第109号
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中国製造業の発展と「中国製造2025」計画(その2)

2015年10月30日  郭朝先(中国社会科学院工業経済研究所)、 王宏霞(中国社会科学院大学院)

その1よりつづき)

二.「大きくとも強からず」の中国製造業

1.小さい一人当たり規模 製造業強国である米日独の1/3未満

 中国の工業は全体の規模としては巨大であるが、中国が世界一の人口大国であることも考慮する必要がある。一人当たりの平均値で見ると、もう一つの違った姿が浮き彫りになる。事実、中国の一人当たりの工業生産額(付加価値ベース)は世界の平均的なレベルにとどまっており、主要先進国との格差は大きい。例えば、中国の一人当たりの工業生産額(付加価値ベース)はイタリアの37%、英仏の34%、日本の30%、韓国の29%、米国の27%、ドイツの22%に留まる(図5)。

図5

図5 一人当たりの工業生産額(付加価値ベース)の国際比較(2013年)

出典:国連統計データベース(http://data.un.org/)。

2.全体的な技術レベルの遅れ、自主イノベーション能力の弱さ

 次のいくつかの事実からは、中国が中核部品や重要技術の分野で著しく国外に依存し、受動的な立場を余儀なくされていることが十二分に見て取れる。(1)中国のロボット産業では技術革新が不足しており、国際競争に参加できるような中心的企業が存在せず、キーコンポーネンツの品質や信頼性は世界の先進的なレベルに比べて5年から10年程度遅れている[1]。(2)中国は毎年、ハイエンドチップを大量に輸入しており、2013年のチップ輸入額は2,322億米ドルに達し、同年の石油輸入額を上回った。(3)スマートフォン価格には、特許使用料などが大幅に上乗せされている。ある研究によれば、ミドル・ハイエンドスマートフォンの場合、各種特許等の使用料が価格の30%を占め、部品コストさえも上回っている。クアルコム社の事件では、中国が毎年クアルコム社に多額の特許等ライセンス料を支払っていることが明らかになった。中国で生産するCDMA方式の携帯電話1台につき、10米ドルを特許等の使用料として米クアルコム社に支払わなければならない[2]。(4)中国では高品質かつエネルギー消費の少ない先進的なプロセスの普及率が10%に満たず、中でもNC工作機械、精密設備の割合は5%未満である。しかも、ハイエンドNC工作機械の90%以上、光ファイバ製造装備の100%、集積回路製造設備の85%、石油化学設備の80%、自動車産業用設備の70%を輸入に依存している。[3]

 近年、中国では工業企業による研究開発投資や研究開発費の対GDP比、研究開発の投入産出関係といった指標が大幅に改善している。但し、技術革新における資源配分効率の低さ、技術開発成果の産業化率の低さ、といった問題は解決されていない。通常、研究開発活動には基礎研究、応用研究、発展的研究の三つの類型があり、自主イノベーション能力や研究開発効率を高めるためには、これら三者を連携させることが必要になる。しかし、中国では長い間、基礎研究が研究開発費用の支出に占める比重は極めて小さく、通常5%程度である。一方、米国、英国、フランスなどでは10%以上である。基礎研究への投資が不足していることが、中国の科学技術レベルの向上を根本から妨げているのである。より深刻なこととして、体制上の制約やインセンティブ制度のひずみにより、中国における産学研連携による研究開発は十分になされておらず、効率も芳しくない。市場メカニズムによる技術革新の方向付けも十分でなく、技術開発成果の産業化率が通常わずか10%と低迷しており、先進国の40%というレベルとはかけ離れている。[4]

3.生産能力過剰の問題が深刻、陳腐化した生産能力の一掃は困難

 近年、全国の工業企業における生産能力の平均稼働率は72%程度であり、この割合は年々下降傾向にある。このうち、軽工業の稼働率は概ね高く、一方で資源、エネルギー消費の大きな重工業の稼働率は軒並み低い。2012年末、中国では鉄鋼、セメント、電解アルミ、板ガラス、船舶の稼働率がそれぞれ72%、73.7%、71.9%、73.1%、75%に留まり、国際的なレベルを大きく下回った[5]。これら5業界について、政府は長年に亘り生産能力過剰を解消するための対策に力を入れてきたものの、稼働率は依然として上がっていない。市場経済を取る先進国でも周期的または局部的な生産能力過剰がたまに起きることがあるが、中国の場合は生産能力の過剰が多分野に渡り、その程度も深刻で、持続的かつ再発しやすいといった特徴がある。警戒すべきことは、一部の業界、例えば鉄鋼産業では「陳腐化した生産能力」ではなく、いわゆる「先進的な生産能力」さえも過剰となっていることである。

 生産能力の過剰のもう一つの問題は、陳腐化した生産設備が大量に存在し、しかも当面はこれらを一掃することが難しいことにある。これはすでに、中国経済の発展を制約する「宿痾」となっている。企業運営の困難、財政収入の減少、金融リスクの蓄積といった現在の問題は、いずれも深刻な生産能力の過剰と密切に関わっている。深刻な生産能力の過剰が、中国の経済運営における突出した矛盾や多くの問題をますます助長していることを踏まえ、国務院は「第12次五カ年計画」のうち鉄鋼、電解アルミ、セメント、板ガラスなど重点業界における陳腐化した生産設備の一掃を一年前倒しで実現した上で、財政措置によるインセンティブ基準を引き上げ、等量あるいは減量置換方式などの措置を実行し、地方に対して陳腐化した生産設備の排除基準などの強化を奨励することを決定した。2015年末までに、さらに製鉄1,500万トン、製鋼1,500万トン、セメント(クリンカー製造及び粉末化設備)1億トン、板ガラス2,000万重量箱(1重量箱=約50kg)、の生産設備を一掃する予定であるが、[6]この計画の実行は中国政府にとっては大きな試練である。

4.資源エネルギー利用効率の低さ、省エネ・排出削減の重い負担

 長期にわたり、中国の工業は主に資源・エネルギーなどの生産手段を投入することにより、規模の拡大や経済成長の推進を実現してきており、資源・エネルギーの消費量が大きい一方、その利用効率は低い。推計によれば、2010年の単位GDP当たりのエネルギー消費は、なお世界平均の2倍以上である。全国の鉄鋼、建材、化学工業などの業界では、単位製品当たりのエネルギー消費が世界の先進的な水準に比べて10%-20%高くなっている[7]。図6は、中国の一次エネルギー効率(単位エネルギー当たりの生産額)がOECD諸国の平均水準を常に大きく下回っていることを示している。2012年、中国の一次エネルギー効率は4,475米ドル/t(原油換算、以下同)だったが、一方のOECD諸国の平均は7,571米ドル/tであり、3,097米ドル/tの格差があった。この格差は2000年以降で最も大きい。

図6

図6 中国とOECD諸国のエネルギー効率の比較

出典:OECDデータベース(http://stats.oecd.org/)。

 中国は「第12次五カ年計画綱要」の中で、「第12次五カ年計画」期間中に単位GDP当たりの各指標を引き下げることを明確に打ち出している。例えば、エネルギー消費量は16%の引き下げ、CO2排出量は17%の引き下げを目指す。また、主要汚染物質の総排出量の大幅削減を目指し、COD及びSO2をそれぞれ8%、アンモニア態窒素、窒素酸化物の排出量をそれぞれ10%削減することを、拘束力のある目標として打ち出した。「省エネ・排出削減の『第12次五カ年計画』の印刷発行に関する国務院通知」は、2015年までの目標として、売上高2,000万元以上の企業を対象に、単位工業生産額(付加価値ベース)当たりのエネルギー消費を2010年より21%程度引き下げるとしている。但し、2011-2013年の一部指標の達成状況は、進捗予定より遅れており、事態はかなり深刻である。このため、「第12次五カ年計画」の掲げる省エネ・排出削減・CO2削減の全目標を確実かつ予定通りに実現させるため、国務院弁公庁は2014年5月15日に「2014-2015年省エネ・排出削減・低炭素型発展アクションプランにかかる通知」(国弁発〔2014〕23号)を出し、2014-2015年の活動目標、すなわち単位GDP当たりのエネルギー消費、COD、SO2、アンモニア態窒素、窒素酸化物の排出量をそれぞれ毎年3.9%、2%、2%、2%、5%以上引き下げ、単位GDP当たりのCO2排出量を1年目に4%以上、2年目に3.5%以上引き下げる目標を実現するため、取り組みを加速するよう指示している。このことからも、中国の省エネ・排出削減がますます深刻な局面に直面していることが分かる。

5.人件費の高騰、急速に失われる比較優位

 図7は、中国の製造業における人件費の上昇を示したものである。中国では社会全体の人件費が上昇しており、同様に、製造業分野における労働者の名目給与は2003-2013年の間にほぼ3倍増となった。物価上昇要素を考慮した実質給与も、この10年間で少なくとも倍増している。中国は2004年ごろに「ルイスの転換点」を迎えたとみられ、労働力が無限に供給されるという状況は失われ、労働力コストが年々上昇している。

図7

図7 中国の製造業における給与の変遷

出典:「中国統計年鑑(2014)」を基に計算

 国際的な比較から分かる通り、中国では労働力を雇用するためのコストが急速に高騰している。人民元為替相場の上昇が、中国の人件費急騰を促した重要な原因の一つである。図8は、中・米両国の単位労働力当たりのコストの変遷を示したものである。2005年における各国の単位労働力当たりのコスト指数を100として計算すると、2012年、米国の工業セクターの指数がわずか97.6だったのに対し、中国の工業セクターの指数は141.6に達している。先進国と比べ、中国における人件費は急騰しており、これにより中国の製造業の国際的な競争力は減退し、外国からの直接投資の魅力も減少した。

図8

図8 中・米両国の工業セクターにおける単位労働力当たりのコスト指数の変遷と比較

出典:OECDウェブサイト(http://stats.oecd.org/Index.aspx)及び過去の「中国統計年鑑」より抜粋整理

6.低迷する製造業の利益率、リソースの実体経済離れ

 数年前、不動産や資源系製品の価格が暴騰し、金融、商業、不動産などの分野では投機行為により巨額の利益が生まれるケースが出現し、このことが金融経済の異常な成長を過度に刺激した。同時に、製造業を主体とする実体経済の利益率が下降し続け、その結果として社会全体で資本などの実体経済離れが加速する「社会におけるリソースの『実体経済離れ、金融経済志向』問題」が深刻になっている。

 図9は、中国の工業分野における総資産利益率(ROA)の推移を示したグラフである。2011年以前、中国の工業分野における総資産利益率は全体として右肩上がりで推移し、世界的な金融危機の影響を受けて2008年、2009年は一時的に下降したものの、上昇基調であった。一方、2011年以降は逆の傾向となり、2011年は9.09%、2012年は8.06%、2013年は7.39%と、下降に転じた。

図9

図9 中国の工業分野における総資産利益率の変遷

出典:「中国統計年鑑(2014)」を基に計算理

 2013年、中国の工業分野における総資産利益率は7.79%で、同時期の貸出金利(五年満期以上の中長期融資)の6.55%をわずか1.3ポイント上回ったにすぎず、製造業はすでに薄利の時代に入っている。製造業31業界のうち、9つの業界で総資産利益率が同期間の貸出金利を下回った。

 このような状況において、民間資本は製造業分野への投資意欲を持てず、大量の民間リソースが徐々に製造業から流出するようになった。中でも、技術人材の流出が最も深刻である。中国は人口が多いものの、専門的な技術人材の比率が小さく、メーカーでは高技能人材が軒並み不足している。高技能人材は企業の生存・発展にとってのコア・コンピタンスであり、中国では製造業分野における高技能人材不足を解消することが、喫緊の課題となっている。

7.国際バリューチェーンにおける低付加価値、ミドル・ローエンドという位置づけ

 国際的な産業のバリューチェーンにおいて、中国はいわゆる「スマイル・カーブ」の底に位置している。すなわち、主として技術的な価値が低く、付加価値の低い「製造-加工-組立」の部分を受け持ち、付加価値の高い研究開発、設計、建設プロジェクト請負、マーケティング、アフターサービスの分野では競争力を欠き、国内資源を大量に消費し、大量の汚染物を排出する一方、得られる利益はとても少ない。

 こうした問題は、技術集約型の業界やハイテク産業において、より鮮明である。商務部が発表した「世界のバリューチェーンと中国の貿易付加価値の算出にかかる研究報告」(2014年度)によれば、従来の労働集約型産業の単位輸出額当たりの国内付加価値額は相対的に高く、一方、技術集約型産業では単位輸出額当たりの国内付加価値が低い。一般貿易の輸出のうち、農林水産業では輸出額1,000米ドル当たりの国内付加価値が893米ドルに達する。食品・アルコール飲料や、タバコ製品の場合、輸出額1,000米ドルにつき、それぞれ861米ドル、857米ドルの国内付加価値が生まれている。織物・ニット製品や衣類、鞋・帽子といった従来型の労働集約型産業の場合、輸出額1,000米ドルにつき生まれる国内付加価値は890米ドル程度となる。一方、技術集約型産業やハイテク産業、例えば交通・運輸設備製造業、電気設備、通信設備、コンピューター製造業、電子デバイス製造業などの場合、輸出額1,000米ドル当たりの国内付加価値は、800米ドルに満たない。さらに、これら業界の加工貿易による輸出の場合、輸出額1,000米ドル当たりの国内付加価値は400米ドル未満となり、例えば電気設備製造業が171米ドル、自動車製造業が249米ドル、コンピューター製造業が308米ドルなどである[8]

 極端な例では、アップルのスマートフォンのような世界的な製品に中国企業が関与しているケースは多いものの、得られる利益は少ない。カリフォルニア大学アーバイン校(University of California,Irvine)の情報技術・組織研究センターのジェイソン・ディドリック(Jason Dedrick)氏のチームの研究によれば、「世界でリンゴを分け合う」と比喩されるアップルのバリューチェーンにおいて、つまりiPhone製品について言えば、アップル社が受け取る利益は全体の75%を占めている。一方で、50万人規模の労働者が働く中国の組み立てラインの取り分は、わずか2%である。具体的な数字については学者からの異論もあるが、世界的バリューチェーンの役割分担において、中国がミドル・ローエンドの部分を担っており、利益がとても少ないというこの研究所の事実指摘は、ほぼ正確である。

その3へつづく)


[1] 李寅峰:「林光如委員:ロボット大国は大きくない」『人們政協報』2015年3月7日

[2] 張寧:「クアルコムの利益の連鎖の秘密:生産するチップは中国の4G携帯電話をほぼ独占」『企業観察報』2014年9月1日

[3] 許穎麗:「『情報化と工業化の融合』から『中国製造2025』へ」『上海情報化』2015年第1期、24—27頁

[4] 張暁強:「イノベーション推進の実施に必要な体制・メカニズム面の障害の排除」『経済参考報』2013年12月30日

[5]「生産能力の深刻な過剰による矛盾解消に関する国務院ガイドライン」(国発〔2013〕41号)、2013年10月6日

[6]「生産能力の深刻な過剰による矛盾解消に関する国務院ガイドライン」(国発〔2013〕41号)、2013年10月6日

[7]「省エネ・排出削減の『第12次五カ年計画』の印刷発行に関する国務院通知」(国発〔2012〕40号)2012年8月6日。

[8] 中国グローバルバリューチェーン課題研究チーム:「グローバルバリューチェーンと中国の貿易付加価値額の算出にかかる研究報告」2014年9月――商務部ウェブサイト(http://www.mofcom.gov.cn/)より入手