田中修の中国経済分析
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【15-01】ダボス会議での李克強総理の演説

2015年 2月13日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

 李克強総理は1月21日午後に、ダボス会議で「平和・安定を擁護し、構造改革を推進し、発展の新たな動力エネルギーを育成する」と題する特別講演を行った。本稿ではこのうち中国経済に関する総理の発言の概要を紹介したい。

1.中国経済の現状

 参会者が中国経済の見通しに関心をもっており、或いはある人は中国経済の速度鈍化が足かせとなることを心配し、またある人は中国経済の転換の衝撃を受けることを心配していることを私は知っている。

 中国経済の発展は新常態に入っており、成長は高速から中高速に転換し、発展はミドル・ローエンドからミドル・ハイエンドに邁進しなければならない。このためには、断固として構造的改革を推進しなければならない。

 中国経済の成長がある程度鈍化しているのは、世界経済が深い調整期にあるという大背景があり、中国に内在する経済ルールもあることを見てとらなければならない。現在、中国経済の規模は既に世界2位であり、ベースが増大し、7%の成長であっても、年度の名目増加分は8000億ドルにも達し、5年前の成長10%の分量よりも大きい。経済は合理的区間にあり、速度をひたすら追求することをしなければ、逼迫する需給関係を緩和することができ、重荷となっている資源環境の負担を軽減でき、大手を振って構造的改革を推進でき、形態がよりハイレベルで、分業がより複雑で、構造がより合理的な発展段階へと進化できるのである。このように、中国経済という「列車」は、ローギアで失速することはあり得ないばかりか、むしろより安定して力強く走り、新しいチャンスをもたらし、新しい動力エネルギーを形成することになろう。

 過ぎ去ったばかりの2014年、我々はこのような考え方で政策を行った。経済の下振れ圧力に対し、我々は強い刺激策を採用せず、むしろ改革を強く推し進め、とりわけ政府が率先して改革を行い、行政の簡素化と権限の開放に力を入れ、市場と企業の活力を奮い立たせた。年間GDP成長率7%は、世界の主要経済体で最高である。都市の新規就業増は1300万人余りで、経済が鈍化する情況下で経ることなく増加した。登記失業率・調査失業率は、いずれも下降した。CPIは2%上昇したが、年初の予期目標より低い。我々が打ち出した一連のマクロ・コントロール政策が正確で有効であったことを、事実が物語っている。より重要なことは、構造的改革の新たな歩みを踏み出すことである。

2.2015年の経済運営

 否定できないことだが、2015年、中国経済はなおかなり大きな下振れ圧力に直面している。このような情況下、どのような選択をするのか?短期により高い成長を追求するのか、それとも長期の中高速成長に着眼し、発展の質を高めるのか?答えは後者である。我々は引き続き戦略的な冷静さを維持し、積極的財政政策と穏健な金融政策を実施し、「大量の水による灌漑」は行わず、事前調整・微調整をより重視し、方向を定めたコントロールをよりうまく実行し、経済運営が合理的区間内にあることを確保すると同時に、経済の質・効率の向上に力を入れる。

 我々は有効な措置を採用し債務・金融等のリスクを防止している。中国の貯蓄率の高さは50%に達し、経済成長のために潤沢な資金を提供できる。地方政府の債務の70%以上はインフラ建設に用いられており、資産による保障がある。金融体制改革も推進されている。私がここで皆さんに伝えなければならない情報は、中国は地域的・システミックな金融リスクを発生させず、中国経済に「ハードランディング」は出現しないということである。

3.「2つの中高」の実現

 中国はなお発展途上国であり、現代化の実現にはなお長い道を歩まなければならないことを見て取らなければならない。平和は中国発展の基礎条件であり、改革開放と幸福で素晴らしい生活に対する人民の追求は、発展の最大の動力である。中国の都市・農村と地域の発展の余地は広大であり、内需の潜在力は巨大である。中高速によりさらに10-20年発展することにより、中国の状況は引き続き改善され、世界により多くの発展のチャンスをもたらすことになろう。

 中国経済は下振れ圧力に抗して「2つの中高」を実現しなければならない。すなわち、伝統的な思考にノーと言い、体制のイノベーションにOKを出して、決意の下に構造的改革を推進しなければならない。マクロ・コントロールを刷新し、ミクロに活力を加え、都市・農村、地域と産業構造を調整し、比較的十分な雇用とりわけ若者の雇用を促進し、所得分配と民生福祉を改善しなければならない。これには苦しい努力を払う必要があるが、我々は困難を恐れない。ただ改革・構造調整促進の道に沿って断固歩んでこそ、中国経済は長期に中高速成長を維持し、発展はミドル・ハイエンド水準に向けて邁進できるのである。

 中国経済が長期に安定的に運営されるには、改革を全面深化させなければならない。政府と市場という「2つの手」をうまく用い、「2つのエンジン」を形成する。一面において、資源配分における市場の決定的役割を発揮させ、新たなエンジンを作り上げる。他方で、政府の役割をうまく発揮させ、伝統エンジンを改造・グレードアップする。

(1)我々が新しいエンジンを作り上げなければならないと述べる趣旨は、大衆による起業・万人によるイノベーションの推進である。

 中国には13億の人口・9億の労働力、7000万の企業・個人商工業者があり、人民は勤勉で知恵がある。もし全社会の1つ1つの細胞を奮い立たせたならば、経済は全身に活気が満ち溢れ、巨大な推進パワーが凝集される。大衆による起業・万人によるイノベーションは無限の創意・財産を内蔵しており、涸れることのない「金鉱」である。

 今日の中国は、活力の新源泉の開発を必要としている。活力は多様性に由来し、多様性のぶつかり合いが知恵の火花を生み出し、イノベーション進展の松明に火を点けるのである。大衆による起業・万人によるイノベーションは人民の知恵・民力を発揮させるのみならず、内需・個人消費を拡大し、社会の富を増やし、大衆の福祉を増進する。より重要なことは、全ての人が平等な機会と舞台をもって人生の価値を実現できるようにし、社会の縦方向の流動を推進し、社会の公平・正義を実現することである。

 規制はイノベーションを束縛し、競争は繁栄を促進する。我々は行政体制改革を更に深化させ、行政審査・許認可事項を引き続き取り消し、下方委譲し、非行政的な許可を全面的に整理し、市場参入のネガティブリスト制度を推進して、市場主体のために規制緩和・負担軽減を行う。これも、レントシーキング・腐敗の余地を圧縮することに資するものである。我々は法に基づき知的財産権を保護し、進取の精神を奨励し失敗に寛容な環境を力の限り作り上げる。同時に、各種の合法な財産権を保護する。

(2)我々が伝統的なエンジンを改造しなければならないと述べる重点は、公共財・公共サービスの供給の拡大である。

 中国経済の発展は大きな成果を得たが、公共財・サービスの不足はなお欠点である。現在、中国人1人当たりの公共施設・資本のストックは、西欧国家の38%、北米国家の23%にすぎない。サービス業の水準は同クラスの発展途上国と比べ、10ポイント低い。都市化率は先進国と比べ、20ポイント余り低い。このことは、公共財・サービスの巨大な空間を内蔵している。この方面の供給を増やすことは、政府が分担する職責に属し、民生の改善に必要な措置であり、内需拡大の重要な後押しでもある。

 今年、我々は中西部鉄道、水利プロジェクト、各種バラック地区・危険家屋の改造、汚染対策等を含む重点投資分野を確定した。政府は財政投入を増やすと同時に、「一人芝居」を演じず、投融資改革の深化を通じて独占を打破し、社会(民間)資金と外資を吸収・参加させ、政府・民間協力(PPP)、中国資本と外資の協力及び政府によるサービス調達等の方式を採用し、投資効果を拡大する。

 我々は財政・税制改革を推進し、企業とりわけサービス型企業に対し減税・費用引下げを行い、中小企業を支援する新たな措置を打ち出す。金融改革を深化させ、金利・為替レートの市場化を引き続き推進し、中小金融機関とりわけ民営銀行の発展を加速し、様々なレベルの資本市場を発展させる。価格改革を推進し、政府が価格を決定する種類・項目を大幅に縮減し、価格規制を最大限度開放する。同時に、「ソフト環境」建設における政府の役割発揮を重視し、市場監督管理の主役を演じさせ、国際化・市場化・法治化のビジネス環境を作り上げ、全ての市場主体のために質が優れ効率の高い公共サービスを提供する。

4.留意点

 李克強総理は、最後に「我々が改革開放を動揺させないことを堅持し、構造的な改革推進に力を入れ、大衆による起業・万人によるイノベーションを推進し、公共財・公共サービスの供給を拡大し、『2つのエンジン』により『2つの中高』を助力させさえすれば、中国経済は必ずや『中等所得の罠』という『魔の縛り』を脱し、持続的で健全な発展の軌道を歩むことができる。同時に、世界経済により大きなチャンスをもたらすことになるのである」としている。

 しかしながら、現状の経済の足元は厳しい。前年同期比では2014年7-9月期と10-12月期の成長率は7.3%と等しかったが、前期比では1.9%から1.5%に急落している。これを4倍して年率換算すれば、10-12月期の成長率は約6.0%に過ぎなかったことになる。

 財政支出を伴う新規政策が3月の全人代まで打ち出しにくいこともあり、例年1-3月期の成長率は10-12月期よりも落ち込む傾向があり、1-3月期の成長率は前年同期比でも更に落ち込む可能性がある。このため、人民銀行はつなぎの景気下支え策として2月5日から預金準備率を引き下げたのであろう。次は財政政策の出番になるが、すでに財政赤字の対GDP比率を2014年度当初予算の2.1%から2.3%程度に拡大する案が浮上していると聞く。李克強総理の強気の発言とは裏腹に、中国経済をめぐる環境は厳しさを増しているのである。