第80号
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中国の宇宙開発事情(その11)観測ロケット(2013年5月の衛星破壊実験疑難との関連)

辻野 照久(科学技術振興機構研究開発戦略センター 特任フェロー)  2013年 5月20日

子午プロジェクト

図1

子午プロジェクトのロゴマーク

(橙色の帯は東経120度、緑色の帯は
北緯30度の観測ラインを示す)

 「観測ロケット[1]」「衛星破壊実験」「子午プロジェクト[2]」と一見関係なさそうな三題噺のお題のようなキーワードは、中国が5月13日に静止軌道上の衛星破壊も可能な新型ミサイル実験を行ったのではないかという米国などの疑難と関連している。

 中国の最近の観測ロケット(中国語では探空火箭)の開発・運用動向を把握する上で、中国科学院(CAS)が力を入れている「東半球宇宙環境総合監視ネットワーク(略称:子午プロジェクト(Meridian Project))」について知っておく必要がある。衛星開発は行わないが、中国科学院においては有人宇宙飛行や月探査に匹敵する大型プロジェクト計画に位置付けられている。「子午プロジェクト」は東経120度、北緯30度に沿って国内15カ所に観測局が設置され、観測ロケット等を利用して、中・高層大気、電離層、磁気圏などの観測が行われる。

 2013年4月5日、中国科学院傘下の国家宇宙科学研究センター(CSSAR、呉季主任)は、「子午プロジェクト」の一環として観測ロケット「天鷹3号E型(Tianying-3E、TY-3E)」を海南省儋州市にある中国科学院海南探空部ロケット発射場から打ち上げた[3]。このロケットには、電子密度等を測定するラングミュア・プローブ、電離層の垂直分布を観測する電界計測器、電離層の動的特性を研究するための金属バリウム放出装置の計3基の科学機器が搭載され、高度約191kmでバリウム粉末1kgを放出後、電離層のバリウム雲の変化の観測と、宇宙空間の異なる高度の主要な物理データの収集が行われた。またそれと同時に、3カ所の地上観測局ではバリウム雲の画像取得及びその拡散の様子が記録された。なお、ロケットは打上げから約8分後に海上に着水した。

なお、天鷹3号E型観測ロケットを開発した企業は、中国航天科技集団公司(CASC)傘下の航天動力技術研究院である。

中国で多数の人がUFOを目撃

図2

類似の天鷹3号C型
観測ロケットの外観

 5月13日の夜、中国ではUFO(未確認飛行物体)を目撃したというネットへの書き込みが多数あった。目撃者がいた場所は、重慶市、雲南省昆明市、四川省成都市、湖北省武漢市、湖南省長沙市、広東省肇慶市、湖北省恩施市、海南省海口市、香港など、射場のある四川省西昌から静止衛星を打ち上げたときに通過するラインに近い。これに対し、「 中国人民解放軍による衛星攻撃ミサイルを目撃した可能性も指摘されている。14日、中国当局はロケットを利用した兵器の実験に成功したと発表している。新浪網軍事によると、打ち上げられたのはD-2型ミサイル。地上1万2000マイルから2万2000マイルまでの衛星軌道を攻撃する能力を持つ。通信衛星やGPS衛星を破壊することが可能だ。中国は2007年、2010年にも衛星攻撃兵器を実験し、米国の強い反発を受けていた。」[4]という報道もあった。しかし、5月14日に中国科学院が発表した情報によれば、UFOの実体は中国科学院の長距離観測ロケット(KP-7)であり、科学観測目的の打上げであったという。

 なお、我が国でも熊本県在住のアマチュア天文家がこの飛行物体の航跡を撮影した。肉眼では見えなかったが、その場所をデジタルカメラで撮影し、流星痕様の航跡を撮影するのに成功した。ロケットは下から上に飛んでいった。「てんびん座」付近で、右側の明るい星は土星である。

図3

2013年5月13日23時10分頃

米国の宇宙追跡網が捉えた中国ロケットの飛行状況

 衛星攻撃兵器(ASAT)の最初のテストか、というような憶測は抜きにして、米国防総省は5月13日に中国が打ち上げたロケットについて、赤道上の高度約36,000kmにある静止軌道に近づいたものの、物体を軌道に投入したとは確認できなかったとの分析結果を明らかにした。毎日新聞の報道によれば[5]、国防総省の広報担当者は16日の取材に対し、「我々は中国からの発射を13日に検知した。軌道はほぼ静止地球軌道に近づいた」と指摘したとのことである。また、国防総省は飛行中に複数の物体を追跡したが、軌道に物体を投入したり、発射された物体が宇宙空間に残っていることは確認できなかったとし、物体はインド洋上の大気圏に再突入したとの見方を示したという。

 これはかなり正確な飛行状況の説明であると思われる。もともと観測ロケットはサブオービタル飛行(または弾道飛行)を行うものであり、ほぼ放物線状に飛行する。なお、インド洋の東端は南西太平洋との境界線であるオーストラリアのタスマニア島付近と南極大陸を結ぶラインにまで達する。今回ロケットが突入したのはこの付近の海域であろう。また実際の高度は1万kmであり、「近づいた」といっても3分の1にも満たない低い高度までである。もちろん、静止軌道の直下(つまり赤道上空)を横切ったことは間違いない。

UFOの実体は2回目の高空探測試験

 飛行距離や高度の大小は別にして、観測ロケットを使えば大気の各層の構成成分やパラメータを高さ方向に検出することができ、電離層、地磁気、宇宙線、太陽の紫外線やX線、隕石や塵等の多種類の太陽-地 球間の物理現象を研究できる。中国科学院の国家宇宙科学研究センター(CSSAR)は5月14日に2回目の高空探測試験に成功したと発表した[6]。C SSARの高空観測用観測ロケットは四川省の西昌衛星発射センターから打ち上げられた。搭載された科学探査ペイロードは、ラングミュア・プローブ、高エネルギー粒子検出器、磁力計及びバリウム粉末放出実験装置などである。これは4月5日に行われた天鷹3号Eによる初の高空探測試験と同様の観測機器であり、それに続く2回目の試験であるが、高度が非常に高くなり、それにつれて射程が長距離になっている。バリウム粉末の放出は高度約10,000kmで行われており、この目的のために観測ロケットとしては例を見ない長距離・高高度の飛行経路を設定したものと思われる。国 家宇宙科学センターの予備的な分析では、今回の実験で異なる高度において宇宙環境の垂直分布の最初の科学的データを取得したことを示しており、所期の目的を達成し、中国独自の宇宙環境監視を進める上で、宇宙活動の安全を保障するための貴重なデータを蓄積したとしている。

 中国は河北省に設置されたLAMOST光学望遠鏡で「主動光学」のユニークな方式を実証した[7]が、今回の観測ロケットは「主動宇宙科学実験」という新たな宇宙科学研究手法を実証したものといえる。 

なお、この試験が中国南部でUFO目撃につながったのは、たまたま陸上では夜の場所の上空で太陽に照らされるような高度を飛行したためである。光学的な宇宙デブリ観測では、宇宙飛行物体のこのような見え方(夜明け・薄暮時の空が暗い時に飛行物体が太陽光を反射して明るく見える)を利用している。

新型ロケットの名称と製造企業

 今回打上げに用いられた長距離観測ロケットは、従来の短距離のものとは全く性能が異なる。百度百科によれば、ロケットの名称は「鲲鵬(Kunpeng)七号(KP-7)」で、製造企業は中国航天科工公司( CASIC)である[8]。外観や性能などの情報は得られていない。鲲鵬とは、「鲲」という巨大な魚が「鵬」という巨大な鳥に化けたという説話による。

誤解を招かないために

 これまで、中国では衛星打上げ用ロケットの打上げの前日くらいには打上げ予告を行い、特にロケット第1段やフェアリングが落下する地域では事前の避難の周知も行ってきた。短距離の観測ロケットはこれまでは海南島から打ち上げられ、ごく近い場所に落下していた。今回は海南島よりも緯度の高い西昌からの打上げで、夜間に高高度まで飛行したことにより太陽光を反射する位置まで到達したために、中国大陸の都市部で多くの目撃者があった。同じ飛行経路でも、明るい昼間であれば誰も気づかなかったはずである。科学研究においては思いがけないリアクションやハレーションが生じることがあり、何か実験を行う時には国民への影響を最小限にするという配慮が必要であることを示唆している。なお、宇宙に関する常識として、衛星を軌道に投入する「打上げロケット」と弾道飛行で落下する「観測ロケット」の平和的な役割と、軍事目的で発射される「ミサイル」との違いを知っておくべきであると思う。また今回の中国の実験の疑問点としては、通常観測ロケットの打上げは自国の領土内か接続する領海に落下するようにし、他国の上空を越えて飛行させることはあまり例がない。事前の通報がなかった可能性もあり、米国にASAT実験であるとの疑いを持たせたのではないだろうか。

注釈:

[1] 観測ロケットは、地球近傍の宇宙探査や科学実験のために米国・欧州・日本などでも毎年多数打ち上げられている。日本では気象庁や宇宙航空研究開発機構が、観測ロケットを利用して高空の気象観測や大気成分観測などを行っている。

[2] CSSAR「子午工程」 http://www.cssar.ac.cn/zdkyhd/zwgc/

[3] CSSARの4月5日付ニュースリリースhttp://www.cssar.ac.cn/xwzx/kydt/201304/t20130405_3814157.html

[4] Record Chinaより http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130515-00000006-rcdc-cn

[5] 毎日新聞 http://mainichi.jp/select/news/20130517k0000m030032000c.html

[6] CSSARの5月14日付ニュースリリース http://www.cssar.ac.cn/xwzx/kydt/201305/t20130514_3838255.html

[7] 現地調査報告・中国の世界トップレベル研究開発施設(その5)光学天文台「LAMOST」http://spc.jst.go.jp/hottopics/1211/r1211_tsujino.html

[8] 百度百科 「鲲鹏七号」http://baike.baidu.com/view/10598558.htm