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【12-008】「中国経済の問題を考える」(その2)

和中 清(㈱インフォーム 代表取締役)     2012年 9月18日

中国は低人件費で高コストの社会

 「社会のバブル化」と「政治体制の構造問題」と「自己本位の社会風土」。これらの社会構造問題がどのように経済問題に波及するかを考えます。

 先ず三つの問題から、中国が急速に高コスト社会に突入する姿が浮かびます。

 これまで世界の資本は、低い人件費を求めて中国に進出しました。しかし、中国には低い人件費は存在したものの、決して低コストの国ではありません。

 中国は体制維持に必要な、大きな行政組織を持ち、その背後に無数の規制が存在する社会です。組織の大きさに比例して規制があります。規制は申請、登録の直接費用以外に、それに対応する人件費や時間コストが企業の経費に跳ね返り、それが操業コストを高めます。

 統計によると、2004年に1244587カ所あった公共管理と社会組織は、2010年には1382104カ所に増えています。その多く(71.1%)は自治組織ですが、国家行政機構が399140カ所あります。

 2004年の国家行政機構の事業所数226936カ所のうち、行政監督検査機構は18531カ所、約8.2%を占めています。

 中国で事業をするには、業務ごとに営業許可を必要とします。海外送金や本社からの資金借入にも、外貨管理局の許可が必要です。工場では頻繁に安全、消防、労働、環境、衛生、税関、税務の監査や行政指導があり、その応対も大変です。

 例えば、「生産安全事故応急預案管理弁法」という国家安全生産監督管理総局令があります。これは、企業に対して事故など緊急時への備え対策を事前に定めさせ、その記録を審査し、登録させるというもので、企業は登録料の支払いが必要です。違反企業は、3万元(約37万円)以下の罰金に書せられます。国際的には、準国際規格のOHSAS18001労働安全衛生マネジメントシステムがありますが、それに準じた内容です。対応するには、かなりの知識や労力を要するため、3万元程度の作成料を外部専門会社に支払って丸投げする企業も少なくありません。

 この数十年、中国では耳を疑うような企業モラル問題が続発しました。最近も下水溝油や病死豚肉の販売事件が報道されました。排水などの環境問題、化学品の安全管理、食品衛生、爆発事故などの事件が絶えることがなく、尋常な手段では改革できないのか、企業に求められる安全、消防、環境、衛生面の管理基準は、国際的な標準を超えるような厳しさとなっています。

 規制は財政収入の増加につながる一方で、役人と関係のある企業がその業務を請け負い、規制に絡む裏ビジネスが形成されます。さらに中国では、注企業の社内不正も絡んで、複雑な様相を呈することになります。

 例えば化学品の爆発を防ぐガスセンサーが安全監督当局の指摘で設置されたとしても、機能が伴わない機器を形だけ設置すれば、外観だけで規制を逃れる、といった例も見られます。

 規制の実際の指導や監督は、街道事務所など政府末端組織が担当し、専門知識が乏しく、人によってルールの解釈も違い、不要な負担を企業に強いることも少なくありません。

 さらに監督責任を逃れるためか、規制は屋上屋を重ねており、まじめな企業ほど負担がかさみます。仮に規制を逃れるべく「走後門」、裏の関係に頼ったとしても、それはそれで費用もかかり、結局はコストをかけて

 多くの規制に対処せざるを得ません。

急速に中国社会の高コスト化が進む

 中国社会がバブル化していく。学校卒業直後の農民工から、「希望賃金は3500元(約4万3000円)」の言葉がでる時代です。

 中国が一気に高コスト社会に突入する時代を予感させます。

 しかも中国には、もう一つの高コスト要因が存在します。それは自己本位の風土がもたらす社会の非効率さ、生産性の低さです。社会の連携や共同に問題があれば、社会のコスト負担も上昇します。石炭とセメント輸送の比重が高く、非効率と言われる流通、物流分野では、非効率さと広大な国土という要因が重なり、物流コストは2005年以来、GDPの18%前後で硬直化している、との試算も出ています。

 また職場では、先を考えて仕事をする習慣が定着しておらず、計画性が軽視されがちです。今日、明日、1カ月、1年と、長期になるほど見通しが怪しくなり、従業員の意識付けに時間を割かねばなりません。先を考える習慣が乏しい風土も、社会や企業のコストを増加させる原因です。

 私は中国と関わって二十数年が経ちました。劇的な変化に接して、刺激や興奮もある半面、日々発生する問題も多く、中国での仕事は非常に疲れることを痛感しています。日本人駐在員に求められる第一条件は、問題に遭遇した時の心の強さとも思います。

 中国経済は裏経済と不可分です。中国ビジネスに関われば裏経済とも直面します。多発する社内の不正にも神経を使い、それも疲れの原因です。しかし、それは中国人に限りません。ある中国企業は日系大手企業を担当する営業職員に対し、3年間は購買担当の日本人に無制限の接待を続け、3年後の販売額を2倍にせよ、との司令を出しています。

 日々の仕事では、社会主義国の顔もちらつきます。多くの中国人は、義務や責任より権利主張が先行する傾向があります。業績と関係のない年末手当の要求、旧正月や国慶節の紅包(ホンパオ=ボーナス)、退職時の保障金の要求や各種手当の支給。時には幹部社員からさえ、昼食はもちろん朝食、休日の夕食支給の要求すら出ることがあります。私はよく皮肉で、「あなたは給料を何に使うの」と話しています。こんな風土との対峙しなければならないことも疲れの原因です。

 さらに先を考えて、隅々までリスクを予想しなければなりません。中国人は問題発生時の対応には慣れています。だから、「人民に対策あり」です。しかし、先を考えない仕事への姿勢に由来する二度手間、三度手間がコストに跳ね返ります。

 一般的に、中国人は先を考えることに強くない。それも当然な結果ともいえます。少し前まで、中国は人より努力しても報われない平等社会でしたから、自発的に先を考える習慣が希薄になることも理解できます。

 一方で、“なんとかなるさ”で強く生きられるのが中国人かもしれません。だから中国人は日本人よりも、度胸と火事場の対応力が備わっているのでしょうか。また、社会主義下での市場経済化と国際化というこれまで経験したことのない環境の中を、猛スピードで進んでいることも、先を考えにくくしている要因です。

 所得分配制度の改革で人件費が急上昇することに加え、社会主義のコスト、自己本位の非効率コスト、さらに社会バブルによる物価上昇、これらによって中国は急速に高コスト社会に突入していきます。

空を飛ぶ経済が中国社会から“まじめさ”を奪う

 中国は「空を飛ぶ経済」で世界2位のGDP大国になりました。

 携帯電話の普及は、正に空を飛ぶ経済の象徴です。地上の固定電話の普及を跳び越えて、世界一の携帯電話市場が出現しました。2012年上期の携帯電話出荷台数は1億9500万台ですが、既にスマートフォンの出荷は48.66%を占め、6月は56.9%になりました。

 1958年に天津712工場で中国第1号の白黒テレビが生産され、1978年には上海テレビ工場でカラーテレビの生産が開始、1986年には世界一のテレビ(白黒テレビ)生産大国になり、2012年5月には既にスマートテレビ(智能テレビ)が市場の4分の1以上を占めています。現在、都市別の自動車保有は北京がトップで475万台。深圳が2位で今年2月、200万台の大台を超えました。

 1993年、深圳の個人保有自動車は僅か2100台でした。2003年に自動車保有数が20万台になり、2007年に100万台、そこから200万台までは5年でした。

 高速鉄道、航空輸送、海外旅行、自動車のどれをとっても、地を這いながらの成長でなく、空を飛ぶような成長です。日本の識者には、日本が歩んだような農村経済から軽工業の発展という近代化のプロセスを中国が経ていないため、基盤が脆弱だと批判する人もいますが、時代を冷静に受け止めれば、空を飛ぶ経済もやむをえません。中国高官の言葉を借りれば、ディナーのフルコースを食べ終わった世界の資本が、スープを飲み始めたばかりの中国に押し寄せたわけですから、地を這いながらの成長は不可能です。

 しかしその結果、中国社会から“まじめさ”、あるいは一歩一歩着実にという価値観が失われつつあり、皆が安直に一攫千金を夢見ているようにも感じられます。空を飛ぶ経済に加え、政治腐敗や社会のモラル低下、政治と結びつき富を得た富裕者の増大がそれに拍車をかけています。

 1990年代半ば以降、経済犯罪で海外に逃亡した政府、公安、司法、国有企業幹部は16000~18000人と言われ、彼らとともに海外に持ち出された人民元は8000億元(約9兆8400億円)と見られます。

 中国国内には「地下銭荘」という経済犯罪資金を海外に送金する組織もあり、また、海外でのクレジットカード決済、オフショア金融センターを使った匿名預金、海外での裏リベート授受、海外に留学した親族を通じた資金移転など、直接の資金ハンドキャリー以外に、様々な手段で犯罪資金が海外に流れています。非常に厳しくなった職業学校生の募集では、先生が学生の紹介に裏リベートを要求し、学校は生徒数を水増しして国の補助金を多く受け取り、女子農民工募集は、さながら昔の女衒(人身売買の仲介者)の世界の様相を呈しています。

仮の宿で暮らす富裕者が増えて中国の狩猟型経済が鮮明になる

 一方、中国は70年代末の密出国や出稼ぎ労働、80年代の留学に次ぐ第3次移民ブームで、移民の主体は富裕者の投資移民に移っています。1000万元の投資可能資産を持つ人の14%が既に海外への移民を決め、46%が計画中とのことです。1億元の資産を持つ人の27%が移民手続きを終了しています。

 2011年には、2969人の中国人が米国移民局にEB-5投資移民ビザを申請し、総数の75%を中国人が占めました。英国でも新投資移民政策の下で、中国からの投資移民が急増しました。彼ら富裕者は中国の市場経済の波に乗って富を得、中には裏経済と関わって富を得た人も多く、成長中国を利用して富を得た人々です。移民の背景には、子女の教育、生活の質の向上もありますが、自身と財産の安全、予想外の中国リスクから身を守る思いが、投資移民の背景にあり、国を頼らず、信じるのは自分のみ、という思いが読み取れます。

 中国でお金は稼ぐが、心は海外にあるということであれば、まさに中国社会は空洞化しつつあるとも見えます。その結果、中国では、「双重国籍」、二重国籍問題が起きています。中には政府幹部ですら二重国籍を持つ人がいる、とも囁かれています。

 千万元、億元長者が増え続ける中国ですが、多くの富裕者は中国という仮の宿で暮らしているのでしょうか。まじめに一歩一歩という価値観が社会から喪失していくのもうなずけます。一つ一つを積み重ねていくのが農耕型経済なら、そんな中国は狩猟型経済とも見えます。耕すことなく目の前の利益を求める。これが中国経済の困難の要因になる気がしています。


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