田中修の中国経済分析
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【15-03】1-3月期のGDPと当面の経済政策

2015年 5月11日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

1.1-3月期の経済指標

(1)GDP

 2015年1-3月期のGDPは14兆667億元であり、実質7.0%(目標7.0%前後)の成長となった。なお、2014年1-3月期は7.4%、4-6月期は7.5%、7-9月期は7.3%、10-12月期7.3%である。第1次産業は7770億元、3.2%増、第2次産業は6兆292億元、6.4%増、第3次産業は7兆2605億元、7.9%増である。付加価値に占める3次産業のウエイトは51.6%(前年同期より1.8ポイント増)、2次産業は42.9%、1次産業は5.5%である。

 前期比では、1.3%の成長となった。なお、2014年1-3月期は1.6%、4-6月期は2.0%、7-9月期1.9%、10-12月期1.5%の成長である。年率換算では、10-12月期の約6.0%から1-3月期は7.0%どころか約5.2%にまで落ち込んだことになり、先進国が用いる前期比による計算方法では、1-3月期は相当深刻な事態になっていることがわかる。

(2)インフレ率

 消費者物価は、1-3月期は、前年同期比1.2%上昇した。年間目標は3%なので、物価は安定している。むしろ、最近はデフレを懸念する声がある。

(3)雇用

 1-3月期の新規就業者増は324万人(年間目標は1000万人以上)で、前年同月比20万人減少した。3月末の都市登録失業率は4.05%(12月末は4.09%、年間目標は4.5%以内)、調査失業率は5.1%前後(12月末は5.5%前後)である。1-3月期の有効求人倍率は約1.12倍であり、前期比-0.03ポイント・前年同期比0.01ポイント上昇した。

2.「区間コントロール」との関係

 現在、習近平指導部はマクロ経済政策につき、「区間コントロール」という考え方を採用している。これは経済運営が合理的区間にあるときは、経済発展方式の転換・経済構造調整の推進に重点を置き、経済が区間の上限・下限に接近したときは、機動的な景気対策を発動するというものである。ここでいう上限とはインフレ率目標であり、下限とは成長率目標と雇用目標(新規就業者増・都市登録失業率)である。

 これで1-3月期の経済指標を見ると、成長率は表向き目標と一致しているが、前期比年率換算では、大きく割り込んでいる。インフレ率は当面問題ない。雇用目標は、新規就業増も3ヵ月で一応250万人を超えているので、目標を一応クリアしているし、都市登録失業率も目標を下回っている。ただ、雇用の伸びが2014年より明らかに鈍化しており、今後の動向に注意する必要がある。

3.当面の経済政策

(1)預金準備率の引下げ(4月20日)

 人民銀行は4月20日から預金準備率を1ポイント引き下げた。2月以来2回目であり、2月に比べ下げ幅も大きくなっている。今回の措置について、人民銀行陸磊研究局長は次のようにコメントしている(中新社北京電2015年4月19日)。

① 2大政策シグナル

1)実際の資金調達コストから見ても、流動性の総量から見ても、準備率の引下げは精確なヘッジ作用を発揮するものであり、金融政策は依然として中立・穏健を維持している。

2)村鎮銀行・農村信用社・農村合作銀行・農業発展銀行に対して方向を定めた準備率引下げを実施したことは、小型・零細企業、三農、重大水利プロジェクトを更に的確に支援することにより、中国の経済運営における脆弱部分を改善することを意味するものである。

② 2方面の役割を発揮

1)商業銀行が貸出可能な資金を解放する。

 外貨ポジションの伸びが約1億人民元少なくなっている背景下、1ポイントの預金準備率全面引下げは、外貨ポジションの伸び減少の影響を概ね相殺できる。このため、金融政策は依然中立の状態にある。

2)貨幣乗数を引き上げる。

 預金準備率の引下げに後続する影響は、新たに増えた預金をより高い比率で貸し出すことが可能となることにより、金融機関が実体経済の発展を支援する持続可能な融資能力を具備することである。

③ 今後の金融政策

 今後の金融政策の方向については、中央銀行は穏健な金融政策を引き続き実施し、緩和・引締めの適切な度合を更に重視し、事前調整・微調整を更に重視する。マネー・貸出政策の総合的な運用を通じて、金融の活きた金が実体経済に流れ込むことを推進する。

 つまり、人民銀行の穏健な金融政策に変更はなく、今回の措置はあくまでも外貨ポジションの縮小に伴う流動性不足を補うものだと強調しているのである。

(2)党中央政治局会議(4月30日)

 経済の現状については、「1-3月期の経済成長は予期目標と合致しており、雇用情勢は安定し、都市・農村住民の所得は平穏に増え」ているとして、「経済運営を合理的区間に維持してきた」としている。しかし、「同時に、新たな成長動力は形成中であり、外需は収縮しており、内部の多様な矛盾が重なり合い、経済運営の動向には分化がみられ、下振れ圧力は依然かなり大きい」とし、今後の動向については、経済下振れの懸念を隠してはいない。

 当面の経済政策については、「安定の中で前進を求めるという政策の総基調を堅持し、経済発展の新常態に主動的に適応し、経済運営を合理的区間に維持しなければならない」とする。

 具体的には、「経済発展の質・効率の向上を中心とすることを堅持し、マクロ政策を安定させ、ミクロ政策を活性化させ、社会政策で底固めをしなければならないという総体的な考え方を堅持し、マクロ政策の連続性・安定性を維持し、方向を定めたコントロールを強化し、遅滞なく事前調整・微調整を進め、経済の下振れ圧力への対応を高度に重視し、改革開放の歩みを加速させる。安定成長・改革促進・構造調整・民生優遇・リスク防止の総合的バランスを維持し、各方面の積極性を動員し、政策実施にしっかり取り組み、経済の持続的で健全な発展と社会の大局的安定を促進する」としている。

 ここで重要なことは、「経済の下振れ圧力への対応を高度に重視する」という文言をわざわざ加えたことであろう。

 具体的な政策については、次の9項目を掲げている。

  • ① 積極的財政政策については公共支出を増やし、税率の引下げ・費用の整理を強化しなければならない。
  • ② 金融政策については程度をしっかり把握し、金融政策の実体経済への伝達ルートの疎通を図ることに注意を払わなければならない。
  • ③投資のカギとなる役割を発揮させることを重視し、投資プロジェクトを真剣にしっかり選択し、市場と長期リターンがあるようにしなければならない。
  • ④財政・税制、金融、投融資体制改革を全体として推進し、重大インフラプロジェクト・地方公共プロジェクト・実体産業において一部の資金循環が滞っている問題をしっかり解決しなければならない。
  • ⑤消費需要の拡大を重視し、消費の潜在力を的確に掘り起し、消費財の質とサービス水準の向上に努め、新たな消費の成長スポットを育成しなければならない。
  • ⑥市場環境を整備し、遊休資産を活性化させ、不動産の健全な発展のための長期に有効なメカニズムを確立しなければならない。
  • ⑦イノベーション駆動による発展を、わが国経済が動力を転換させるカギとし、企業の技術改造を推進し、過剰生産能力を解消する政策を着実に順序立てて推進しなければならない。
  • ⑧各種リスクの防止・解消に注意を払わなければならない。
  • ⑨中央が国有企業改革を堅持するという方向に変化はない。法に基づき民営企業の財産権を保護するという方針に変化はない。対外開放と外資利用を堅持するという政策にも変化はない。

 これを見ると、明らかに財政政策・金融政策の役割は強まっており、景気を支える投資プロジェクトの推進と消費拡大、不動産市場の発展が重視されている。

4.おわりに

 主要経済指標をみても分かるように、経済は10-12月期に続いて減速が続いており、今後さらに減速する可能性もある。

 指導部は当面、「区間コントロール」と「方向を定めたコントロール」(財政資金と貸出資金を小型・零細企業、「三農」、重大水利プロジェクトに重点投入)という方針を変えていないし、人民銀行も穏健な金融政策に変更はないとしている。

 しかし、中央政治局会議決定を見ると、明らかに指導部は今後の経済下振れを懸念しており、財政・金融政策によるテコ入れに傾きつつある。この傾向がさらに強まると、経済構造調整や経済改革に一定のブレーキをかけることも懸念される。

 特に、今年は秋に第13次5ヵ年計画の議論が控えており、2020年に向けての全面改革意欲が失速しないよう、慎重なマクロ経済運営が求められる。