第27号:日中の地震・防災研究
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地震予知・長期的な地震発生予測・リアルタイム地震防災

2008年12月

八木勇治

八木 勇治(やぎ ゆうじ):
筑波大学大学院生命環境学研究科 准教授

1974年9月生まれ
2002年 東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士

 地震は、地球を覆っている卵の殻のような地殻や、その下に横たわっているマントルに蓄積した応力を一瞬で解放する現象である。四川大地震がそうであったように、大地震が発生すると莫大なエネルギーが一瞬で放出されるために、大地震が発生した領域(震源域)近傍では、人間活動に多大な損害をもたらす。四川大地震では、長さ約300kmにもわたる断層が2分間かけて2段階に分けて動いたことが明らかになっている。その結果、広域な領域で被害が発生し、多くの方が犠牲になってしまった。地震被害を軽減するためには、政府関係者が地震のことを理解し、適切な対策をとることが重要である。このレポートは地震予知・長期的な地震発生予測・リアルタイム地震防災について説明をする。本レポートが地震対策について理解を深めるきっかけになれば幸いである。

1.地震予知

 大地震がもたらす人的な被害を減らすためには、大地震の発生前に時刻•場所•規模を予測して、大地震が被害をもたらす領域の人々を避難させれば良いといった考えが、地震予知の研究を推進させている。類似した災害対策は、台風や火山に適用されておりその有効性が確認されている。仮に、地震予知手法が確立されれば、人類に対して地震学ができる最大の貢献となろう。

 地震予知が成功するか否かは、大地震が発生する前に引き起こされると考えられている前兆現象の検出ができるか否かに依存する。では、普遍的な前兆現象が確認されているのであろうか? 残念なことに、広く科学者の間にコンセンサスが得られるような普遍的な前兆現象が確認されておらず、また、大地震の前に起こる前兆現象の発生メカニズムの検証を行うのに十分な情報が得られていない。普遍的な前兆現象を見つけ、発生メカニズムを検証できる精度と解像度が高いデータが足りないのか、または、そもそも普遍的な前兆現象自体が存在しないのか、明確な答えはない。しかし、日本のような整備された高密度な地球物理観測網をもってしても、2003年に起きたM8.2の十勝沖地震の前兆現象を検知できなかったことを考えると、地震予知を前提として防災対策を構築するのは危険であると言える。日本では、静岡県周辺で起こる東海地震は予知できるという前提で法律が作られ運用されている。地震予知ができる確信がない状況でこのような法律を基に対策がとられている現状はあまり感心しない。

 一方で、普遍的な前兆現象が観測されていないからと言って地震予知が不可能であると断定するのは短絡的である。普遍的な前兆現象のみにこだわり、大地震が発生する場の特性をきちんと考慮していない議論に問題があると考えているからである。例えば、1996年に日本の日向灘沖で10月と12月にM7クラスの大地震が相次いで発生した。10月の地震では、顕著な前震活動が観測された。この地震は、筆者が修士論文と博士論文で研究対象とした因縁のある地震である。これらの大地震はプレート境界で発生したことが分かっており、約20年後に同様の震源域が破壊する大地震が発生する可能性が高い。20年程度ではプレート境界の摩擦すべり特性のパラメター分布は大きく変化しない可能性が高く、前震を含めた地震終了までの一連のプロセスは類似したものになると考えると、将来発生する日向灘沖地震の直前に、1996年の地震の前震領域で、地震活動が活性化するであろう。現在のような高密度なGlobal Positioning System(GPS)観測網と地震計観測網により、複数の大地震の地震サイクルを観測する前に、すべての大地震の地震予知の可能性がないと考えるのは適切ではない。

2.長期的な地震発生予測

 1990年代から日本全国に展開されたGPS観測網や地震計観測網により、高精度かつ高分解能な地殻変動データや地震波形が研究者に提供された結果、プレート境界における大地震の準備過程や、日本列島直下に蓄積しつつある歪み分布が明らかになってきた。その結果、プレート境界には、地震を起こす領域と、地震を起こすことなくゆっくりとすべる領域があり、それぞれの領域は相補的な関係にあること、また、ゆっくりとすべる領域の中に孤立した小さな地震領域が存在するときには、ゆっくりすべりによって地震領域に蓄積した歪みエネルギーが定期的に地震によって解放されること等が明らかになってきた。ここで繰り返し同じ領域で発生する地震の波形記録は、ほぼ同じ波形記録になることから、これらの地震は相似地震と呼ばれている。プレート境界のゆっくりとしたすべりをモニターすることで、将来の大地震の震源領域と、歪みの蓄積量を求めることができる。これらの情報を使えば、プレート境界で発生する大地震のより精度の高い地震発生予測が可能となると考えられている。

 一方で、プレート内部に蓄積した歪みを解放する地震であるプレート内地震の準備過程は必ずしも明らかになっていない。また、プレート内で発生する地震の間隔は千年といった長い時間スケールであるため、精度が高い地震発生予測をすることは難しい。しかしながら、プレート内地震を引き起こす断層が地表に達している場合、トレンチ調査によって、大地震の繰り返し周期等の活動履歴を調べることによって将来発生する大地震の発生時期を予測することが可能となる。ただし、プレート内地震を起こす断層が常に地表に到達しているわけではないため、隠された断層の地震発生予測をすることはできないこと、過去に起こったことが今後また起こる訳ではないことに注意する必要がある。

3.リアルタイム地震防災

 地震の波には、縦波であるP波と横波のS波があり、地震被害のほとんどはS波が原因である。P波の伝播する速度は6km/sec程度、S波の伝播する速度は3.5km/sec程度である。P波が一秒につき2.5kmほど遠くに伝わることになり、震源から遠くになればなるほど、P波とS波の時間差は大きくなる。震源近傍のP波のみで地震の発生時間(震源時)・位置(震源)・大きさ(マグニチュード)を即時に決定し、S波が伝播する前に地震の揺れの大きさの情報を発信し、防災に役立てることを目的にしたシステム「緊急地震速報」を日本の気象庁が運用している。大きな揺れがくる前に情報を入手できれば、医療関係やインフラを担う機関にとって、地震対応をする時間的余裕が生まれる点で大きな意味がある。Japan Railways(JR)では、地震により脱線・転覆の危険性がある場合は、列車を止めるシステムであるユレダス(UrEDAS)が運営されており、地震災害を軽減することに役立っている。

 このようなリアルタイムで解析をして情報を発信するシステムは、効果的に機能するが、その一方で、システムが持つ限界を認識する必要がある。この手法では、地下深くに多数の地震計を配置しない限り、被害が最も大きくなる震源付近では、S波到達前に情報を発信することは不可能である。地震前に必ず警報を出すことができるシステムではないことを理解して運営する必要がある。

4.まとめ

 ここでは、地震予知・長期的な地震発生予測・リアルタイム地震防災のそれぞれの仕組みと問題点について述べた。残念なことに、現在ある地震学の枠組みでは、地震災害を防ぐ決め手となるようなシステムを構築することはできない。地震災害を軽減するためには、地震予知・長期的な地震発生予測・リアルタイム地震防災といった取り組みは少なからず役に立つが、それに頼りすぎることは危険である。危険度が高い地域から、地道に耐震性のある建物を増やす努力が必要であることが地道ではあるが、地震災害を軽減するための最優先事項ではないかと考える。