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【11-009】高鉄事故と中国の矛盾、問題のとらえ方

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2011年 8月31日

透明で明確な日本の将来

 日本の将来は不透明と言われます。しかしこの言葉は適切ではありません。むしろ非常に明解です。

 これからの日本は大企業も中小企業も海外シフトがさらに活発になり国内空洞化はますます顕著になります。雇用は縮小を続け、デフレ社会が進行し、消費税率が上り、1400兆円の家計金融資産の取り崩しが顕著に進みます。

 デフレ社会に歯止めをかける政策がないだけ、とにかく個人貯蓄があるうちに食えるところまで行くのが日本経済、なんとも明解ですね。

 しかし食えなくなればどうなるのでしょうか。これも明解で心配には及びません。このまま日本経済の沈滞が進めば、思ったより早く日中の賃金差は縮小します。既に中国都市住民の高収入所帯10%の所帯可処分所得は、統計上では日本の中間値の30%程度ですが以前に述べた裏所得を考慮し、さらに日中経済の成長率の違いを考えれば、あと数年で限りなく日本に近づきます。10%といっても都市住民は6.8億人ですから日本の総人口の60%近くです。その上この層に続く20%の人たちがすぐ後に迫っています。そうなれば当然工場の賃金もかなり上昇し、前にこの欄で述べたように「ボーイフレンドも一緒に採用してください」の小姐より、日本人の勤勉さ、労働生産性の高さを考えて日本で工場を建設する中国企業が増加します。

 ことに中国の物づくりが安全、快適、安心に向かえば生産工程の緻密さ、品質管理のレベルアップが求められます。まさに日本人の勤勉さの出番が訪れます。そして中国進出企業の出戻り組も増えます。日本が中国の生産基地になる。そんな時代が以外に早く訪れます。前にこの欄で2020年に中国のGDPは米国を超えると述べましたが、その頃が転機です。デフレスパイラルで奈落の底に沈みきるのでなく、トンネルの向こうに陽が見えています。だから「中国が日本を救う」です。

 中国が日本を救うなんて言えば“何を馬鹿な、ふざけるな”と特に一部の右派知識人には頭にカチンとくる人もいますが、それが嫌ならもっと日本はしっかりしろと私は反論するだけです。

 最近、ある日本企業の中国進出の協力をしました。進出プロジェクトの責任者は後継者である社長の息子さんです。私が彼に中国進出の動機を尋ねたところ次のような言葉が返ってきました。

 「父である社長とかこれまで会社を築いてきた人たちは、もう事業に関わる年月は短いのでいいですが、引き継ぐ私たちは大変です。日本でこのまま事業を続けても良くて現状維持。このままでは社員に夢を与えられません。賃金も上げられず、役職にもつけず、なんとか維持をするだけ、それでもついてきますかとは私には言えません。社運を決するかも知れませんが、だから決断しました。しかし、中国進出を決めた後、周囲からは必ず失敗するなど足を引っ張る話ばかりが耳にはいってきます」

 この20年、中国に進出した日本の企業には彼のような思いで中国に進出した企業がたくさんあります。そしていざ決断すると必ず周囲から足を引っ張る言葉が耳に入ってきます。

 たいていは根拠もなく感情的に“やがて”中国は崩壊するなどの批判です。

 私は20年の年月があれば“やがて”と言い続けている間にも中国で一仕事も二仕事も為し得ただろうにと、この20年、そんな批判をする人を、皮肉をこめて見てきました。

 これまで日本企業の中国シフトは、ただ低コストだけでなく、隣国という地理的条件も影響しました。今度は中国から日本、逆の現象が起こるのも歴史の自然な姿です。

 また、今の日本に、真に政治家が必要な存在なのかと政治家自身が自分に問いかけてみるべきではないでしょうか。その存在が、ただ民主主義の体裁を繕うためだけのことなら、しばらく国会を封鎖して“官”主導で国の方向を定めるか、いっそ政治家に期待するより、もっとデフレ社会を進め、その行きがけの駄賃で、どっちみち返済不能の892兆円の国債、地方債のデフォルトを行い、早く円安と日中賃金逆転時代を迎えた方が、よっぽど日本経済が浮上できるのではと、冗談にでも少しは真顔で考えたくなるのは私だけでしょうか。

中国の消費の動向、内需のとらえ方

 さてそんな自虐的日本再生を考えている間に今年も既に半年が過ぎ、中国経済の上期の統計が出てきました。目に付いたデータを掲げておきます。

 この統計を見て感じることは中国社会の旺盛な消費です。中国は貯蓄率が高く内需に問題があるとしばしば語られる言葉ですが、このようなデータを見るにつけほんとうにそうなのかと疑問も生まれます。

 さすがに自動車販売は昨年までの勢いが少し沈静化しましたが、それでも上期の乗用車の販売は711万台、昨年同期比5.75%の増加です。地震の影響で落ち込んでいた日系メーカーも6月には乗用車の生産台数が21万台で前月比48.57%と回復を始め、上期の車種別中高級車販売では日産ティアナが首位で健闘したのが目立ちます。

 しかし地震が影響した日系各社を尻目に、上海通用(GM)は上期全体で前年比27.5%、福特(フォード)は14%、宝馬(BMW)は60.8%、奔馳(ベンツ)が52.3%、奥迪(アウディ)は28.1%、其々販売台数が増加しました。

 今年上期のGDP成長率は9.6%ですが、都市住民可処分所得は13.2%の増加、農民の現金収入は20.4%増加しました。

 その所得の増加も影響して上期の社会消費品小売総額は前年同期比16.8%の増加、飲食収入も16.2%の増加です。国内外旅行も相変わらず堅調で、上期の国内旅行収入は22%増加し、海外旅行者数も半年で3200万人と19%の増加で、このまま行けば中国の海外旅行者は年間6000万人を超えると予測されます。

 消費の増加には物価要因もありますが、この間のCPIの上昇は5.4%でやはり旺盛な消費の持続が伺えます。下の中国の消費支出と固定資産投資等統計にあるように中国は固定資産投資額とその増加が大きく、その陰に隠れて消費が過少評価されて内需に問題があると誤解されてきたのではないかと思います。

 1995年を100とした場合、2009年の都市住民家庭1人の平均可処分所得は401ですが、同じ期間のGDP中の都市住民消費支出は540、中国全体の消費支出も450です。またそれに加えて消費の裏社会、統計に現れない多額の消費の存在もあります。それらを考えれば中国は決して消費、内需が低いとも言えないのではと思います。

図1

中国GDPの四半期成長率

図2

2011年上半期産業別成長率

図3

2011年1月~6月貿易差額

図4

2011年上半期の中国経済項目別成長率

図5

2011年上半期の主要物価上昇率

図6

2011年上半期中国中高級車の販売台数

中国の消費支出と固定資産投資等統計
GDP中の最終消費支出 GDP中の資本形成総額 GDP中の都市住民消費支出 全社会固定資産投資額 全社会住宅投資額 都市住民家庭1人平均可処分所得
金額(億元) 1995年を100とした指数 金額(億元) 1995年を100とした指数 金額(億元) 1995年を100とした指数 金額(億元) 1995年を100とした指数 金額(億元) 1995年を100とした指数 金額(元) 1995年を100とした指数
1995 36748.2 100 25470.1 100 17098.1 100 20019.3 100 4736.7 100 4283.0 100
1996 43919.5 120 28784.9 113 20048.8 117 22913.5 114 5198.5 110 4838.9 113
1997 48140.6 131 29968.0 118 22345.7 131 24941.1 125 5370.7 113 5160.3 120
1998 51588.2 140 31314.2 123 24757.3 145 28406.2 142 6393.8 135 5425.1 127
1999 55636.9 151 32951.5 129 27336.3 160 29854.7 149 7058.8 149 5854.0 137
2000 61516.0 167 34842.8 137 30707.2 180 32917.7 164 7594.1 160 6280.0 147
2001 66933.9 182 39769.4 156 33644.9 197 37213.5 186 8339.1 176 6859.6 160
2002 71816.5 195 45565.0 179 36784.9 215 43499.9 217 9407.1 199 7702.8 180
2003 77685.5 211 55963.0 220 41344.1 242 55566.6 278 10792.3 228 8472.2 198
2004 87552.6 238 69168.4 272 47528.6 278 70477.4 352 13464.1 284 9421.6 220
2005 99051.3 270 77856.8 306 53280.8 312 88773.6 443 15427.2 326 10493.0 245
2006 112631.9 306 92954.1 365 60842.2 356 109998.2 549 19333.1 408 11759.5 275
2007 131510.1 358 110943.2 436 71487.8 418 137323.9 686 25005.0 528 13785.8 322
2008 152346.6 415 138325.3 543 83099.5 486 172828.4 863 30881.2 652 15780.8 368
2009 165526.8 450 164463.5 646 92296.3 540 224598.8 1122 36428.2 769 17174.7 401

高鉄事故で新聞に載った“他媽的”(くそったれ)に見る“遅々として進む民主化”

 その2011年上半期の統計が出揃った時期、高速鉄道の事故が世界を驚かせました。“中国自主開発の高速鉄道”の言葉を快く思っていない日本人には「やはり」と事故の悲惨さへの思いとは別に溜飲を下げた人もきっとたくさんいると思います。

 前にこの日中論壇で中国高鉄の膨大な借金と不正問題を述べました。鉄道部部長、運輸局局長が更迭され、不正も明るみに出て、そこに飛び込んできたのが高鉄事故のニュースでした。6月末、上海から北京を結ぶ路線が開通しましたが、2009年末で鉄道部は1.3兆元の負債を抱え、1.6万㎞の高鉄網を完成させるには2兆元の投資がさらに必要とされ、2015年には鉄道部の負債は総額4.68兆元に達すると見込まれています。

 事故の前にも不正と多額負債の背景には鉄道投資とその予算管理の秘密性、政府と企業の癒着があると中国マスコミも政府批判をしていました。そんな中で起きた事故は、世界一への面子、世界二位の経済大国の焦り、さらにそのスピードと大量輸送が軍の再編にも影響を与えるという軍事要請からも、急ぎすぎた結果の人為的事故とも言えます。

 7月31日、私は深圳で南方都市報という新聞を買いました。日本でも取り上げられ話題になりましたが、その新聞には写真のように、「他媽的“奇迹”」の言葉、高鉄事故に対する政府の対応にはもはや「くそったれ」という言葉しか思いあたらないと辛辣な記者の言葉が載っていました。その「くそったれ」の言葉の布石になったのが鉄道部の負債と不正問題でした。また最近も中国赤十字会の汚職や蘇州や杭州の副区長が多額の不正蓄財で死刑になるなど、絶えない不正への憤りも、その言葉が吐き出された背景でしょう。

写真

写真 他媽的“奇迹”

 中国政府のマスコミへの圧力が批判の的ともなっていますが、「くそったれ」の言葉が紙面に載ったことやそれ以前の鉄道部の不正、秘密主義への批判報道などに、“遅々として進んでいる民主化への歩み”も読み取るべきです。マスコミへの圧力の一方で6月17日、温家宝首相はイギリス王室学会で未来中国について発表し、中国の政治体制改革、社会主義民主法治、政府決定システムの民主化推進、人民が政府の監督、批判ができるような制度をつくらないといけないとも語っています。

 今年、中国では非暴力犯罪13項目の死刑が廃止されました。また各地の政府の出張費、交通費や接待費など“三公”経費の政府予算、実績が一般に公開され話題を呼んでいます。

 先日、私は新しく建った広東省江門市の行政センターに行きました。2004年頃に天津など中国の1級都市で始まった市民行政サービス向上のための行政機能の集約、行政センターにさえ行けば全ての許認可行政が進むという住民サービスがやっと3級都市レベルに及んできたと、その館内を歩きながら思いました。やはりこれらも“遅々として進む民主化”と私は受けとめています。

事故によって逆に早く進む高鉄輸出

 高鉄事故は一方で、中国で起きる問題をどうとらえるかを私たちに問いかけています。

 高鉄は2004年に川崎重工、フランスのアールストン、2005年にドイツのシーメンスとの技術導入合作協議を経て僅か3年で車輌量産化を完成させ、さらに08年6月には北京、天津間で時速394㎞運転を実現しています。その事実も冷静に受け止めることも大切です。

 さらに間もなく中国の11の経済圏が環状高速で結ばれ、「成長の大回廊」が出現します。

 だから中国高鉄は、今後の中国成長の要です。その要たることを保証するのは時速395㌔のスピードでなく、1.6万㎞をつなぐ安全、安定運行の総合システムだと気づかせたのが今回の事故です。この事故をきっかけに速度にばかり目を奪われていた国民の安全に対する監視の目が厳しくなります。3.3兆元もの高鉄負債が安全のためにどう使われたのかという監視が加わることにもなり、政府は安全対策、システム充実を進めざるを得ない状況に追い込まれます。“他媽的”の文字が紙面に載ったことをもっと前向きにもとらえるべきです。だから私はこの事故をきっかけに、意外に早く高鉄輸出も進むと考えています。

 中国で起きる問題は鋸の刃、山登りの山と谷です。一つの問題だけを見れば、刃が下を向き、谷に向かう悲観の中国が見えます。しかしその刃や谷はどこかで上に向かいます。

 大切なことは鋸、山全体が上に向かっているのか下に向いているかです。刃の1枚だけに強く注目すれば、全体がわからなくなります。

 殊に日本で語られる中国問題は、下ばかりに目を向けさせる右派知識人の力も働きます。

 全体が上を向いているなら、下に向う刃や谷は、成長への艱難とも読み取れます。

 艱難が多ければ、人も国もそれを越えた時、上に向かう力に勢いがつきます。

 おそらく中国では、事故を教訓に安全システムの開発に加速度がつき、高鉄輸出に有利に作用します。私たちは事故にばかり目を奪われるのでなく、中国は大型ジェット機の開発生産ができる国との認識も必要です。既に中国は08年11月に中型国産ジェット旅客機ARJ21-700の初飛行に成功して量産体制に入り、今年の6月21日には正式に中国民用航空華東地域管理局にCCAR合格審査申請が行われ、ARJ21-700の適航証書の取得作業は着実に進んでいます。まもなく上海、西安、成都、瀋陽の中航商機工場で製造された国産ジェット旅客機が商業運用に入ります。その受注残は昨年11月現在、340機に達しています。

 さらに中国は2014年の初飛行に向けて大型ジェット旅客機C919を開発中です。既に国際航空、東方航空、南方航空、海南航空が各20機を発注、米国航空機リースを含め100機の受注があります。また高鉄事故の陰に隠れて目立ちませんが、7月26日、中国の深海探査船“蛟龍”が5057mの海底探査に成功し、来年には世界一の深度7000mに挑む予定です。 

 事故という下向きの刃にばかり着目するのでなく、このような技術の国との冷静な受け止め方も大切です。

社会主義の親亀と市場経済の小亀、その綱引きから生まれる矛盾

 高鉄事故もその一つですが、この20年の中国の経済成長は、成長と矛盾の歴史とも言えます。考えるまでもなく、社会主義と市場経済、お互いに相容れにくいものが手を携えて進んでいるわけですから矛盾も生まれます。まして13億を超える人々がいっきに市場経済を突き進んできたのですから問題、矛盾が際限なくつきまとうのも当然といえば当然です。

 だから私は中国の貧富の格差を批判するなら、13億人の国で格差が拡大せずに豊かになれる政策が他にあるのか、それを述べてから批判をすべきと常々語って来ました。

 この20年の中国は、言わば社会主義を親亀とすれば、その背中に小亀である市場経済が乗っかっているようなものです。その小亀がどんどん成長して、親亀の体力では支えきれなくなりつつあるのが現在の中国です。

 小亀の重さで、親亀が砂の中に埋もれながらも必死でその権威を保とうとしているようにも見えます。だから社会主義と市場経済の綱引きの中で多くの矛盾も生まれます。

 市場経済が過熱して1㎡30万元の住宅が出現し、毎年“土地王”が生まれています。 “社会主義、原則全てが国有土地の国でどうして”という疑問も生まれ、その矛盾の辻褄を合わせるためでしょうか、政府が上限価格を保証する低価格保障住宅の建設を全国で増大するなど、いろんなところで強い社会主義国の政策も打ち出されています。

 収入分配改革もその一つで、既に農民工賃金は大幅に上昇し、その問題は前にこの欄で指摘したところです。金融引き締め、賃金高騰、材料高の“三重苦”は中小企業の経営に打撃を与え、温州では2年前に1トンの銅価格が3万元、普通工賃金が800元でしたが、現在では銅価格は6万元、普通工賃金は1810元に上昇し、20%の中小企業の経営が成り立たなくなったとも言われます。今年の4月から5月にかけて温州で億元富豪を含む、地元の著名民営企業の経営者、3名が相次いで自殺しました。

 辻褄あわせの保障住宅は強引な価格保障ゆえに建設業者の手抜き工事、不良資材使用につながり、各地で欠陥アパートが問題になり、中には床が落ち下階の部屋が見えたというアパートも出ています。急ぎすぎた中国は高鉄事故ばかりでなく、最近頻繁に起きる橋の崩落事故にも現れています。

 高鉄事故で当初発表された50万元の賠償額も市場経済と社会主義の矛盾です。

 「中華人民共和国社会保険法」の実施に関する若干の規定では労災死亡の補助金基準は労災発生時の前年度の全国都市・街住民の1人あたりの可処分所得の20倍と定められています。それで計算すれば40万元弱となり、そのあたりから50万元の賠償額がはじき出されたと思いますが、世界に誇る高鉄事故にはなんともそぐわない金額で、さすがに気が引けたのか91万元に引き上げられました。昨年の上海火災の賠償額は90万元を超えているので、50万元のままだとやはり親亀と時代の流れとの矛盾を感じたところです。

重大交通事故乗客賠償額統計
南方都市報
日付 事故 死者数 賠償金額
2010年8月2日 河南航空   
伊春航空機事故
42 96万元/人
2004年11月21日 東方航空    
包頭航空機事故
55 21.1万元/人
2002年5月7日 北方航空    
大連航空機事故
112 18.4-19.4万元/人
2002年4月15日 国航       
釜山航空機事故
122 12-94万元/人
2000年6月22日 武漢航空    
武漢航空機事故
51 12.11万元/人
2009年7月29日 広西列車    
脱線事故
4 25.2万元/人
2009年6月29日 郴州鉄道事故 3 30.7万元
2008年4月28日 胶済鉄道事故 72 20万元/人
2007年2月28日 新疆列車事故 3 20万元/人

 前回指摘した石炭億元長者と今年の停電もやはり市場経済と社会主義の矛盾です。

 中国の電力事情は逼迫し、ある程度の停電、ピークシフトはしかたの無いことですが、それでも深圳あたりでは電力局は平然と停電を前日夕刻に通告をしてくるので、それに対応しなければいけない工場は大変です。急な休日振り替えが繰り返されると社員のストレスも溜まり、それがきっかけでストの懸念も出てきます。20年前は、明日は停電で休日。

 その代わり次の日曜は出勤。出勤できない人は、会社は不用なのでそのままずっと休んでくださいと多くの工場が一方的通告で対応していましたが、時代が変わり中国の労務環境も様変わりして、今の時代にそんな通告をしたら大変です。やはり親亀が小亀の成長した今の世の中の動きがわかっていないからでしょうか。

 中国の戸籍制度も社会主義と市場経済の矛盾の一例です。本来戸籍は1955年にはただ本籍地の記録に過ぎませんでした。しかし農民戸籍、非農民戸籍の制度の下に居住地限定のしるしとなり、社会主義の分配基準を表すものになりました。

 市場経済は都市化を進め、都市人口が増大するにつれ、都市戸籍は今では奪い合い、競争の対象ともなっています。前回のこの欄で述べたように、上海の常住人口は約2500万人ですが、うち上海戸籍がある人は1412万人で戸籍人口と外来人口の比はおよそ3対2です。上海では流入人口の増加と都市戸籍の制限で、5年後にはそれは1対1になると予測されます。北京では優秀な学生を選んで学生が北京に残れる「留京指標」を大学が学生に交付し、学生は就職先企業から「進京指標」をもらえなければ北京戸籍が獲得できません。

 学生に与えられる都市戸籍も限定され、今や戸籍も競争の対象、社会主義の平等に反して戸籍すら奪い合う対象となりました。市場経済の下、どんどん拡大する都市と流入人口、 社会主義の象徴とも言える戸籍制度、ここにも親亀と小亀の矛盾が見えます。

 社会主義と市場経済のこんな可笑しくも、首をかしげる矛盾もあります。

 前にこの欄で中国の増値税について説明しました。直接税である企業、個人の所得税制度がまだ完全ではないだけ、中国は増値税や営業税の管理を強めています。

 そのための領収書は用紙そのものを厳格に国が管理し、その発票に伴う様々な問題もこの欄でご紹介しました。国の管理は発票(領収書)1枚の金額上限にも及んでいます。

 いくらまで発行できるかは以前の売上げ実績などで判断され、同時に1枚の金額上限が規制されます。もし大きな取引があり、発行金額を増やさないといけない状況になれば大変です。税務当局に説明に行き、あの手この手で発行を認めてもらうことになります。

 私が協力するある会社では月600万元、1枚の上限10万元、枚数60枚を限度に発行が認められていました。1枚10万元の限度額なら、500万元の取引があった場合、50枚の発票(領収書)の発行になり、発行する方も、もらう方も大変です。

 古いコンピュータのシステムでは、相手先名称、納税人、住所、品名、金額などを50回打ち込み、もらった取引先も、50枚の領収書を管理して本物かどうかをチェックして、専用パソコンに打ち込まねばなりません。ある時、取引先から、1枚の発行額を100万元に増加して欲しいと依頼があり、財務の担当者が税務局に要請しましたが、許可が出ません。

 取引先に連絡して、増額の理由を確認したところ、先方の税務局が、枚数が多くて根を上げ、1枚の金額上限を増やして欲しいと言っていると返事が返ってきました。

 馬鹿らしくて税務局同士で相談しろと言いたくなりますが、笑い話ではなく、つい最近実際にあったお話です。正に親亀が小亀の成長についていけない中国ならではの矛盾です。

 中国の企業では社員の住宅取得のための福利制度、住宅積立金制度があり、企業に毎月一定額の積み立てを義務付け、最近その法律が強化されました。最低掛け率の賃金総額の5%の会社負担でも数百、数千人の工場では大変な金額で、広東省などでは工場に寮を設置して無償で入寮させている工場も多く、よく考えれば福祉の重複負担です。住宅高騰のつけや人々の不満の解消を強引に企業に押し付けるようなものです。

 8月に深圳でユニバシアードが開催されました。すると深圳市人力資源社会保障局から「ユニバシアード期間企業賃金支給についての通知」が公布され、8月12日の開幕式と8月23日の閉幕式の日は、企業は休日、その日の賃金も正常に支給すべきとの通知が出されました。大学生運動会に閉幕式まで強制的に休業、なんとも時代にそぐわず、怒りを通り越して、可笑しくも悲しいような、親亀が面子と権威を必死に保っているあがきにも見えます。

矛盾も飲み込み中国は成長を続ける

 しかしこのような矛盾も鋸の刃、谷の一例です。一つ一つは確かに問題です。しかしだからといって全てを市場経済、市場原理に委ねるというわけにいかないのが中国です。

 例え政治家の能力が低くても、国民の意識や考え方が似かよい、まじめな国民性で、中国と違いはるかに国がまとまりやすい日本ですらバラバラで問題山積、羅針盤が壊れたままです。まして中国は13億を超える人口の国、日本と違い一人一人が自分を主張し、自己本位の国民性を持っています。

 余談ですが、今京都の鴨川では中国の大サンショウウオと日本原種のサンショウウオの交配種が増加しているそうです。

 日本原種はエサの魚が自分の巣穴に来るまでじっと待ち、決して巣穴から外に出て餌をとらえる行動はしないそうですが、交配種は巣穴から離れたところの餌も貪欲にとらえるそうです。人と生物も共に大陸と島国の地勢、環境が影響するのかわかりませんが、また人とサンショウウオを同じに例えるのも恐縮ですが、日本人と中国人の相違について思わず考えさせられました。

 中国では人に拡散する力が働き、放置すれば乱れるという問題が常につきまといます。

 民主化すれば全てが解決するという単純な右派知識人の思考ほど、中国は単純な国ではありません。中国の政治は常に13億の人口、7億農民の圧力に向き合わねばなりません。 

 だから市場経済を推し進め、豊かさを求めて限りなく資本主義社会に向かいながらも、時に社会主義を動員して規制とブレーキをかけなければならない。ここに中国政治の困難があります。拡散し、バラバラにならないためにも、それはしかたのないことかも知れません。だから多くの矛盾も真に大国になるための鋸の刃。その刃、山の全体がどこを向いているかを注視して中国をとらえていきたいものです。


PROFILE

和中 清

和中 清:
㈱インフォームを設立、代表取締役

昭和21年生まれ、同志社大学経済学部卒業。
大手監査法人、経営コンサルティング会社を経て昭和60年3月に㈱インフォームを設立、代表取締役就任。
国内企業の経営コンサルティングと共に、1991年より中国投資のコンサルティングに取り組む。
中国と投資における顧問先は関西を中心に関東・甲信越・北陸から中国・四国と多くの中小企業に及ぶ。

主な著書・監修

  • 経営実践講座(ビデオ・テキスト全12巻) 制作・著作:PHP研究所
  • 自立型人間のすすめ(ビデオ全6巻)  制作・著作:PHP研究所
  • ある青年社長の物語~経営理念を考える~ (全国法人会総連合発行)
  • 経営コンサルティングノウハウ(ビデオ全4巻+マニュアル1冊) 制作・著作:PHP研究所
  • 上海投資ビデオシリーズ全4巻 (協力;上海市外国投資工作委員会)
  • 中国市場の読み方~13億の巨大マーケット(明日香出版)
  • 中国マーケットに日本を売り込め(明日香出版)
  • 中国が日本を救う(長崎出版)

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中国の法律事情

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2014/3/7更新
「百度(バイドウ)の著作権侵害をめぐる攻防の結末」朱根全

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2014/3/12 書評追加掲載

文化の交差点

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2014/3/18更新
「日本における中国古代絵画」朱新林

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