【19-01】引き続く金融緩和政策

2019年1月30日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 今年に入って中国人民銀行は預金準備率を引き下げるなど、金融緩和政策を矢継ぎ早に打ち出している。今回はこれらの動きについて検討することにしたい。

預金準備率の引き下げ

 中国人民銀行は、2019年1月4日に預金準備率の引き下げを公表した。1月15日と1月25日にそれぞれ0.5%ずつ引き下げるというものである。大型商業銀行の場合、引き下げ後の準備預金率は13.5%となる。人民銀行の公表文によると一方で、2019年1月に満期を迎える中期貸出ファシリティ(MLF)を継続しない。今回の準備預金率引き下げによって、解放される資金は1.5兆元であり、1月中に予定されているターゲット付き中期貸出ファシリティの実行などを加算し、一方MLFの不継続による資金の引き上げを差し引くと、ネットで解放される資金は8000億元となる。昨年10月の本コラム で述べた通り、中国の準備預金制度では主要な銀行は各月の5のつく日から次の4のつく日まで10日間の平均残高で所要準備額を満たすことが求められている。今回0.5%ずつの引き下げを実施する15日と25日は2日とも積み期間の初日に当たり、多少回収されるにしても、積みの進捗を速めるという金融緩和効果を持つことになる。さらに、銀行が人民銀行から資金を借り入れるMLFの金利が3.3%である一方、銀行が人民銀行に資金を預け入れる法定準備預金の金利は1.62%であるため、銀行から見て逆ザヤになっている。準備預金を減少させ、同時にMLFも減少させれば、この逆ザヤがその減少分だけ解消される。人民銀行によると、今回の措置で銀行のコストは年間200億元削減される。これが銀行の収益に寄与することによって、貸出の増加や貸出金利の低下に結びつき、実体経済に影響を与えることが期待される。

ターゲット付き中期貸出ファシリティの実行など

 人民銀行は2019年1月2日、零細企業への貸出が一定水準以上の銀行に対して準備預金率を引き下げる制度において、この制度の対象となる一先あたりの授信額が500万元以下の企業という条件を1000万元以下に引き上げ、2019年から適用することを公表した。このように一定の条件を満たした銀行についてのみ預金準備率を引き下げるという制度は、従来から活用されているが、2017年9月30日に公表され、2018年初から適用されたものが、今回の措置の対象である。この際の公表内容をみると、一先あたり授信額が500万元以下の零細企業や、農家向け貸出、教育支援貸出など特定の範囲の貸出が過去1年の増加額や残高に占める比率が1.5%を超える銀行については準備率を0.5%、同比率が10%を超える銀行については準備率をさらに1.0%引き下げることとされている。この500万元以下という条件が1000万元以下に緩和されたわけである。これによって、銀行が零細企業に貸し出すインセンティブを高める効果が期待される。

 さらに人民銀行は1月23日付で、昨年12月に導入を発表したターゲット付き中期貸出ファシリティ(TMLF)を2575億元実施した。TMLFについては前回の本コラムで説明したが、零細企業や民営企業向け貸出を一定程度増加させている銀行について、通常のMLFより0.15%ポイント低い3.15%の金利で資金供給を行うものである。

人民銀行の考え方

 前回 も述べたように、昨年12月19日から21日まで開催された中央経済工作会議において、「穏健な金融政策」という表現が使われ「穏健中性の金融政策」から引き締め気味のニュアンスを持つ「中性」が取り払われた。一方で12月19日にTMLFの創設を公表した人民銀行の文章では依然として「穏健中性の金融政策」という表現が使用されていた。今回の1月4日の準備率引き下げの公表文では人民銀行も「穏健な金融政策」という表現に変更しており、従来に比べより緩和的な金融政策へ転じたことを明らかにしている。この点は、人民銀行の孫国峰金融政策局長が『中国金融』誌に寄稿した「金融政策の回顧と展望」という文章をみても、2018年の回顧の部分では「穏健中性の金融政策を実施した」としている一方、2019年の展望の部分では「穏健な金融政策を実施する」と書き分けており、明示的に意識されているものと考えられる。一方でこれらの文章をみると「水をじゃぶじゃぶ注ぎこむ(中国語で「大水漫灌」)」ようなことは回避し、マクロ的なレバレッジの安定を保持しなければならないとも主張されている。

 中国の実質GDP成長率は2017年の6.9%から2018年には6.6%に低下し、2018年第4四半期でみると6.4%まで低下している。このような中国経済の減速を受けて、中央経済工作会議では減税を中心とする積極的な財政政策と、流動性を合理的に充足させ、民営企業と零細企業の資金調達難を解決する穏健な金融政策を実施することが打ち出された。それと同時にカウンターシクリカルな調節(中国語で「逆周期調節」)を強化すべきことが指摘されている。経済の過度の冷却やバブル的な債務の膨張を防ぐためにこのような調節が必要と考えているものと思われる。

 中国人民銀行も、金融緩和姿勢を明確にし、矢継ぎ早な金融緩和措置を打ち出し、民営企業や零細企業に資金が提供されるよう制度的な措置を実施しつつも、緩和の影響が行き過ぎないように配慮していることが上述の文章などからうかがえる。

 人民銀行が1月9日に公表した易綱総裁と新聞記者とのインタビューにおいても、「人民銀行はより一層カウンターシクリカルな調節を強化する」とし、「流動性の総量を正確に把握し、信用の急激すぎる縮小が実体経済にショックを与えたり、水をじゃぶじゃぶ注ぎこんでマクロ的レバレッジに影響を与えたりすることは避けなければならない」と述べられている。

 今後も、中国経済の減速が続くようであれば、人民銀行は、緩和の行き過ぎを避ける一定の配慮をしつつも、金融緩和政策をさらに進めていくものと考えらえる。考えられる措置としては、預金準備率の更なる引き下げ、通常のMLFの金利引き下げ、依然として銀行の預金貸出金利に大きな影響を与えている預金、貸出の基準金利の引き下げなどが挙げられよう。

(了)


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