【16-001】中国における企業の経営範囲の登記制度
2016年 3月 8日
伊藤 ひなた(Ito Hinata)
中国弁護士、アクトチャイナ(株)代表取締役社長。北京大学卒。長年、日本及び中国を拠点として、日本企業の中国進出・事業再編・撤退、危機管理・不祥事対応、労務紛争などの業務を取り扱っている。2 011年に中国ビジネス法務を専門とするアクトチャイナ(株)を設立し、現在に至る(会社ウェブサイト http://www.actchina.co.jp)。
中国法における企業の「経営範囲」は、日本法上の会社の「目的」(日本会社法第27条第1号等)に相当する概念であり、企業が従事する経営活動の範囲を画することとされている。企業の経営範囲は、企業の定款に記載することが要求されている他、日本の商業登記簿謄本に相当する書面であり、中国各地の工商行政管理部門が発行する営業許可証上にも記載されることとされている(中国会社法第12条)。2015年8月27日、中国の国家工商行政管理総局は、企業の経営範囲の登記に関する運用指針である「企業経営範囲登記管理規定」(国家工商行政管理総局令第76号、以下「管理規定」という。)を新たに公布し、当該管理規定は同年10月1日より施行されている。これに伴い2004年7月1日付けで施行されていた旧「企業経営範囲登記管理規定」(以下「旧管理規定」という。)は廃止された。本稿の目的は新たに施行された管理規定について、主な内容を紹介することにある。
1.経営範囲の定め
企業の経営範囲は、企業の定款又はパートナーシップ契約の定めと同一である必要があるとされており、企業の経営範囲に変更が生じた場合には、企業は、その定款又はパートナーシップ契約を変更した上で、企業登記機関に対し変更登記手続を申請しなければならないとされている(管理規定第3条)。
また、企業の経営範囲は、企業の名称に使用された業種及び企業の経営上の特徴とされる業務を包含し、又は表すものでなければならないとされている。複数の業種を営む企業については、その経営範囲の中の第1項の経営項目に該当する業種が、当該企業の業種であるとみなされる(同第7条)。
2.許可経営項目
企業の経営範囲は、「一般経営項目」と「許可経営項目」の二種類に分類される。
このうち「一般経営項目」については、別途許認可を取得する必要がないため、一般経営項目が営業許可証に記載されてさえいれば、企業は当該許可経営項目に記載された業務に従事することができることになる。これに対して、許可経営項目については、営業許可証に記載される他、例えば食品の製造・販売、医療機器の取扱、電信業務など、当該企業が営む具体的な業種に応じて、政府主管部門から個別に許認可を取得しなければならないこととなる。
また、許可経営項目については、当該許可経営項目の登記前に許認可を取得しておく必要があるものと、当該許可経営項目の登記後に許認可を取得すれば足りるものとに分類される。すなわち、企業が登記を申請する経営範囲において、法律、行政法規又は国務院の決定が登記前に許認可を取得することを要求している許可経営項目(以下「前置許可経営項目」という。)については、事前に関連政府主管部門から許認可を取得してから企業登記機関に登記を申請することになる。これに対して、企業が登記を申請する経営範囲において、法律、行政法規又は国務院の決定が、登記後に許認可を取得することを要求している経営項目については、企業登記機関にて登記を行った後、関連政府主管部門から認可を取得して初めて当該経営項目に従事することができることになる(同第4条)。
3.許可経営項目の公示義務
管理規定は、企業が許可経営項目を公示しなければならない旨を明確に定めている(公示義務)。すなわち、企業は、その経営範囲に許可経営項目が含まれる場合には、政府主管部門から許認可証明書等を取得した日から20営業日以内に、企業信用情報公示システム(http://gsxt.saic.gov.cn。当該サイトにアクセスすれば企業の経営範囲や登録資本金等の情報が即時に検索、閲覧でき、また、費用も無料であるため、日本の登記情報提供サービスよりも利用しやすい面がある。)を通じて、許認可証明書等の名称、許認可を行う機関、許認可の具体的な内容及び有効期限等を公示しなければならないとされている。また、企業は、設立申請の際に、その経営範囲に前置許可経営項目が含まれる場合には、企業の成立日から20営業日以内に前置許可経営項目を公示しなければならないとされている。さらに、企業は、許認可機関の許認可証明書等に変更があった場合には、当該変更が許可又は認可された日から20営業日以内に、当該変更事項を企業信用情報公示システムで公示することが求められている(同第6条)。
4.企業再編等における前置許可経営項目の取扱い
合併、分割等の企業再編等が発生した場合、企業が既に許認可を取得している前置許可経営項目については、企業再編等の後の取扱いが、以下のとおり規定されている(同第9条乃至第11条)。
合併・分割 | |
存続企業 | 合併・分割前に既に取得した前置許可経営項目については、改めて許認可を取得する必要はない。 |
新設企業 | 前置許可経営項目について、改めて許認可を取得しなければならない。 |
企業形態の変更 | |
変更前に既に許認可を取得した前置許可経営項目については、改めて許認可を取得する必要がない。 | |
出資者の変更 | |
国内出資者から国内出資者への変更 | 変更前に既に許認可を取得した前置許可経営項目については、改めて許認可を取得する必要がない。 |
外国出資者から外国出資者への変更 | |
国内出資者から外国出資者への変更 | 許認可機関からの許認可証明書等に基づき、改めて経営範囲を登記し直さなければならない。 |
外国出資者から国内出資者への変更 |
5.営業範囲の逸脱への罰則の有無
日本法上では、会社の「目的」に明確な記載がない事項についても、事実上営業活動を行うことが許容されてきた。これに対して、中国では、従前より、企業は、原則として営業許可証に記載された経営範囲内の事業についてのみ従事することができるとされており、特に外商投資企業に関して、当局は、その経営範囲について厳格に管理がなされてきた。
旧管理規定では、企業が登記していない一般経営項目に従事した場合には、経営範囲の逸脱があったとして、企業の登記機関から処分される旨が規定されていた(旧管理規定第16条)が、新管理規定ではかかる規定が削除された。これについて、立法担当者による解説では、「企業がその登記した経営範囲を超えて経営活動に従事した場合には、当該行為が法律・行政法規の市場参入に関する制限的規定に違反しない限り、民事関係において適法・有効であるだけでなく、行政処分をも受けるべきではない」[1]の見解が改正理由として示されている。
6.支店の法人格および経営範囲
企業の支店は、独立した法人格を有しておらず支店独自に民事責任を負うことができないため、管理規定は、企業の支店の経営範囲は、原則として、所属企業の経営範囲を超えてはならない旨を規定している(同第12条)。
以上
[1] 「企業経営範囲登記管理規定の改正に関する説明」第5条