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書籍紹介:『日系自動車メーカーの中国戦略』(東洋経済新報社,2015年3月)

書籍イメージ

書籍名:日系自動車メーカーの中国戦略

  • 編著者: 柯隆
  • 出版社: 東洋経済新報社
  • 発行日: 2015年3月刊

 

 

書評:「新常態」と「一帯一路」見据えた論考

岡田充(共同通信 客員論説委員)

 自動車についてはド素人だ。免許もないし運転もできない。書評を依頼された時は「断ろうか」と考えた。しかし読み進むうちに考えを変えた。単なる自動車産業論にとどまらない中国経済論であり、巨大な中国市場に日本企業がどのような投資戦略で臨むかという、普遍性を持つ内容だったからである。

 1990年代から10%程度の高成長を続けてきた中国経済は、ことしは7%前後に減速している。同時に、世界一になった中国の自動車生産とその市場に、ネガティブな影響を及ぼし始めた。第6章で詳述されている生産過剰問題である。メーカー各社の今年の生産能力が5000万台に増える一方、新車の販売予測は前年比7%増の2500万台。2500万台分が過剰で稼働率は5割。雇用減から社会不安を招くことを恐れた中国政府が放置してきたツケだ。

 本書は、静岡県立大学グローバル地域センターの中国自動車産業研究チームによる約2年間の中国自動車産業調査の成果を、7名の研究者がテーマ別に書き分けた。編著者の柯隆氏は「日本の自動車メーカーが中国を離れる選択肢はない。いかにチャイナリスクを管理しながら、中国市場でのシェアを拡大することが重要」とし「中国市場における日系メーカーを含む外国メーカーと地場メーカーとの競争と共存を解明」が目的と書く。各筆者の冷静な筆致は説得力がある。

 中国への大方の関心は、「人権抑圧」の共産党独裁はなぜ維持されているのかという点にあろう。ある中国の社会学者は「政治は前近代、経済は現実、社会はポストモダン」という三層構造が独裁を支えていると分析する。アトム化する一般大衆は、ポストモダン社会に「逃げ込む」ことによって、政治アパシーを装える。一方、経済は「現実」だから、誰もが「経済動物」になれる。海外旅行の爆買いもその一種だ。

 竹内宏氏は、「中国は国ではなく、一つの世界である」と書く。古代から近・現代に至る中国の権力構造から、中央が支配する経済政策と官僚支配の統治機構を分析した序章は、一読に値する。経済は「現実」としても、中国的特殊性がある。柯氏は第2章で「民営企業が差別される枠組みは少なくない」として、国有企業優先を改めねば、成長は持続できないとみた。スズキ(株)社長を務めた津田紘氏とトヨタ自動車の中国子会社の董事長を務める中村信也氏は第5章で、競争熾烈化の中で、日本の部品メーカーにモジュール化と汎用品化を急げと提言。和歌山大学の高瑞紅准教授は第4章で、地場メーカーのリバース・エンジニアリン的開発による技術構築と蓄積によって自主開発に取り組んだ戦略と今後の課題を詳述している。

 中成長時代に入り、産業構造の転換を進めなければならない「新常態」の経済と、過剰生産能力に対応するなら、開発が進んでいない北西部や中央アジア、中東諸国への輸出は欠かせない。習近平国家主席が提唱した海と陸の新たなシルクロード「一帯一路」政策と、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の創設は、過剰になった鉄鋼や車、セメントなどを輸出するグローバル市場の開拓が目的。いずれの論文も直接言及はないが、「新常態」と「一帯一路」を見据えた論考になっている。(了)