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【07-003】中国の環境汚染と日本の科学技術の役割

2007年8月23日〈JST北京事務所快報〉 File No.07-003

 中国では、急速な経済発展に伴い、大気汚染、水質汚染などの環境問題が非常に重要になってきている。私たち北京駐在員を含め毎日北京で生活する者にとっては、北京の大気汚染はまさに自分自身の問題である。北京の大気汚染は、現実的にどの程度住んでいる人の健康に影響を与えているのかよくはわからないが、本来、北京の夏は、青空の下、光り輝く太陽が照りつけそれに街路樹の緑が映える美しい季節であるはずなのにもかかわらず、今は、ほとんどの日は、晴れていても空が白く、遠くの高層ビルがかすんで見えるような日々が続いているのが現実である。

 北京では、去る8月17日(金)~20日(月)、市内を通行する車をナンバープレートの奇数・偶数によって規制する交通制限が実施された。北京市当局の見解によれば、この交通規制により、ある程度大気汚染の改善に効果があったようである。ただ、今回の交通規制は、あくまで来年の北京オリンピックというひとつのイベントのための大気汚染改善対策の一環であり、これで恒常的・根本的な問題の解決が図られるわけではない。

 かつて英国や日本などほかの国々も経済発展の過程で経験してきたように、中国は現在経済発展の途上にあるのだから、ある程度の環境汚染はやむを得ない、と考えている人もいるかもしれないし、日本には、中国の環境問題は中国の国内問題だ、と冷めた見方をしている人もいるかもしれない。しかし、中国は広大な国であり、環境汚染を起こしている地域も非常に広域にわたるので、中国の環境問題は、もはや中国だけの問題ではなく、地球全体の観点から考えなければならないと私は思っている。特に地理的に近い位置にある日本は、既に直接的にその影響を受けることを考えなければならない状況になってきている。

 既に人工衛星を用いた中国の大気汚染の現状とそれがどのように周辺地域に広がっているかについての観測はいくつか行われてきている。中国の大気汚染を示す衛星写真の例として、例えば、下記のNASAのホームページに掲載されている大気汚染があった日となかった日の違いを比べた写真がある。

(参考1)NASAホームページ2004年11月 2日と11月 3日の北京上空の衛星写真
http://veimages.gsfc.nasa.gov/19701/Beijing.AMOA2004307.jpg

 中国国家環境保護総局が測定した数値によれば、2004年11月 2日の空気汚染係数は39で汚染等級は「優」、11月 3日は空気汚染係数は124で汚染等級は「軽微汚染」だった。雨が降った後や風が強く吹く日は汚染が少なくなりやすいが、空気の動きの少ない日は汚染物質が滞留しやすい。このため、大気汚染の状況は日によってだいぶ異なるのである。

 衛星写真に写っている「もや」のようなものは、水蒸気によるものもあるし、西方の砂漠地帯から飛んできた黄砂現象によるものもあるので、その全てが人工的な原因による大気汚染であると断定することはできないが、様々な観測データを比較することにより、人工的な大気汚染がどの程度のものであるかを調べることはできる。

 また、人工衛星に搭載された特定のセンサーを使うことによって、大気中にある特定の汚染物質の量の程度を地域別に測定することもできる。例えば、欧州の衛星ERS-2に搭載されたセンサーGOMEによって測定された大気中の二酸化窒素濃度のデータを分析した日本の(独)海洋研究開発機構の研究成果がある。

(参考2)海洋研究開発機構2005年6月17日プレス発表
「中国におけるNO2濃度の増加を衛星データで実証」
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jp/press/050617/

 この研究の分析によれば、1990年代後半から二酸化窒素の大気中濃度が上昇しているとされているが、人工衛星によって観測されたNO2の濃度分布を見ると、中国の華北平原地帯の濃度が特に高くなっていることがわかる。

(参考3)上記プレス発表中にあるセンサーGOMAによって測定されたNO2濃度分布
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/jp/press/050617/fig1.pdf

 これらの中国における大気汚染は、偏西風にのって西へ移動し、韓国や日本へも影響を及ぼしていると言われている。

 米国NASAの地球表面の画像を集めたサイト "Visible Earth" の "Particle Pollution in Eastern China" と題するページには2004年10月22日の衛星写真が載っており、中国上空から日本の方へ流れる微粒子物資の様子が写されている。

(参考4)NASAホームページ "Visible Earh", "Particle Pollution in Eastern China" http://visibleearth.nasa.gov/view_rec.php?id=19687

 このページにある写真を拡大すると中国揚子江周辺から海を越えて日本の九州北部や中国地方へ「もや」が移動していることがわかる。

(参考5)NASAホームページ2004年10月22日の衛星写真
http://veimages.gsfc.nasa.gov/19687/echinasea_sea_2004296.jpg

 環境汚染の状況を的確に把握するためには、宇宙からの観測や地上からの観測などを多角的に行うことが有効である。そのためには、環境問題は地球全体の問題であるとの認識の上に立って、各国が協力して行うことが重要である。また、例えば、中国において日本の水処理技術が期待されているなど、日本が高度経済成長の過程で苦しんだ環境問題の経験とその過程で培われてきた日本の技術が中国の環境問題の解決のために役立つ可能性は大きいと考えられる。

 地球規模での環境問題は、例えば地球温暖化ガス排出規制問題などに見られるように、どの国がどの程度問題解決の責任を持つべきか、という点で政治的には難しい問題を含んでいるが、科学技術の分野においては、観測の観点及び汚染防止対策・環境改善対策の観点から、各国が持っている力を出し合って、協力し合うことが重要だと考えられる。

 日中間について言えば、例えば、中国の大気汚染は日本にも影響を及ぼす可能性が大きいことから、日本は自分の問題としてこれを捉える必要がある。中国国内における環境基準の設定や各企業等にいかにしてそれを守らせるか、といった国内政策面については中国政府に適切に対応してもらうほかはないが、そういった中国政府の対策を側面から支援するためにも、観測面及び対策面において、日本が環境分野の科学技術に関して中国と協力を進めることは、中国のためになることはもちろん、日本のためでもあり、最終的には地球全体のためにもなることであって、数々の公害問題・環境問題を経験してきた日本の役割でもあると考える。

(注:タイトルの「快報」は中国語では「新聞号外」「速報」の意味)

(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。