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【11-001】日本を追い抜いた中国の科学技術

2011年 1月26日

沖村憲樹

沖村憲樹(おきむら かずき):独立行政法人科学技術振興機構(JST)顧問、JST中国総合研究センター上席フェロー

昭和15年生まれ。
昭和38年 3月 中央大学法学部法律学科卒業
41年 4月 科学技術庁研究調整局調整課
55年 7月 振興局管理課情報室長
61年 7月 科学技術政策局調整課長
平成 1年 6月 科学技術庁科学技術振興局企画課長
6年 7月 研究開発局長
7年 6月 科学技術政策研究所長
7年12月 科学技術振興局長
8年 6月 長官官房長
10年 6月 科学審議官
11年 7月 科学技術庁参与
11年 9月 科学技術振興事業団専務理事
13年 7月 科学技術振興事業団理事長
15年10月 独立行政法人科学技術振興機構理事長
19年10月 独立行政法人科学技術振興機構顧問

※科学新聞投稿文より修正

 中国は、本年4月から6月期、GDPがついにわが国を抜いて世界第二位となるなど、経済分野はもとより、外交、軍事、文化、科学技術等あらゆる分野で、世界中に圧倒的存在感を示している。

 科学技術の面では、総合的に見ると、日本は最早中国に追いつかれ、その差は猛スピードで開きつつあり、長期に亘って取り返しのつかない状況になりつつあると考えている。そう考えるに至った現状をいくつかの面から説明したい。

1 世界のトップを目指す世界最高最大の大学集団

(1)圧倒的に膨張する大学

 中国は、建国以来一貫して、「科教興国」を国の最重要政策として掲げ、科学技術の振興、教育の充実を強力に進めてきた。その結果、大学(普通大学、高等専門学校、民営大学等)は、2008年には、3446校となり、2007年から1年間で、316校増えている(図1-1)。その在学生数は1104万人、日本は、251万人である(図1-2)。現在の高等教育就学率は、23.3%である。ちなみに、日本は58%、韓国は98%。急速な経済発展、国民の強烈な向学心、政府の強力な政策を考慮すると、今後も、これまでと同様に、急速なる大学及び大学生の増加が予測される。

図1-1

図1-1 日中大学総数の推移

注:日本の数字は、大学と短大の数の合計である。
中国の数字は、「科学研究機構大学院」、「普通大学」、「民営大学等」の数の合計である。

出典:日本のデータは、「文部科学白書2008」、中国のデータは中国統計年鑑2005~2009をもとに作成。

図1-2

図1-2 日本と中国の大学・大学院在学者数の推移

注:中国の場合は、高等職業学校(専科)を除く普通高等教育機関の在学者数である。

出典:「中国統計年鑑(2009年)」及び「文部科学統計要覧・文部統計要覧」(平成21年度版)により作成

(2)大学への投資拡大と選択、集中政策により、世界最高水準に近づく

1)高等教育機関への投資拡大

 膨大な数の大学のレベルを上げるため、中国は、高等教育経費を年十数パーセントと急速に拡大している。(図1-3)その結果、2006年には、中国11兆円(購買力平価35.96円換算。以下同じ。)わが国は、3.5兆円と3倍以上の格差が生じ、益々開きつつある。

図1-3

図1-3 日中高等教育機関の教育経費推移

注:中国の経費は、「科学技術要覧 平成21年版」の「購買力平価による円換算率」による計算されたものである。

出典:日本のデータは「文部科学白書」2005~2008年、中国のデータは「中国統計年鑑」2005~2008年を基に作成。

2)選択集中投資

 中国は、大学の水準を世界レベルに上げるため、選択集中投資政策をとっている。

 1993年、21世紀までに世界レベルの大学を生み出すための集中投資政策「211工程」政策が提唱され、今日112大学が選定されている。1996年から2005年までの10年間で約2兆8千億の特別投資が行われた。

 さらに、1998年、江沢民の提唱により、一層の集中投資を行い、世界一流、国際的知名度の高い大学を生み出すため、江沢民の提唱に基づき、1998年、「985工程」政策が決定された。現在、「211工程」で選ばれた112大学から39大学が選定され、教育部のみならず、国務院、各部、地方政府などが集中投資を講じ、国を挙げて、世界一流の大学の育成に努力し、成功している。全体予算は、定かではないが、例えば、清華大学北京大学には、初年度、科学技術部から、それぞれ、684億円の投資が行われた。凄まじい集中投資が行われていることが窺え、これらの大学は、最先端の設備機器を備えた世界一流の研究開発型大学に変貌している。

3)優秀な大学の人材確保、人材の国際交流

 これら大学には、世界中から、特別な待遇で、最優秀の研究者が呼び集められている。特に、中国出身の研究者に対しての「海亀政策」という誘致政策が名高い。

 これら大学の学長の70パーセントは海外大学出身者、40、50歳代の若手中心で、60歳代は、わずか24パーセントである(図1-4)。研究者の80パーセントは40歳代以下である。欧米の研究スタイルを身につけ、欧米とネットワークをもった若々しい世界一流の巨大な大学集団が中国に出現している。

図1-4

図1-4 211プロジェクト各認定大学学長の年齢構成及び留学歴(2008年8月時点)

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」を基に作成

 研究者の卵、大学院在籍者を比較すると、中国2008年128万人(2000年の4倍以上)、日本は微減26.3万人と中国の五分の一(図1-5)。中国からは2007年、世界中に14.4万人が海外留学、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本において外国人留学生第一位(表1-1、2006年)。アメリカでの非移民ビザ取得博士号取得者は中国32%、インド13%、韓国7%、日本3%である(図1-6)。アメリカの研究社会は、中国人なしでは成り立たない。ここ10年間のハーバード大学留学生数をみると、2009年、日本からは激減101人に対し、中国からは2倍以上増え、463人。特に、学部への日本人留学生はわずか5人という。ハーバード大学は、清華大学に、学費、旅費、滞在費持ちでの留学生派遣を要請していると聞く。

図1-5

図1-5 日本と中国の大学院在学者数の推移

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」を基に作成

表1-1

表1-1 高等教育に在学する留学生及び外国人学生の前居住国・出身国(2006年)

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」

図1-6

図1-6 米国H-1B非移民ビザ新規取得者博士号取得者の国籍別の構成(2008年)

出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」

 研究成果である論文の量は急増、2010年は日本を抜いて世界第二位、論文の質も急速に上昇し、大学のレベルの向上をしめしている。

 イギリスの教育専門誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション」の大学ランキングによれば、2009年、200位以内に、日本は11校。中国は、香港を含めると11校と評価も急上昇である。

(3)中国の大学は、イノベーション戦闘集団

1)社会貢献、産学連携は、本質的義務

 中華人民共和国成立以降、大学は社会への貢献を義務づけられ、改革解放後は、大学の産学連携活動は、大学の本質的に重要な活動と位置づけられた。あらゆる大学で産学連携活動は極めて活発である。その活動は、単に特許の保有、技術の移転のみならず、サイエンスパーク、校弁企業(大学関係企業)の設立運営、教育訓練、仲介サービス、地域振興など多様な活動を含んでいる。

2)サイエンスパーク

 中国のイノベーションを支えているサイエンスパーク・ハイテクパーク政策の一環として62大学に「国家大学サイエンスパーク」が設置され、ベンチャー企業の育成、インキュベーション事業が行われている。合計の面積は、516.5万㎡、入居企業数6720社。136万人が就業。生産高1兆191億円。単年度で、1384企業が入居し、1794企業が育ってパーク外に移っている。(2006年)

 例えば、北京の精華大学サイエンスパークには、サンシステムマイクロシステム、P&G、トヨタ、東芝、NEC等IT,光学機器、バイオ製薬、金融等世界一流企業が研究室を設けている。北京航空航天大学サイエンスパークには、50万㎡の建物に、宇宙航空関係のハイテク企業が入居。それぞれ、大学は、パーク内に、研究施設を有し、共同研究を行っている。

3)校弁企業

 中国の有名大学は、校弁企業という関係企業を多数保有している(表1-2)。

表1-2 科学技術型校弁企業の総売上上位10社

順位

企業名(出身大学)

総売上高(億円)

1

北大方正集団有限公司(北京大学

17,260.8

2

清華同方股份有限公司(清華大学

5,394

3

浙江浙大網新信息控股有限公司(浙江大学

1,783.9

4

清華紫光股份有限公司(清華大学

1,282.6

5

東軟集団有限公司(東北大学)

1,064.6

6

山東石大科技集団有限公司(山東石油大学)

812.5

7

武漢凱迪電力股份有限公司(武漢大学

710.3

8

西安交通大学産業集団総公司(西安交通大学

545.3

9

誠志股份有限公司(清華大学

528.8

10

武漢華中科技大産業集団有限公司(華中科学技術大学)

440.1

注:①"1北大方正"と"2清華同方"について、総売上高は2009年の値である。その他の企業は2005年の値である。
②総売上高は「科学技術要覧平成21年版」の「購買力平価による円換算率(2005)」により計算されたものである。
出典:中国科学技術力研究会「平成21年版中国の科学技術力について 総論編」を基に作成。
"1北大方正"と"2清華同方"は方正集団及び清華同方股份(株式)有限公司のウェブサイトに基に作成。

 主な大学の校弁企業群の売り上げは、北京大学1兆1291億円、清華大学8239億円、浙江大学2481億円等々である(2006年、表1-3)。本年10月にお会いした、中国の最大の校弁企業は、北京大学の「方正集団」企業群であるが、その日本企業「方正」の管祥紅社長によれば、2012年の方正集団企業群の売上げは、2兆円以上になるという。

 これらの企業は、産学連携活動を行い、その収益は、大学の財政に大きく貢献している。中国の大学は、多様な局面で社会の先頭に立って、中国のイノベーションを牽引している。

表1-3 大学別校弁企業の売上高ランキング(2006年、教育部直属大学)

順位

大学名(所在地)

総売上高(億円)

従業員数(人)

1

北京大学(北京)

11,291.4

20,107

2

清華大学(北京)

8,239.2

26,249

3

浙江大学(浙江)

2,480.5

7,717

4

東北大学(遼寧)

1,613.5

10,617

5

中国石油大学(山東)

1,328.7

2,183

6

武漢大学(湖北)

800.5

2,081

7

同済大学(上海)

753.0

4,132

8

復旦大学(上海)

669.2

6,307

9

上海交通大学(上海)

517.8

3,584

10

華中科学技術大学(湖北)

514.2

5,695

全国合計

41,976.5

160,652

注:総売上高は「科学技術要覧平成21年版」の「購買力平価による円換算率(2006)」により計算されたものである。出典:中国総合研究センター「平成21年版中国の科学技術の現状と動向」を基に作成。

(4)国際化を進め、世界の大学の要を目指す。

1)人材の国際交流の戦略的施策

 わが国は勿論のこと、欧米のどの国にも、圧倒的な数の優秀な中国人留学生、研究者が存在し、増えつつあることは、前述のとおり。各国、外国の各大学の留学生招聘制度の利用、裕福なった中国人子弟の私費留学に加え、中国政府は、中国人海外派遣に極めて戦略的に増加を図っている。その概要を紹介する。「訪問学者公費派遣」(1996年より。毎年1000人)「西部地域人材育成」(2001年より。毎年610人)「国家ハイレベル研究者公費派遣」(2003年より。毎年190人)「ハイレベル大学院生派遣」(2007年より。2011年まで、5000人)「公費派遣大学院生」(2008年より。毎年1000人)このほか、各大学、各研究機関、各行政府、地方政府などの留学、交流制度が存在し、膨大な人数が派遣されている。

 また、多様な制度を設け、海外で働く優秀な中国人研究者を戦略的に招聘している。

 「海外傑出人材招聘計画等」(中国科学院、1997年より。世界的に傑出した人材を1997年から2001年までで1070人招聘。その後の数字は不明)「留学生創業園」(1994年より。人事部、教育部、科学技術部が実施。海外にいる留学生の中国での起業支援。全国110創業園に、6000社が入居。)「国家帰国留学人員創業パーク」(更に規模の大きい国家レベルの留学生創業支援パーク、全国21パーク)「春暉計画」(1996年より。教育部。海外研究者の帰国支援。2006年までに12000人以上。)「長江学者奨励計画」教育部。世界トップクラスの学者の招聘。1998年から2006年までで、1107人)「千人計画」(2009年より。中国共産党中央組織部が実施。外国籍も含む各分野のハイレベル人材の国内への招聘。2010年5月までに662人)このほか、各大学、各行政府、地方政府の招聘があり、膨大な数と思われる。

 最優秀の人々を世界に出す。その中の、世界の叡智を身につけた最優秀の人々を積極的に迎え入れる。世界の大学とリンクした人々が、大学、研究機関、行政府のトップとして活躍する。その相手は、欧米の最優秀大学がメインで我が国の大学は少ない。戦略的な政策が窺える。

図1-7

図1-7 中国から海外への留学生数及び留学帰国生数の推移

注:「留学生数」「留学帰国生数」は、主に国または所属機関が海外機関に派遣した人材及び私費留学生により構成されている。
国または所属機関が海外機関に派遣した人材については、訪問研究員やポスドク、大学院生、学部生など様々な形で海外の大学、研究機関で研究または学業に従事している。

出典:「中国統計年鑑2009」をもとに作成。

2)各大学の国際交流

 これらの人々を幹部に迎えた各大学は、国際交流に極めて熱心である。各大学とも、海外の大学と協力協定を締結、学生の世界への派遣、世界中の国からの学生の迎え入れ、研究協力を熱心に行っている。欧米の大学も中国の大学との協力に極めて熱心であり、イギリスノッチンガム大学は、復旦大学と共同で大学を設立している。ハーバード大学は、清華大学と共同で、上海に新たな大学を設立する計画を進めていると聞く。

 中国の将来を考えると、日本は、中国への留学生を増やすべきだが、北京大学への留学生は、韓国の10分の1、国家規模を考えると30分の1しかない。本年9月訪問した上海同済大学には、2700人の留学生がいたが、日本人は極めて少なかった。

 政府も企業も、中国への留学生を抜本的に増加すべきと考える。

 中国留学服務センターは、欧米のみならず、アジア、東欧、中東、アフリカなど世界中の国からの留学生募集を熱心に行って、世界中とのネットワーク作りを目指している。

 上海交通大学は、2003年から毎年、世界の大学ランキングを発表している。イギリスの教育専門誌「タイムズ・ハイアー・エデュケーション」のランキングが著名であるが、英語系に偏っているという噂もある。上海交通大学は、大学評価を理論的に極め、大学評価の国際基準つくりを目指している。

 中国の大学は、将来、世界中にネットワークを張り巡らして、量的にも、質的にも、世界の大学をリードするようになると思う。

(つづく)

2 中国のイノベーションを実現したハイテクパーク政策

 中国が急速に抜本的な革新、発展を遂げたのは、世界に類のない多様なサイエンスパーク・ハイテクパーク(以下「ハイテクパーク」という。)政策の成功にあると確信している。

 1978年改革開放が決定され、深セン、珠海、アモイが経済特区となったのを皮切りに、さらに、対外開放都市、開放地帯が指定され、優遇措置がとられ、多くの産業振興、科学技術振興政策が策定され、中国全土が産業化、工業化していった。中国政府は、次のステップとして、産業のハイテク化を求めて、新たに、1988年、「タイマツ計画」を策定公布する。「タイマツ計画」は、国務院が認可し、科学技術部が実施するハイテクパークの実行計画である。科学技術部に、タイマツハイテク産業開発センターという大きな行政組織があり、ハイテクパークの企画、実行、管理が行われている。

(1)ハイテクパークの種類

 ハイテクパークは、12種類あり、総合的かつ巨大なものから、特定目的のもの、比較的小規模なものもあり、大きなハイテクパークの一部になっている特定目的のパークもあり、多様である。所管する機関も多く、また、あたえられている優遇措置、行政措置もパークの種類により、多様である。

(2)国家ハイテクパーク産業開発区

 最も基盤的かつ総合的なパークは、タイマツ計画により進められている「国家ハイテクパーク産業開発区」で、全国に54箇所建設されている。名高い「北京中関村サイエンスパーク」は、1988年指定され、総面積232平方キロ、入居企業数1.7万社、総生産高43兆2000億円(2009年)、過去10年間毎年25%の伸び。マイクロソフト、IBM,AMD、モトローラはじめ世界ランキング上位500社の大部分が所在。中国コンピューター関連生産高の3分の一がここで生産され、中国のシリコンバレーと呼ばれている。北京大学、精華大学始め80大学。科学院、工程院等200以上の研究所。アジア最大の国家図書館、特許庁が存在。国家標準、国際標準にも注力。中国のハイテク化の牽引車となっている。

(3)国家バイオ産業基地

 「上海国家バイオ産業基地」は、全国22箇所に存在する「国家バイオ産業基地」の一つである。張江サイエンスパーク(新薬開発、共同研究)を核心基地とし、徐会地区(薬物臨床試験等)、青浦工業パーク(薬物製剤、天然薬物)、南海地区(バイオ医学工程)等々からなる。上海は中国バイオ産業の最重要地域である。国際的に最先端になることを目指している。446社が入居。生産高1兆4000億円、7年連続17%の伸び。GE等欧米企業の研究開発センターが入居中。

(4)情報通信国際イノベーションパーク

 「済南情報通信国際イノベーションパーク」は、科学技術部、情報産業部、及び商務部、山東省政府共同の「国家イノベーションパーク」(大規模パーク。全国3所在)2007年スタート。建築総面積61・5平方キロ。研究、産業、教育サービスに分かれる。世界レベルのソフトウエアー、集積回路、ネット通信、デジタル化装備、情報サービスの5産業群を建設。「国家情報通信技術研究院」総工費570億円で建設。科学技術部は「国家集積回路設計済南産業化基地」を建設。情報産業ハイテク化の最先端基地を目指す。2020年生産目標21兆5760億円。

(5)ハイテクパーク全体

 10種類のうち3種類のパークの具体例の概要を紹介させていただいた。中国全土に所在する10種類のハイテクパーク総数は、595である。全体の統計はないので、収集できた範囲での情報をもとに別表を作成した(表2-1)。

 中関村を例とする全国54箇所の「国家ハイテク産業開発区」の総計は、総面積28億8000万平方メートル、入居企業内外のハイテク企業48472社、従業員数650.2万人、総生産高197兆5000億円(2007年)。年間30%の成長。域内住民の平均所得は年1万ドル(国民平均の約6倍)

 全国、10種類、595のハイテクパークの総計は、凄まじい数字になると思われる。

 ハイテクパーク政策は、このように、中国の産業のハイテク化、経済発展を牽引してきた。

 今後は、さらにきめ細かく、ハイテク化のための分野別最先端産業の牽引、ハイテク化に必要な大学、研究機関の発展、知財、国際化などのハイテク化を目指し、ハイテクパーク政策は、多様化し、大きくなり、関係機関が多くなり、それぞれの政策の重畳効果を得て、益々発展していくと思われる。

 なお、サイエンスパーク・ハイテクパーク政策は、中国は、アメリカのシリコンバレーを始め、世界中から十分に学び実行に移している。この政策は、科学技術の振興、産業のハイテク化のために極めて有効な施策とされ、欧米各国、韓国、台湾、シンガポール等が熱心である。

 わが国は、つくば学園都市があるが、縦割りの各省の研究機関と大学が同じ地域にあるだけで、有機的な政策がとられておらず、似て非なるものであり、皆無といってよい。

表2-1

表2-1 中国のサイエンスパーク・ハイテクパークの基本データ

出典:「中国におけるサイエンスパーク・ハイテクパークの現状と動向」(中国総合研究センター、2009年),「中国ハイテク産業発展年鑑2008」を基に作成。

(つづく)

3 中国の科学技術水準

 中国の科学技術水準は、まだまだレベルが低いという評価の反面、世界トップクラスとの評価も聞く。世界水準から見てどのように評価すべきか。いろいろな面について、多様な評価があり、画一的な評価は、極めて難しい。多方面から総合的に判断せざるを得ない。

(1)一般的科学技術水準 

 科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)では、平成21年4月、わが国の最先端研究者356人から、ヒアリングを行い、「国際技術力比較調査」を行った。

 この調査では、最先端科学技術分野①電子情報通信②ナノテクノロジー・材料③先端計測技術④ライフサイエンス⑤環境技術⑥臨床医学の分野について274項目、それぞれ、①大学、公的研究機関の「研究水準」②企業の研究開発レベルである「技術開発水準」③企業の生産現場の「産業技術力」を調査した。その結果、世界水準からみて、非常に進んでいると評価された項目は、以下のとおり。

「電子情報通信」

 集積回路(高周波、アナログ)(産業技術力)、光通信(産業技術力)、光メモリー産業技術力)、マルチメディアシステム(研究水準、技術開発水準)、ネットワークシステム(産業技術力)、情報通信端末技術(産業技術力)

「ナノテクノロジー・材料」

 ナノ空間・メソポーラス材料(研究水準)、新型超伝導材料(研究水準)、単分子分光(研究水準)、国際標準・工業標準(取り組み水準)

「先端計測技術」

 Ⅹ線、γ線(分光分析法)技術開発水準、産業技術力)

「ライフサイエンス」

  環境・ストレス応答(植物学)(産業技術力)

「臨床医学」

 診断機器(MRI、CT、PET以外)(創薬基盤)

 それ以外では、全体的にみて、米国が圧倒的に進んでおり、欧、日がそれに次ぐ地位にあるが、中国は、欧、日に急速に追いつきつつあるとの評価結果であった。

 中国科学技術部科学技術情報研究所は、CRDSの調査結果を中国語に翻訳して分析したが、同様の傾向との感触を得ている。

(2)ビッグ・プロジェクト

 CRCが、中国におけるビッグ・プロジェクトの調査を重ねた結果の概要は、次のとおり。

1)原子力

 国際エネルギー機関の2009年のデータによれば、中国の原子力発電設備容量は、

 8.59百万kWと少なく、米国の12分の一、日本の5分の一、世界11位である。一方、極めて野心的な原子力発電計画を有しており、建設中の原子力発電設備容量は

 16・4百万kW、準備中の原子力発電設備容量37.5kWと、それぞれ、圧倒的に世界第一位である(図3-1)。更に、国際原子力機関の原子力長期展望によれば、原子力利用を高く予測した場合、中国は、2030年には、米国を抜き、世界最大の原子力発電利用国となり、2060年には、米国の1.9倍、わが国の5倍以上の巨大な原子力発電利用国となる(表3-1)。

図3-1

図3-1:各国別建設中及び準備中の原子力発電容量

原典:WNAデータ2009

出典:「平成21年版中国の科学技術力について(ビック・プロジェクト編)」により作成。

表3-1:世界の原子力発電の長期的展望単位:GW(百万kW)
  2008年 2030年(High) 2060年(High)
ブラジル 2 30 100
カナダ 13 30 40
中国 9 200 750
63 75 110
20 50 80
インド 4 70 500
日本 48 70 140
ロシア 22 80 180
韓国 18 50 80
11 30 80
99 180 400
世界計 367 1339 3688
原典:WNAデータ 2009
出典:「平成21年版中国の科学技術力について(ビック・プロジェクト編)」により作成。

 稼働率は、わが国よりはるかに高く、韓国に次ぐ世界第二位である。

 発電立地は、中国全土に広がっている。

 技術は、ロシア等からの導入を図りつつ国産炉を開発してきた。最近は、米、仏の世界最高水準の炉を導入しつつ、国産化比率を高め、自主技術の確立を目指している。

 中国は、フランス、わが国と同様、核燃料サイクル政策即ちプルトニュウム利用政策をとっている。世界中の各国から、戦略的にウラン資源を確保し、国内で、ウランの生産、加工を行い、ウラン濃縮技術を保有し、再処理技術は開発中である。中国核工業集団公司では、2011年1月、再処理技術開発に成功、プルトニウムを取り出しに成功したと報道された。中低レベルの廃棄物処分場は、2箇所整備され、高レベル廃棄物処分技術は開発中で、最終処分シナリオを検討中である。さらに、高速増殖炉、高温ガス炉実験炉を開発中であり、核融合はITER(国際核融合計画)に参加、強力にすすめている。原子力のあらゆる分野について、最先端の技術を導入しつつ、自主技術の確立を目指し、着々と成功しつつある。

 将来の膨大な原子力発電、原子力産業の需要を見すえ、巨大な原子力行政体制、産業群が出来上がっている。

 原子力行政は、工業情報化部傘下の「中国国家原子能機構」が、計画の策定、審査、監督、輸出管理、核物質管理、国際交流等行政を一元的に担っている。

 傘下の「中国核工業集団公司」は、100社以上の企業、事業体、設計院、研究所の集合体で、職員は10数万人といわれる。原子力発電、核燃料サイクル(ウラン探鉱、精錬、加工、濃縮、使用済み燃料再処理、放射性廃棄物処理)、放射線利用全般の研究開発、設計、生産、運転管理を担う。

 このほか、中国広東核電集団有限公司、中国電力投資集団公司、中国核電工程公司、中国核動力研究設計院、国家核電技術公司、等々の企業群に加え、膨大な数のメーカーが原子力開発を担っている。

 また、研究開発の面では、中国原子能科学研究院をはじめ、原子力関係研究機関、大学等豊富な人材を育てつつ、広範かつ重厚な世界に冠たる研究体制が出来上がっている。

2)宇宙輸送システム分野

 有人宇宙飛行に成功した中国の宇宙科学技術は、世界最高水準にある。以下の活動を見ると、日本は、はるかに抜き去られ、もはや追いつくことができない状況が理解できる。

 そして、これを支える、明確な政策、軍を含む膨大な行政組織、ロケット、衛星の研究所群、製作企業群が出来上がっていることも重要である。

①打ち上げロケットの性能

 現在は、「長征」2号、3号、4号のシリーズロケットにより打ち上げが行われている。既に、有人衛星「神舟」を打ち上げた「長征2F」(低軌道打ち上げ能力8.4トン)、静止衛星打ち上げ能力5.2トンを有する「長征3B」等欧米並みの能力を有する優れたロケットを有しているが、現在開発中の低公害新型エンジン「長征5」の最強モデルは、静止衛星14トン、低軌道衛星25トンの打ち上げが可能であり、欧米をはるかに凌ぐ性能となる。2010年には、天津に、工場9棟からなる大型ロケット産業基地の基本建設が完成する(図3-2)。

図3-2

図3-2:運用中及び計画中の長征ロケット及び各国主要ロケットの打上げ能力

出典:「平成21年版中国の科学技術力について(ビック・プロジェクト編)」により作成。

②ロケット打ち上げ回数と成功率、打ち上げ場

 「長征」シリーズは1970年から118回の打ち上げが行われ、9回失敗、成功率は、

 92.4%、米、ロ、欧、日は90.95%以下。最近12年一度も失敗がないことは驚異的といわれている。

 打ち上げ場は、内陸部、酒泉、西昌、太原の3箇所にあったが、最近、赤道に近いため安価に打ち上げが可能な海南島に第4の打ち上げ場が建設された。

 有人宇宙船着陸場は、内モンゴル自治区四子王旗にある。

3)人工衛星技術

 人工衛星技術は、世界水準にあるといわれ、標準化を積極的に行っている。

 多くの人工衛星が打ち上げられ、通信放送、地球観測、航行測地が積極的に行われている(表3-2)。カーナビ、航空、航行管制に不可欠な測位システムは、長らく米国の軍事システムGPSが使われ、独壇場であったが、その重要性に鑑み、ロシアはグロナス、ヨーロッパはガリレオという独立システムを構築しつつある。中国も既に「北斗」という衛星を打ち上げ、2012年にはアジアを、2020年には全地球をカバーする独自の計画を打ち出している。と同時にガリレオ計画とも協力関係にある。ナイジェリア、タイの通信装置の打ち上げ。気象データをアジア、太平洋諸国18カ国に無償提供。また、イギリス、トルコ、ナイジェリア、アルジェリアと5カ国の衛星と災害監視衛星群を構成するなど国際活動が極めて活発で、宇宙技術が外交にフルに利用されている。

表3-2 各国の年代別衛星打上げ数
年 代 米 国 欧 州 ロシア 日 本 中 国 インド カナダ
1957-1960 35 - 9 - - - -
1961-1970 629 21 483 1 1 - 3
1971-1980 247 43 1053 19 7 3 6
1981-1990 234 47 1123 31 23 9 5
1991-2000 535 112 442 32 30 14 7
2001-2009 251 106 184 58 64 22 14
総 計 1931 329 3294 141 125 48 35
1991-の小計 786 218 626 90 94 36 21
出典:「平成21年版中国の科学技術力について(ビック・プロジェクト編)」により作成。

4)宇宙科学分野

 宇宙の観測、研究を行う宇宙科学分野の衛星は、これまで4機の打ち上げがあるが、うち2機は、欧州宇宙機構と共同活動である。

 また、月探査計画の面では、2007年10月、月探査衛星「蟐蛾」一号を打ち上げ、成功、月の全球マップを公表。2010年10月、「蟐蛾」二号が打ち上げられた。第2フェーズでは、月面着陸調査、第3フェーズ2kgのサンプル採取、2025年から2030年有人着陸、その後、月面有人基地設置の構想を持っている。

5)有人宇宙活動

 有人宇宙計画は、無人の場合より10倍の予算が必要といわれ、わが国には明確な計画はない。中国の有人宇宙船「神舟」は、1999年から無人で4回打ち上げられ、2003年10月「神舟」5号には1名、6号には2名、7号には3名が乗船した。7号では、船外活動が行われた。

 更に、2010年には、無人宇宙実験室「天宮」を打ち上げ、宇宙ステーションを構築し、これを有人宇宙ステーションにつなげる予定。

6)宇宙開発関連組織

 工業情報部国防科学技術工業局のもとの「国家航天局」傘下に、「中国航天科技集団公司」(多数の企業の集団、ロケット、衛星等の開発、製作担当。総従業員数十二万人。)と「中国航天科工集団公司」(宇宙関連装備の開発・製造、情報、金融、建築を担当。総従業員数10万人)がある。

 研究は、科学院に多くの関連研究所があり、工業・情報化部傘下の北京航空航天大学南京航空航天大学ハルピン工業大学西北工業大学、中央軍事委員会傘下の国防科学技術大学が中心となって行われているほか、清華大学等教育部傘下の大学でも行われている。

 人材養成は、上記大学で行われている。

 ロケットの打ち上げ、管制、衛星の管制は、人民解放軍総装備部が行っている。

 宇宙開発には、軍が深く関わっており、その予算、人員等膨大と思われるが、定かでない。

(3)海洋開発政策

 中国は、明確な海洋政策を有し、海洋基本法を制定し、海洋主管省庁(中国国家海洋局)を定め、2008年には、2010年から2020年までの「国家海洋事業発展計画」を定めて、海洋観測、海洋環境保全、海洋科学研究、海洋開発技術開発、海洋イノベーションシステム、教育、人材育成等々広範多彩な分野の計画を進めている。

 世界最高水準の海洋調査船及び海中探査機、海洋観測衛星、海洋観測ステーションを整備し、行政機構を整備し、海洋観測を強力に進めている。2010年8月、科学技術部と

 国家海洋局は、自主技術による有人潜水調査船「こう龍号」は、3759メートルの深さに到達と発表している。2011年には、5000メートル、その後、7000メートルを目指す計画。

 また、極めて短期間の間に、極地調査船を建造、南極に3基地を建設、南極、北極の観測を精力的に進めている。

 また、中国は、韓国、日本と並ぶ世界最大の造船国である。

 さらに、海洋における石油、天然ガスは、全体の3割を占め、その開発は極めて重要であるが、中国は、このための機構「中国海洋石油総公司」を設け、強力に開発をすすめている。「中国海洋石油総公司」は、欧米の体制と異なり、20数社の子会社群を有し、海底での調査、探鉱、生産、装置開発、サービスまで、一貫して行うことのできる強力な体制となっている。これらの活動は、渤海、東シナ海、南シナ海、のみならず、ナイジェリア、アンゴラ等国外でも行われている。

 また、3000メートル級深海石油掘削技術開発、メタンハイドレード調査船の開発など利用のための総合技術開発をすすめている。

(4)科学技術インフラ

1)加速器

 中国科学院高エネルギー物理学研究所に、電子・陽電子衝突型加速器BEPCⅡ設置されているが、欧米、わが国に比べ、まだレベルは低い。建設、計画中の加速器は幾つかあり、それらは、世界最高水準である。

 科学院上海応用物理学研究所の放射光施設には、電子加速エネルギー3・5GEV。世界最高のわが国のスプリング8のGEVには劣るものの、欧米並みの性能で、わずか4年で建設している。ビーム数は60で、スプリング8とほぼ同じ。全国500の利用者が待っており、逐次、利用に供されるという。ビーム建設の費用(日本では1本約10億円)は全て科学院負担。わが国は、利用者負担原則であるため、完成後16年経つが全てのビームが利用されていはいない。

2)スパコン

 スパコンの性能は、本年11月に発表された米国の大学などで構成する「TOP500ランキング」によれば、国防科学技術大学が開発した「天河1A」は、1秒当たり演算回数2570兆回で、第二位の(従来世界第一位)米国クレイ社のスパコンを5割上回り、世界第一位となった。また、従来世界第二位であった深セン国立スパコンセンターの「星雲」は、世界第3位となった。ちなみに、わが国の最高位は、東京工業大学の「つばめ」が4位に食い込んだ。

 スパコンの設置台数についても、「TOP500ランキング」においてわが国(26台、3位)を抜き、41台と世界第2位。

 スパコンは、科学技術力の源。誠に憂うべき事態になっている。

3)シークエンサー等

 ライフサイエンス研究の基盤、次世代DNAシークエンサーの導入は、科学院北京ゲノム研究所に30台。中国人ゲノム、稲ゲノム、パンダゲノムなどを解析、世界中の注目を集めている。さらに、上海、深センにゲノム研究の拠点を建設予定。わが国のわずか14台をはるかに凌ぐ。

(5)総括

 以上、一般の科学技術水準、ビッグプロジェクトの水準の概略をみてもわかるとおり、現状において、全ての面でわが国より勝っているとは言い難いものの、壮大な政策の明確性、そのための膨大な研究開発体制及び生産体制、資源配分の姿勢、急激な伸び率を考慮すると、まもなくわが国を抜き去ると考える。

(つづく)

4 科学技術指標からみた評価

 一般的に、国の科学技術水準を比較する場合、客観的指標として、いわゆる「科学技術指標」を比較する。それぞれの指標が急速に伸びていて、圧倒的な存在をしめしている。近い将来、わが国は勿論のこと、欧米に追いつき、追い抜く勢いである。

(1)研究開発費総額

 OECD購買力平価で換算した研究開発費は、図4-1のとおり、米国、日本に次ぐ。

図4-1

図4-1 主要国等の研究開発費の推移(購買力平価換算)

原典:OECD "Main Science & Technology Indicators 2009/1"
出典:JST研究開発戦略センター科学技術動向報告

 中国は、年平均20%あまり、4年で倍増のスピードで増加させている。2009年は、1530・5億ドルとなり、日本を抜き世界第二位となった。基礎研究費の割合が、欧米20%前後、日本13.8%に比べ、4.7%と極めて少ないのが特徴である。なお、配分は、選択集中して行われており、一流の大学、研究機関では、十分な研究費が確保されているように見える。

(2)研究開発人材

 研究人材なくしては、研究は行われない。中国の研究開発人材は、2000年代から目を見張る急増を続け、2009年に、142.6万人となり、世界第一位の米国と並んだ。

 (図4-2)。ちなみに、2009年の研究開発従事者数は、318・4万人。うち、大学卒業生以上は、155・7万人。女性研究者は、78・9万人(24.8%)。日本は83万人。

図4-2

図4-2 主要国等の研究者数の推移

注: 1.各国とも人文・社会科学が含まれている。ただし韓国の2006年までは人文・社会科学が含まれていない。
2.日本の2001年以前は4月1日現在、2002年以降は3月31日現在。
3. 日本の専従換算値の1995年以前は、OECDによる推定値。
4. ドイツの2007年は自国による推計値。
5.英国は、1983年までは産業(科学者と技術者)及び国立研究機関(学位取得者又はそれ以上)の従業者の計で、大学、民営研究機関は含まれておらず、1999年~2004年はOECDによる推定値。
6. 米国、EUはOECDの推計値。EU-27の2007年は暫定値。
7. 中国は、OECDの研究者の定義に必ずしも対応したものとはなっていない。

原典:日本:(研究者数)総務省統計局「科学技術研究調査報告」
(専従換算値)OECD「Main Science and Technology Indicators Vol 2009/1」
インド: UNESCO Institute for Statistics S&T database
その他の国: OECD「Main Science and Technology Indicators Vol 2009/1」

 なお、2008年、中国の大学院在学者は128万人、日本は26万人。2008年、海外に18万人が留学、主要先進国では、留学生は中国からの学生が圧倒的に多く、米国の研究社会は、勤勉かつ優秀な中国人研究者に支えられているといわれ、日本でも、東大の大学院は、中国人留学生が2010年829名在籍、中国人のほうが日本人より多い研究室があると聞く。長期的には、中国の大学進学率は、急増しているものの23%と先進国の半分以下で、まだまだ増加する。世界の研究社会での中国人の役割は、計り知れないほど重要になってくる。

(3)研究論文

 各国の研究活動の成果を把握するための研究論文数を見ると、中国は、近年急増し、日本を抜いて、米国に次いで世界第二位となった(図4-3)。

 ちなみに、2009年、工学分野の論文を収録する「EI(Engineering Index)」では、中国の論文数は、9.5%増の9.8万本になり、米国を7%上回り、世界第一位となった。

 論文の質を示す被引用トップ10%論文のシェアー、被引用数でも、着々と先進国と同水準に近づきつつある。また、材料、化学、数学等分野によっては、世界水準に入っている。また、中国科学院は、材料、化学で被引用数世界一の機関となっており、他の分野でも好成績を挙げている。生物学、医学などの分野では、先進国との差は、まだ大きい。

図4-3

図4-3 主要国の論文数(分数カウント)及びシェア
(2004-2006年の平均、全分野、分数カウント)

注1:著者の所属機関ごとの分数カウント。

原典:SCOPUS: SCOPUSカスタムデータベースに基づき科学技術政策研究所で集計
出典:科学技術政策研究所 NISTEP REPORT No.118 日本と主要国のインプット・アウトプット比較分析によりJST中国総合研究センター作成。

(4)特許

 特許は、産業の科学技術活動を反映するものであるが。近年、中国の特許出願は急増し、日本、米国に次いでいるが、中国から海外への特許は、微々たる物である(図4-4)。中国の工業製品、ハイテク製品の輸出は、世界最大であるが、特許を必要としない製品なのだろう。なお、中国の通信機器メーカー華為技術は国際特許出願第一位である。

図4-4

図4-4 主要国からの発明特許出願件数の推移(1995~2007年)

注:1)出願数の内訳は、日本からの出願を例に取ると、以下に対応している。「居住国への出願」: 日本に居住する出願人が日本特許庁に直接出願したもの、
「非居住国への直接出願」: 日本に居住する出願人が日本以外(例えば米国特許商標庁)に出願したもの。
2) 各国ともEPOへの出願数を含んでいる。
資料:WIPO,"Statistics on Patents"(Last update: December 16, 2008)

出典:科学技術政策研究所 調査資料-170 科学技術指標

(5)技術貿易額

 2007年技術輸入額は、254.2億ドル、米、日、独で大部分を占める(表4-1)。わが国の技術輸入額60億ドルに比べ極めて多く、かつての日本のように、技術導入に依存した産業構造である。

表4-1 中国技術導入上位国家・地域(2007年)
順位 国・地域 契約数 契約金額
(億ドル)
うち、技術費
(億ドル)
1 アメリカ 1387 68.3 52.3
2 日本 2428 44.4 36.7
3 ドイツ 1178 40.1 16.6
4 韓国 731 19.2 19.1
6 フランス 333 9.4 5.9
7 中国香港 1090 8.9 8.1
その他 2626 63.9 55.4
  総計 9773 254.2 194.1
原典:中国科技統計年鑑2008
出典:JST研究開発戦略センター「科学技術・イノベーション動向報告 中国・台湾編」2008年度版によりJST中国総合研究センター作成。

(6)工業製品、ハイテク製品の輸出

 ハイテク製品の貿易額は図4-5のとおり。

 中国は、外国資本、技術導入による工業振興が成功し、工業製品、ハイテク製品の輸出の伸びは著しく、世界一となっている。反面、わが国の輸出の伸びは、鈍化し、かって、世界一であった地位は、中国に取って代わられている。この原因はわが国企業が中国に立地を促進したこともあるが、同様の事情を抱える米国、ドイツ等わが国以外の先進国は、中国の伸長にも関わらず輸出を伸ばしている。航空宇宙、医薬品、医用・精密・光学機器等超ハイテク産業に弱いわが国の産業の競争力に懸念を抱く。

図4-5

図4-5 主要国におけるハイテクノロジー産業貿易額の推移(1996-2006年)

原典:OECD,"STAN BILATERAL TRADE DATABASE(EDITION 2008)"
出典:科学技術政策研究所 調査資料 -170 科学技術指標

(つづく)

5 中国の科学技術政策

 改革開放以来わずか30年余、歴史上に例のない急激な経済発展、科学技術発展をもたらした原因は何か。

 背景には、古来の火薬、羅針盤、紙の製法の発明から窺える中国国民の科学的資質の優秀性、優秀かつ膨大な国民による激烈な競争社会があると思うが、直接の原因は、中国共産党による強力に統合された政治行政組織から生み出される、適切かつ一貫した科学技術政策とその実行にある。

(1)科学技術政策の歴史・・・共産党政府設立当初から最重要視

 1949年、共産党政府設立と同時に、今日中国の科学技術を牽引している中国科学院を設立。翌年には、中国科学技術部の前身、全国自然科学連合会、全国科学技術普及協会が設立されている。

 1955年、国務院科学規画委員会を設立、最初の中長期計画「科学技術発展遠景計画」を策定、「科学の進歩」を共産党のスローガンとし、1963年から67年「科学技術発展規画」を策定。以降、今日まで5年ごとに改定される。

 これまでの期間はソ連をモデルとして、計画経済、国家防衛を目的としていたが、1970年代後半以降は、市場経済、経済発展を目的とする科学技術政策に変更。

 1978年には、鄧小平が「国防、農業、工業、科学技術」の「四つの現代化」を、そして、「科学技術は第一の生産力である。」が党のスローガンとなり、あらゆる施策の根幹となり、今日まで変わらない。

 1993年「科学技術進歩法」が策定、2007年には改定され、科学技術を第一の生産力と位置づけ、イノベーション国家を目指すとともに、研究の自由、奨励、知的財産戦略の策定、税制の支援等諸制度を整備するとともに、GDPにしめる研究開発投資の比率を引き上げることを明記し、財政支出の増加を規定している。本法は74条に及び、科学技術の推進全般について、詳細かつ具体的に規定され、中国科学技術政策の根幹となっている。

 1995年、国務院は、「科学技術の進歩の加速に関する決定」を公布。科学と教育をともに発展させ、国を興す「科教興国」を決定。科学技術大プロジェクトへの集中投資が加速、更に、科学技術以上に教育への投資が加速する。

 1999年には、国務院は「科教興国」から「自主イノベーション戦略」へ転換、「技術イノベーションの強化、ハイテクの発展、産業化の実現に関する決定」を公布。

 胡錦濤主席は、党の方針として「人を中心とした広範、強調、持続可能な科学の発展観と調和社会の建設」を新たな目標とし、2006年「国家中長期科学技術発展綱要(2006年から2020年)」を公布。自主イノベーション、重点飛躍、発展支持、未来牽引を党の指導方針とした。

(2)現在の科学技術政策の概要

1)共産党全国人民代表会議

 共産党全国人民代表会議(全人代)がスローガンとして党の基本方針を出す。スローガンは、主席が交代するごとに新たに出されるが、一貫して科学技術は、最重要政策としてうたわれている。

 次に、スローガンを受け、国務院が国全体の計画として、「国家中長期発展規画」(15年計画)を策定。更に、国務院の計画を受け、科学技術部が中心となって「国家中長期科学技術発展規画」(2006年~2020年)を策定(表5-1)。これを元に5カ年計画を策定、現在は、「第11次5カ年科学技術発展規画」(2006年から2010年)中(表5-2)で、これらの計画を元に、科学技術部を中心に各省によって、広範かつ極めて多くの具体的な計画、プロジェクトが策定され、実行に移されている(図5-1)。

表5-1「国家中長期科学技術発展規画」(2006~2020年)の主な発展目標
指標 2020年目標
全社会R&D/GDP 2.5%以上
対外技術依存度 30%以下
科学技術の進歩の経済成長に対する貢献率 60%以上
中国人の発明特許・国際科学論文の引用数 世界上位5位
出典:JST中国総合研究センター「平成21年版中国の科学技術の現状と動向」により作成。
表5-2「第11次5ヵ年計画」期間(2006~2010年)の科学技術発展の主な目標
指標 2010年目標
全社会R&D/GDP 2%
対外技術依存度 40%以下
国際科学論文の引用数 世界上位10位
中国人の発明特許ライセンス件数 世界上位15位
科学技術の進歩の経済成長に対する貢献率 45%以上
ハイテク産業の増加額/製造業の増加額 18%
科学技術人材の人数 5,000万人
科学技術に関する従業員数 700万人
R&Dの活動に従事する科学者とエンジニアのFTE換算値 130万人/年
出典:JST中国総合研究センター「平成21年版中国の科学技術の現状と動向」により作成。
図5-1

図5-1:「第11次5ヵ年」科学技術計画体系図

出典:「平成21年版中国の科学技術の現状と動向」

 図5-1の「国家科学技術計画体系」を見ていただくとわかるとおり、これは、壮大な国家戦略に基づく、産業技術政策、国土振興策、イノベーション政策、中小企業政策、農業政策、教育政策を包含した国家発展改造計画であり、それぞれが、具体的であり、政府全体が一丸となって、着実に実行に移されている。わが国の科学技術基本計画は、まったく異質なものである。

2)中国科学技術政策の特徴

 中国共産党のスローガン、国務院の基本政策において、中国の発展は、科学技術によるとの方針が徹底しており、科学技術は、常に最重要政策として位置づけられている。

 政治のトップに意思が明確で、政権が変わっても政策が継続され強化されている。政治のトップ中国共産党全人代の9人の常務委員のうち、8人が自然科学系、胡錦濤主席は、清華大学出身科学者、習近平常務委員も精華大学出身である。

 中国では、科学技術分野の政策、施策は、政治のトップから行政まで、長年その行政分野について経験深い専門家が携わっている。彼らによって、政策は、周到に検討議論されてつくられ、実行に移されている。科学技術に対する関心と理解がわが国と全く違う印象を受ける。

 また、全人代、国務院のような、国全体を考え、調整する機関の権限が強く、政策もその実行も各省が一丸となって行っている。

3)政策は、中国と世界の現状を踏まえ、よく検討されて、柔軟かつ大規模な政策が次々と打ちだされ、確実に実行されており、うらやましい限りである。

 ちなみに、わが国は、「科学技術基本計画」が策定されたのは、1996年。研究開発投資目標が守られたのは、第一期(1996年から2000年)のみ。以降、第二期、第三期(目標25兆円に対し、21.6兆円達成)ともに守られていない。政策を責任を持って作成し、実行する体制になっていない。

 中国は、わが国よりはるかに歴史が古く、高度な「科学技術政策先進国」である。

(つづく)

6 中国の科学技術行政体制

 膨大な科学技術政策を実行する中国の科学技術行政体制は、以下の図のとおりである。

図6-1

図6-1 中国の科学技術関連組織・体制

出典:JST中国総合研究センター「平成21年版中国の科学技術の現状と動向」により作成。

(1)膨大な行政組織であるが、特徴は、次のとおり。

1)党と行政組織は、緊密な連携の下に行政を行っている。

 中国共産党の最高機関である中央政治局常務委員会の基本方針のもとに国務院の行政が行われている。国務院総理温家宝、副総理李克強は、党中央政治局常務委員でもある。

 国務院以下各部(日本の省)は、緊密な連携の下、一丸となって行政を行うシステムになっている。国務院は、総理、副総理4人、国務委員5人、各部長(日本の大臣)等から構成されており、主要政策は、国務院で集団討議され、決定されるので、国として一致団結した政策が策定され、実行に移される。

2)科学技術部は、広範な科学技術政策を策定実行しうる巨大かつ強力な実行官庁。

  • 科学技術活動を総合部門。政策立案、推進、科学技術各計画の立案制定、イノベーションシステムの確立、重要プロジェクトの企画推進、人材、交流、普及、科学技術サービス
  • 科学技術情報研究所、科学技術発展戦略研究院など、14の内部機関、17の直轄。事業部門を有する

3)国務院本部に直結した科学技術関係機構

4)各部の充実した科学技術関係機構

  • 中国農業科学院、中国医学科学院、中国環境科学院、中国気象科学院等々

5)シンクタンク機能

  • 中国社会科学院、国務院発展研究中心、中国科学技術発展戦略研究所等々

6)地方自治体は、巨大な行政主体であるが、中央政府と密接な連携のもと科学技術行政を実施しており、それぞれ、科学技術行政機構、研究所等を有している。

(2)公的研究機関全体について(2008年))

  • 総研究機関数 3727 (うち中央678 地方3049)民間研究機関を含めると4・5万機関
  • 従業員総数 61.5万人(うち中央40.2万人 地方21.3万人)うち研究者等48.8万人(うち中央32.4万人 地方16.4万人)
  • 総予算 4.3兆円(うち中央3.4兆円、地方0.9兆円)

 以下の機関について、特に紹介したい。 

1)中国科学院

  • 国家にニーズと最先端科学に対応し、イノベーションを強化し、世界最高峰に達することにより、中国国家に貢献
  • 全国に分院12、研究機関92、中国科学技術大学中国科学院大学、会社23を有する。
  • 正規職員5万人(うち研究者等3.8万人)、大学院生4.3万人、ポストドクター2000人
  • 予算規模(2008年)5424億円(購買力平価換算)
  • 科学院の研究所群は、材料化学、化学の分野で、論文被引用数において世界トップになるなど極めてレベルが高く、中国科学技術の牽引車となっている。
  • 科学院にはかって150の研究所があったが、改革を重ね、一旦70位まで減らし、今後の中国に必要な戦略的分野について25の研究所を新設、ダイナミックに新分野の研究を進めている。

2)中国科学技術協会

  • 科学技術者の民間組織。自然科学、技術科学、工学技術または関連分野の167の全国的な学会を設けるほか、科学技術の発展と普及の促進を目的とする32の省クラスの科学技術協会と多くの地方、下部組織、そして430万あまりの会員を擁する。
  • 2008年の科学技術普及経費786億円(うち、青少年科学技術活動費64億円、科学館建設費等172億円(購買力平価換算))
  • 日本で行われていない学会のサポート、科学館への政策的サポート、青少年普及活動が、豊富な予算で活発に行われている。
  • 余談。3年前、日本科学未来館で、北京大学名誉教授李先生が、中国の科学館政策について講演。先生によると、国務院、科学技術部が、青少年の科学教育の場として、全国主要都市に、都市に応じてメガ科学館、大科学館を展開する政策とのこと。現在、上海、広東、北京に建設済み、近く深センに建設予定。広東科学館は、敷地43万㎡、建設面積15万㎡(日本科学未来館の5倍)。科学館の分野に、明確な思想の元に、計画が策定されていることに驚く。この政策は、科学技術協会が実施している。

3)国家自然科学基金委員会

  • 国務院直轄、唯一のファンディングエージェンシー(研究資金配分機関)である。米国NSFの中国版として、1986年2月に設立されたが、年平均25%の予算増(図6-2)を示し、2008年1641億円(購買力平価換算)、世界有数の巨大ファンディングエージェンシーに成長した。
  • なお、中国では、各部から行政目的に応じた研究費が出されているが、国家自然科学基金は、最も権威が高く、資金量も多い。
図6-2

図6-2 NSFCに対する中央政府からの予算配分額推移(1986-2008年)

出典:JST研究開発戦略センター科学技術・イノベーション動向報告

(3)所感

  • あまりにも巨大な組織に驚く。科学技術は第一の生産力とする姿勢が行政組織に現れている。
  • 党、国務院、行政各部が一体となって、政策立案し、実行する体制が出来上がっている。
  • 国務院直属のトップダウンで横断的政策を実行する組織、シンクタンクが充実している。
  • 科学技術行政の中核、科学技術部が、強大な組織と権限を有し、中国の科学技術行政を牽引している。
  • 国務院、各部の研究所群が充実、国の戦略的研究開発をトップダウンで実行しうる体制となっている。
  • 科学技術情報、図書館等の科学技術インフラ関係組織が充実している。
  • 地方組織が膨大であり、地方も含めて国を挙げて、イノベーション、科学技術振興に取り組む組織体制となっている。