資源探査における衛星リモートセンシング技術の進歩
2009年10月 1日
三箇 智二 (SANGA TOMOJI):
日鉱探開(株)地質部勤務情報地質担当部長
昭和36年4月生まれ。
昭和62年3月 秋田大学大学院鉱山地質学専攻科 修了
職歴
昭和62年 4月 日本鉱業(株)入社
昭和62年 6月 豊羽鉱山(株)出向 探査課勤務
平成 6年 5月 日鉱探開(株)出向 地質部勤務技師長
現在日鉱探開(株)出向地質部勤務情報地質担当部長
主なプロジェクト
地表踏査等の資源開発業務に携わり、90年代より今回紹介したような衛星データ処理の技術開発を手がけている。現在では開発した技術を南米等の乾燥地域に適用し、地表踏査への応用、あるいは、鉱区評価に利用している。
現在は、植生に覆われた地域において鉱床評価を行うために、標高値データ(DEM)を利用した地形解析手法の開発を手がけている。これ以外に、衛星データ処理技術の転用として、レーダデータ(PALSAR)と標高値データを用いた山間部でのバイオマス量推定手法の開発に携わる。レーダデータではこれまで平地でのみバイオマス量が推定できた。開発中の手法はDEMを併用することによりレーダデータから地形情報を消去するもので、山間部、特に熱帯林などでバイオマス量を推定できる新しい手法である。資源開発業務以外には、これまで蓄積してきた地形解析手法を基礎として、超長期間の地形変化推定手法の開発に携わっている。
1. はじめに
銅・亜鉛等の非鉄金属資源は世界的規模で消費量が増大しており、国内調達が難しい我が国はその供給のほとんどを海外に依存している。我が国経済の維持・発展のためには、これらの資源の安定的な供給を確保する必要から、海外における非鉄金属資源探査が長年にわたり実施されている。
しかしながら、新たに発見・開発される非鉄金属鉱床は潜頭化・深部化が進み、これまで浅部で開発されてきた鉱床に比べ、既存の探査技術による新鉱床発見は次第に難しくなっている。このような状況から、効率的な新探査技術の1つとしてリモートセンシング技術が進歩してきた。
リモートセンシング技術の初期段階では衛星データは主に写真地質学的に利用され、これは現在でも重要な作業として引き継がれている。このような利用方法に加え、近年では、資源探査への応用としてリモートセンシングデータによるスペクトル解析が主流となっており、さらに、衛星から作成される標高データ(DEM)を用いた構造(リニアメント)解析などが行われるようになった(三箇ほか、2005)。
スペクトル解析は、地表面で反射した太陽光の反射スペクトルを衛星に搭載された観測波長域(以下、バンドと呼ぶ)の異なる複数のセンサにより観測し、波長の特徴から地表を構成する物質などを推定する方法である。
資源探査では鉱床に伴って形成された変質帯等の鉱徴現象を正確に捉え、マッピングすることが重要な作業の1つである。この変質帯とは鉱床形成に関連して流動した熱水と岩石との反応により、ある種の特別な組み合わせの変質鉱物が存在する範囲を指し,斑岩銅鉱床などの非鉄金属鉱床はその鉱床および鉱床上部を中心として性質の異なる変質帯が同心円状に配列を示すことが多い(図1)。このため、衛星データを用いて変質帯を安価かつ迅速にマッピングする方法について研究・開発が続けられてきた。
リニアメント解析の分野では、これまでは写真地質学的な手法によりリニアメント等の判読を行い、潜在する構造規制を考察することにより、鉱床胚胎場などの検討が行われてきた。これに対し、最近の地形情報を利用したリニアメント抽出方法は、過去に判読者が注目してきたリニアメントの地形特徴・組織を数量として定義・認識することにより、再現性のある解析結果が得られることが特徴である。
衛星によるリモートセンシングの特徴は、広域データが瞬時に取得できること、自由にどの地域でも観測できること、データが繰り返し取得できることにある。この特徴を生かした変質帯マッピングについてその開発の歴史を概観し、最新のマッピング手法について述べる。
図1 斑岩銅鉱床に伴う変質帯の構造
2. 衛星データ利用方法の変遷
資源探査を目的とした衛星データが民間で利用できるようになったのは1980年代初頭である。初期のLANDSAT 1~3には可視・近赤外域に3~4バンドを持つ光学センサー(MSS)が搭載され(図2)、主として写真地質学的な解析が行われてきた。このセンサは可視域から近赤外域にのみ複数のバンドを持つ設計であったため、変質帯抽出における利用は限られていた。そのため、利用例としては、斑岩銅鉱床に伴われる黄鉄鉱帯(地表付近では風化し鉄酸化物となっている)の抽出に留まっていた。
図2 おもな地球観測衛星の観測波長域
この後打ち上げられたLANDSAT 4~5では、より高い空間分解能で0.5~2.5μmを観測できる高性能のTMセンサが搭載された。これにより、この波長域に特徴が現れるカオリン・明礬石を含む酸性変質帯や絹雲母を含むフィリック変質帯を識別することが可能となった。ただし、変質帯を形成する明礬石、カオリンおよび絹雲母などの変質鉱物を識別することは困難であった。
日本の地球観測衛星としては、資源探査を主目的とした「ふよう1号」が1992年に打ち上げられた。この衛星には短波長赤外域に3バンド(全7バンド)を持つJERS-1センサが搭載され、変質帯のより詳細な解析が可能となった。1999年には可視~熱赤外波長域(0.5~11.6μm)に14バンドを備えたASTERセンサが搭載された米国の地球観測衛星TERRAが打ち上げられた(菱田ほか、2005)。ASTERは2.0~2.5μmで5つの波長域を観測できるセンサで、この波長域における反射スペクトル特徴の違いにより、さらに複数の変質鉱物の識別が可能となった。また、反射スペクトルの変化から含有量比の推定が可能となり、変質鉱物の含有量マップや変質鉱物の組み合わせなどの検討も行えるようになった。このASTERデータの出現により、これまでの変質帯の定性的な解釈が、変質鉱物の空間分布の変化などの定量的な解釈へと大きく変化し、鉱床探査に重要な情報を提供することが可能となった。ここでは、マルチスペクトルデータを用いた変質鉱物の識別と定量手法について紹介する。
3. 変質鉱物同定手法
図3 おもな変質鉱物の反射スペクトル
変質鉱物はMg、Fe、AlとOHの結合により2.1~2.3μm付近に吸収がある特徴的な反射スペクトルを示すことが多い(図3)。このことから、反射スペクトルから変質鉱物を識別するためには、観測された反射スペクトルの吸収特徴と変質鉱物の吸収特徴とを比較する方法が一般的なアプローチとなる。両者の類似度を計測するためには、Spectral Angle Mapper(SAM)法(Kruse et al., 1993)や相互相関法などがある。
SAM法ではバンド数に相当するn次元のベクトルとして表現し、これと最小角をなす変質鉱物を解として出力する。相互相関法は反射スペクトル間の相関係数から評価する方法であり、この場合も最も高い相関係数となる変質鉱物を解とする。いずれの場合も、類似度がある閾値以上となる条件を組み合わせる方法が一般的であり、1つの反射スペクトルから原則1種類の変質鉱物が推定される。
これら方法の問題点として、地表に分布する岩石は通常複数の鉱物から構成されており、変質を受けている場合でも、明礬石やカオリン、緑泥石と絹雲母など複数の変質鉱物が存在することが挙げられる。一方、上述の方法では最も多く含まれる変質鉱物、あるいは、明礬石などの吸収特徴が明瞭な変質鉱物が解として出力される。鉱床探査の場合には、卓越する変質鉱物のマッピングも必要であるが、その生成環境を推定するための変質鉱物の組み合わせを明らかにすることが重要である。例えば、高温・酸性の熱水と反応して生成されるパイロフィライトなどの変質鉱物は、含有量が少なくとも変質帯を分類する際には重要となる。
このような観点から変質帯を解析する際には、混合物の反射スペクトルから構成される変質鉱物の種類(組み合わせ)と含有量とを推定する必要がある。このような混合物の反射スペクトルからその構成鉱物比を精度よく求めるモデルとして等粒子モデル(Hiroi and Pieters,1992)がある。このモデルは、粘土鉱物のように反射スペクトルが強い吸収を示す鉱物の混合において、その反射率変化をうまく説明できる。したがって、このモデルから逆解析することによって、観測された1つの反射スペクトル(衛星画像の1メッシュ、ASTERでは30m四方)の鉱物構成比が推定され得る。
衛星データから鉱物の識別および定量は、以下の手順で解析される (図4)。
図4 鉱物同定プロセス
- (1)大気補正および植物補正
- (2)混合物のミキシングシミュレーション
- (3)反射スペクトルによる鉱物構成比の推定
- (4)構成比・構成鉱物による変質マッピング
(1)大気補正
大気補正は衛星データを扱う上で不可欠な作業である。衛星データは大気を通過した光を観測するため、大気中に含まれる水蒸気やダストの影響を受ける。この影響は波長によって異なることから、バンド毎に大気の影響を補正する必要があり、不正確な補正では(4)の鉱物構成比を正しく推定できない。最も正確な大気補正方法は、現地において地表の反射スペクトルを測定し、測定地点と同一地点の衛星データの反射スペクトルを測定値と一致させる方法である。現地での反射スペクトルが入手できない場合には、MODTRAN等の大気補正モデルを用いる方法があるが、水蒸気は日々変化するためにある程度の補正誤差が含まれ、解析精度が低下することはやむを得ない。
(2)混合物のミキシングシミュレーション
混合物の反射スペクトルは、混合比と反射スペクトル変化が必ずしも線形で対応しない。図5は赤と青のガラス球を混合させた例である(Hiroi et al., 1992)。波長0.5μmでは、混合比に対して反射率はほぼ比例的な関係にある。一方、0.4μmでは青のガラス球を75%程度まで加えても反射率はそれほど上昇しないが、75%以上になると反射率は急速に上昇しており、波長によって反射率の変化が異なることがわかる。
このような混合物の反射スペクトルは、前述の等粒子モデルを用いて推定することができる。この際に必要なパラメータは鉱物毎の波長別の内面・外面反射率および吸収係数であり、これらは鉱物の粒子サイズを仮定すれば鉱物の屈折率と反射スペクトルから計算できる。次に、鉱物毎の構成比を10%ごとに変化させ、混合物質の構成比と反射スペクトルのデータベースを作成する。なお、ASTERデータから鉱物同定を行う場合には、ASTERの観測波長に合わせた9バンドの反射スペクトルデータベースを作成する。この際に反射スペクトルは正規化(単位ベクトル化)しておく。
(3)反射スペクトルによる構成鉱物比の推定
大気補正されたASTERデータを1メッシュ分(30m四方)読み込み、反射スペクトルを正規化(単位ベクトル化)する。これは、同じ物質であっても斜面の向きによって明るさが変化するためである。この反射スペクトルと(2)で作成したシミュレーションデータベースとを逐次比較し、データベースの反射スペクトルとの差の自乗和を算出する。データベースの中から差の自乗和が最も小さいデータが、このメッシュの反射スペクトルと最も類似していることになる。実際の解析では差の自乗和の小さい順に5つまでを抽出し、この平均構成比を解として出力している。また、この時の差の自乗和(推定誤差)を出力し、推定結果の信頼性評価に使用している。
(4)構成比・構成鉱物による変質マッピング
(3)の作業を全てのメッシュについて実施すれば、変質鉱物含有量のマップが作成される。ASTERデータからは現在13鉱物種の同定を行うことができる。したがって、(3)の結果、13鉱物の含有量マップと推定誤差の14種類のマップが出力される。なお、緑泥石や黒雲母のように吸収特徴の不明瞭な鉱物は、正確な同定が困難で、明瞭な吸収特徴を持つパイロフィライトや明礬石などに比較して信頼性は低い。
出力された含有量マップをGISなどに読み込み、鉱物組み合わせや含有量から、プロピライト変質、フィリック変質、高度粘土化変質など、通常の地表踏査によって作成される分類定義に従い変質分帯図を作成する。衛星データには地表の岩石以外に雪、雲、水および植物などの反射スペクトルが記録されている場合があり、このような地点では推定誤差が大きくなるために解析結果から除外する。また、(2)の作業で準備した鉱物以外が分布する地点でも推定誤差が大きくなるために解析結果から除外するが、塩湖など特殊な地点を除きほとんどの地点の反射スペクトルは13鉱物の混合で説明可能である。なお、植物が繁茂している地点では、岩石(土壌)と植物との混合した反射スペクトルが観測される。この場合、植物被覆量と植物の反射スペクトルを推定することで岩石の反射スペクトルを推定することが可能なため、植物の被覆率が40%以下についてはこの補正を行っている。
4. 解析事例
ASTERを用いた変質鉱物のマッピング例として、チリ共和国北部のEscondida鉱山近傍の解析結果を図6に示した。Escondida鉱床は1981年に発見(Escondida annual report, 2006))された世界最大級の斑岩銅鉱床である。なお、鉱山名はスペイン語で「隠された」という意味を持ち、鉱体は地下100mに位置している。衛星データは2000年に取得されたASTERを用いており、この時点で既にEscondida鉱山は露天掘りで操業が開始されていた。
図5 着色ガラス球を用いた混合物反射スペクトルの変化
右のグラフは0.4および0.5μmでの混合比と反射率の関係を示す
左の図では、変質鉱物の含有量マップのうち、明礬石を赤で、カオリンを緑で、絹雲母を青で表現した。色の鮮やかさは含有量に対応し、鮮やかな地域ほど含有量が多いことを示す。中間調の地点、例えば黄色で表現された地域は、明礬石(赤)とカオリン(緑)の両者が共存する地域を表している。鉱体が位置する露天掘り(以下、ピットと呼ぶ)内部は濃い青(絹雲母)で示され、鉱体周辺に絹雲母が多く分布していることがわかる。図1で示したように、斑岩銅鉱床の変質モデルでは、鉱体および鉱体の周縁部は絹雲母からなるフィリック変質からなる。鉱体の上部にはカオリンや明礬石からなる高度粘土化変質(Advanced argillic)が形成されるが、Escondida鉱山ではこの部分はすでに開発に先立ち剥土されており、ピット周辺に残土として堆積されている状況が読み取れる。ピット北西側には小高い山が現在も残されており、この山は明礬石やカオリンからなる高度粘土化変質帯であることが解析図からわかる。
図6 Escondida鉱山周辺の鉱物同定結果
Escondida鉱山の北側約7km付近には、直径3km程度の絹雲母を多く含む円形の変質域が明瞭に示されている。この解析時点では未公表であったが、この地下に新鉱床(Escondida Norte)が発見されており、この円形の変質帯は鉱床上部に形成されるフィリック変質帯に相当している。右の図は2007年6月のGoogle Earthの画像であり、左の図のフィリック変質のほぼ中心に新鉱床のピットが構築されていることがわかる。このように、斑岩銅鉱床の周辺に形成される変質帯の特徴を、ASTERデータから明瞭に把握することが可能である。
図7は斑岩銅鉱床の賦存が推定される地域における解析例である。カルデラ様の地形の中心部に明礬石やカオリンからなる高度粘土化変質帯が位置し、この周囲に絹雲母を主体とする直径3km程度の大規模なフィリック変質帯が分布している。右下は解析結果によるマッピング例であり、フィリック変質の中心(上部)に高度粘土化変質帯やヤケ(Gossan)と呼ばれる酸化鉄帯が重複して存在し、図1で示したような斑岩銅鉱床の特徴を有する大規模な変質帯であることを示している。なお、現地調査では、この地域に斑岩銅鉱床の鉱徴が認められ、今後の探鉱結果に期待が持たれる地域の1つである。
図7 斑岩銅鉱床が推定される地域の解析結果
5. おわりに
今回、紹介した解析技術は(財)資源・環境解析センターと日鉱探聞(株)の技術陣が開発した成果の一部である。リモートセンシング技術は日進月歩しており、大気補正が正確に実施できない場合などで、不十分な解析結果しか得られないケースがあることや、吸収特徴が不明瞭な変質鉱物の同定精度が悪いなど、今後も改善が必要である。
また、4~15バンドを観測するマルチスペクトルに対し、可視~短波長赤外域まで約200バンドの連続的な反射スペクトルを観測するハイパースペクトルが計画されており、2013年度の衛星打ち上げを目指してセンサが開発中である。このハイパースペクトルでは、より詳細なスペクトル変化が捕捉できることから、より高度な変質鉱物の識別や、反射スペクトルの吸収の深さや吸収位置の移動から変質鉱物の結晶度やFe/Mgなどの固溶体組成の推定などが期待されている。
主要参考文献:
- 三箇 智二、荒川 泰(2005):地形特徴によるリニアメント認識(演旨),情報地質,16,2,128-131,日本情報地質学会
- 菱田 元、大岡 隆、縫部 保徳(2005):金属鉱物資源探査技術の開発と適用,資源と素材,121,7,310-317,資源・素材学会,
- Guilbert J. M. and Park, C. F. (1986): The geology of ore deposits, W. H. Freeman, p.985
- Hiroi,T. and Pieters,C.M.(1992):Effects of grain size and shape in modeling reflectance spectra of mineral mixtures. Proceeding of Lunar and Planetary Science, 22,313-325.
- Kruse, F.A., Lefkoff, A.B., Boardman, J.W., Heidebrecht, K.B., Shapiro, A.T., Barloon, P.J., and Goetz, A.F.H. (1993), "The Spectral Image Processing System (SIPS) - Interactive Visualization and Analysis of Imaging Spectrometer Data", Remote Sensing of Environment, Vol. 44, pp. 145-163.
- Sillitoe, R. H. (2005): Supergene Oxidized and Enriched Porphyry Copper and Related Deposits. Economic Geology 100th Anniversary Volume, pp.723-768.