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第114回CRCC研究会「第4次産業革命にかかる中国の政策、IT技術・知財動向の現状と未来」(2018年2月16日開催)

「第4次産業革命にかかる中国の政策、IT技術・知財動向の現状と未来」

開催日時:2018年2月16日(金)15:00~17:00

言  語:日本語

会  場:科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師:分部 悠介 氏:IP FORWARDグループ グループ総代表・CEO

講演資料:「 第4次産業革命にかかる中国の政策、IT技術、知 財動向の現状と未来」( PDFファイル 3.16MB )

講演詳報:「 第114回CRCC研究会講演詳報」( PDFファイル 5.20MB )

生活行動も急激に変化 中国の産業動向を分部悠介氏詳述

 路上の物乞いまで電子決済で施しを求めるなどICT(情報通信技術)が社会の隅々にまで普及している中国の最新状況が、2月16日に都内で開かれた科学技術振興機構(JST)中国総合研究交流センター主催の研究会で講師の分部悠介IP FORWARDグループ総代表・CEOから詳しく紹介された。氏は、多くの政策目標を次々に打ち出すなど政府が新しい産業革命の推進に大きな役割を果たし、IT企業も積極的に新規製品・事業の創出に挑んでいる実例を列挙、今後の対応として日中両国がそれぞれ優位な分野を認め合い、適切な合作関係を促進することを提言した。

 分部氏は、弁護士として活動する傍ら、経済産業省模倣品対策・通商室に出向し、中国をはじめアジア、中近東諸国政府と知的財産権法制度に関する協議や、知的財産権を侵害された日本企業の相談に応じた経験を持つ。その後も、上海を拠点に中国で知的財産権に関わる問題を抱える日本企業に対する支援業務を10年間続けてきた。自ら創設したIP FORWARDグループは、専門コンサルティング・調査会社と弁護士・弁理士事務所を持ち、中国だけでなく周辺の東南アジア諸国に進出する日本企業の支援にも当たっている。

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2049年までに「世界の製造大国」

 IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、AI(人工知能)、ロボットをコア技術とする第4次産業革命は、中国だけでなく世界各国が官民挙げて取り組む課題となっている。中国政府は2011年に「中国製造2025」を発表し、2049年の建国100周年までに「世界の製造大国」の地位を築く戦略を打ち出した。もう一つの重要政策として分部氏が紹介したのは、同時に発表された「インターネット・プラス」。電子商取引、工業インターネット、インターネット金融などの発展を促進し、国際市場の開拓・拡大へとインターネット企業を導くことを目標としている。

 電子商取引などこれらの産業分野は、モバイルインターネット、クラウドコンピューター、IoTなどと製造業との結合により急成長が可能という特徴を持つ。分部氏はネットユーザー数と携帯端末のネットユーザー数が年々増加しているグラフを示し、2016年には、中国のインターネットユーザーの95%以上がモバイル使用者(携帯端末ユーザー)となっている現状を注視するよう促した。

 これら二つの重要政策を実践するために、143の企業・団体を創立メンバーとする「工業インターネット産業連盟」が2015年につくられた。創立メンバーには、華為(ファーウェイ)、海爾(ハイアール)、阿里巴巴(アリババ)など世界的にも有名な企業が含まれている。同じ年に工業情報化部が発表した「インターネット・プラス行動計画」は、2018年までに製造業のデジタル化・ネットワーク化・スマート化の水準を大幅に引き上げるために、スマート製造育成・普及や新型生産モデルの育成行動が盛り込まれている。

 こうした官民一体となった推進活動の結果として、2016年の中国ビッグデータ市場規模は、前年に比べ45%増の168億元。2017年以降の成長率も30%以上を維持し、2020年には578億元に達すると見込まれている。ロボット市場規模は、過去5年間で平均年28%の成長を維持し、2017年には約63億ドルに増えた。IoT市場規模も2019年に約37兆元と見込まれるなど、ビッグデータ、ロボット、IoT、AIの市場規模が軒並み急拡大している。分部氏は、上海にロボットが客に対応するレストランが登場している現実など具体例を紹介し、「製造分野でも今や、日本は中国に追い立てられている状況にある」と指摘した。

研究開発でも大国化が基盤に

 製造大国への道を進む中国の原動力と、裏付けとなるデータとして、分部氏は研究開発費の支出と特許の出願数にみられる知財戦略の変化について触れた。中国は「国家中長期科学技術計画」で、研究開発支出額を国内総生産(GDP)の伸びより高くすることを明記している。すでに2014年、28カ国からなる欧州連合(EU)の総額を追い越し、現在米国に次ぐ支出額を誇る。研究開発資金の7割を企業の研究開発支出が占めており、これは特許出願数の急増という目に見える形となっている。

 研究開発費と特許出願数の増加についても氏は具体的数字を列挙し、IT企業が特許出願数でも上位に並んでいることを強調した。2016年実績で中国の特許出願件数は約133万9,000。米国の2倍以上、日本の3倍以上という多さだ。企業別でみると1位が華為、以下3位に楽視、4位に中興通訊(ZTE)、5位に広東欧珀移動通信(OPPO)と上位をIT企業がほぼ占めている。

 特許出願では、特許協力条約(PCT)に則った国際出願(PCT出願)が、まだ米国、日本より少ない。ただし、年々、その差は縮まっている。「PCT出願数も今後伸びていくことが十分予想される」と分部氏は見ている。さらに特許出願を積極的に進める中で、知財保護も自国の先端企業の権利を保護することを目的にしたものに変わりつつあることを、氏は強調した。

新たな事業創出にどん欲なIT企業

 実際に中国のIT企業がどのような製品・事業を創出・拡大しているのか。具体例が次々に紹介された。家電メーカーの海爾(ハイアール)は、2016年瀋陽の工場に「スマート・インタラクティブ製造プラットフォーム」と呼ばれる方式を導入し、いち早く工場の姿を一変させた。ロボットを導入し、消費者と生産ラインを連結する仕組みを構築することで、消費者は自宅からインターネットを使い、自分の好みに合った専用の冷蔵庫を注文するといった商品購入が可能になっている。

 スマートフォンメーカーとして急成長した小米科技(シャオミ)は、広東欧珀移動通信(OPPO)に追い上げられ、今はIoTスマート家電に力を注いでいる。同社の空気清浄機は、自動的に天気情報をキャッチし、それに応じた運転をする機能を持つ。「日本で開発された技術にITを組み合わせて新しい製品を作り出している」と分部氏は、同社の戦略を評した。

 阿里巴巴(アリババ)が開店した無人スーパーは、店員がいないこと、入り口にモバイル決済システム、出口に商品自動識別システムが設置されていることを除くと、通常のスーパーと変わるところはほとんどない。しかし、客が商品を盗んでも、入り口のモバイル決済システムに記載され、自動的に代金が引かれる仕組みになっている。同社は、2015年に自動車メーカー大手の上海汽車(SAIC)集団と共同出資の「インターネット・カー・ファンド」を設立し、早くも2016年7月に「インターネットカーRX5」を発表した。瞬時に正確な位置情報が取得できる地図や、走行中に360度の自撮りができる4台のアクションカメラ機能が搭載されている。2017年に10~14万元の価格で24万台が販売された。減税など政府の優遇政策が後押ししている。

 騰訊(テンセント)は、 江蘇省政府と共同で人工知能診断システムを導入した。病院を訪れた患者の症状を初歩診断し、検査結果を分析して医師に報告、さらに医師の最終診断結果についての評価も行う。また、診断を受けた患者がその後、自宅から連絡した場合、初歩的な相談にも乗れるという人工知能機能を持つシステムだ。このほかにも通信コミュニケーションツール「QQ」、無料インスタントメッセンジャーアプリ「微信(WeChat)」など、同社が提供するネットサービスは多岐にわたり、さらに拡大を続けるとみられる。

 阿里巴巴(アリババ)、騰訊(テンセント)とともに、電子商取引の三大企業の1社である百度(Baidu)は、中国最大の中国語検索エンジン運用企業。多数の検索チャンネルを持つほか、音声識別、AR(拡張現実)技術、自己学習などさまざまなAIサービスを提供している。これら電子商取引三大企業(3社の頭文字をとってBATと呼ばれる)は、いずれも積極的なAI投資戦略を持ち、いろいろなところにBATの資本が入り込んでいる現状も分部氏は詳しく紹介した。

物乞いもモバイル決済

 IT企業が引っ張る中国の第4次産業革命化の動きの中で、中国人の身近な生活様式を激変させているのが、モバイル決済といえる。中国国内のモバイル決済利用者は、2016年12月時点で4億6,900万人に達した。モバイルネットユーザーの3人に2人はモバイル決済を利用している。2015年の第四四半期から2016年の第四四半期間のモバイル決済の市場取引規模は12兆8,000億元に上る。

 分部氏の話で研究会の参加者たちの笑いを誘ったのが、物乞いの人たちまでモバイル決済で施しを受領している現実だった。氏が示した写真には路上に座っている物乞いのわきに、QRコードを拡大したコピーが張り出されている。現金だけでなく、スマホでの施しも受け取ります、というわけだ。氏はモバイル決済が生活に大きな影響を与えている例として、利用者の信用度合いをポイントで表す「与信管理」というサービスについても紹介した。利用者のモバイル決済記録から分かる買い物・金融商品の利用状況や公共料金の支払い状況といった行動のほかに、学歴、勤務先、資産、人脈といった評価項目を採点し、ポイントで表示する。ポイントが示す信用度の高さによって、レンタルサイクルやレンタカーが預り金なしに利用可能になったり、アパート賃貸時の保証金の減免、空港ラウンジが利用できるといった恩典が受けられる。

 こうした中国の急速な変化を紹介した後、分部氏が強調したのは、中国の現状を直視して、正確に理解、認識することの重要性。「日中それぞれの優位性のある分野を認識して、適切な合作関係を促進する。そのために日本企業は現地化を促進して、うまく中国に溶け込んでいく」ことを氏は提言した。

中国総合研究交流センター 小岩井忠道

 

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(写真 CRCC編集部)

分部悠介

分部 悠介(わけべ ゆうすけ)氏:
IP FORWARDグループ グループ総代表・CEO

略歴

日本国弁護士(登録番号:31050)・弁理士(登録番号:19385)
東京大学在学中1999年司法試験合格、2000年同大学経済学部卒業。
03年弁護士登録。同年、日本最大級の総合企業法務弁護士事務所の長島・大野・常松法律事務所に入所し、企業法務、知財法務全般に関与。
06年から09年まで、経済産業省模倣品対策・通商室に出向し、初代模倣対策専門官弁護士として、中国、インド、東南アジア、中近東諸国の知的財産権法制度の調査・分析、関係各国政府との協議、権 利者企業からの知的財産権侵害被害に係る相談対応などを担当。
09年に渡中後、知財専門の弁護士事務所での勤務を経て、IP FORWARDグループを創設し、知的財産権取引・保護を中心にサポート。