのかということにつきる。だからといって、東条以下の最高級軍幹部の責任が軽減されるものでない。日本国民に対する責任は依然重大である

 では軍部(軍閥)は何をしたのか。第1に、昭和初期から暴力の威嚇でもって、当時芽生えつつあった日本の議会制民主主義を崩壊させ、多様性、独創性の花が開きつつあった日本の文化、芸術を萎縮させてしまった。また、国民の生活を統制へと導き、思想弾圧と対外侵略の国家体制に変えていった。世界恐慌、共産主義(コミンテルン)の脅威といった外在的要因があったとしても、余りにも強圧的、独善的な軍部が日本を狂わせた。

 第2に、その大日本帝国軍部が発動した戦争はどんなものであったのか。一般論でいうと戦争は避けなければならない。しかし戦争は事実として存在するし、戦争指導者は戦争行動の原因、過程、結果に責任を負う。

 太平洋戦争では300万近い将兵が死んでいった。そのうち半分以上は弾に当たって死んだのではなく、餓死と病死と輸送船の沈没のために南方戦線で死んでいった。そんな無謀、無策、無責任な作戦を指揮した軍統括の中心に東条以下A級戦犯がいたことは事実である。兵士なら弾に当たって死ぬのは本望かもしれないが、飢餓、疫病で死んでいくとは、一体どんな作戦を指導してきたのか。

 ガダルカナル消耗戦を見よ。これが餓死とマラリヤ病死の始まりである。軍指導部のうぬぼれと偏執、そして無策、無能の典型的な作戦である。東部ニューギニア戦線を見よ。オーエン・スタンレー山脈を越え、ポートモレスビーの灯を見ながら退却、敗退しブナ、ラエ、アイタベへと餓死者が累々。ビルマ戦線を見よ。インパール、コヒマからミートキーナ、そしてユーコン峡谷と蛆虫湧く白骨街道といわれた。末端の日本兵は勇敢であったが、弾も食料もなく戦った下士官兵は不憫でならない。フィリピン戦線を見よ。レイテ島からルソン島までただ山中を逃げるだけであった。そして最後に沖縄である。住民を巻き込んだ沖縄戦の悲惨さは語るまでもない。さらにアッツ島から始まり、マキン、タラワ、ペルリュー島を経てサイパン、テニアン、グアム、そして硫黄島の玉砕、最後に神風特攻隊。こんな惨烈な事態をもたらした指導部は東条をはじめとする軍司令部ではないのか。

 会社にあって事業を失敗させ、従業員を路頭に迷わせたとき、誰が一番責任をとるのか。会長、社長はじめ取締役ではないか。そんな彼らと一般従業員とを一緒にはできない。東条以下の刑死者は多くの無名の戦没者と一緒に祭壇に並べられるのか。

 そもそも太平洋戦争の原因は日中戦争(支那事変と呼称)にあり、さらにその原因は満州事変に遡ることができる。東京の中央司令部は反対したにもかかわらず、出先の関東軍が中華民国の領地に侵攻し満州国を立てる。満州を守るために軍部は華北分離を策動し、結果的に盧溝橋事件が勃発する。上海事変を契機に日中戦争は拡大し、蒋介石政権への物資補給路を遮断するために華南からフランス領インドシナ(仏印)を占領し、とうとう米国との戦争になるのである。この過程で明確な戦争の理念や軍略があったのか疑問である。

 さらに戦争終結に向けても、ドイツが崩壊し、沖縄戦に敗北したあとせめて1945年7月中に日本が敗戦を受け入れておけば、原爆投下やソ連参戦といった悲劇は避けられたに違いない。ここにおいても当時の軍指導部は決断力がなく、“戦争の負け方”も理解していなかった。明治期の指導者と違い、昭和期の戦争指導者はあまりにも胆力、智力が劣り、歴史への責任、国際大局の判断、情報収集能力が欠落していた。

 第3にそれでは「大東亜戦争」はアジア解放戦争だったのか。畢竟日本の軍部が太平洋戦争を発動せざるを得なかった根本要因は2つある。ひとつは戦争継続のためインドネシアの石油はじめ南方資源の確保が必要であったこと。あとひとつは重慶に閉じこもった蒋介石軍の包囲と中国戦線の全面平定である。そのためにビルマ占領による援蒋ルートの遮断とインド侵攻による中国完全包囲が意図された。これら2つの要因が太平洋戦争の実質的原因である。東亜解放は後付けのスローガンにすぎない。

 確かに中国、韓国と違ってインドネシア、ビルマ(現ミャンマー)、ベトナム等においては、日本の戦争には肯定的なムードが強い。それは欧州の宗主国を日本が武力で駆逐し、長期にわたる植民地体制を瓦解させたからである。

 戦時下の日本の青年に「アジア解放」という気持ちがあったことは事実であろう。また、満州において「五族協和」「王道楽土」を夢見ていた人々がいたことも疑いない。だからといって、「大東亜戦争」がアジア解放戦争といえるのか。もしそうなら、なぜ、そもそも中国侵出をしなければならなかったか。アジア解放というなら、まず中国と提携し、欧米列強に対抗すべきであろう。その中国を敵にまわし、何がアジア解放か。辛亥革命の時代には中国を支援した多くの日本人がいたにもかかわらずだ。

 帝国陸軍は中国で何をしてきたか。『日本鬼子(リーベンクイズ)』(Japanese Devils、松井稔監督、2001年作)という映画がある。14名の元日本兵(士官、軍医も含む)が赤裸々に現地中国戦線で犯してきた事実を語るドキュメンタリーである。中国人を“チャンコロ”と蔑み、家畜同様に「処理」してきた。それが歴史の実態である。独立国家、当時の中華民国の主権が及ぶ国土に日本軍が武力を発動すること自体が、すでに主権侵犯の「侵略」である。これさえも認めない人々が日本にいることは、実に恐ろしく、哀れで悲しい。

 最高戦争責任者の霊を祀る靖国神社参拝で中国が怒るのはもっともである。中国共産党の主張には誇張があり警戒がいるとしても、日本に対する中国の多くの庶民の感情はやはり「憎悪」と「憤怒」である。中国の庶民、農民は何百万と殺されている。中国政府が靖国参拝を何度もやめてくれと言っているのに、日本の総理が実行するということは、中国人にとって日本は今でも中国をバカにしているのかと感じさせる。中国大陸における日本軍の蛮行を日本の学校でも負の遺産として正視して教えるべきである。盧溝橋事件も柳条湖事件も聞いたことがない生徒、学生が増えている。日本が尊敬される国家になるために過去を直視することは必要である。そのことによって日本の尊厳が傷つくことはない。日本の歴史には輝かしい側面もあれば、暗部もある。それを認めて進歩することが日本の威厳である。いつもずっと日本が正しかったと豪語することは恥である。日本はもっと自信を持つべきだ。


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