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【06-001】急速に変貌する中国社会~何もかも近代化へひた走る13億の民~

2006年10月20日

寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー、在北京)

寺岡 伸章

 日本国内に住んでいて、海外の状況を正確に理解するのは大変難しい。特に、日本に大きな影響を及ぼす中国を皮膚感覚レベルで理解し、人々の感情まで感じ取るのは至難のわざと言っていい。現実には、両 国の人々はマスメディアの情報を基に相手国を理解しているし、多くの人々にとって直接に相手国民との接触がない以上そうせざるを得ない面もある。このレポートでは、私 の経験や知見に基づき中国の真の実態を書いていこうと思っている。内容はマスメディアの報道と随分異なる点もあるかもしれないが、これが私の感じ取っている中国の現実であることをまず理解していただきたいし、読 者の方々が中国を理解する上で何かの役に立てば幸いと考えている。

 北京での生活を送るのは、13年ぶりである。今回は北京の変貌について、思いつくまま列挙してみたい。

 まず、高層ビルが激増したのには驚かされる。オフィスビルのみならず、アパートも林立するようになった。それらを建設するために、四合院とよばれる庶民の伝統的な平屋建ての家屋が破壊された。人 間関係の緊密な生活から見知らぬ隣近所との共存生活が始まったことになる。アパート住まいが北京人の普通の生活になったのである。クルマも激増した。北京といえば自転車の洪水というイメージがあったが、今 では市内は終日クルマで混雑している。日本車の割合も増えた。燃費のよさが評価されているので、もっと増えることは間違いない。クルマの増加は金持ち層の増加の現われでもある。でも、北 京市民の平均月収が約800人民元(日本円に換算すると約1万2000円)と言われるなかで、日本で購入するよりも高価なクルマを購入できる人口が出現しているのは、所得格差の拡大を明瞭に物語っている。ただ、北 京市民が全体として豊かになってきていることも間違いない。

 サービスも格段によくなった。中国人はそもそも接待や交渉の能力に長けた民族であるため、サービスが儲けにつながるとなると、資 本主義や商業主義の否定で抑圧されていたDNAが急速に発現したとも言えよう。商店に入っても、レストランでも、タクシーの運転手でも、バーでも、ホテルでも、服務員の態度は見違えるほどよくなった。サ ービスで不快な思いをすることはほとんどない。ただ、値段の交渉になると、目の色を変えて迫ってくるので、買うのか買わないのか、いくらであれば買うのかを即時に判断しなければならない。商魂はたくましい。

建設ラッシュで近代都市に変貌する北京市内

 彼ら服務員のほとんどは地方の農村出身者である。農村から大都市に出稼ぎに来ている人口は農民工とよばれているが、純朴でよく働く。その総数は1億6千万人と聞いたことがあるが、農 民工が大都市を最下層で支えている。共産主義の特徴の一つであった人民の自由な移動を制限する戸籍制度は、実質的に崩壊し、次の課題は彼らの社会保障をどう整備するかである。中国政府は、2 030年までに農村と都市の人口比を逆転させようという壮大な計画を構想中である。人類の歴史上、比較的短期間の中で最大の人口移動かもしれない。高効率で快適な大都市の建設と、高 生産性の農業の育成を短期間で成功させ、一気に先進国の仲間入りをしようというのである。財政、税関、社会保障など解決しなければならない課題も多い。

 レストランも相当よくなった。味も向上したし、中華レストラン以外の日本料理、韓国料理、イタリア料理、タイ料理、ベトナム料理なども増加した。この進歩の原因は競争の激化である。競 争環境に対する許容度は日本人よりも大きいと感じられる。米国人と似て功利主義を大切にする国民であるため、公平な競争であればランク付けは気にしない合理性も持っている。

 討論の自由も少しずつだが、浸透しつつあるように見受けられる。以前はなかった政府や腐敗役人に対する批判も耳にするようになった。太った男性を将軍腹と形容していたが、腐敗腹とも言うようになった。接 待漬けのつけである。

 大学や研究所についても触れておきたい。この5~10年間、「海帰」(海亀ではない)とよばれる海外留学組が大挙して帰国し、教授や主任研究員のポストを占めるようになった。一流の大学や研究機関では、建 物は一新され、研究施設や研究機器は先進国と大差ないほどまで整備された。この10年間で、教授の給与は5倍から10倍に激増した。政府が掲げる「科教興国」(科学技術と教育で国を興す)政策のおかげである。政 府は10%近いGDPの伸びを上回る速さで研究に投資し続けている。魅力を失った共産主義イデオロギーを科学技術イデオロギーに代えて、国家の再構築を図っているようにも見える。論文数も増加し、ナ ノテク分野では日本を抜いて世界2位となった。

 日本は経済の分野のみならず、科学技術の指標においても、中国に次々と抜かれるであろう。動揺してはいけない。日中交流の長い歴史を見れば、むしろこの100年が異常な時代であったのかもしれない。「 新大国中国」にどう対処するべきか。これは聖徳太子らの先輩の知恵に学ぼうではないか。