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生物多様性と生態系サービスに関する研究

2009年8月13日

中静透

中静 透(なかしずか とおる):東北大学生命科学研究科教授

1956年3月生まれ。1983年大阪市立大学理学研究科生物学専攻(単位修得大学) 理学博士(大阪市立大学)。
専門は森林生態学、生物多様性科学。森林の動態と更新、林冠生物学、森林の持続的管理と生物多様性などを研究。主な著書に、「モンスーンアジアの生物多様性(岩波書店、共著)」、“Diversity and Interaction in a Temperate Forest Community. Ogawa Forest Reserve of Japan,” Springer-Verlag(共編、共著)、「森のスケッチ(東海大学出版会)」など。

生態系サービスとは

 生態系が人間にもたらす利益(便益)を生態系サービスという。国連の主導で行われた、ミレニアム生態系アセスメント(Millennium Ecosystem Assessment 2005, 以下MAと略す)では、生態系サービスを、供給、調節、文化、基盤サービスの4つに分類している。供給サービスは、資源としての物質やエネルギーを供給するサービスであり、調節サービスには生態系が存在することによる水質浄化や気候緩和など、さらには天敵の存在により特定の病害虫の大発生を防ぐなどの生物的調節に関するサービスが含まれる。文化的サービスは、生態系や生物の存在によって人間が得ている創造力や意匠、信仰、教育、リクリエーション機能などの文化的・精神的な利益である。基盤サービスは、これらのサービスを支える基本的な生態系の機能をさす。

 一般に、生物多様性は基盤サービスとして生態系の基本的機能を支えているが、すべてのサービスにとって重要な意味をもつわけではない(Dobson 2006)。供給サービスや調節サービスの多くはとくに高い生物多様性を必要とするわけではない。単一種の作物などでも資源供給サービスは得られるし、むしろその方が効率的な場合もある。観賞用の植物や薬品など、多様な用途を前提とする場合には、供給サービスでも生物多様性が重要となる。調節サービスの中でも、生態系の現存量や生産速度に関係するものは、多様性があまり重要でない場合が多い。ただ、病害虫の制御や送粉など生物的な調節については、生物多様性が重要である。また、文化的サービスのほとんどは生物多様性と重要な結びつきをもつ。しかし、生物多様性によってもたらされる生態系サービスについては、科学的な解析があまり進んでおらず、その効果があいまいに捉えられてきた感がある。

生物多様性と生態系サービス

 1990年代中ごろ以降、生物の種数を人工的に制御することで生物多様性が生態系機能やサービスにどのような影響をもつか、という点を明らかにする研究が進んできた。これらの研究の多くは、人工的に生物多様性をコントロールし(たとえば、草原に植える植物の種数を変える、モデル淡水生態系でプランクトンの種数を変えるなど)、その処理が生態系の機能やサービスに与える影響を測定するものである。

 1994年のNature誌に掲載されたアメリカのD. Tilmanらによる研究は、草地生態系に生える植物種の数を人為的に変えて一次生産量を測定し、植物の種数が多くなるほど生産力は高くなるという実験結果を得る(図1)(Tilman et al. 1994)。ほぼ同じ頃、イギリスのJ. Lawtonらを中心とするグループでも、草地生態系を想定して、植物の種類数、それを食べる昆虫の種数、さらにその昆虫を捕食あるいはそれに寄生する生物の種数などを、気象条件とともにコントロールしたエコトロンと呼ばれる装置をもちいて、生物多様性がもつ機能を実験的に解明する研究も現れる(Naeem et al. 1994)。

 これまでの数多くの実験により、生物多様性の高い生態系では、生産力が高い、年変動が小さく安定である、病害虫の被害が少ない、新しい種が侵入しにくい、防災サービスに優れている、などの傾向があるとする報告がでている。生物多様性が高いことにより、異なった資源(光、水、栄養塩)を効率よく利用できるようになるため、全体の生産力が上がる。気候条件が変動する中では乾燥害や冷害などに強い植物が含まれていることにより、全体の生産量の年変動が小さくなり、全体の収量が時間的に安定する。天敵が多い生態系では、特定の害虫や病気が大発生する確率が低下する、などがこれらのメカニズムとして考えられている。

 ただし、これらは制御可能な種数(おおむね20種まで)での実験結果であり、種数をさらに増やした場合には、種が多様であることの効果は薄れてくると考えられている。したがって、自然界で現実的に見られるような多くの種がそれぞれに明確な効果をもっていることの説明にはならない。また、条件をかなりコントロールされた実験によっても、実験結果が必ずしも一定ではなく、ある程度の不確実性があり、このような不確実性が生物多様性の難しい点とも考えられてきた。これを克服するために、メタアナリシスという、すでに出版された多数の論文や実験の結果を二次的に分析する手法を用いて、2005年ころまでに発表された膨大な論文が分析されるようになった(図1)。いくつかのレビューが発表され、大まかにはこれまで言われてきた生物多様性が生態系サービスに果たす効果がたくさんの実験結果によっても、正しいことがわかってきた(Balvanera et al. 2006)。

 図1.多様性をコントロールした場合の生態系への影響に関するメタアナリシス。生産者(植物)、一次生産者、菌根などの多様性を人工的に制御した場合に生態系にたいしてどのような影響があるか、多くの実験、観測例を分析したもの。 Balvanera et al. (2006) を一部改変。

図1.多様性をコントロールした場合の生態系への影響に関するメタアナリシス

生産者(植物)、一次生産者、菌根などの多様性を人工的に制御した場合に生態系にたいしてどのような影響があるか、多くの実験、観測例を分析したもの。 Balvanera et al. (2006) を一部改変。

 一方では、こうした実験的研究だけでなく、実際に生物多様性がもたらしている生態系サービスを具体的に明らかにしようとする研究も多くなってきた。たとえば、コスタリカのコーヒー園では、送粉を行うハチが森林で営巣するため、森林からの距離が遠くなると受粉率が低下する。そのため、コーヒー園の周辺に森林を残すかどうかで、収穫や収入が異なる(Kremen et al. 2002)。また、アメリカのダイズ畑でも、周辺にさまざまな生態系がモザイク状に存在するほうが天敵による防除効果が高いという結果が得られている(Gardiner, 2009)。日本でも、送粉昆虫や農作物の害虫の天敵の多様性が森林の発達段階とともに変化することが明らかにされ、農地の周辺の土地利用が送粉や害虫制御などの調節サービスに影響することが示されている(Makino et al. 2006, Maleque et al. 2009)。

 一方で、文化的サービスの中には、教育や信仰のように、必ずしも生態系によってもたらされたと認識されていないサービスもあるし、社会的・経済的にもその重要性が認められてこなかったものが多い。また、その効果や評価についても、特定の地域や歴史的背景を前提とするものが多いため、自然科学的アプローチだけで生物多様性とサービスの関係を解明することは難しい。

生態系サービスの評価と定量化

 このように、一方で生物多様性が生態系の機能に及ぼす影響が定量的に明らかとなり、一方で生物多様性や生態系と人類の福利との関係が明確になってくると、生物多様性の保全や持続的利用のために、生態系サービスの定量的評価が必要になる。生態系が劣化することで失われるサービスの中には、これまで外部経済化されてきたものも多い。たとえば、河川の水質浄化サービスなどは、その効果が明白でも経済的な価値を認められてこなかったため、排水などによって公害問題がおきると、そのコストは外部不経済として扱われてきた。しかし、汚染に対する規制や水源税などにより、次第にこうしたサービスにコストを払うことが認められるようになってきた。同じように、送粉や病害虫制御など生物多様性に関係するサービスの定量化は難しいと考えられてきたが、送粉昆虫が消失したり、天敵が減少したりすることにより、農業コストが高くなったり、被害が生じたりする。前述のように生態系サービスの定量化が進むと、生物多様性の必要性についての理解が進むと同時に、経済への内部化が進む可能性がでてくる。2006年には温暖化についてのStern Reviewが報告されているが、生物多様性版のStern Reviewともいえる経済評価のプロジェクトが2009年に中間報告をし(TEEB, European Communities, 2008)、2010年の生物多様性条約締約国会議で最終レポートが報告されることになっている。

 温暖化の炭素排出権取引においても、途上国には森林造成などのインセンティブが働きにくい一方、現存する高蓄積の森林を伐採しなければ、その分の炭素放出を抑えられることから、2007年の気候変動枠組条約のCOP13からREDD (Reducing Emission from Deforestation and forest Degradation)という枠組みが検討されている。REDDでは、残存する森林を保全することになるので、生物多様性も保全できるという共益的効果(コベネフィット)がある(Angelsen, 2008)。さらに、残存する森林を連続して保全して温暖化によって分布移動する生物の生息域を確保することができれば、温暖化の適応策にもなりうる。

 炭素排出権取引やカーボンオフセットの発想を、生物多様性においても導入しようとする動きがある(ten Kate 2004)。ある開発行為を行う際に消失あるいは劣化が予想される場合に、それと同等の価値のある生態系や生物多様性を保全あるいは再生することによって補償しようとするものであるが、生物多様性の場合にはその導入にはいろいろ議論がある。絶滅などが起こった場合には補償できない場合があることや、まず保全を優先し、やむを得ない場合にだけオフセットをするという手順を踏むべきであるが、経済的仕組みが先行する場合には、保全が軽視される危険性があることなどが議論されている。一方では、こうしたメカニズムの導入は、とくに企業などこれまでにないステークホルダーが生物多様性保全に参加することを促進するという側面もある。この議論は、今後ますます大きくなっていくだろう。

主要参考文献:

  1. Angelsen, A. (ed.) (2008) Moving Ahead with REDD. Issues, Options and Implications. Center for International Forestry Research, Indonesia.
  2. Balvanera, P., Pfisterer, A. B., Nina Buchmann, N., He, J., Nakashizuka, T., Raffaelli, D. & Schmid, B. (2006) Quantifying the evidence for biodiversity effects on ecosystem functioning and services. Ecology Letters 9, 1146 – 1156.
  3. Dobson, A., Lodge, D., Alder, J., Cumming, G. S., Keymer, J., McGlade, J., Mooney, H., Rusak, J. A., Sala, O., Wolters, V., Wall, D., Winfree, R. & Xenopoulos, M. A. (2006) Habitat loss, trophic Collapse, and the declone of ecosystem services. Ecology 87, 1915–1924.
  4. European Communities (2008) The Economics of Ecosystems and Biodiversity. Wesseling
  5. Gardiner, M. M. Landis, D. A., Gratton, C., Difonzo, C. D., O’Neal, M., Chacon, J. M., Wayo, M. T., Schmidt, N. P., Mueller, E. E. & Heimpel, G. E. (2009) Landscape diversity enhances biological control of an introduced crop pest in the north-central USA. Ecological Applications 19, 143–154.
  6. Kremen, C., Williams, N. M. & Thorp, R. W. (2002) Crop pollination from native bees at risk from agricultural intensification. PNAS 99, 16812–16816.
  7. Makino S., Goto, H., Inoue, T., Sueyoshi, M., Okabe, K., Hasegawa, M., Hamaguchi, K., Ctanaka, H. & Okochi, I. (2007) The Monitoring of Insects to Maintain Biodiversity in Ogawa Fores Reserve. Environmental Monitoring and Assessment 120, 477-485.
  8. Maleque, M. A., Maeto, K. & Ishii, H. T. (2009) Arthropods as bioindicators of sustainable forest management, with a focus on plantation forests. Applied Entomology and Zoology 44, 1-11.
  9. Millennium Ecosystem Assessment (2005) Ecosystems and Human Well-Being: Synthesis, Island Press. Washington DC.
  10. Naeem, S., Thompson, L. J., Lawler, S. P., Lawton, J. H. & Woodfin, R. M. (1994) Declining biodiversity can alter the performance of ecosystems. Nature 368, 734 – 737.
  11. ten Kate, K., Bishop, J., & Bayon, R. (2004) Biodiversity offsets: Views, experience, and the business case. IUCN, Gland, Switzerland and Cambridge, UK and Insight Investment, London, UK.
  12. Tilman, D. & Downing, J. A. (1994) Biodiversity and stability in grasslands. Nature 367, 363 – 365.

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