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第4回中国研究サロン「中国は脅威か」/講師:天児 慧(2013年10月23日開催)

演題:「中国は脅威か」

開催日時・場所

2013年10月23日(水)16:00-17:40

独立行政法人科学技術振興機構(JST)
東京本部別館1Fホール

講演資料

中国は脅威か」( PDFファイル 808KB )

小異を捨てて大同に立つ 天児慧氏が提言

 小岩井忠道(中国総合研究交流センター)

 政治面での日中関係改善は難しい。経済、環境分野で日本の顔が見える支援・協力をまず進めるべきだ―。天児慧・早稲田大学現代中国研究所長が、10月23日開かれた科学技術振興機構中国総合研究交流センターアジア平和貢献センター共催の中国研究サロンで講演し、「政経分離方式」による日中関係の改善を提言した。

 「中国は脅威か」という演題で話した天児氏は、「韜光養晦(とうこうようかい)」(光があたらないところにじっとしていて、力を蓄えよ)という鄧小平が残した有名な指示に沿った対外戦略から、大国主義外交に中国が移行している現実を指摘した。氏によると、中国の新しい外交行動思想は、「利の外交」と「型の外交」という両面から見ないと分からない。多くの日本人が集団の利益の中に自分の利益を位置づけるのに対し、中国人は、利他より利己を重視する傾向がある。「型」についても、中国人が、権威、上下関係から型を見がちなのに対し、日本人はそれほど権威で立ち位置を決めることはない、と対照的だ。中国の対外戦略は、こうした違いを念頭に、「利」だけではなく「型」からも見ないと理解できないことを、氏は強調した。

 最近の習政権の動きを見ると、「韜光養晦」ももはや米国以外の国には適用せず、オバマ大統領の首脳会談で習近平国家主席が強調したように「世界の2大大国」を目指す対外政策が明白。中国が対米関係、対日関係などで新しい国際秩序の「型」の形成を追求している今の段階で、日中の政治的関係の改善は容易ではない…。こうした見方を示した上で天児氏は、中国国内で深刻化している「大気汚染」「水汚染」「食品汚染」などの分野で民間レベルの支援・協力をまず進め、さらに対外戦略面でのソフトな変更も中国側に求めていく対応を提言した。

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天児 慧(あまこ さとし)氏

天児 慧(あまこ さとし)氏:
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、
現代中国研究所所長

略歴

  • 1982年4月琉球大学助教授に就任
  • 1986年2月外務省委嘱専門調査員兼任(~88年2月)
  • 1990年4月共立女子大学国際文化学部助教授に就任
  • 1993年4月共立女子大学国際文化学部教授に就任
  • 1994年4月青山学院大学国際政治経済学部教授に就任(~2002年3月)
  • 1999年4月アメリカン大学客員教授としてワシントンD.Cに滞在(~同年9 月)
  • 2002年4月早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授に就任
  • 2006年10月早稲田大学大学院アジア太平洋研究科長に就任(~2008年9月)
  • 2008年4月朝日新聞社書評委員に就任

著書

  • 『中国・台湾』 (世界政治叢書 第 8巻): 天児 慧, 浅野 亮(共編 著)(ミネルヴァ書房)
  • 『中国外交の新思考』王逸舟著(共訳 著)(東京大学出版社)
  • 『中国・アジア・日本―大国化する「巨龍」は脅威か』(ちくま書房)
  • 『日本人眼里的中国』(中国社会科学文献出版社)
  • 『中華人民共和国史』(岩波新書)
  • 『日中対立ー習近平の中国をよむ』(ちくま新書) ほか多数

天児慧氏の講演概要

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 2005年を境に日中の東アジアをめぐる議論は変わった。中国が中華民族の偉大さを言い出し始めたためだ。それ以前の1990年代から2000年代の初めまでは、中国も自身を中心にその周りに東アジア諸国が集まるといった考えは持っていなかった。例えば王毅・元外相などもよりフラットな東アジア共同体のイメージを唱えていた。しかし、2005年の第1回東アジアサミットで中国は「ASEAN(東南アジア諸国連合)10カ国プラス日中韓3国で経済協力体制を」という提案を行う。これに(中国主導を見た)日本は乗らなかった。

 中国が大国主義外交に転じたことを示すのは、「韜光養晦(とうこうようかい)」(光があたらないところにじっとしていて、力を蓄えよ)という鄧小平が残した有名な言葉を中国が今や放棄していることからも分かる。ソ連の崩壊、冷戦体制の崩壊後に鄧小平が出した指示の一つだ。ところが昨年の尖閣諸島国有化以降、中国の学者たちから強硬な発言が目立つようになった。「韜光養晦は米国以外の国には使わない」「米国と比べると米国が上だが、日本との力関係ではもはや中国が上。日本がそれを認識して対応するならわれわれも合わせる」といった発言が、強硬派のみならず比較的リベラルと見なされていた中国政府のブレーン学者から聞かれるようになった。これは6月にオバマ米大統領と会談した際、米国と中国が世界の2大強国であることを協調した習近平国家主席の発言にもつながっている。

 このように顕在化した中国の大国主義外交の行動思想を理解するには、私は「型」と「利」の両面から日本との違いを見ることが大事ではないかと考えている。「型」と「利」は、国レベル、個人レベルで日本人の行動基準にもなっている。しかし、中国の場合、「型」は権威をことのほか重視するところが、日本との大きな違いだ。日本の社会は、権威で立ち位置を決める傾向は比較的弱い。「利」についても、日本は会社といった一つの空間、あるいは全体といったものの利益の中で自分の利益を位置づけがちだ。これに対し、中国は利他主義より利己主義の傾向が強い、と言えるのではないか。

 「自分の力が弱いときは、じっとしており…」というのは利の外交と言えるが、この「韜光養晦」の考え方を捨てるか捨てないかで、米国との関係、日本との関係の「型」をつくろうとしているのが、中国の今の姿と見るべきだろう。中国にとって日本は必要な国だから、経済分野における交流、つまり利の外交は回復しつつある。しかし、政治的関係は「型」が重要になるので改善は難しい。中国が新国際秩序の「型」の形成を追求している今の段階において、日本が譲歩を示さない限り姿勢は変えない、ということだろう。

この対立をどのようにして克服すべきか。日本の「利」を失わず中国のメンツを立てる、すなわち「小異を残して、大同に立つ」ことが必要ではないか。小異とは今で言えば「尖閣問題」、大同は「日中の共同繁栄」である。

 「大気汚染」「水汚染」「食品汚染」など中国は深刻な国内問題を抱える。日本の支援の必要は今後ますます高まるだろう。李克強首相がすでに環境問題の専門家を日本に派遣したという情報もある。政経分離方式が求められているということだ。イメージによる嫌中感を克服し、経済、環境などの分野で日本が真剣に支援・協力することが、中国国民に日本という国を分かってもらう上で、最も効果的ではないか。日本の顔が見える協力・支援を民間レベルでさらに進めれば、本当の意味での相互理解が深まる。そうすることで、面子を保ちつつ対外戦略姿勢にソフトな変更を中国側に求めることも可能になるのではないだろうか。