第82回CRCC研究会「中国環境保護法の改正と法執行への影響」/講師:汪 劲、北川 秀樹(2015年 3月12日開催)
「中国環境保護法の改正と法執行への影響」
開催日時・場所
2015年 3月12日(木)15:00-17:00
独立行政法人科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール
講演資料 「 2014年中国改正『環境保護法』の制定 及び法執行への影響」( 2.44MB )
講演詳報 「 第82回CRCC研究会 詳報」( 1.80 MB )
環境問題解決のためには体制改革と司法整備が必要
石川 晶(中国総合研究交流センター フェロー)
中国の環境保護法などの制定・改正、また環境保護関連の調査研究に長年従事してきた北京大学法学院教授の汪勁氏が、科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催の研究会で講演し、これまでの環境法制定までの経緯や環境問題の解決のために何が必要となるのかを解説した。
汪氏は1988年から99年まで、さらに2011年から14年まで環境保護法の改正に携わってきた。いわば「内側」を知り尽くしている立場にある。
汪氏によると、今回の改正環境保護法が正式に公布されるまで、4回の審議を経たことに対し「記録的」とも揶揄された。しかしこれは、公布に至るまでに立ちはだかった困難がいかに多大であったかの証左とも言えよう。
改正の議論がはじまった当初、すでに27にのぼる環境、資源、エネルギー関連の法令があり、これらを日本の環境基本法のように基本法へ昇格させようという機運が盛り上がった。しかし、中央省庁、特に政治・経済の部門からは反対意見が相次いだ。改正法が立派なものであっても、それを執行する体制が整っていないため実施が難しいというのがその理由だ。
これに対し環境保護部は、改正を支持していた。これにより環境保護法が総合性を有し、国家の基本政策の決定に大きく寄与するからである。また個別法では環境保護部には、断片的な権限しかなく、政策実行の上で支障をきたすおそれがあった。
新しい環境法をつくるための議論が盛り上がった背景には、次のような理由が挙げられる。①2008年の北京オリンピック開催中にBBCの記者が測定したところ、WHOの定める基準を大幅に上回っていた。 ②北京のアメリカ大使館にPM2.5の計測装置を設置し、その測定数値について米中両国のメディアが報道合戦を繰り広げた。 ③中国共産党が「生態文明」という政策草案を発表し、より環境に配慮した社会の構築を目指した。 ④第11期全人代における法律提案で環境関連法案が圧倒的多かった・・・。
第11期全人代では多くの環境関連の議論がなされたものの、環境問題については抜本的な改善はなかった。汪氏はこの問題について3つの原因を挙げた。①地方政府がGDP至上主義の影響により環境行政に不当に関与 ②環境保護の部門に与えられた職責と権限がアンバランス ③罰則が厳しくなく司法の救済が不十分であった。
2012年8月にようやく環境保護法は提出され、パブリックコメントを求めた。すると13000件ものコメントが寄せられ、それだけ関心が高いことが証明された形となった。この後も環境保護派と産業派との意見の応酬があり、結局2013年1月の審議には提出されなかった。
しかし2013年3月から、新しい全人代の環境資源委員会のメンバーが選出され、大気汚染の深刻化もあって全面的な法案の修正が方向付けられた。そして2014年、環境保護法がついに可決された。
最も大きい変更点は環境責任に対する強化であると汪氏は述べた。環境保護部は汚染物質を排出する企業に対し、工場の閉鎖、押収、生産の抑制・停止措置が取れるようになった。また企業だけでなく、地方政府・行政の責任に対しても追求できるようになった。
日本にはない政策としては、企業の違反日数により罰金が上乗せされ、その上限が設けられていない点が挙げられる。また罰金だけでなく行政拘留といった拘束もできるようになり、非常に厳しい内容となった。
非常に革新的とも言える今回の改正法だが、司法体制が未だ改革の途上にあり、十分機能しない可能性がある。この問題に対し汪氏は特に環境裁判所が400以上も設立されたが、裁判担当者の専門的知識が追い付いていない現実に問題があると強調した。
そして中国固有の問題として、環境保護部署が環境被害に関する訴えを「門前払い」するような事案が多発しており、その職責に対する罰則に対し大きな反響があったことに汪氏は言及した。また大きな環境被害が発生し、それが環境訴訟にまで発展するような事態が起きれば、環境部署のトップが責任を追及されることが多いため、最近辞職率が高くなっているという。
汪氏の講演後、龍谷大学政策学部教授の北川秀樹氏のコメントがあった。北川氏から見ても、今回の改正法は非常に素晴らしいが、法の執行については地方政府に対する不安があるという。やはり地方での評価はGDPが優先されがちである点に問題があると北川氏は見ている。また公衆参加とNGOの関係にも着目している北川氏は、政治的に制限がある中で彼らの意見がどのように反映されるかがポイントであるとも述べた。
ここ数年で中国の多くの都市で環境問題が深刻化してきているが、中国政府もようやく本腰を入れて解決すべきであるという意思を明確にした。今後の改善が必要な部分は少なくないものの、まずは基本的な法整備が一段落し、実際の運用が期待される。
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汪 劲(ワン ジン)氏:
北京大学資源・エネルギー・環境法研究センター 教授
略歴
1983年 武漢医学院 医学部卒業
1991年 武漢大学 法学修士
1995年1月~3月
スウェーデンUppsala Universitetに滞在、ヨーロッパー環境法について研究
1996年9月~1997年8月 日本法政大学に交換留学
1997年 北京大学法学 博士学位取得
研究活動
1996年より、「環境保護法(試行)(1979年施行)」の改正作業に係わって以来、中国のほぼすべての環境保護関連法令(政省令)の起草、検証、改正作業に関与。現在、「原子力法草案」、「 核安全法草案」、「土壌汚染防止法草案」、「生態補償条例(省令相当)草案」、「環境モニタリングに関する管理条例草案(省令)」、「改定建設プロジェクト環境保護管理条例(省令)草案」な どの環境保護関連法令の立法作業に参加。
北川 秀樹氏: 龍谷大学政策学部教授、
NPO法人・環境保全ネットワーク京都代表、
博士(国際公共政策・大阪大学)
専門は環境法政策。1979年京都大学法学部卒業後、京都府庁勤務、地球環境対策推進室長を最後に12年前に研究者に転身。日本と中国の環境法政策と環境ガバナンスの研究に取り組んでいる。編著書『 中国の環境法政策とガバナンス(2011)』など。