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【07-004】OECDの中国のイノベーション政策に関する報告書

2007年9月3日〈JST北京事務所快報〉 File No.07-004

 8月27日と28日、北京市内において中国科学技術部の支持の下でOECD(経済協力開発機構)が主催した2つの会議が連続して開かれた。27日に開かれたのは「中国の国家イノベーションシステムに関するレビュー~体制改革と世界との融合~」と題する会議で、OECD科学技術産業局(田中伸男局長)が中国科学技術部の協力を得て作成した中国のイノベーション政策に関する分析といくつかの助言をまとめたレポートについて、OECD側から説明があり、それに対して中国及び諸外国の専門家が意見を述べ合う、という会議だった。28日に開かれたのは「ハイレベル・シンポジウム:中国と研究開発のグローバル化~世界との融合と共同発展~」と題するシンポジウムで、OECDのレポートに関連し、実際に中国で研究開発活動を行っている企業などの関係者が意見を述べ合う会議だった。

 筆者はこれらの二つの会議を傍聴する機会を得た。これらの会議は、中国の科学技術政策の現状と今後の課題を非常に広範に、かつ、的確に議論したものであったと思うので、そのポイントを紹介する。

1.OECDのレポートのポイント

OECDの中国のイノベーション政策に関する報告書は、今後、今回の会議の結果を踏まえて若干の修正が加えられる可能性があるが、今回の会議で提出されたバージョンは下記のOECDのホームページで見ることができる。

 このOECDの報告書のポイントは以下のとおりである。

<現状>

  • 中国はめざましく経済成長を遂げ「世界の工場」となった。
  • 中国の経済成長は、外国からの直接投資に支えられている。雇用者数としては小さな割合の外資系企業の製品が輸出の大きな割合を支えている。
  • 中国のハイテク産業は、外国から輸入された部品の組み立てが中心であり、中国国内での研究開発に対するインセンティブは低い。
  • 外国からの直接投資は、中国国内の技術、ノウハウ、技術者の能力を高めると期待されたが、中国国内へのインパクトは予想されたよりは低い。

<中国の科学技術政策の現状と課題>

  • 大学生の数は急増しているが、「受動的教育」が主体で、今後は革新的な考え方、創造性、企業家精神を育成することが必要である。
  • イノベーションの促進には、創造的活動に基づく新製品が市場から歓迎され利益が上がる、という市場原理が必要だが、地方産業の保護などの面で政府による介入がまだ残っており、十分な市場原理が働いていない部分がある。
  • 多くの企業、特に国有企業では研究開発に対するインセンティブが十分ではなく、研究開発プロジェクトを管理するなどの企業ガバナンスの能力が十分ではない。
  • 中国の金融界は大手の国有銀行に独占されており、新しいイノベーションに挑戦する中小企業が融資を受けにくい状態になっている。
  • 中国政府はかなり努力しているが、知的財産権の保護の実態はまだ十分ではなく、外国系企業は中国への技術移転を躊躇(ちゅうちょ)している。
  • 中国は自ら技術基準を作って世界標準にしたい、という意向を持っている。これもひとつの戦略ではあるが、それがイノベーションを抑制するという面も持っている。
  • イノベーション支援を目的とした政府調達が少ない(ただし、イノベーション支援を目的とした政府調達に当たっては、透明で競争的な過程を経た上で必要性に応じた製品の調達でなければならない)。

<今後の方向性とそのための助言>

  • 中国は、低賃金単純労働集約型産業と天然資源に頼った経済から脱却し、イノベーションに主導された経済にする必要がある。そのためには企業におけるイノベーションを活性化する必要がある。
  • そのため科学技術政策において下記の方策を採ることが望ましい。

    • 「計画経済の遺産」から脱却し、政府が出過ぎないようにし、市場原理に基づく需給メカニズムがイノベーションにも作用するように、政府の役割を調整すること。
    • 知的財産の保護、適切な競争環境の維持などイノベーションに必要な環境を整備すること。
    • 質的な意味も含めての人材確保を維持すること。
    • 独立した評価機関を作るなど科学技術政策を改善すること。
    • 「ハイテクばかり重視しないこと」「ハードの整備ばかり重視しないでソフト面での政策にも力を入れること」などバランスの取れた政策を進めること。
    • 「国家の政策の必要性に基づく研究開発」と「市場の需給関係から求められる研究開発」のバランスを取った公的研究機関支援を行うこと。
    • 「科学」と「産業」の間の仲立ちを強化すること。

2.2日間の会議で出されたコメント等のポイント

<スピーカーやフロアの参加者のコメント>

  • 大学生の数を増やすのも必要だが、それを教える教員の体制強化も重要。
  • 海外留学帰国組が定着する環境が重要(筆者注:今回の会議のスピーカーの多くは、海外に留学して外資系企業に就職し、中国国内に戻って活躍している人も多く、自らの経験も踏まえた発言には説得力があった)。
  • 独占禁止法(この会議の時点では全人大常務委員会で審議中)は明確な規定に基づき透明性を持って運用される必要がある(筆者注:この発言は、独占禁止法が、技術力やブランド力のある外資系企業から国有企業を守るために使われる可能性がある、との懸念から発せられている)。
  • 中国の企業の売上高に対する研究開発比率は非常に低い。企業の研究開発力を高めることが大きな課題。
  • 「経済成長のための研究開発」と「医療、環境保護、砂漠化防止など社会生活の向上のための研究開発」とをバランスを取って進めるべき。
  • 中国では内陸部の開発が重要な課題であるが、アメリカやEUの内陸地域における大学等を活用したイノベーションに基づく地域経済活性化政策の経験は、中国でも参考になる可能性が大きい。
  • 1990年代末にはほとんどなかった多国籍企業の研究開発拠点が今中国には750か所以上ある。「中国におけるグローバルな研究開発の展開」は大きな課題。

    (筆者注:中国における多国籍企業の研究開発拠点には「中国国内での製品販売のための研究開発拠点(リージョナルR&D拠点)」と「世界で活用するために中国の優秀な人材を活用すべく中国という場を借りて研究開発を行っている拠点(グローバルR&D拠点)」の二種類があることに注意)。

<中国での研究開発活動の展開に関する具体的な企業からの事例紹介>

  • ある薬品系多国籍企業では、中国には「リージョナルR&D拠点」を置いているが「グローバルR&D拠点」はインドとシンガポールに置いている。その理由は、やはり中国では知的財産権保護の観点で懸念があるため。
  • ある電気系多国籍企業では、中国は巨大なマーケットであるために研究開発拠点を置いている。中堅レベルの人材不足と、優秀な人材が他の企業へ移ってしまう(ジョブ・ホッピング)のが悩みの種。
  • ある部品系多国籍企業は、顧客の大手外国系自動車メーカーが中国に工場を作ったので、自社も研究開発拠点を中国に作った。
  • ある食品系多国籍企業は、中国の消費者の嗜好に合った商品を開発するため中国に研究開発拠点を作った。
  • ある中国系インターネット関連企業は、多様化する中国国内のニーズに対応するため研究開発活動を行っている。

3.筆者の見方

 OECD各国の会議参加者は、概ねOECDのレポートの分析に賛意を表していた。筆者も同じである。筆者は、約20年前(改革開放政策が滑り出した時期)にも北京に駐在していたことがあるが、当時は、外資の導入は、外国の優れた資本と技術を導入することにより、中国の経済発展の推進力となるとともに、中国国内の企業に対する技術やノウハウの「にじみ出し」が起こり、将来の中国国内企業の発展の基礎となるだろう、と期待されていた。しかし、OECDのレポートにあるように、20年経って外資系企業による中国国内への直接投資は相当に進んだが、中国国内企業への技術やノウハウの「にじみ出し」は予想していたより低く、現時点でも、輸出を中心とする中国経済を支えているのは外資系企業である。 

 一方、筆者は北京で生活していて、この20年間、一般商店やレストランなどのサービス業は、外国系サービス業のよい点をかなり学んでおり、サービスそのものや経営のマネジメントにおいては相当の進歩があった、と感じている。それは都市部における一般商店やサービス業は、市場経済にさらされており、消費者が満足するサービスとマネジメントを行わないと生き残れないからである。

 製造業部門において、これだけ外資系企業が中国に進出しているのに、OECDレポートが指摘しているように、中国の国内企業に技術やノウハウが「にじみ出して」いない原因としては、筆者は次の2点があるのではないかと感じている。

 ひとつは、中国政府はかなり努力しているものの、知的財産権の保護が実態として十分ではなく、外資系企業がコアとなる技術やノウハウを中国の企業に移転していないことである(今回の会議で外国人出席者の中には「中国では『本当の意味での』研究開発はやっていない」と発言した人もいた)。もうひとつは、中国の国内市場が、まだ完全に市場経済化していない部分がある、ということである。

 これらの点について筆者なりの分析をしてみると次の通りである。

  • 中国は、原則は「社会主義」であるので、国有企業や地方の地元産業を保護するため、中央政府や地方政府による様々な「指導」があり、イノベーションによって新しく生まれた製品が素直に市場で売れる、という状況になっていない(経済的に遅れた地方における雇用を確保するためには、これはある程度やむを得ない部分があると思われる)。
  • 沿岸部と地方との経済格差が大きく、沿岸部の市場で受け入れられない安いが品質は粗悪な製品やニセモノであっても、内陸部などの地方では売れるので、企業側に品質を向上させたり知的財産権を守ろうとしたりするインセンティブが沸かない。

 こういったことを踏まえると、今回のOECD主催の会議は、OECD加盟国である先進諸国と中国政府が考える利害関係は、実はずれておらず一致していることを示していると筆者は考える。つまり、OECD諸国も中国政府も「中国内陸部の経済レベルを上げるためにはどうすべきか」を考えるべき、という点で一致していると思われるからである。内陸部の貧困を解決することは中国政府の最大の政策目標であるし、内陸部の経済力が上がり、内需が拡大して製品が内陸部でも売れるようになれば、中国製品が他国製品と海外市場で競合し合うという摩擦も減るので、先進諸国の利害とも一致するからである。

 いずれにせよ、今回、中国科学技術部がOECDと協力し、中国にとって「耳の痛い」点も含めて率直に議論し、そのとりまとめのシンポジウムが北京で開催されたことは高く評価してよいと考える。筆者は、今後とも、中国政府が、中国の実情を踏まえながら、外部からの意見を率直に聞き、取り入れるべき所は取り入れて、科学技術政策を進展させることに期待したいと考えている。

(注:タイトルの「快報」は中国語では「新聞号外」「速報」の意味)

(JST北京事務所長 渡辺格 記)
※この文章の感想・意見に係る部分は、渡辺個人のものである。