【07-103】中国のイノベーション戦略を分析する
2007年4月20日
寺岡 伸章(中国総合研究センター シニアフェロー、在北京)
昨年初頭中国政府が発表した2020年までの「中長期科学技術発展計画」によると、中国は自主イノベーション(中国語で「自主創新」という)国家の建設を目標とすると明確に謳い上げている。名指しこそされていないが、日本や米国に追いつこうとする国家の強い意思が感じられる。しかし、その実像はよく分からないし、果たして実効性がどの程度あるかどうかも見えてこない。
2007年3月7日、寒波がぶり返している北京の高級ホテルにおいて、日中産学官交流機構、中国教育国際交流協会等が主催するワークショップ「日中イノベーション人材の開発と交流」が開催された。この会合で、両国のイノベーション及び人材育成に関与する産学官の専門家が熱い議論が展開された。
筆者は、この会合の企画立案段階から携わった者の視点から、この会合で発表された主なスピーカーの議論を発表された順序にとらわれることなく、舞台裏も含めて紹介しつつ、分析することにより、中国政府が意図する自主イノベーションの本質に迫ってみようと思う。
なお、ここでいうイノベーションは、技術革新という狭い意味ではなくて、新しいビジネスモデルの提示、時代に合った大学の創出、社会変革など広い意味で使用している。中国語の「創新」は新しいものを創造するという意味であるから、正しく定義していることになる。
最初に、基調講演された有馬朗人氏(元東京大学総長、元文部大臣)の議論を紹介する。
「まず強調しなくてはならないのは、イノベーションが重要なのではなく、教育が一番重要であるということだ。教育をきちんとすれば、イノベーションはうまくいく。日本の失敗を中国に繰り返して欲しくない。
1990年初頭まで日本の大学は非常に貧乏であった。1995年科学技術基本法が制定されると状況は一変する。1996年から始まる5年間の科学技術基本計画により科学技術関係経費に17兆円、第二次基本計画で24兆円、2006年からの第三次基本計画では25兆円の投資目標が明示された。その結果、科学技術関係経費は1991年から10年間で1.5倍になった。また、大学の研究者の基礎研究に支出される科学研究費補助金は、1991年から15年間で3倍以上になった。研究費の増額を反映して、論文数も被引用数も向上した。一方、1998年の大学等技術移転促進法の制定後、大学の出願件数も急速に伸び始めたが、米国のBayh-Dole法に18年も遅れた。日本政府はこの法律の重要性に長い間気付かなかったことを謙虚に反省すべきである。研究にも自己評価や第三者評価の制度が導入された。大学も法人化され社会的責任を負わされるようになる。人事や資金使用の自由化や外部資金の受入などでプラス面が出てきたが、基礎研究や人文科学の軽視、大学の役割の不明確化といったマイナス面も出てきた。
一方、小中学生の学力は高いレベルにあるものの、成人の科学知識は先進国の中で低位を占めている。
近年の日本の政策から中国が学ぶべき教訓は、1)教育及び基礎科学に十分な人材と研究費を投入すべき、2)長期的視点で必要とされる人材の育成、大学の改革を遂行すべき、3)子供のみでなく大人の科学知識も重要である、ということである。さらに、中国政府が懸念しなければならないことは、大学進学率が急速に増加し、20%を超えるようになったが、これは大学がエリートから大衆化される過渡期に当たる。大衆化されると、大学や大学生の質の急低下が起こる。中国はこれに対する的確な認識と十分な準備ができていないように思える。量的な目標を追究するあまり、質が急降下したのでは禍根を残すことになるので、十分注意すべきである。」
有馬氏は、東京大学総長及び文部大臣兼科学技術担当国務大臣を経験されており、いわば日本の大学を巡る教育と科学の政策を中心となって担ってきた人物であるため、政策の経緯と意味を的確に指摘されている。
一方、「中国は日本の失敗から学ぶべきである」というのは学者の良心の声である。有馬氏は長年中国の大学教育や科学行政を観察されており、最大の懸念を指摘されている。
大学生数が急激に増加し、大学が大衆化するとどのような事態になるかを中国政府は十分把握していないように見受けられる。現在の大学生2300万人を2010年には3000万人に増加させると、中国政府は鼻息の荒い目標を誇示してみせる。教官も増やさなければならないが、養成には時間がかかる。今でも、親が苦労して子供を大学に送り出しても、就職できない卒業生は40%にも上る。大学生の供給過剰で市場とのミスマッチが既に起こっているが、それが益々拡大することになる。毎年750万人の新卒に相応しい仕事を与えることができるのか、相当疑問である。若者の失業は、歴史を見るまでもなく、社会の不安定要因になる。彼等のエネルギーを制御できなければ、社会や体制の変革への導火線にもなりかねない。なぜ、そんなに急いで大学生数を増加させる必要があるのか、中国政府の方針を聞かせてもらいたい。
李健保氏(留日学人活動站会長、前青海大学学長、清華大学教授)は、中国大学生の急増は日本にとってもチャンスだと唱える。
「中国は一人っ子政策を採用したために、出生数は減少しているが人口のピークは高校2年生である。このピークが大学生になり、かつ貧困からの脱出のため高学歴を目指しているため、大学入学率は2006年の22%から更に上昇し、大学生数は急増する。2020年には大学生数は3000万人になり、必要な教官数は150万人になる。このような状況にある中で、日本に対して4つの提言をしたい。
まず、日本の大学は欧米と比較して、情報発信が相当遅れている。中国人大学生は日本の大学の状況や奨学金の取得の仕方などについて、何の知識もないし、情報の入手方法さえ知らない。27の日本の大学が中国国内に事務所を設置していると聞くが、中国人留学生の獲得に向けてやっと動き出したといえる。
次に、大学教授数のピークは45歳前後と30歳代の二つがある。これは中国の科学技術のパワーの源泉である。日本から見て、この世代と如何に交流するかは日中科学技術交流を推進する上でポイントになる。日本の大学や研究所が中国国内に、共同研究所や研究室を創設することは重要な政策である。
三番目に、帰国する中国人留学生の数は年々増加してきている。彼等は英語や日本語ができる。中国進出している日系企業にとって、これらの人材は宝庫である。日系企業がどれだけ吸収し、如何に使うかは非常に重要な課題である。
最後に、世界的な産業の分業体制の中で、日中の産業体制の相互補完共栄関係を如何に築き上げるかである。
中国の科学技術の最近の追い込みのスピードは、遅かれ早かれ世界を驚かせることになるであろう。というのは、中国には活力に溢れチャレンジ精神に富み、同時に優秀な教育と先進の科学技術のトレーニングを積んだ若きエリート達が多くおり、その力は決して低くみることはできない。中国は今まさに、ハイテクの技術を蓄積し、イノベーションという強大な熱い流れを育てつつあるのだ。」
李健保氏は、文字通り聴衆の耳が痛くなるほど大きな声で怒鳴り上げた。彼の議論の前提は、大学生数3000万人目標である。彼等をどう活用するか、人口減少に直面している日本にとっても中国はチャンスであり、日本の大学への留学、日本との共同研究の推進、日系企業による大量雇用、産業の分業化は両国にとってウィンウィンの関係を築くのに最適だと主張する。李氏の主張は基本的に正しいと思うし、分かりやすい議論である。但し、有馬先生の議論を引くまでもないが、大学生や研究者の質を落としてもらっては困る。学部教育のみでなく、後れているといわれる大学院教育の質的向上も達成すべきである。また、産業界の日中分業体制論については、時々耳にする議論ではあるが、中国政府が正式に提唱している訳ではないことに注意すべきである。2020年までの中長期科学技術発展計画を見ると、自主イノベーションが可能なハイテク国家を目標とすると明記しているので、短期的な日中産業体制の分業化は可能であっても、長期的には日中間で激しいハイテク競争が繰り広げられると思う。勿論、ハイテク競争によって新しい技術が生み出され、それが両国のみならず、アジアや世界の人々に貢献すれば、それは肯定されるべきである。効率の悪い企業が市場から退場するのは当然である。但し、公平で透明なプラットフォームでの競争であれば歓迎するが、そうでなければ相互の不信感を招くので留意すべきである。特に、民生と軍事の研究の協調路線の推進は、日本のみでなく米国も警戒する政策であることを中国政府は認識する必要があるだろう。
張景安氏(科技日報社社長、前科学技術部秘書長)は、中国政府の科学技術政策に携わる人物である。科技日報社は科学技術部の下部組織で、毎日30万部以上発行されている科技日報は、科学技術部の広報宣伝新聞と呼んでもいいだろう。張氏の講演は、別件で張社長を訪問した際、参考として手渡したこのワークショップの開催案内を見て、突然、「重要で面白そうなワークショップだ。俺も話したいので、15分くれないか」と頼まれ、その場で登壇を決定したものであった。中国の幹部は決断が早い。トップダウンはこうやって決まるのだと思った次第である。
「中国のGDPは20兆人民元を超えたが、粗放型経済成長から環境や人材を重視する調和型社会に転換させる。人材強国は中国の政策である。大卒は5000万人、科学技術従事者は320万人、大学在籍者は2400万人、大学院生は数百万人という人材大国であるが、質的には不足しており、また、沿岸域と内陸域で需給ギャップもある。内陸には人材が集まらない。人材の市場化を進めつつも、またインセンティブを与えることも必要である。中国には、グローバル社会で活躍できる人材やイノベーションを起こせる人材の育成に向けた改革が必要である。
昨年策定した「中長期科学技術発展計画」の60項目の政策のほとんどが人材育成に関係したものである。863計画(ハイテク計画)や973計画(基礎研究計画)はプロジェクト型から人材育成型に転換中である。」
張社長は講演が終わると、直ぐ退席されたが、議論には参加してもらいたかった。
さて、張社長の講演内容には、私の特段のコメントはない。中国人幹部らしく、発表された基本方針を読み上げられた。ただ、863計画と973計画は科学技術政策の中核であり、それを人材育成型に転換させるというが、具体的に何をしようとしているのかは興味のあるところである。プロジェクト推進と人材育成は両立する概念である。それを後者に重点をおくという政策とは一体何であるのかということだ。ここでは問題点のみを指摘しておこう。
王元氏(中国科学技術促進発展研究中心主任)は、中長期科学技術発展計画をまとめた中心人物の一人である。王氏に講演を依頼すると、二つ返事でOKとの回答が来た。胸板が厚く、堂々たる姿勢で、原稿も見ずによどむこともなく自信たっぷりに、かつ明確に議論を展開していた。中国の次世代のエリートの一人であろう。
「2006年は、中国の経済社会の発展においても大きな節目の一年であった。三つの「初めて」を謳いあげた。まず、「イノベーション型国家建設」の提示、次に「自主イノベーション」という科学技術の発展方針を国家戦略としたこと、最後に「中長期科学技術発展規画綱要」の具体的実施に際して整合性のある政策体系を提示したことである。
この政策体系には10の内容が含まれ、合計60項目に及ぶ具体的な施策が含まれる。以下、10の内容を紹介する。
まず、インプットの強化である。2006年度の科学技術費は19.6%伸び、GDP比で1.4%にまで上昇した。2020年までの目標は、2.5%である。重点プロジェクトへの資金に投入を目指す。16の重要プロジェクトを立ち上げることとし、資金を重点的に投入する。基礎研究及びインフラの整備も重視する。
次に、税制面のインセンティブ付与である。ベンチャー企業の納税の控除額と免除期間を長くした。スタートアップ2年間は免税にした。ベンチャーキャピタルへのサポートも行う。
三番は、金融のサポートである。政策金融銀行に対して企業の自主開発力育成のための助成等を実施させる。
四番目は、政府調達である。国内のベンチャー育成のために、政府が優先的に調達することにした。
五番目は、技術を海外から導入し、消化し、吸収し、最後に刷新するという課題。
第六番目は、知的所有権問題。キーテクノロジーと工業製品の自主的な知的財産の確保、知的所有権保護の体系化、国際的標準化作業への参加、技術貿易体制強化等を行う。
そして、人材育成。ハイレベル人材育成、重点実験室の建設やエンジニアのCOEを設立する等企業のバックアップとなる施策の実施、農村の実用技術を持つ人材の育成、海外の優秀な人材の研究所長やセンター長への招聘を実施する。
さらに、教育改革と科学のリテラシーの向上。
九番目は、科学技術イノベーション基地とプラットフォームの建設するために、50億人民元を投入する。
最後に、整合性と調整の促進。政府部門間の調整、軍事と民生の科学技術計画と資源分配の調整等を行う。
これら政策体系には、ほとんど全ての内容が含まれる。経済、社会、教育、住宅問題、政府機能等は、中国が行う自主創新のプロセスで直面する問題である。実施細目は、99項目にもなる。これらの項目の実施により、中国経済社会構造の転換と持続的な発展を実現する。中国が蓄積してきた強大な科学技術能力と人材資源、とりわけ絶えず行われてきた体制改革とメカニズムの刷新が生み出す発展の機会、就業の創出は、中国の科学技術の発展を驚くような飛躍時代へと突入させることになろう。」
ここからは、私のコメントである。王元主任も威勢のよいことを並べたてる。
政府調達はWTO政府調達協定加盟国にとっては、海外に開かれた調達制度にする必要があり、優先的な国内調達はできないというジレンマがある。つまり、ベンチャーの積極的な育成政策と国際ルール遵守の矛盾である。中国はこれをどう解決していくか、明確な回答を示していない。この問題は、日本におけるベンチャー育成政策へのヒントになるかも知れない。一方、随意契約は官民の癒着を生むという腐敗につながる。日本の役所の腐敗の根源といってよいが、事件が発生する度に政治が滞るようでは、抜本的な改革に着手する必要があろう。話はそれるが、現在進行中の中国に蔓延する腐敗は、官業や農地の民間への払い下げに伴うものである。日本も官業の民間への払い下げを促進した明治時代に腐敗とスキャンダルが発生したが、中国はその歴史を繰り返している。権力の近くにいる者が特権を享受できるのだ。農民から土地を接収し、建物を建てて付加価値を付け、転売するという方法で多くの億万長者が誕生している。腐敗と堕落は国民の反感と怒りを買う。
中国は海外からの積極的な技術導入をしている。しかし、海外からは、中国市場において偽物製品が蔓延しており、政府は取締りにも消極的であると思われている。中国の内陸部は貧しいので、もう少し豊かになるまで待って欲しいという要求はこの地球上では通らない。事態を放置すると、偽物つくりが社会にビルトインされてしまい、後日改革しようとしてもできなくなってしまう恐れが大きい。偽物退治により多くの失業者が生まれるようになれば、政府としても強権を発揮できなくなってしまう。取り締まりは今のうちから行うべきであり、国際社会で中国が認知されるための最低の措置である。
軍事と民生に関する科学技術計画と資源分配の調整は、注目すべき事項である。中国の科学技術政策には今まで「軍事」が登場してきていない。軍事の研究開発は別の体系になっているからである。軍事研究開発の成果を民生に利用(スピンオフ)すると同時に、技術革新が著しい民生の研究成果を軍事の高度化に活用(スピンオン)するという意図が見える。もしそうであるならば、海外に大きな不信を抱かせる恐れがある。急膨張する軍事費は、周辺国の脅威となりつつあるが、軍事研究費の使途も不透明であれば、海外の警戒感は一挙に高まる。最悪のケースとしては、海外からの中国に対するハイテク封じ込め政策の議論に火をつけるかも知れない。中国政府は説明責任を果たすべきである。
優秀な海外の人材を積極的に研究所や大学のリーダーに登用しようという姿勢は評価すべきである。国際交流の一層の促進により、中国の科学技術政策の透明性が増加することを切に望む。
最後に、「科学技術の発展には学問の自由が必要である」と主張してもらいたかった。学問の自由という言葉を中国政府の幹部の口から聞くことはほとんどないと、ここに記しておきたい。
夏奇氏(北京市中関村科技園区管理委員会副主任)は、そもそも商務部の役人であるが、中国を代表する中関村ハイテクパーク建設の責任者である。日中産学官交流機構の事務局が夏氏に講演の依頼に行った際には、快く応じていただけでなく、ワークショップ開催費用としてその場で10万人民元の支払いを申し出てきた。さらに、ワークショップ参加者に対して中関村ハイテクパーク見学用のバスを提供してくれた。ハイテクパーク建設への熱意が感じられる。
「中関村ハイテクパークは中国のイノベーティブな人材や海外の留学生をどのように中関村に誘致するかに関心がある。
中関村ハイテクパークは、北京市の北西に広がる総面積232平方キロ、2000社の外資を含むハイテク企業18000社、従業員75万人、売上高6000億人民元、1億人民元以上の企業650社からなる。売上高は年率25%~30%で成長している。収入の57%は電子情報、新エネルギー13%、生物医薬12%、先進製造9%となっている。国内の十大ソフトウェア企業の5社は中関村にある。国家級のエンジニアリング研究センターは44(全体の32%)、国家級実験室は71(全体の44%)、国家級重点大学は39、大学の在校生は70万人で毎年20万人が卒業する。人材の宝庫であり、研究の中心でもある。
若者の起業化を促進するために、グリーントラックと呼ばれる融資支援も行っている。インキュベーション、カウンセリング等帰国留学生に対する支援も多い。帰国留学生8500名によって設立された企業数は3400社になった。留学先は、米国45%、日本17%、欧州17%となっており、日本留学経験者は健闘している。
日本留学経験者の特徴は、日中両国の歴史や事情に詳しく、オーソドックスな教育を受けていて平均レベルは米国組より高い。特に、IC回路の設計、環境、医学の分野で強い。ルールをよく守り規律正しいが、余り自由闊達ではない。」
ハイテクパーク建設は、ややもすると不動産事業になりやすい。外資誘致や留学生の帰国促進策のみでなく、ハイテクパークに移転してきた企業や研究者の実のある交流を如何に推進するかも重要である。異分野の研究交流の中から新しい技術の芽が生まれるのである。また、中関村の固有の融合文化を構築することも世界を代表するハイテクパークに成長できるかどうかの鍵である。自由な気風を重視する文化を咲かせてもらいたいものである。
楊新育氏(国家留学基金管理委員会副秘書長)は、若い女性らしく歯切れのいい、よく通る声で講演をしてくれた。国家留学基金管理委員会は、教育部に属する機関で、1996年設立以来、中国人留学生の派遣と受入の業務を行ってきた。
「政府の留学の基本方針は、留学をサポートし、帰国を激励し、往来も自由にするというもの。1978年の改革開放政策以来、出国した留学生は93万人、帰国した者は23万人。留学派遣事業は、10億人民元の大プロジェクトである。近年の帰国率は97%。帰国促進のために実施したのが、211プロジェクト(100の世界レベルの大学の育成)と985プロジェクト(研究型大学の育成)である。
各国との間で、修士や博士の学生奨学金プログラムがある。留学生はイノベーションの人材でもあるので、重要な鍵である。」
中国人留学生は93万人が飛び立ち、23万人が帰国した。大多数が海外に留まったままになっているが、留学経験者による科学技術レベルの向上は目を見張るものがあり、鄧小平路線は成功したと言っていいであろう。海外に留まっている70万人は、母国との架け橋役を担っている。また、別の見方をすると、仮に、先進国の発想をし、自由を謳歌している70万人が帰国すると、中国は政治改革が必ず進展するであろう。先進的な技術や知見は欲しいが、思想は欲しくないというのが中国政府の本音なのかも知れない。
林佐平氏(教育国際交流協会専務理事)には、このワークショップの中国側の実質的な取りまとめ役をしていただいた。広島大学の留学経験者で日本語は完璧だ。駐日中国大使館の勤務経験もある親日家である。
「三点指摘したい。第一に、中国はハイレベルの科学と教育を必要としている。次に、イノベーションは技術のみでなく、マネジメントや社会システムまで含んだ広い概念である。中国はイノベーション社会を加速させることにより、新しい波のなかで頭角を現すであろう。第三は国際化。中国は、アジアや世界で活躍する人材を国際的ネットワークのなかで育成していく。孔子学院はそのような動きの一つである。
最後に提案がある。初等中等教育から大学、大学院の教育まで、日中は協力して、それらのあり方を議論し、プログラムを実施していったらどうかと思う。欧米と比較して、日本は教育における中国との共同作業が少ないのではないか。」
今回のワークショップからの教訓についても触れておきたい。
まず、日本側は、国内の人材不足問題の解消のために、中国に人材を求めざるを得ないという負い目があったが、中国側は全く意に介していないことが分かった。むしろ、中国人人材を日本の大学や研究所が積極的に活用すべきだという意見が強かった。中国には、膨張しつつある大学生に就職口を与えられるかどうかという台所事情がある。大学卒業という肩書は貧困からの脱却の切符であったが、それが裏切られると国内に失望感が広がる恐れがある。
次に、日本国内には、まだ中国脅威論と崩壊論という白か黒かの単純な議論が残っているが、中国側はもっと先に行っていて、日本との間で具体的な施策や取組を大いに期待していることが分かった。中国に関与するのかしないのかではなく、どのように関与するかを考えるべきである。
第三に、中国政府の改革に対する熱意を感じた。全面的にスピードを上げて改革に取り組むという覚悟を提示していた。改革すれば矛盾が顕在化する。その矛盾を解消するために次の改革に着手しなければならない。改革を永続することにより、矛盾の暴走を防ごうとしているようだ。改革しなければ、国が潰れるという危機感が漂っている。問題は、ここでスピーチしたエリート達の指針に従って、現場の研究者や技術者や監督者が適切にかつ効率的に働くことができるかである。中間管理者の奮起を期待したい。
第四.中国は大国であるので、統治のために国家のアイデンティティーが必要である。マルクスレーニン主義が色あせてきているなかで、科学技術主義、つまり、科学技術は全ての矛盾を解決するというイデオロギーが台頭しつつあるのではないかと思う。科学技術は問題解決のツールにはなり得ても、国家の指針にはなれない。システムの変換には別の知恵と勇気が必要である。
最後に、中国の科学技術システムには、構造変化が起こっている。古い体制を残しながらも、新しい政策を積極的に打ち出している。それらが衝突し、多くの問題を発生しながらも、研究成果の伸長は著しい。問題解決に取り組むよりは、新しい斬新な施策の実行を通じて矛盾を消し去ろうとしているようにも見える。日本人はこの構造変化の弱点の細かい点に気を取られることなく、全体像を把握する努力をすべきである。中国人スピーカーは、皆自信たっぷりに大きな声で将来像を語ってくれた。揺るぎない自信が実現するかどうかは数年後に明らかとなろう。次に試されるのは彼等の実行力である。そして、それが実現された日には、日本国中に衝撃が走るであろう。
「日本のもがきと中国の元気」(甕昭男日中ICT技術フォーラム会長)が目立ったフォーラムでもあった。