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【25-22】バイオ製薬分野における米中両国の競合について識者が見解

JST北京事務所 2025年08月12日

 浙江大学金華研究院のシニアリサーチャーである呉偉氏は、「米国のゼロサム思考は中国の革新的医薬品を食い止めることができない」とのタイトルで、環球時報(Global Times)に文章を投稿。7月10日付同紙に掲載された。米中両国のバイオ製薬分野における競合について論じたこの文章の概要を、以下にまとめる。

 米国のトランプ大統領はこのほど、輸入医薬品の関税を200%まで引き上げる可能性を示唆した。この措置の背景には、世界のバイオ医薬品市場、特に革新的医薬品分野で白熱しつつある競争に対する米国政策当局の危機感と自信の喪失があると呉氏は見ている。

 新興バイオテクノロジーに関する国家安全保障委員会(NSCEB)は、米国議会に最近提出したレポートで、中国が体系的な戦略によって米国のバイオテクノロジーの優位を脅かしているとした。また、米国臨床腫瘍学会(ASCO)の発表によると、がん治療に用いられる「抗体薬物複合体(ADC)」に関する世界の研究184件のうち、89件が中国の製薬企業で実施されていた。

 2010年まで、中国の製薬企業は売り上げの多くをジェネリック医薬品に依存し、革新的医薬品へのアプローチをほとんどしていなかった。中国では2015年に始まった医薬品監督管理体制改革をきっかけに、海外から数多くの優秀なバイオ医薬人材が帰国したことや、国内製薬業の上流産業チェーンにおけるイノベーション体系が形成されたことなどにより、CRO(医薬品開発業務受託機関)からCMO/CDMO(医薬品製造業務受託機関/医薬品開発製造業務受託機関)、CSO(医薬品販売業務受託機関)までをカバーする医薬品アウトソーシング(CXO)セクターが構築された。政策面においても、臨床試験の「30日間迅速審査」が始まったほか、新薬が承認されてから医療保険目録に組み込まれるまでの期間も、従来の約5年から1年程度まで短縮した。第1類の革新的医薬品の販売開始数は、2018年の9件から2024年には48件に急増した。中国の製薬企業による海外へのライセンスも、2024年は約90件で総額500億ドル(1ドル=約150円)に達している。

 ハーバード大学ケネディ行政大学院(HKS)の調査では、人工知能(AI)や宇宙、量子技術など5つの重点分野のうち、中国はバイオテクノロジー分野で「最も重要な競合相手」となっており、最初に米国を追い越す可能性があると指摘した。

 バイオ製薬分野において米国政府は、「バイオセキュア法」案に基づくBGI系など中国国内製薬企業5社と引き取り禁止令の発出(2023年)、中国ユーザーによるバイオ医学データベースへのアクセス禁止(NIH、2025年4月)、FDAによる中国関連案件への審査実施(2025年6月)など、さまざまな措置で中国を制約しようとしている。しかし、メルク(Merck)やファイザー(Pfizer)などの米大手製薬企業が中国企業から受ける新薬ライセンスの成約件数は減っておらず、生産ラインから原料/補助原料、臨床試験まで、中国企業への依存を形成しつつある。

 また、NSCEBの最新レポートでも、合成生物学分野における高被引用論文の割合は、米国が2010年の45%から28%に減少した一方、中国が2010年の13%から31%に増加し、逆転したことが示されている。

 呉氏は最後に、米国メディアによる「中国の製薬企業が『世界の新薬の基準』を再定義しはじめた時期に、米国が『デカップリング』を提起したのは遅かった」との言葉を引用し、人類の健康福祉に関する米中競争の本質は、ゼロサムゲームではなく協調こそが『特効薬』であると指摘した。

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