書籍紹介:『日中未来遺産―中国・改革開放の中の"草の根"日中開発協力の「記憶」』(日本僑報社、2019年9月)
書籍名:日中未来遺産―中国・改革開放の中の"草の根"日中開発協力の「記憶」(拓殖大学研究叢書)
- 著 者: 岡田 実
- 発 行: 日本僑報社
- ISBN: 978-4-86185-276-3
- 定 価: 1,900円+税
- 頁 数: 160
- 判 型: 四六
- 発行日: 2019年9月2日
書評:『日中未来遺産―中国・改革開放の中の"草の根"日中開発協力の「記憶」』
近藤大博(日本国際情報学会会長)
まず、本書は、タイトルがよい。
中国の改革開放下、「民間ベースでの"草の根"日中開発協力」が行われてきた。本書には、日中両国民間で、それらが正当に評価され、「ある歴史的出来事を記念・顕彰する行為」=「コメモレイション(commemoration)」として認知され、「公共の記憶」として定着するようにと願いがこめられている。それが実現すれば、「日中の未来に向けた『遺産』となり、日中和解プロセスを進展させる基盤となる」との、筆者の信念を、十二分に明示する、そして感受させるタイトルだ。
筆者は、日本人4人の「開発協力」を紹介し、日中の未来を考える。
第一章は、敗戦時、日本人開拓団の5000人余の犠牲者を出した黒竜江省方正県を舞台とする。開拓団の遺骨は、方正県政府により、「日本人公墓」として手厚く葬られている。また、生死の境にいた日本人女性や子ども数千人もが、中国人の家庭に引き取られた。
こうしたコメモレイションの地で、岩手県の農民・藤原長作が、日中友好事業に身をささげた経緯を詳述している。藤原は、古稀の年、1981年を皮切りに、方正県に6回にわたり自費で赴き、無償で寒地水稲乾育栽培技術を伝授し、水稲増産に貢献した。
第二章は、藤原とほぼ同時期に、活動を始めた原正市を取り上げている。原は、北海道農業試験場を定年退職後、1982年から99年までの17年間に、合計49回もの訪中を行い、三市二四省を巡回し、中国全土のコメ増産に寄与した。原は、「洋財神(外国から来て懐を豊かにしてくれた神様)」とまで称賛された。
第三章は、北京市民に大人気のスイカにまつわる。1987年、その年、71歳になった千葉県の森田欣一が、北京蔬菜研究センターに協力し、育種と交配で、大きく、皮が薄く、甘いスイカ作りに成功したのだ。そのスイカは、北京の「京」と欣一の「欣」から、「京欣一号」と命名された。
第四章は、平松守彦が大分県知事時代に提唱した一村一品運動についてである。同運動は、中国で農業政策の綱要に取り入れられ、2010年以降、再度脚光を浴び、新たな展開を見せた。現在も、「一村一品、一郷(県)一業」と推進され、農村観光を含む多様な開発につながっている。
上記4人が、中国で何度となく表彰されていること、藤原や原は、記念碑や胸像まで建立されていることを、本書は紹介している。また、1998年、江沢民主席は、史上初の国家主席として公式訪日した際、北海道に赴き、原、森田など農業関係者に、謝意を込めて面会している。
筆者は、終章にあたる「おわりに」で、「断片化・潜在化されたコメモレイションをいかに『公共の記憶』として再構築するか」が課題だと問題提起し、「よりバランスのとれた新しい日中の『公共の記憶』を醸成していく」ことが肝要だと、熱く説いている。
本書が、日中両国民に、「未来遺産」として、広く共有されることを期待したい。さらには、中国語訳の出版をも期待したい。