【12-007】中国の環境法の概要(1)
金 振(地球環境戦略研究機関気候変動グループ特任研究員) 2012年 7月 17日
1.環境分野における法整備の動向
1.1 加速する法整備
近年、中国では環境分野における法整備が加速している。それは、環境に関連する法令の成立の数からも覗うことができる。2012年6月までに、環境に関連する立法は計25本に達している。そのうち5割以上の法律(14本)は、2000年から2008年までの8年間に成立したものであり、その数は、1980年から1999年までの20年間に成立した法律の数(11本)を上回るものであった。また、環境関連の国務院令(日本の政令相当)も同じ傾向にあり、全体(40本)の約7割にあたる27の国務院令は、2000年以降公布されたものである(以上、中国環境保護部法令データに基づく集計)。
法律や国務院令のほかにも、環境関連の法令(行政命令)として、日本の省令に当たる部門規章や日本の地方自治体の長の規則に当たる地方政府規章(31の省級政府[1]および個別法で認められた45の地方政府および5の国家開発区委員会)があり、2005年まで、およそ500本の部門規章と1600本の地方政府規章が制定されている。国家「立法法」上、地方政府規章は、部門規章と同等の法的効力が与えられており(図1)、地方の環境行政のみならず、様々な地方行政の遂行において重要な役割を果たしている。ちなみに、日本の場合、都道府県知事の制定する規則は、中央省庁の大臣が制定する省令より下位におかれている。
そのほかにも、各地方人民代表大会(地方議会)によって制定される条例(一部の地方政府に限り条例制定権が認められている)も重要な環境関連の法規範である。
図1 中国における行政機関の命令制定権限
1.2 国務院文件の役割
前述のほかにも、環境行政をも含めた様々な行政執行過程において重要な役割を果たしている「国務院文件」という法規範が存在する。
中国の行政実務において「紅頭文件」と呼ばれている「国務院文件」とは、国務院が28の中央部委(日本の省庁にあたる)や32の省級政府等(新疆建設兵団も含む)を名宛人として公布する「決定」、「意見」、「通知」の総称である。これらの国務院文件が通知(通達)の形式によって公布されるため、日本ではしばしば、国務院「通達」として訳しているが、それは正確ではない。
なぜなら、日本の行政法学における通達とは、行政の内部規範であり、法的拘束力はないのに対し、国務院決定や国務院意見は法的拘束力を有する法規範であるからである。本来であれば、国民の権利や自由の制限にかかる制度の導入は法律に基づくべきであるが、根拠となる法律がない場合、あるいは法律は存在するものの該当する規定がない場合、国務院文件が法律に代わり、規章などへの授権を通じ、規制制度を導入することが一般的である。
その背景には、国民の権利や義務を制限する規制は法律によるべきという「法治主義」理念の追及より、まずは国務院文件を通じて制度を動かし、全国的な普及可能性や政策効果が実証された後にそれを立法化する「実利的」な立法政策が優先されているからである。国務院文件は、煩雑な立法手続を必要とせず、迅速かつ柔軟な政策課題への対応が可能となるため、特に新しい政策課題や複合的な政策課題が生まれている分野において重要な役割を果たしている。このような「実利的」な立法政策の傾向がより顕著である分野がまさに環境政策分野であり、数多くの国務院文件によって制度が確立、執行されている。
1.3 環境保護法の体系
1979年の環境保護法(暫定施行法)の公布から現在に至るまで、様々な法令が制定されており、これらはいくつかの環境保護分野を形成している。法令に着目した場合の環境保護法分野は大きく、(1)自然環境および生態環境保護関連法(森林法、水法、草原法、野生動物保護法、生態保護法など)、(2)公害防止関連法(水汚染防止法、大気汚染防止法など)、(3)3R関連法(循環経済促進法)、(4)環境関連救済法(民法通則、権利侵害責任法、物権法などの民事関連法の改正による環境権規定や権利侵害に関する救済規定の追加、刑法の改正による環境資源破壊罪の新設、個別法に基づく環境保護部局による仲裁制度の設置など)、(5)環境関連国際条約、規約(京都議定書など)等に分類できる。
1.4 新たな環境法(政策)分野の出現
上記のほかに、近年、新たな政策分野となる環境経済法(政策)分野が形成されつつある。2011年、環境関連法(制度)の整備に関する国家計画(「全国環境保護法規および環境経済政策の整備に関する第12次5か年計画」)が発表され、新たな環境経済法(政策)分野の構築が目標として掲げられた。環境経済法(政策)とは、既存の規制中心の環境法体系を補完する目的として導入した様々な市場メカニズムの総称ともいえ、保険、金融(融資、証券)、租税などの政策分野を跨る新たな環境分野である。具体例として、環境汚染責任保険制度、環境法令違反企業の融資制限制度、汚染物質排出権取引制度、温室ガス削減量取引制度、環境保護関連設備製造企業の法人税減免制度などがあり、国務院文件、あるいはその授権に基づく中央行政機関(商務部、税務総局、財政部など)による決定、通達等によって確立された政策である。現段階において、これらの制度は、実験的、あるいは暫定的に行うものではあるが、全国的な普及可能性や政策効果が実証されれば速やかに法令化されることが想定されているため、新たな環境法令の「予備軍」としての性質をも持つ。
以上の点に鑑み、本シリーズでは、これらの「予備軍」をも環境法体系の一部として捉え、スポットを当てる。
[1]台湾および特別行政区を除く。
(注)本研究は、環境研究総合推進費S‐6「アジア低炭素社会研究プロジェクト」の研究成果の一部である。
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金 振(JIN Zhen)
公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ特任研究員。1976年、中国吉林省生まれ。 1999年、中国東北師範大学卒業。2000年、日本留学。2004年、大阪教育大学大学院教育法学修士。2006年、京都大学大学院法学修士。2009年、京都大学大学院法学博士。2009年、電力中央研究所協力研究員。2012年4月より地球環境戦略研究機関特任研究員(現職)。
URL: http://enviroscope.iges.or.jp/modules/envirolib/staff_view.php?sid=549