田中修の中国経済分析
トップ  > コラム&リポート 田中修の中国経済分析 >  【14-11】2015年のマクロ経済政策

【14-11】2015年のマクロ経済政策

2014年12月25日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 2014年12月9-11日、党中央・国務院共催により中央経済工作会議(以下「会議」)が開催され、2015年の経済政策の基本方針が決定された。本稿では、マクロ経済政策の前提としての経済の「新常態」の意味と、会議で決定された2015年のマクロ経済政策の基本方針のポイントを紹介する。

1.経済の「新常態」

 今回の会議の大きな特徴は、経済の「新常態」(ニュー・ノーマル)について、初めて詳細な説明がなされたことである。「新常態」は、習近平総書記が2014年5月に河南省を視察した際に初めて用いた表現であり、その後7月29日に開催された党外人士座談会、11月9日のAPEC首脳会議の講演において、再度彼が強調していた。そして12月5日の党中央政治局会議では、「中国の経済発展は新常態に入った」とし、「経済発展の新常態に主体的に適応しなければならない」とされるに至った。経済に対する習総書記の分析用語が党公式の表現に格上げされ、解説が加えられたことは、習総書記の権威づけの一環でもあろう。

(1)中国経済の趨勢的変化

 会議では、まず中国経済の新しい趨勢的変化を9つの観点から分析している。

①消費:模倣型・横並び式の消費から、個性化・多様化に主流が移っている。

②投資:伝統産業が相対的に飽和状態になり、インフラの相互接続・新技術・新製品・新業態・ニュービジネスモデルへの投資機会が大量に増えている。

③輸出・国際収支:わが国の低コストという比較優位性に変化が発生しており、ハイレベルの導入と大規模な海外進出が同歩調で発生し、新たな比較優位性を早急に育成しなければならない。

④生産能力・産業組織:伝統産業が大幅な供給超過となっており、新興産業、サービス業、小型・零細企業の役割が更に際立ち、生産の小型化・インテリジェント化・専業化が進んでいる。

⑤生産要素の優位性:人口高齢化・農業余剰労働力の減少により、労働力の低コストの優位性は減殺され、経済成長が人的資本の向上・技術進歩により多く依存するようになっている。

⑥市場競争:これまでの数量拡大・価格による競争から、質・差別化による競争に転換し、全国市場の統一・資源配分効率の向上が必要となっている。

⑦資源・環境の制約:環境の受容能力が、既に上限に到達或いは接近し、グリーン・低炭素・循環発展の推進が必要となっている。

⑧経済リスク:経済成長の下降に伴い、各種の隠れたリスクが徐々に顕在化し、各種リスクを解消する健全な体制メカニズムが必要となっている。

⑨資源配分、マクロ・コントロール:全面的刺激政策の限界効果が逓減し、市場メカニズムにより将来の産業発展方向を模索するとともに、マクロ・コントロールも総需給関係の新たな変化に科学的に対応しなければならなくなっている。

(2)経済の「新常態」の意味

 以上の9つの観点から見た中国経済の趨勢的変化を、会議は4つの転換に再整理する。

①経済発展:高速成長から、中高速成長へ転換

②経済発展方式:規模・速度タイプの粗放な成長から、質・効率タイプの集約的成長へ転換

③経済構造:増量・能力拡大を主とするものから、ストック調整・フロー最適化が併存する深い調整へ転換

④経済の発展動力:伝統的な成長スポットから、新たな成長スポットへ転換

 つまりこの4つの転換が同時に進んでいる状態が、経済の「新常態」であり、会議は「新常態を認識し、新常態に適応し、新常態を引率することは、現在及び今後一時期のわが国の経済発展の大きな客観的法則(ロジック)である」としている。

2.2015年のマクロ経済政策

(1)総論

 基本方針として、「経済発展の新常態に主動的に対応しなければならない」とする。具体的には、「経済運営を合理的区間内に維持し、発展方式の転換・構造調整を更に重要と位置づけ、改革の堅塁攻略にしっかり取り組む」としている。これは基本的に2014年の経済政策の方針を引き継ぐものである。

 そして、「カギは、安定成長と構造調整の間のバランスを維持することである」とする。構造調整を進めれば、経済成長はある程度鈍化するが、「勢いを減ずることなく速度を調整し、量を増やし、質を更に最適化するよう努力しなければならない」。2014年10-12月期のGDP成長率はまだ判明しないが、10・11月の指標を見る限り、経済の減速傾向が続いているものと見られ、これが急降下しない程度にマクロ経済政策で下支えするということであろう。

 会議は「経済社会の主要予期目標を合理的に確定しなければならない」とする。2015年の成長率目標は公表されていないが、2015年3月の全人代政府活動報告において、「7.5%前後」というこれまでの目標は引き下げられるものと予想されている。そのために、会議では経済が新常態に入ったことが繰り返し強調されているのである。

 マクロ経済政策のあり方としては、「区間コントロールの弾力性を維持し、マクロ経済政策を安定化・整備し、方向を定めたコントロール・構造的コントロールを引き続き実施しなければならない」と、これまでの路線を再確認している。

 ただ、注意しなければならないのは区間コントロールの「弾力性」が強調されていることであろう。財政政策・金融政策の表現を見ると、積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き維持するとしながらも、「積極的財政政策には力強さがなければならず、金融政策は緩和・引締めの適切な度合を更に重視しなければならない」と付言している。

(2)積極的財政政策:力強さがなければならない

 中国は財政赤字の対GDP比をEU基準に倣い3%以内を目途としているが、2014年度はより厳しく約2.1%に抑えている。2015年度はこれをやや緩め、財政赤字を拡大する可能性がある。

 この「力強さ」の趣旨をめぐり、エコノミストの間で解釈が分かれている。

 経済参考報2014年12月17日によれば、社会科学院財経戦略研究院『中国マクロ経済運営報告(2014-2015)』は2015年の財政赤字は1兆6500億元前後と予測し、そうすれば赤字率を2.5%前後に抑制できるとする。同研究院の楊志勇研究員は地方債支出圧力がかなり大きいことを考慮すると赤字率2.5%前後が比較的適当とする。

 他方、財政科学研究所の劉尚希所長は、「財政赤字は増やすのは容易だが、削減は難しい」とし、今回の「力強さがある」は2008年のときのような総量ではなく、構造的観点を考慮したものであり、予算体制改革を進め、財政資金の使用効率を高めることが重要となる。社会科学院数量経済・技術経済研究所の李雪松副所長も、「2014年の全国公共財政収入の伸びは1994年以来初めて1ケタに陥ることになり、このような新常態では積極財政政策は支出構造を調整し、財政資金の使用業績効果を高めることに力を入れなければならない」とする。

(3)穏健な金融政策:緩和・引締めの適切な度合を更に重視しなければならない

 金融政策についても、2014年11月22日に突如利下げを断行したことからすると、経済の動向次第では、追加利下げ・預金準備率引下げが行われる可能性もある。

 この「適切な度合」についても、エコノミストの間では解釈が分かれている。

 経済参考報2014年12月18日によれば、国信証券の鐘正生マクロアナリストは、「2014年の9月までに、中央の外貨の人民元交換と中央銀行手形の満期によるベースマネーの放出は、前年同期より1.4兆元減少し、2015年のベースマネーの不足は3兆元に拡大する」と試算する。このため、国際経済交流センターの張茉楠副研究員は、米FRBが利上げを開始するまでは、金融政策は更に利下げ・預金準備率引下げを行う余地があるとする。

 これに対し、華夏銀行発展研究部戦略室の楊馳責任者は、「緩和と引締めの適切な度合」とは、①一面で地方融資プラットホーム・不動産業・生産能力過剰業種への資金供給を大幅に減らし、シャドーバンキングが誘発する可能性のある地域的・システミックリスクを防止し、②他方で、バラック地区改造等の重点分野と「三農」、小型・零細企業等の脆弱部分に更に多く資金を注入し、これらの分野の「資金調達難」・「資金調達コストの高さ」を緩和し、最終的にマネー総量の安定と資金調達構造と資金の振り向け先の不断の最適化を実現することだと主張する。

 交通銀行の連平チーフアナリストも、「金融政策の大幅な緩和は現在の総体需要と一致していない。経済には下振れ圧力があるが、実体経済全体と金融業のレバレッジ率は比較的高く、経営のストックはなお比較的大きいので、再び大幅に放水することは、経済全体を穏健にするという要求に適合しない」と警告している。

(4)まとめ

 このように財政政策については、財政拡張派と健全財政派の間で主張が分かれており、2015年3月全人代財政報告における財政赤字額の確定まで論争が続くことになろう。金融政策についても、いわゆる全面的金融緩和については慎重論が多い。2015年1-3月期に追加的金融緩和があるかどうかは、国内経済と米国FRBの動向にも左右されよう。

 なお会議は、経済リスクにつき「リスクの発生・発展傾向に高度に注意を払い、増量の厳格な抑制・区別した対応・分類された施策・段階的解消という原則に基づき、秩序立てて解消を図らなければならない」としている。これは、2015年度から本格化する地方政府の債務処理を念頭に置いたものであろう。