第111号
トップ  > 科学技術トピック>  第111号 >  中国の「食糧安全保障政策」の概要と実態(その1)

中国の「食糧安全保障政策」の概要と実態(その1)

2015年12月24日

白石和良

白石 和良:元農林水産省農業総合研究所海外部長

略歴

1942年生れ
1966年 東京大学法学部政治学科卒、法律職で農林省入省
1978年~1981年 在中国日本大使館一等書記官
1987年 研究職に転職、農業総合研究所で中国の農村問題、食料問題等を研究
2003年 定年退職 以降フリーで中国研究を継続

はじめに

 この10月10日、中国の韓長賦農業部長は、人民大会堂で行われた「第十二次5カ年計画」の実績報告会で、中国の食糧生産が世界の食糧安全保障に対して重要な貢献をしているとし、その説明として、中国は世界の10分の1に満たない農地で、世界の4分の1の食糧を生産し、世界の人口の5分の1弱を養っていると誇らしげに語っている。さらに国際連合食糧農業機関(FAO)の事務局長が彼の仕事の20%を解決してくれたと語ったことも付言されている。韓農業部長の話はかなり楽観的である。

 農業部長の話の通りに、世界の人口の20%弱の中国人が世界の食糧の4分の1を生産しているなら、中国人の一人当たり食糧保有量はその他の国の一人当たり食糧保有量の1.3333倍となる(=(25÷20)÷(75÷80))。中国の実態もこの通りなら、中国の食糧安全保障は磐石であり、食糧問題はたとえ存在しても些細なものでしかないことになる。本当にそうなのか?

 人口規模が小さな国ならこの種の話は放って置いても良いが、世界最大の人口を有し、世界最大の食糧の生産、消費国の話となるとそう言う訳には行かない。"与太話"を信じたことになった場合の竹箆返しが非常に大きくなるので、"目くじらを立て"、"重箱の隅を突つかない"訳には行かないのである。中国の食糧安全保障政策は、昨年から今年に掛けて大きく変容しているので、その概要の紹介を中心にしながら、中国の食糧問題の実態を紹介することとしたい。

1.中国の食糧安全保障政策の推移

(1)食糧安全保障政策の開始と展開

 中国の食糧安全保障の問題は、改革開放以降も確固として存在していたものの、それは誰もが分かっていることで、むしろ一種の常態として捉えられており、正面切って議論されることはあまり無かったが、この問題を顕在化させ、大いに議論を巻き起こさせたのが1994年9月に『ワールド・ウォッチ』誌に発表されたアメリカのレスター・ブラウン氏の『だれが中国を養うのか?』である。

 この論文を巡って種々な議論がなされたが、それを一時的にせよ収束させたのが、1996年10月に中国政府が公表した『中国の食糧問題』(いわゆる「食糧白書」)であった。中国政府は、この中で中国の食糧政策の基本方針は「国内資源に立脚し、食糧の基本的自給を実現することである」とするとともに、その自給の程度を「平常時で、食糧自給率が95%を下回らないこと、すなわち、食糧純輸入量が国内消費量の5%を超えないこと」とした。端的に言えば、食糧自給率95%以上を維持すると宣言したのである。

 この食糧自給率95%以上維持の基本方針は、2008年に制定、公布された『国家食糧安全中長期計画要綱(2008~2020年)』でも継続されている。つまり、中国の食糧安全保障は、食糧自給率95%以上の保持が基本方針として掲げられ、その達成に努めることが中国政府の公約とされてきたというのが近年までのおおよその経緯である。

(2)食糧安全保障政策推進のために講じてきた措置

 中国の食糧安全保障は、当然のことながら、"座して待つだけ"で達成されるものではない。中国政府もそのために多くの措置を講じてきている。以下では、①食糧省長責任制、②国家財政の食糧生産補助等について紹介する。

ア.食糧省長責任制(省長"米袋子"責任制)の実施

 食糧省長責任制は、各省毎に食糧の需給安定に責任を持たせるために制定された制度であり、1994年から実施されている。これに似た制度で、日本でも良く知られた制度が「菜籃子市長責任制」である。これは生鮮食品の需給安定の責任を市長に持たせる措置である。「菜籃子」は「買物籠」の意味である。食糧省長責任制は、「"米袋子"省長責任制」とも呼ばれるが、「米袋子」は「米を入れる袋」の意味であり、「買物籠」に合せた呼び方である。

 (ア)31省の役割分担

 中国政府は、食糧安全保障制度の円滑な推進のために、2001年から中国の31の省、直轄市、自治区(以下、「省」で総称)を食糧主産省〔糧食主産区〕、食糧消費省〔糧食主銷区〕、食糧均衡省〔糧食産銷平衡区〕に分類し、それぞれに役割分担を行わせている。具体的イメージとしては、「食糧主産省」は食糧生産が多く、省外へ食糧を移出する省、「食糧消費省」は食糧生産が少なく、省外から食糧を移入する省、「食糧均衡省」は食糧の自給自足省である。31省の実際の分類は次のようになっている。

①食糧主産省:河北、内蒙古、遼寧、吉林、黒龍江、江蘇、安徽、江西、山東、河南、湖北、湖南、四川の13省

②食糧消費省:北京、天津、上海、浙江、福建、広東、海南の7省

③食糧均衡省:山西、広西、重慶、貴州、雲南、チベット、陜西、甘粛、青海、寧夏、新疆の11省

 (イ)役割分担の結果

 全国の省が食糧の主産省、消費省、均衡省に区分された結果はどうなっているのか。区分直後の状況と最近の状況を比較したのが表1である。2003年から2015年の間に生産量、全国シェアを両方ともに伸ばしたのは食糧主産省だけである。食糧均衡省は、生産量は伸ばしたものの、全国シェアは減少させており、また、食糧消費省は、生産量、全国シェアを両方とも減少させている。食糧消費省の食糧不足量については、現在既に年間7000万t以上に達しているとする報道も行われている。こうした現状からすれば、食糧消費省に対して中国政府の当たりが強くなるのも理解できるというものである。総ずれば、表1は、食糧消費省のフリー・ライダー批判を如実に示すものとなっていると言える状況である。

表1 食糧の主産省、消費省、均衡省の食糧生産量の推移(単位:万t)
年次 2003年 2004年 2014年 2015年 15年-03年 左のシェア 15年/03年
全国計 43,069.5 46,946.9 60,709.9 62,143.5 19,074.0 100.0% 144.3%
主産省計 30,578.5 34,115.0 46,021.3 47,341.2 16,762.7 87.9% 154.8%
全国シェア 71.0% 72.7% 75.8% 76.2% - - -
消費省計 3,417.7 3,450.8 3,332.5 3,311.8 -105.9 -0.6% 96.9%
全国シェア 7.9% 7.4% 5.5% 5.3% - - -
均衡省計 9,073.2 9,381.4 11,356.3 11,490.5 2,417.3 12.7% 126.6%
全国シェア 21.1% 20.0% 18.7% 18.5% - - -
出所:『中国統計年鑑』等。

 食糧主産省は、生産量、シェアとも伸ばしているので、問題は無いように見えるが、内実はそうではない。表2は構成メンバーの13省の状況を見たものである。

表2  食糧主産省の生産量推移(単位:万t)
年次 2003年 2015年 15年-03年 左の順位
黒龍江 2,512.3 6,324.0 3,811.7 1
河南 3,569.5 6,067.1 2,497.6 2
内蒙古 1,360.7 2,827.0 1,466.3 3
吉林 2,259.6 3,647.0 1,387.4 4
安徽 2,214.8 3,538.1 1,323.3 5
山東 3,435.5 4,712.7 1,277.2 6
江蘇 2,471.9 3,561.3 1,089.4 7
河北 2,387.8 3,363.8 976.0 8
湖北 1,921.0 2,703.3 782.3 9
江西 1,450.3 2,148.7 698.4 10
湖南 2,442.7 3,002.9 560.2 11
遼寧 1,498.3 2,002.5 504.2 12
四川 3,054.1 3,442.8 388.7 13
出所:『中国統計年鑑』等。

 2003年から2015年の間の増産量トップの黒龍江と最下位の四川とでは同じ食糧主産省の構成メンバーとは思えないほどの差がある状況である。食糧主産省に区分されている省でも、都市化、工業化が進展している省があるので、今後も安定的に食糧を移出できるのは13のうちの5省に過ぎなくなっている一方、遼寧、湖北、四川の3省は既に食糧移入省に転落しているとする報道もなされている。

イ.国家財政による食糧生産支援

 中国も、経済がテークオフしなかった間は農業に対して "収奪"するだけであったが、経済発展に伴って、農業に対する国家財政からの支援が行われるようになっている。その具体的時点は、「多予、少取、放活」、即ち、「農民に多く与え、農民から取るものは少なくし、政策によって農村経済を活性化させる」と言う言葉が最初に使われた2002年1月初頭開催の「中央農村工作会議」とする説、2004年12月の「中央経済工作会議」での胡錦涛総書記の「"2つの趨勢"の重要論断(「農業支持工業、為工業提供積累」から「工業反哺農業、城市支持農村」へと転換)」が行われた時点とする説がある。いずれにしても、「和諧社会」論提起を背景にした"三農"問題解決の一環として、農業に対する財政支援が飛躍的に増大したのは事実である。

(ア)"三農"予算(農業関連予算全体)

 先ず、いわゆる"三農"予算と呼ばれる農業関連予算全体の状況を見てみよう。表3がそのとりまとめ結果である。

表3   "三農"予算額の推移(単位:億元)
年次 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年
予算額 1,905.4 2,144.2 2,626.2 2,975.3 3,517.2 4,318.3 5,955.5
前年増減 - 12.5% 22.5% 13.3% 18.2% 22.8% 37.9%
年次 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 13年/02年
予算額 7,253.1 8,579.7 10,497.7 12,387.0 13,799.0 - 7.24
前年増減 21.8% 18.3% 22.4% 18.0% 11.4% - -
出所:「人民日報」等。 

 2002年から2013年の間に7.24倍に伸びている。この"三農"予算は、毎年全国人民代表大会の開催時には"得意気"に公表されていたが、2014年以降は公表されなくなってしまっている。筆者はWTOで問題になることを危惧したためか?と思っているが、下司の勘繰りかもしれない。

 上記の"三農"予算額は、実は農業、農村、農民に関連する各種の予算額の積み上げである。中身を一部紹介しておくと、表4のようである。

表4  "三農"予算内訳(単位:億元)
  2010年 2011年 2012年 2013年
合計 8,579.7 9,884.5 12,286.6 13,799.0
四項補貼 1,225.9 1,406.0 1,628.0 1,700.6
農業生産 3,427.3 3,938.7 4,724.2 5,426.8
農村社会 3,350.3 3,963.6 5,313.9 6,051.1
農産物備蓄等 576.2 576.2 620.5 620.5
出所:「人民日報」等。

 表4の「四項補貼」(4種類の補助金の意味)が食糧生産農家を含めて、直接農家に供与される補助金である。

(イ)農家への食糧生産補助金

 上記の「四項補貼」は、主として食糧生産を対象にしているものであるが、①食糧作付奨励金、②農業生産資材総合補助金、③優良種子補助金、④農業機械補助金の4種類から構成されている。その補助金額の推移は表5のようである。

表5  農家への直接補助金額(単位:億元)
   項  目 2010年 2011年 2012年 2013年
食糧作付奨励金 151.0 151.0 151.0 151.0
農業生産資材総合補助金 835.0 860.0 1,078.0 1,014.4
優良種子補助金 204.0 220.0 224.0 226.0
農業機械補助金 155.0 175.0 200.0 217.5
合計 1,345.0 1,406.0 1,653.0 1,608.9
出所:「中国農業発展報告2014」等。

 この4種類の補助金も、2014年以降、一括公表という形は無くなっている。ただし、農業部がそのホームページで一部を公表しているが、表5を継続させる程度の数字は公表していないので、本稿では2013年で切ってある。

(ウ)食糧生産大県への助成

 食糧生産の収益性が低いため、行政努力の割りには地方政府にもたらすメリットが大きくないので、地方政府の食糧増産に対する熱意が削がれているのが一般的である。巷間言われるように、GDPの伸び率が地方幹部の出世の指標にされているなら、食糧生産に力を入れるのは、間尺に合わないのである。そこで、食糧生産量の大きな県〔産糧大県〕の食糧生産に対する積極性を発揮させるために、これら食糧生産量の大きな県に対する特別の助成制度が設けられている。この制度は2005年から実施されており、助成額は全国で2011年は225億元、2012年は280億元、2013年は320億元、2014年は351億元に達している。助成額が時系列で整理された資料を探したが、見つからないため、単年の助成額の羅列の紹介でしかない。汗顔の至りである。

(エ)食糧買上げ最低価格制度

 農家の生産意欲を発揮させて、食糧作物の作付面積を増大させ、食糧増産を達成させても、その食糧が販売できなければ「九仞の功を一簣に虧く」ことになる。そのような事態の発生を避けるために設けられているのが、この制度である。具体的には、小麦、米の市場価格が低落した場合、国家の委託を受けた国有食糧企業がこの価格によって市場で無制限に買い上げ、農家の所得を保障するというものである。当初は小麦と米(籾ベース)で始まったが、その後、一部地域産のトウモロコシについても実施されている(注:実施方式は小麦、米とは異なる)。小麦については2007年から時系列で、米とトウモロコシは一部年次の値を紹介すると、表6、表7、表8のようである。

表6  小麦の最低買上げ価格(単位:元/㎏)
生産年 白小麦 紅小麦 混合小麦
2007年 1.44 1.38 1.38
2008年 1.54 1.44 1.44
2009年 1.74 1.66 1.66
2010年 1.80 1.72 1.72
2011年 1.90 1.86 1.86
2012年 2.04 2.04 2.04
2013年 2.24 2.24 2.24
2014年 2.36 2.36 2.36
2015年 2.36 2.36 2.36
15年/07年 163.9% 171.0% 171.0%
出所:「人民日報」等。
表7  米(籾ベース)の最低買上げ価格(単位:元/㎏)
生産年 早稲インディカ 中晩稲インディカ ジャポニカ
2007年 1.40 1.44 1.50
2014年 2.70 2.76 3.10
2015年 2.70 2.76 3.10
15年/07年 192.9% 191.7% 206.7%
出所:「人民日報」等。
表8  トウモロコシの最低買上げ価格(単位:元/㎏)
生産年 内蒙古 遼寧 吉林 黒龍江
2012年 2.14 2.14 2.12 2.10
2013年 2.26 2.26 2.24 2.22
2014年 2.26 2.26 2.24 2.22
2015年 2.00 2.00 2.00 2.00
15年/12年 93.5% 93.5% 94.3% 95.2%
出所:「人民日報」等。

 小麦は、2007年~2015年の間に63.9~71%の引上げ、米(籾ベース)は91.7~106.7%の引上げである。外国産よりかなり高くなっているとされ、これ以上の引上げは困難との意見も出されている。トウモロコシは、過剰から価格が低迷しているため、2015年は引き下げられている。トウモロコシ生産農家にとっては厳しいが、売り先だけは確保できるメリットがある。なお、トウモロコシについては、栽培不適地域の作付面積を2020年までに333万ha減少させる深刻な計画が開始している。

(3)食糧自給率をめぐる議論の展開

ア.政府公称の食糧自給率と実際値の乖離の顕在化

 以上のような中国政府の努力もあって、時には問題が指摘されることはあったが、中国の食糧安全保障に大きな支障は生じることなく、経過してきた。ところが、2013年に入ると、食糧自給率に関する議論が活発になってきた。直接的な契機は、2012年の食糧純輸入量が急増したことである。具体的には、中国政府が「昨年(2012年)も食糧増産を達成し、"9年連続増産"の新記録を樹立した」と喧伝している一方で、食糧純輸入量が急増したのは何故なのか?という議論が提起されたことである。つまり、中国政府の言う通りに食糧が増産しているのなら、膨大な輸入食糧は要らなかったのではないか、という突っ込みである。

 このような突っ込みが出るほどであった2012年の食糧純輸入量の急増状況は表9のようである。穀物合計で前年より約1300万tもの純増となっており、品目別では、米は200万t、小麦は250万t、トウモロコシは330万tもの純増である。これほどの増大が生ずれば、こうした突っ込みが出るのは当然の成り行きであろう。

 食糧純輸入量が増大すれば、上記で述べた1996年の『中国の食糧問題』や2008年の『国家食糧安全中長期計画要綱(2008~2020年)』で政府が公約している95%の自給率は本当に達成されているのかという疑問や指摘は当然沸き上がって来るからである。以下、食糧自給率の現状についての議論になるが、その前に、一つお断りをしておきたいことは、食糧自給率は、本来、「食糧国内消費量÷(食糧国内生産量+食糧純輸入量)」で計算すべきだが、「食糧国内消費量」の正確な把握が難しいため、通常の議論では、「食糧国内生産量÷(食糧国内生産量+食糧純輸入量)」で計算される数値が用いられることであり、本稿でも、この方式で計算される食糧自給率の数値を使うということである。

表9  2012年の中国の穀物貿易(単位:万t)
品目 年次 輸出 輸入 差引
穀物計 2012年 101.6 1,398.3 -1,296.7
  2011年 121.5 544.7 -423.2
  12年/11年 83.6% 256.7% 306.4%
 米 2012年 27.9 236.9 -209.0
  2011年 51.6 59.8 -8.2
  12年/11年 54.1% 396.2% 2548.8%
 小麦 2012年 28.6 370.1 -341.5
  2011年 32.8 125.8 -93.0
  12年/11年 87.2% 294.2% 367.2%
 トウモロコシ 2012年 25.7 520.8 -495.1
  2011年 13.6 175.4 -161.8
  12年/11年 189.0% 296.9% 306.0%
出所:農業部HP。

イ.食糧自給率のダブルスタンダードの存在

 さて、この方式で計算した中国の食糧自給率は、表10のように推移している。

表10  中国の食糧自給率の推移
年次 食糧ベース 穀物ベース
2005年 95.6% 100.9%
2006年 95.1% 100.6%
2007年 95.8% 101.9%
2008年 93.5% 100.1%
2009年 92.4% 99.6%
2010年 90.2% 99.1%
2011年 91.0% 99.2%
2012年 89.2% 97.6%
2013年 88.7% 97.6%
2014年 - 96.7%
出所:『中国統計年鑑』等から計算。

 表10には、「食糧ベース」の数値と「穀物ベース」の数値を併記してあるが、これは中国政府が中国独特の「食糧」概念を使って自給率を出しているためである。「食糧ベース」の数値は、まさに「中国の特色を持った」食糧自給率であり、「穀物ベース」の数値は、国際的に通常用いられている食糧自給率である。二つの食糧自給率の差は、「食糧ベース」の場合は「穀物+豆類+イモ類」で計算され、「穀物ベース」の場合は「穀物」だけで計算されることである。

 事前説明はこれまでにして、2つの食糧自給率の推移を見てみよう。表10に見るように、中国特有の「食糧ベース」の自給率は、2008年には既に「95%」の公約ラインを割り込んでおり、さらに2010年には「90%」の大台も割り込んでしまっている。つまり、中国政府は2008年以降『中国の食糧問題』や『国家食糧安全中長期計画要綱(2008--2020年)』で公約し、標榜した目標を放棄したとも言うべき状況となっているということである。

 他方、「穀物ベース」による食糧自給率は、2012年でもまだ「95%」ラインは保持しており、減少は続けているものの、昨年2104年でも「95%」ラインを保持している状況である。「食糧ベース」の自給率も、「穀物ベース」の自給率も、当初はそれほどの差は無かったにもかかわらず、現状ではこのよう著しい乖離が生ずるに至っている。乖離発生の原因は何か。それは、中国が大豆の大量輸入を開始したことである。「食糧ベース」の自給率を著しく低下させた元凶である大豆の大量輸入の状況は表11のようであるが、輸出量は微々たるものなので、大豆輸入量≒大豆純輸入量と考えてもよいと思われる。

表11 中国の大豆輸入
年次 輸入量・万t
1999年 432.0
2000年 1,041.9
2003年 2,074.1
2005年 2,659.1
2007年 3,082.1
2009年 4,255.2
2010年 5,479.7
2011年 5,264.0
2012年 5,838.5
2013年 6,337.5
2014年 7,139.9
14年/13年 108.5%
出所:『中国統計年鑑』等。

 中国の大豆輸入量がどれほど凄まじいものであるかを感じるために作成したのが表12である。単純にいえば、一人当たり輸入量は中国が日本の2.35倍となっているということである。このような大豆の大量輸入が中国の食糧自給率を実態から乖離させてしまっているのが実情であるが、この大量輸入が急に無くなることは考えられないのが現実である。中国が輸入する大豆の大半を中国内の外資企業が握っている由だからである。そうすると、中国政府はこのような奇形的な大豆輸入を包含したまま現状の「食糧ベース」方式を維持して自給率低下の批判を受け続けるか、元凶の輸入大豆を排除して国際的に使われている「穀物ベース」方式に移行して批判をかわすかの選択に直面することになる。

 単純に考えると、国際的に使われている「穀物ベース」方式に変更した方が良いと思われるが、ことは簡単ではないらしい。中国政府が「食糧ベース」方式の継続にこだわるのは、WTO規約に反した食糧生産補助金を農家に与えるための"口実"にしていると勘繰ることもできるからである。

表12 日中両国の2014年の大豆輸入の比較
項目 単位 日本 中国
大豆輸入量 万t 283 7,140
人口 万人 12,708 136,782
一人当たり 22.3 52.2
出所:『中国統計年鑑』等。

その2へつづく)