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第120回CRCC研究会「中国におけるM&A最新事情~日系企業の再編・撤退関連実務を中心に~」(2018年9月21日開催)

「中国におけるM&A最新事情~日系企業の再編・撤退関連実務を中心に~」

開催日時: 2018年9月21日(金)15:00~17:00

言  語: 日本語

会  場: 科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師: 劉 新宇 氏(北京市金杜法律事務所(King & Wood Mallesons)パートナー弁護士)

講演資料:
中国におけるM&A最新事情~日系企業の再編・撤退関連実務を中心に~」( PDFファイル 1.76MB )

講演詳報:「 第120回CRCC研究会講演詳報」( PDFファイル 4.36MB )

外資受け入れ規制緩和進む 劉新宇氏が中国の現状詳述

小岩井忠道(中国総合研究・さくらサイエンスセンター)

 長年にわたり日系企業の中国進出・撤退に絡む数多くの案件にかかわってきた劉新宇氏(金杜法律事務所パートナー弁護士)が9月21日、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター主催の研究会で講演し、外資の受け入れに関わる最近の中国政府の対応と、日本の企業が中国での事業展開にあたり注意すべきことについて、数々の具体例を挙げて詳しく紹介した。

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 劉氏が所属する金杜法律事務所は北京に本部を設け、世界に27カ所の拠点を持つ。抱える弁護士などの専門家は2,800人。スタッフを入れて総勢4,400人という総合的な実力の高い中国の大手法律事務所だ。劉氏は、英国の法曹評価機関「チェンバーズパートナーズ」から2016年、「中国-企業M&A-日本業務専門家」と「日本-企業M&A-中国法専門家」に中国で唯一選ばれている。

増える日本企業からの前向きの相談

 劉氏はまず、中国進出を目指す、または既に中国において事業展開中の日本企業からの新規相談、それも新たな展開を図る前向きな相談が増えている最近の状況を紹介した。金杜法律事務所には、日本語で仕事をしているスタッフが弁護士を中心に80人ほどいる。このチームが扱う案件は年数百件に上るが、前向きな案件は2012年から減少する傾向にあり、少ないとき年20~30件のみ。ところが昨年以来増加の傾向にあり、年間60~70件に上るという。劉氏はこうした変化の理由として、2016年に始まった外資参入の許認可制から届出制への規制緩和政策に加え、日中関係の変化、中国の経済力の向上などを挙げた。

 従来、外国からの投資にあたっては、商務主管部門に外商直接投資の審査認可申請を提出し許認可を得た後、さらに工商行政管理部門で登録を行うという数段階の手順を踏む必要があった。1979年に改革開放政策がスタートして以来続いていたこうした政策が2016年から緩和され、ネガティブリスト(注)に載っているものは投資制限を受けるが、それ以外は工商行政管理部門で登記すれば会社設立が可能になった。

 (注:「外商投資参入特別管理措置」。2018年7月28日施行の2018年版によると、参入制限項目を63条から48条に減らし、22分野で対外開放措置を打ち出している。「2018年は業務用車両、新エネルギー自動車製造の外資出資比率の制限を撤廃。20年は商用車、22年は乗用車の外資出資比率の制限を撤廃」。「送電網の建設・経営は中国企業が主導すべきとの制限を撤廃」。「鉄道旅客運輸企業は中国企業が主導すべきとの制限を撤廃」。「18年に証券会社、証券ファンドは外国企業が中国で設立する企業の51%を超える株式を取得してはならないとの規制へと変更する。21年には外資出資比率を自由化」といった内容が盛り込まれている。)

 特に難しいと言われていた外国企業による中国企業の買収はどうか。緩和政策が始まった2016年の時点では、買収に関しては緩和政策の対象外だった。現在は、ネガティブリストに載っていなければ、新規投資と同様に許認可手続きは不要となっている。企業の設立と変更にはさまざまな手続きがあり、多くの資料が必要だった。劉氏は緩和政策前の自身の経験をこのように語り、変化の大きさを強調した。現在は「会社名称を仮登録し、工商行政管理部門における登記と同時に、商務部門のシステムで届出をオンラインで申請すれば終わり」という。

 さらに地方によっては、外資系企業を優遇する動きがあることを劉氏は指摘した。例えば法人税(企業所得税)の一部が中央政府から地方政府に還付される。これを地方政府が外資系企業の優遇策に間接的に使うというやり方だ。ただし、この方法の是非については中国国内で議論が続いており、今後の推移を注視する必要がある、と劉氏は注意喚起している。

外資系企業の再編・撤退を促す状況変化も

 一方、外資系企業が再編や撤退を余儀なくされる中国の状況変化もある。最も大きな変化は従業員の賃金だ。劉氏が資料として示した日本貿易振興機構(JETRO)の表によると、在中国日系企業に対して経営上の問題点を尋ねた結果、従業員の賃金上昇を挙げた企業が75%以上と最も多かった。具体例として劉氏が紹介したのは、氏が中国政府旧労働部に勤めていた1995年から知る広東省のライター工場。1個1元のライターを製造していた工場従業員の給与は1995年当時、30歳くらいで一月約500元だった。昨年、同種の工場は、1個1元という同じ金額のライターを生産していたが、従業員の給与は月4,000~6,000元と9~12倍に増えていた。こうした将来性に期待できない業界も一部、存在するとしつつ、劉氏は某地域でこの1,2年間に続いた外資系企業工場の撤退例を示した。

 この一地域だけでも、解雇を伴う撤退が続いた理由は何か。劉氏は、新規投入もあれば、再編もあり、撤退もあるというのが市場の正常な姿であるとして、現状に肯定的な見方を示した。撤退が続いたというのも「中国社会の将来の姿を先取りしている」というわけだ。2006年に日本企業からの依頼で中国内陸部の某日系企業を撤退させようとしたときに、中国政府が企業側の要求どおりには認めなかった事例を紹介し、現在の中国政府の対応との違いを紹介した。「政府が誘致したものをなぜ撤退するのか」というのが、その時の現地政府担当者の主張。現在は、同じようなケースでも、よほどの事情がない限り、中国政府が「ノー」ということはない。こうした変化を劉氏は「中国が2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟したことに伴う好ましい対応」と評価した。

 中国が重要な転換期にあると見る劉氏は、新しい現象としては中国企業の対日投資も増えていることを紹介した。新聞報道もされた日本大手電器メーカーのテレビ事業部門を中国企業が買収した案件も劉氏の事務所が扱った。劉氏の所属する金杜法律事務所の仕事は外国企業の代理作業が、10年前には9割くらいを占めていた。しかし、中国の巨大な国営企業と大手民間企業の仕事が増え、成長力のあるクライアントは今や中国企業だ。中国の弁護士費用は、10年前の数倍程度に上昇している。日本語のできる弁護士であれば日本企業をターゲットに中国企業の投資案件の代理作業を受けられるという時代になっている、と劉氏は中国で弁護士が活躍できる余地が拡大している現況を明らかにした。

解散・清算手続きでは従業員問題に要注意

 中国の変化が激しいことで一筋縄でいかない問題が起きている事例として、劉氏は従業員に関する問題を、数々の事例を挙げて紹介した。一部の地域、業界では優秀な人材の確保が難しくなっている現状を裏付ける次のような例を紹介している。劉氏の弁護士事務所の採用人員は北京だけでも毎年約40人。応募者は約800人というから有能な人材の確保には困らない。ところが、広東省で日系企業が新工場を立ち上げるとしたらどうか。600人の採用枠に応募者は200人くらいしかこない。地域、業界によって人材確報の難易度にこうした差が顕著になっている現実が、日系企業が再編・撤退を試みる際に、大きく関係してくる。労働問題を解決しやすいかどうかということだ。

 例えば、経済状況がよく仕事が探しやすい江蘇省でも、労働争議が増えている。最近、新聞に掲載された日系某電機メーカーの件では、写真を見るところ警察が参加するほどの従業員からの反発があった。経済補償金つまり退職金などの条件は割と良いのになぜか。昔は、会社都合による退職の場合は経済保償金(退職金)の金額が上がるという実態があった。今の時代は、企業は法定の金額だけを支払い、2倍、3倍の経済補償金などとんでもないと考えがちである。しかし、労働者はとにかく自分の利益を求めるようになっている。法律上は根拠のない要求が殺到するという時代だ。

 ある米国企業の場合、出資持分を台湾系企業に売却したことが、労働争議に発展した。出資持分譲渡は親会社の株主の譲渡なので、企業にしてみると従業員には関係ない。米国法人の株を台湾系企業に売却しただけだからだ。しかし、中国現地の従業員は、現地の中国企業に会社が変わるのだから退職金を払え、と要求する。売却先が信用できない相手である場合、退職金もなく追い出されることを従業員は心配するのだ。結局、従業員にひとまず退職金を支払い、従来通りに新規で再雇用となった。こうした事例に見られるとおり、人事管理の難しさがある。

 ある日系繊維メーカーのケースでは、撤退のため希望退職を募ったところ、女性従業員の8割ほどが猛反発、日本人の総経理や会計士、さらには中国人弁護士を軟禁状態にし、激しい騒動になった。

 こうした従業員に関わる問題を紹介した上で、劉氏は次のようにアドバイスした。以前の許認可制のもとで、政府から会社解散の許認可を取得した後に、従業員に公開して、一斉解雇としたほうがらく。そうでないと、事前に従業員を削減することに反対意見が出て、騒動まで発展し、結局解散の許可が時間通り下りないことも起こりうる。しかし、こうしたやり方が常に成功するというわけではない。最近では、広東省のある企業が批判を浴びた。従業員への公開の前にあらかじめ労働組合の意見を聴取するなどの行動をとらないまま、政府の許可を取り、解散宣言を行ったためである。法律上は問題がないとしても問題視され、日本の新聞でも報道された。全て準備万端でスタートするというやり方が良い場合がある一方、批判を受けて大きなトラブルになるケースもある。どちらの方が良いかは、ケースバイケースで判断するほかない、というのが劉氏の助言だった。

 質疑応答では具体的事例を多数挙げての講演に対し、会場からも具体的な質問が相次いだ。企業と企業内の共産党支部との関係に対する質問に対し、劉氏は、共産党は企業に対して共産党の支部を企業内に作ることを義務付けていない、と答えた。一方、再編・撤退という場面では、企業内の共産党支部が社会や共産党政権の安定のために反発する従業員に対して、説得役に回るというケースもあることも紹介した。

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(写真 CRCC編集部)

徐静波

劉 新宇(りゅう しんう)氏:
北京市金杜法律事務所(King & Wood Mallesons)パートナー弁護士

略歴

北京市金杜法律事務所(King & Wood Mallesons)パートナー弁護士、中国政法大学大学院特任教授。仲裁人等としても活躍。得意分野は、再編を含む企業M&A、会社法務、労働人事、国際貿易・商事仲裁で、最近では独占禁止法、反商業賄賂、税関・外貨管理及び紛争解決にも注力。多くの日中団体、多国籍企業の法律顧問を務める。
上海復旦大学法学部卒業、早稲田大学大学院法学研究科修士(民法)。卒業後、中華人民共和国労働省に入省、同省直轄の国際経済合作公司に勤務(総務副部長、法務部長を歴任)、1 995年北京莫少平法律事務所に入所、2001年から丸紅株式会社法務部にて中国法顧問を務め、2005年2月に金杜法律事務所に入所、現在、コーポレート業務担当のパートナー弁護士。金 杜法律事務所理事会の責任者(理事長)をも務める。
中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)仲裁人、一般社団法人日本商事仲裁協会(JCA)仲裁人、中国政法大学大学院特任教授、中国人民大学法学院税関・外為法研究所所長、中 日民商法研究会副会長、中国社会科学院法学研究所私法研究センター研究員、中国太平洋経済合作全国委員会人力資源開発委員会委員、早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員、中 華全国弁護士協会国際業務委員、国家外貨管理局法律顧問。
2016年、世界的な法曹評価機関たる英国の「チェンバース・パートナーズ」により、「中国-企業M&A-日本業務専門家」及び「日本-企業M&A-中国法専門家」(中国で唯一)に 選出された。

主要著書

  • 「対外経済貿易実用法律手引」(法律出版社、中国語、共著)
  • 「中国赴任者のための法務相談事例集」(商事法務、日本語、監修)
  • 「チェンジング・チャイナの人的資源管理」 (白桃書房、日本語、共著)
  • 「事例でわかる国際企業法務入門」(中央経済社、日本語、共著)
  • 「中国進出企業 再編・撤退の実務」(商事法務、日本語、編著)
  • 「企業M&A独禁法審査制度の理論と実践」(法律出版社、中国語、共著)
  • 「中国商業賄賂規制コンプライアンスの実務」(商事法務、日本語、監修)

論文(近年の代表的な日本語文献)

  • 「中国の行政機関の調査に関する外資系企業の対応―独禁法違反、商業賄賂を例にして」(JC ECONOMIC JOURNAL 2015年12月号)
  • 「『新常態』下における中国ビジネスの新動向―法的リスクマネジメントの観点から」(監査役、2016年5月号)
  • 「営業秘密保護に関する中国の法制度と最新実務(上)、(下)」(NBL 2016年9月、11月)
  • 「中国外資参入法制度をめぐる重大な改革」(JCAジャーナル、2016年10月号)
  • 「転換期の中国における法的リスクへの対応」(グローバル経営、2016年10月号)
  • 「中国における事業者結合申告懈怠の処罰」(JC ECONOMIC JOURNAL、2016年12月号)
  • 「厳格化する中国税関調査と頻発事例~日本企業として急ぐべき対応策」(JMC JOURNAL、2017年5月号)
  • 「情報化社会における企業による個人情報取扱いの最新動向と注意点」(JC ECONOMIC JOURNAL、2017年12月号)
  • 「外国人就労に多大な影響をもたらす中国の新制度―その概要と留意点」(グローバル経営、2017年12月号)
  • 「中国における商業賄賂の立法及び法執行の新動向-不正競争防止法の改正をはじめとする商業賄賂規制の留意点」(監査役、2018年6月号)