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【09-007】成長の大回廊

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2009年12月 4日

 私は今年「中国が日本を救う」という本を書いた。これは「中国が世界を救う」に通じる。世界金融不況下にあっても中国は今年、8%を超える成長を維持し、さらに2010年はそれを上回り10%近い成長率になると思われる。成長する中国とどう連携を保ち、その成長にどう関与していくかは日本のみならず世界の重要な課題であるが、残念ながら日本では中国情報は誤解も多く、その成長を素直に読み取ることができない。中国の成長が日本の救世主となるには二つのことが大切と思う。まず等身大で中国をとらえ、そして中国の変化を読むこと。次に官民ともにそれを取り込むどん欲な中国戦略をもつこと。

 数年前、日本では中国脅威論が盛んだった。中国が脅威となるのは中国の姿が正しくつかまれていないことに一つの原因がある。今年の春、日本のマスコミは世界金融不況に喘ぐ中国農民工の失業問題を大きく取り上げた。2000万人の農民工が失業し、1億3000万人もの農民工がさまよっているとも語られた。しかし中国ではそのころ既に農民工の就職戦線に変化が起き、広東省では旧正月を過ぎるとその募集が難しくなり、夏には募集をしても農民工が集まらなくなった。現在その状況は全土に広がり、最近では北の天津でも募集が難しくなってきている。

 私は今、多くの時間を南の深圳で過ごしているが、そこでの人材募集やさらに内陸部での農民工の募集、また農民工の青年達との交流を通じて中国の大きな変化、大きなうねりのようなものを感じている。

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深圳の募集会/職業学校での募集

 これについてはおいおいこの欄で述べてみたいと思う。しかし日本ではいまなお、広東省でその四分の一の農民工が失業との中国大変調を特集した雑誌特集のバックナンバーが好評で書店に並んでいる。日本の中国情報、日本人の中国観はどうしても過去の中国の歴史的問題に引きずられ変化する中国がとらえきれない。中国のマイナス面を引きずり、そこから論を組み立てるため、生身の中国、変化している中国から目をそむける傾向が見える。だから中国の成長率や失業率が出鱈目との論になってしまう。中国の成長率や失業率の問題は机上でデータのみでそれをとらえてもわからない。生身の中国の姿とそこにあらわれたデータとの相関の中から読み取らなければ中国の真の姿は見えてこないが、日本での中国論の多くにはそれが欠落している。成長率や失業率については順次このコーナーでも取り上げてみたいと思う。

 私は今の中国熱、中国の勢いは日本で問題視される中国の貧富の格差、その格差そのものから湧き出ていると思うが、日本の中国情報は格差に強く焦点があたり判断を誤る。

 四川省の地震の時も被災した街や人々は中国急成長の影と報道された。しかしそれらの街にも経済成長の影響が現れ、既に地震以前にアパートなどが建て替えられ、そのために被災を免れた人も多い。地震で大きな被害が出た世界遺産の街、都江堰などはそうである。

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都江堰

 また今でも日本では中国の繁栄は沿海部など一部だけ。地方に行けば成長の姿は見られないという人もいる。だから中国の成長率は疑問との論になる。しかし既に中国ではこれからの安定成長を支える内陸都市のインフラ整備が進み、沿海から内陸を巡る中核都市の大回廊が形成されつつある。しかもそれらの都市は各々個性を発揮し戦略的、有機的にも繋がりはじめている。

 回廊の北の天津では上海の浦東開発に匹敵する規模で2270平方㎞に及ぶ広大な濱海新区開発が本格的に動き出している。これは実に特区外を含む全深圳市の面積を超える広大なエリアの開発である。2008年度の濱海新区の固定資産投資額は1651億元、前年比43%の増加で、さらに産業項目の投資額は年1000億元を超える。

 既に天津新港が完成し天津港の貨物取扱量は世界5位となり、中心となる金融貿易商業地区の超高層建物群が姿を現し始めた。新区には既に世界500企業の200社が集結し世界企業の中国投資の最密集地となっている。その一角、天津空港の隣接地ではヨーロッパエアバス社が専用滑走路を持ちA320 の生産、組み立てを行い、既に7機が完成し、2009年末には累計11機が民航に引き渡される。

 濱海新区では生物技術、細胞科学、海洋科学、航空機材開発などの研究開発センターが設置され、また太陽電池や風力発電設備の製造、アジア最大の海水淡水化プラントが建設されるなど、これまで北京に財政を吸収されて開発が遅れていた旧来型の工業都市天津を一躍国際的新産業と研究開発都市に生まれ変わらせようとしている。鄧小平の南巡講話で上海が覚醒したと同じように、今再び鄧小平があの世から檄を飛ばしたのかもしれない。

 回廊の東、上海では2008年、金融危機の影響で工業投資額は前年比1.7%の低い増加率であったが都市インフラ投資は1733億元、前年比18%の増加となった。旧空港である虹橋空港周辺の虹橋開発が進み、空港と北京や内陸を結ぶ新幹線駅がまもなく直結し、中国の金融、貿易、研究、商業ならびに世界への窓口の中核都市としての整備が着々と進む。

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濱海新区計画/エアバス社/天津市街

 上海の外資投資は2008年、年間100億㌦を超えた。うち第三次産業分野の投資が68%で外資投資にもそれがあらわれている。

 回廊の東南の深圳はますます香港との一体化を進め都市の進化が続き、香港やマカオとの経済的融合が進む。既に上海と深圳両証券取引所の取引額は香港を超えた。今では小学生のみならず、多くの幼稚園児が毎日、香港の幼稚園にイミグレーションを通り通学している。

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上海浦東空港の航空会社案内/深圳の街/香港に通学する幼稚園児

 さらに回廊の南端に目を転ずれば、ベトナム国境、広西チワン族自治区の南寧では毎年中国アセアン博が開催され、中国のアセアンへの影響力浸透への強い意思が感じられる。

 ベトナムまで高速道路で2時間の地の利を生かしアセアン諸国との繋がりが深まり、今は限定された中でのノーパスポートでのベトナム入国が可能である。これまで香港と深圳との間で進んだ加工貿易、来料加工、進料加工が深圳の脱加工貿易、金融貿易研究開発都市化と絡んで南寧やその貿易港の役割を担う北海に移りそうな情勢である。広西チワン族自治区の南、ベトナムに面した北部湾は中国、アセアンの連携を進める北部湾経済合作協議の重要拠点となっている。北部湾に位置する北海は雲南省やチベットなど中国西部の貿易港としてこれから飛躍的に発展する地域となりそうだ。南寧や北海はこれからアセアンに向けたFTAの窓口としての機能が高まりそこからシンガポールに向けた回廊建設が進む。

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南寧の街/中国アセアン博覧会/南寧から2時間、玉林の街での玉林博

 南寧を西に向かった回廊の西南の都市、ミャンマー国境の雲南省の昆明は海抜1900mの高原都市。常春の地というその気候風土を生かした電子産業や生物化学、植物研究の基地としての機能を高め、また観光都市、別荘都市として不動産開発が進む。既に市内の街の様相は沿海都市に近づきつつありブランドショップも目立つ。しかし昆明には中国環境汚染の象徴ともいうべき淇池があり政府は今かなりの予算を出してその浄化に取り組む。

 80年代には地元の人達も泳いだという湖は今、死の湖と化している。

 昆明から回廊を北に進めば直轄市の重慶や四川省の成都がある。

 成都は9区4市6県からなり面積12,390平方キロに及ぶ。総人口は1103万人、そのうち農村部に半数以上が暮らしている。中国の安定した成長のためには中西部の都市と農村が調和のとれた発展をし、かつ都市中心部への人口集中を避けながらも新農村づくりによる農業の法人化などで離農する農民を都市に吸収しなければならない。そのため都市近郊の新しい街、村づくりへの建設投資と産業開発は中国のこれからの最重要政策の一つとなる。その意味で成都の発展は将来の中国の安定をも担うものでありその役割は重要だ。成都では毎年、西部国際博覧会が開催され西部開発の前線都市としてその役割を強め、地下鉄などの都市インフラの整備が進む。2009年秋の西部博覧会には内陸のインフラ開発と中国内需の成長に狙いを定めた韓国企業がこぞって参加し、温家宝首相がわざわざ韓国館を訪問した。中国内陸開発にはかなり強い政治、政策的な力が働くが、今年の西部博覧会には深圳市政府と四川省政府が協定して深圳企業と四川省企業との技術、生産、労務合作が政府指導のもとに進められた。そこでは300億元の投資、合作が決まり、台湾の電子関連企業の富士康科技集団は成都への10億元の投資を決め、中国自動車メーカーのBYDは四川省政府との間で労務合作契約を結んだ。沿海部の人手不足への対応、さらに内陸振興の両面から深圳市は深圳企業170社に航空運賃、宿泊費まで支給して、成都での人材募集会を大々的に開催するなど、中国の並々ならぬ西部開発の熱気が伝わる。

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昆明の街/昆明郊外の住宅地/カルティエ/西部博覧会と成都人材合作懇談会

 中国政府は今、中西部の31カ所を加工貿易の重点移転地域に定め機械加工、電子、化学、繊維などの外資、内資企業の移転、誘致、投資に取り組む。中西部への加工貿易産業の移転はただ内陸開発のためだけのものではない。既に深圳に端的に現れているように先進沿海都市は土地資源、水資源、環境の制約から従来型の工業中心の成長の限界につきあたっている。将来に向けた成長のためには工場を移転させ産業構造の転換を進めていかねば将来のビジョンは無い。沿海都市のこの要請からも中西部の工業化は進む。実際、金融危機の影響が現れる前、2008年1月から9月の中西部各省、市の工業生産額の増加を見ればそれが進んでいることが窺える。内蒙古29%、青海省、広西自治区が25%、安徽省24%、重慶市24%、湖北省23%、江西省、河南省が23%、四川省、吉林省が20%の工業生産の増加であった。成都と同じ、回廊の西の重慶ではこの間、外資投資が244%増加している。

 私はこれから沿海部での農民工の募集の制約からも沿海企業の内陸移転が強くなると、最近の農民工の姿、彼らの意識から思っている。これについては後にこのコーナーで述べたい。

 さらに回廊の西を北にあがれば航天(中国の航空宇宙産業)基地として、また観光都市として成長している西安がある。

 このようにあらためて中国を見れば、発展は沿海だけと多くの人が考えていた間に中国の経済発展は点から線で結ばれ、それがさらに環状ラインで繋がれて成長の回廊がくっきりと姿をあらわしているのがわかる。そしてその回廊は臍に位置する中部地域の武漢や南昌と十字で結ばれている。またそれらは既に高速道路で結ばれ、近い将来には新幹線網が張り巡らされる。さらにここ数年で拡張を終えた各都市の空港との航空網がさらに充実すれば、その回廊は内陸の成長と中国の安定した経済発展を保証する成長の大回廊となる。

 私はこれからの中国成長の鍵となる要素は次の八つにあると考えている。

  1. 成長の大回廊の形成
  2. 農村の変化と内陸の時代の到来
  3. 中国内需を支える人口の拡がりと大消費市場の出現
  4. 回復し持続する輸出
  5. 継続する大規模公共投資の存在
  6. 政治の安定と産・官・学・軍の連携とその強力な取り組み
  7. 安定持続する外資投資の存在
  8. 一方的外資依存からの離陸と中国企業の成長

 もし中国の成長が日本を脅かす脅威と感じるなら、その脅威を払拭する一番の方策は脅威の姿を知り、その脅威の中に飛び込むことである。私は成長する中国の足許には大きなそれを助けるサポートのマーケット、補完のマーケットが拡がっていると思っているが、虎穴に入らなければそれも見えてこない。問題から目をそらし、それを避けていては脅威が膨らむばかりだろう。中国の成長に戦略的に関与していく。そのために変化を続ける中国の生身の姿をつかむことが大切であると思う。私は1991年から中国で日本の企業の中国対応のコンサルテイングをしてきた。このコーナーでは、そんな自身の目でとらえた変化を続ける生身の中国をお伝えしていきたいと思う。今回はまずこれからの中国成長の基盤となる成長の大回廊について考えてみました。

和中 清

和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。

主な著書・監修

  • 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
  • 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻)  制作・著作:PHP研究所
  • ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
  • 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
  • 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
  • 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
  • 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
  • 中国が日本を救う(長崎出版)