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第94回CRCC研究会「長期化する環境汚染、顕在化する健康リスク―政策・社会対応の動向」/講師:大塚 健司(2016年5月18日開催)

「長期化する環境汚染、顕在化する健康リスク―政策・社会対応の動向」

開催日時: 2016年5月18日(木)15:00-17:00

会  場:
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホール

講  師:
大塚 健司 日本貿易振興機構アジア経済研究所(IDE-JETRO)、
新領域研究センター環境・資源研究グループ長

講演資料:
長期化する環境汚染、顕在化する健康リスク―政策・社 会対応の動向」( PDFファイル 2.63MB )

講演詳報: 「 第94回CRCC研究会 詳報」( PDFファイル 3.09MB )

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住民パワーと環境政策になお隔たり

中国総合研究交流センター

 日本貿易振興機構アジア経済研究所新領域研究センター環境・資源研究グループ長の大塚健司氏が5月18日、東京都千代田区の科学技術振興機構(JST)東京本部別館1Fホールで開かれたJST中国総合研究交流センター(CRCC)主催の第94回研究会で「長期化する環境汚染、顕在化する健康リスク―政策・社会対応の動向」と題して講演した。

 大塚氏は、まず「中国は非常に広くて深く、20年やってもなかなか分からない」と1993年以来,関わっている中国の環境問題の複雑さを表現した。最近、中国中央テレビ局の元記者による自費制作のドキュメンタリーが、わずか数日間のうちにインターネット上で2億回も再生された、と日本でも大きく報道された。大気汚染による自分自身や自分の子供の健康影響を切々と訴えて衝撃を与えたこの出来事に加えて、大塚氏は最近、住民たちが立ち上がった例を紹介した。常州外国語学校で起きた土壌汚染に伴う生徒たちの健康被害事件だ。もともとあった三つの農薬工場が有毒な化学物質を埋めたのではないかと疑われている。2,451人の生徒のうち、493人がリンパ腫や白血病など何らかの病気にかかっていることに怒った親たちが学校近くでデモをする事態になった結果、環境保護部をはじめとする政府部門が調査を始めている、という。

 さらに、水質汚染が深刻な淮河流域の水汚染地域でさまざまな取り組みをしてきた親子3人の小さな団体が紹介された。はじめは水汚染被害の深刻な状況を写真に撮り、各地で展示するといった普及活動をしているうちに、医薬品を配ったり井戸水の浄化に取り組んだりするようになった。中本信忠信州大学名誉教授が提唱した生物浄化装置を改良したものを使い、汚染された井戸水を浄化して村民に飲み水として提供する活動も行っている様子が、紹介された。この浄化装置は、コンクリートの水槽に砂利を入れ、砂利の上の方で繁殖した微生物が汚染物質を浄化するという簡単な仕組みだ。

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 大塚氏によると、健康に影響を与えるような環境問題は1970年代から分かっていたが、その健康リスクについて国民が声をあげられるようになったのは最近の話。政策課題となり、研究者も公表された資料を集め、関係者にインタビューすることができるようになった。健康リスクといった観点から中国の環境政策を見直そうという作業が始まったのもここ数年のことという。世界保健機構(WHO)が最近公表した世界各都市のPM2.5の濃度比較データも大きな影響を与えた。ワースト20の中に中国の都市が四つ入っていた。全て河北省の都市だ。

 2013年4月に北京で行われた大きな国際会議「China and the Global Garden of Disease」で、中国の疾病負担リスクが公表されたが、1位は食生活にかかわる肥満、2番目が高血圧、3番目が喫煙で、4番目に大気環境汚染が入っていた。同じ年に、WHOの国際がん研究機関が、大気環境汚染、特にPM2.5を含むような粒子状物質に発がん性が確実にあると公表した。こうした知識を得たことによる人々の健康に対する意識の高まりが環境汚染の意識の高まりにつながっている、というのが大塚氏の見方だ。

 中国政府が大気汚染防治法を改正し、第13次五か年計画の中でPM2.5の基準を未達成の都市の濃度を低減させるという指標を入れるなど、対策を進めている。各都市における大気汚染対策を業績評価したり、石炭の過剰生産能力を削減し、石炭の消費削減のため汚染型産業の構造改革をしようとするなど対策が多岐にわたることも紹介された。

 常州の外国語学校の事件にみるよう住民パワーは侮れない。政府がしっかりやっていないからNGOがやらざるを得ない面がある。ただ、構造を変えるような力になるかというと、非常に難しいのが現状。また、政府の対策も、制度はできたもののそれを動かすための人とお金がついていない実態もある。あちこち見ていると、現場とのギャップがあることが分かる...。大塚氏は住民パワーが政府を動かすという単純なメカニズムでは政策が進まない中国の環境対策の現実を、さまざまな例を挙げて紹介した。

(文・写真 CRCC編集部)

大塚健司

大塚 健司(おおつか けんじ)氏:
日本貿易振興機構アジア経済研究所(IDE-JETRO)
新領域研究センター環境・資源研究グループ長

略歴

1992年筑波大学大学院修士課程環境科学研究科修了。同年社団法人システム科学研究所勤務。1993年アジア経済研究所入所、1 997年から99年アジア経済研究所海外派遣員として北京大学環境科学センター(持続発展研究センター)にて客員研究員、2009年より主任研究員、2015年より現職。著書に『アジアの生態危機と持続可能性―フ ィールドからのサステイナビリティ論』『中国の水環境保全とガバナンス―太湖流域における制度構築に向けて』(いずれも編著、アジア経済研究所)、『中国環境ハンドブック2011-2012年版』(共編著、蒼 蒼社)など。