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【25-32】海外ネットワークが支える中国の研究開発力

JST北京事務所、Science Portal China編集部 2025年12月03日

1. はじめに

 中国は、研究開発力を急速に高め、論文数と高被引用論文数の両面で世界トップレベルに達している。本稿では、中国の研究開発力の急成長を支える背景として中国国外とのネットワークの活用に着目し、研究論文の国際共著関係の動向を分析した。その結果、「Science」および「Nature」の2誌において、「A.中国国外の研究機関に所属する中国系姓の第一著者が、ルーツである中国の研究機関との国際共著を通じて強固なネットワークを構築していること」、「B.当該中国系姓第一著者による論文数が増加し、顕著な存在感を示していること」が示され、この2点が中国の研究開発力の急成長を背後から支えていることが明らかとなった。

2. 本分析の目的について

 中国は、1978年以降の改革・開放政策により、研究開発力を飛躍的に高め、論文数や高被引用論文数において世界トップに位置するに至った[i]

 本稿は、こうした急成長の背景要因のうち「海外とのネットワークの活用」に焦点を当て、国際的に影響度の高い研究論文を発信する中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者による、中国の研究機関との国際共著論文数および論文数を、時系列・国別に定量分析することで、当該中国系姓第一著者による中国との国際共著ネットワークの形成状況を明らかにすることを目的とする。

 国外に所属する中国系姓研究者に着目する理由は、従来の所属国ベースの統計では把握しにくい、国境を越えた人的ネットワークの広がりや、ルーツである中国との結びつきの強さを評価できる点にある。例えば、多くの中国系姓研究者は、中国国外の研究機関に所属していても、中国の研究者との国際共同研究を継続しており、国際的な知的ネットワークの重要なハブとなっている。本稿では、こうした動きを定量的に把握するために、論文著者の中国系姓と所属機関情報をもとに、中国との国際共著割合を分析し、中国の学術ネットワークがどのように国外へ拡張しているかを明らかにする。

 さらに、第一著者に着目することで、研究および論文作成に最も大きく関与する研究者の動向を反映できる。また対象ジャーナルを「Science」および「Nature」に限定したのは、両誌が国際的に権威のある総合学術誌であり、掲載論文が世界トップレベルの研究であるとされるためである。

 本稿の特徴は、単に論文数の増加を示すのではなく、姓ベースで中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者を抽出し、ルーツである中国との国際共著ネットワークを定量的に示した点にある。これにより、中国の研究機関が強固な海外ネットワークを有していることを明らかにできる。

3. 本分析の手法

A. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者と、ルーツである中国の研究機関との国際共著論文数

 Web of Science(WoS)の書誌情報(著者名=漢字の中国語発音に基づいたアルファベット表記、所属機関および国名、掲載誌、発行年等)を用い、一般的にトップジャーナルとして認識されているScienceおよびNatureの2誌に掲載された論文における中国系姓第一著者が所属する研究機関の国名を抽出するとともに、中国国内の研究機関に所属する共著者を抽出の上、国別×年次で、国際共著の比率変化を確認した。

 中国系姓の同定は、中国国家統計局による「2010年11月第六次人口調査資料」の報道記事による上位100の姓に加え、WoS[1]論文データ上で確認された中国系姓を中心に19の中国系姓を筆者が追加したものを使用した。上位100位で漢民族人口の87%(2010年)に及ぶ。【補足資料①「中国系姓リスト」参照】

 なお、姓ベースによる集計には、出自や国籍の断定不可、同姓の多国籍性、表記揺れ等の要因により、誤識別を引き起こす可能性があるが、中国系姓研究者の海外での研究活動の動向や、その変化の兆候を早期に捉えることが可能となる。

B. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者による論文数

(1)と同様に、WoSを用い、ScienceおよびNatureの2誌に掲載された論文の中国系姓第一著者を抽出。国別×年次で比率を算出し、世界と主要国における中国系姓第一著者論文数の比率変化を確認した。

(データ取得日)
・2012年~2022年:2023年8月2~7日
・2023年~2024年:2025年7月30日

4. 先行研究

 中国系研究者の国際的役割については先行研究が蓄積されている。Xie & Freeman(2020)は、中国系ディアスポラ研究者(中国で生まれ、国外で働いている研究者)が高被引用論文の生産や国際共著ネットワーク形成に大きな役割を果たしてきたことを示した[ii]。さらに Xie & Freeman(2023)は、米国と中国を結ぶ研究接続の中で、ディアスポラ研究者および帰還研究者(リターニー)が形成する大規模な研究集団を明らかにし、その生産性への寄与を定量的に分析している[iii]

 また、日本においては、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が2024年に発表した調査研究(DISCUSSION PAPER No. 232)において、AAAI-20(2020年開催)の動向分析を通じ、機関単位の筆頭著者や共著ネットワークという観点から、中国系(中華圏系と推定される)研究者の顕著な存在感や国際的な研究人材の循環構造が示されている[iv]

 本稿はこれらの研究を直接参照したものではないが、先行研究が示す知見と照らし合わせることで、本分析の位置づけを明確にできる。

 なお、筆者を含むグループは、同様の手法でクラリベイト社のリサーチフロント論文を対象として学会発表を行ったことがある[v]

5. 分析結果

A. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者と、ルーツである中国の研究機関との国際共著論文数

 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者と、中国国内の研究者との国際共著論文の比率は、2010年代初頭から中盤にかけて、世界において拡大し、特に主要国では共著の一定割合を占めるまでに成長した。これは、中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者が一定の割合を占め、かつルーツである中国と活発に研究協力を行っていることを反映している。【図1】

 また、中国国外の研究機関に所属する中国系姓ではない第一著者(以下、「その他第一著者」)についても、中国国内の研究者との国際共著論文の比率は堅実に一定割合を維持している。

 しかし2022年を境に、中国との国際共著論文比率が弱含みとなり、これまでの成長曲線から外れ始めている。また以下のNISTEP資料からも、類似の傾向が読み取れる。

「科学研究のベンチマーキング2025-論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況-[vi]

・P37【図表14】「国際共著論文率の推移(%)」:中国における国際共著比率が2019年以降減少(2023年19.6%)。なお、【図表13】「国際共著論文率の推移(件)」では、中国における国際共著件数が2023年には前年度に比べて減少している。

【図1】 中国研究機関との共著割合(World(without China))(Science,Nature2誌)

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 また、中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者による論文中、中国国内の研究機関に所属する研究者との国際共著論文の割合について、中国を除く全件「World(without China)」と米国においては、いずれも2012年から2022年にかけて中国系姓の割合が上昇し、ほぼ足並みをそろえる動きを示してきた。しかし2023年以降は双方ともに中国系姓第一著者の割合が低下しているものの、低下の幅に差が生じており、米国では2022年の26.9%をピークに2024年には14.2%まで低下している。これに対して、他国では、緩やかな上昇傾向が続いている国があり、動きにばらつきが見られる。米国の割合の低下と併せて考えると、中国系姓研究者の国際的活動拠点が米国一極集中から部分的に分散し、地域的に多様化しつつある可能性が示唆される。【表1】、【補足資料②「国別中国系姓論文割合の年次推移」参照】

 なお、中国国外の研究機関に所属する、その他第一著者による論文中、中国の研究機関に所属する研究者との国際共著論文の割合についても類似の傾向を読み取ることができる。【表2】、【補足資料②参照】

 さらに、以下の文部科学省NISTEP資料からも、類似の傾向が確認できる。

「科学研究のベンチマーキング2025-論文分析でみる世界の研究活動の変化と日本の状況-」

・P9【概要図表12】「米国の国際共著論文に占める日本と中国のシェアの推移」:米国の国際共著論文に占める中国の比率は2019年(29.0%)まで急激に増加したが、近年低下(2023年24.4%)。

 なお、中国所在機関所属研究者を第一著者とする2誌掲載論文数は、2023年以降も増加している。

【表1】 中国系姓第一著者論文中、中国機関共著者有の割合(2誌論文数国別上位20か国)

(図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます)

表1

【表2】 その他第一著者論文中、中国機関共著者有の割合(国別上位20か国)

(図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます)

表2
 

B. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者による論文数

 上記(1)において、中国の研究機関に所属する研究者と、中国国外の研究者との国際共著論文数の割合は近年減少の傾向がみられることを示したが、中国を除く世界全体における中国系姓第一著者論文の割合は一貫して増加している。2010年代初頭には限定的であったが、2020年代初頭には、ScienceおよびNatureの2誌においても顕著な存在感を示すようになった。【図2】

【図2】 中国系姓第一著者論文の割合(World(without China))(Science,Nature2誌)

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 また、主要国別で中国系姓第一著者の比率を見ると、世界全体で長期的に上昇しており、特に米国における中国系姓第一著者論文の比率が高く、4分の1を超える水準に達していることが確認できる。ただし、2020年以降は増加ペースが緩やかになり、世界全体の傾向と比較すると横ばいに近い動きがみられる。

 さらに、米国以外の国によっては、引き続き上昇傾向が続いている。【表3】、【補足資料②参照】

【表3】 中国系姓第一著者論文割合(国別上位20か国)

(図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます)

表3
 

6. 考察

A. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者と、ルーツである中国の研究機関との国際共著論文数

 米国をはじめとする各主要国において中国系姓第一著者による中国機関との国際共著論文が一定の割合を占めていることは、中国の研究機関および研究者が、中国国外の各主要国と強いネットワークを構築していることを示している。また、従来は米国と中国との間で強く結ばれていた国際共著関係が、近年では欧州やアジア地域を含む多様な経路へと広がりつつある。近年の国際共著割合の低下傾向の理由を断言することは尚早であるが、以下の可能性が考えられる。

① 中国国内の研究開発力の向上

中国の研究開発力が向上し、中国国内で研究課題を達成する割合が高まったことにより、以前と比較して中国国外の研究機関との国際共同研究の必要性が低下した。

② 各国における研究セキュリティ関連政策の強化

近年、各国で研究セキュリティに関する政策が強化され、研究費配分や国際共同研究に関する透明性の要求が高まる等、制度の変化を受けた影響が挙げられる。こうした研究セキュリティに関する制度変化は、国際共同研究の立ち上げや維持に一定の影響を与える可能性がある。

B. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者による論文数

 米国における中国系姓第一著者論文割合の増加ペースが低下する一方、引き続き上昇傾向が続いている国もある。このことから、中国系姓研究者の受け皿が地域的に分散しつつあることが示唆される。

 また、世界全体における中国系姓第一著者論文の割合が一貫して増加を続けていることは、上記「3. A. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者と、ルーツである中国の研究機関との国際共著論文数」において確認された、直近数年の国際共著割合の低下を補い、中国と中国国外の研究機関および研究者の強いネットワークの形成に寄与しているものと考えられる。

7. おわりに

 本分析により、ScienceおよびNatureのトップジャーナル2誌において、「A. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者と、中国国内の研究者との国際共著論文数は一定割合を占め、ルーツである中国と活発に研究協力を行っていること」、また、「B. 中国国外の研究機関に所属する中国系姓第一著者も一定の割合を占め、さらに、着実且つ急速に増加しており、中国と中国国外の研究機関および研究者の強いネットワークの形成に寄与していること」が示された。

 加えて、従来は米国と中国との間で強く結ばれていた国際共著関係が、近年では欧州やアジア地域を含む多様な経路へと広がっており、中国系姓第一著者の地域的な受け皿が多様化し、国際共著ネットワークが形成されていることも確認された。

 主要国における優秀な研究人材の獲得競争が激化する中で、日本が世界の頭脳循環の流れから取り残されないようにするためには、トップジャーナルとの評価が定着しているScienceおよびNatureの2誌に論文が掲載される中国系姓第一著者のような優秀な研究者との研究協力の関係をより深める必要がある。中国系姓第一著者の国際共著や所属機関の国が多極化しつつある局面で、日本もこうした新たな動きを積極的に活用することが、日本の研究開発力の強化にも有効であると考えられる。

【補足資料①「中国系姓リスト」】
(ア) 2010年11月第六次人口調査資料から筆者作成

※人口比は全国の漢民族人口に占める割合
(図をクリックすると、ポップアップで拡大表示されます)

図1

(イ) 筆者による追加分

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【補足資料② 国別中国系姓論文割合の年次推移(2012~2024)】

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参考文献

 

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