【18-016】中国式「敵対的/友好的」交渉術-日本と大きく異なる中国の交渉スタイルへの対処-(その1)
2018年10月29日
野村 高志:西村あさひ法律事務所 上海事務所
パートナー弁護士 上海事務所代表
略歴
1998年弁護士登録。2001年より西村総合法律事務所に勤務。2004年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上海)に勤務。2010年に現事務所復帰。2012-2014年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。2014年より再び上海に駐在。
専門は中国内外のM&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブレベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
主要著作に「中国でのM&Aをいかに成功させるか」(M&A Review 2011年1月)、「模倣対策マニュアル(中国編)」(JETRO 2012年3月)、「中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、「アジア進出・撤退の労務」(中央経済社 2017年6月)等多数。
1. はじめに
皆様、初めまして。弁護士の野村と申します。上海をベースに、日中間の投資・法務・知財案件を手掛けております。本サイトに寄稿させていただくことになりました。皆様のご指導、ご鞭撻を賜れたら幸いです。
さて、私が弁護士として関与する中国案件では、様々な交渉が伴うのが常ですが、本稿では、中国案件における交渉のスタイルについて取り上げたいと思います。中国案件においては、合弁事業の案件では、中方パートナーとの合弁交渉、買収案件では、買収対象会社やその株主との買収交渉、紛争案件では、紛争の相手方との示談交渉、撤退案件では、社員や労働組合との条件交渉等...。私自身も、今までに、数え切れないくらい中国における各種の交渉に参加してきました。
初めて中国における交渉に参加した日本人ビジネスパーソンは、中国側のペースに振り回されて当惑したり、相手方に不信感を抱いたりすることも多いようです。言葉の壁によるミスコミュニケーションもしばしば生じるため、スムーズに交渉を進める上では中国語の素養や通訳の能力も重要なポイントとなりますが、かといって、言葉が通じればそれで十分という訳でもありません。中国式の交渉スタイルは日本や欧米の交渉とは異なっている面が多々あり(そのため、欧米や日本の交渉理論が、うまく当てはまらないケースも多いように思います)、それを理解して上手に対処することが、中国ビジネスの成功には欠かせないと思います。最近、上海など先進国並みに発展した都市部では、中国人ビジネスパーソン(特に民営企業)の行動様式も洗練されてきており、交渉スタイルの面でも上述したようなギャップは減りつつありますが、内陸の地方都市における交渉や、大手国有企業との交渉などでは、まだ昔ながらの中国式の交渉スタイルに直面することがあります。
今回は、私が「敵対的/友好的交渉」と呼んでいる、中国に特有の交渉パターンについて解説します(その他にも、「タフ過ぎる交渉家との交渉」、「混乱・迷走する交渉」、「感情露わに闘う交渉」など中国に特有の交渉パターンが色々ありますが、別の機会に譲ります)。
2. 中国式交渉の実情
交渉を、「友好的交渉」と「敵対的交渉」の2種類に分けて説明することがあります。
「友好的交渉」は、相互の信頼に基づく友好的な雰囲気のもと、互いに落とし所を探りながら歩み寄り、スムーズに合意に至るような交渉パターンを、「敵対的交渉」は、互いに相手に対して不信感を持ち、対立的な雰囲気のもとで、互いに強硬な要求を繰り出し、譲ろうとはしない交渉パターンを表します。交渉の進め方や雰囲気を表現できる点で、理解し易い分類方法でもあります。
一般に、合弁交渉や(友好的な)買収交渉の場合には、基本的には友好的交渉となり、これに対して、訴訟・紛争案件や労働者との交渉等の場合には、敵対的交渉になり易いということができます。
ところが中国では、交渉の過程の中で、あるときは友好的交渉になり、また突如として敵対的交渉となるというように、二つのパターンが何度も入れ替わって現れることがよくあります。この変化がよく理解できないと、その対応に苦慮させられます。中国における交渉では、敵対的な交渉と友好的な交渉とを切り離すことができないという意味で、私は本稿のタイトルにあるように「敵対的/友好的交渉」という呼び方をしています。
具体的な実例は次項で紹介しますが、このように友好的交渉と敵対的交渉のパターンが何度も入れ替わる場合、交渉に臨む日本人担当者の目線で見ると、中国側の交渉相手が、突如として態度を急変させるように見えがちです。今まで笑顔で和やかに話をしていたのが、突然顔を紅潮させ、大声でまくし立てるようになり、強硬な条件を次々提示してくると、中国での交渉に慣れない日本人担当者としては、大いに戸惑うのも無理はありません。
表面的に見ると、相手に揺さぶりをかけるための交渉テクニックにも見えますが、それだけでなく、こうした「敵対的/友好的交渉」は多くの中国人が日常的に行っているコミュニケーション方法に根差したものでもあると考えます。その主な特徴は以下のように纏められます。次項で、具体的な実例に則して説明します。
敵対的/友好的交渉の特徴
①まずは中国式おもてなし、相手の出方を探る。
②交渉スケジュールのコントロール権を握り、相手の持ち時間を失わせる。
③敢えて難しい条件を突きつけ、相手の出方を窺う。
④休憩時間や宴席での雑談も、全て交渉の一部。
⑤交渉が纏まる寸前で、更に大幅な譲歩を求めてくる。
⑥いつでも何でも常に交渉できると考え、書面で合意した後でも交渉を持ちかける。
3. 中国式「敵対的/友好的交渉」の実例と分析
中国の合弁契約交渉における「よくある敵対的/友好的交渉」の一例を具体的に紹介し、その特徴と対応策を説明します。幾つかのパターン(場面)に分けて、中国式「敵対的/友好的」交渉の特徴的な表れ方と、それへの対処方法について述べます(以下の事例は著者の過去の様々な経験を踏まえていますが、あくまで仮想事例としてお考え下さい)。
よくある日中合弁交渉パターン
A株式会社(以下「A社」という)は、中国の甲有限公司(以下「甲公司」という)との間で合弁事業の交渉を進めていた。本プロジェクトはA社の工作機械事業部が進めており、何度かの交渉を経て、契約内容の合意まであと一歩の状況になった。同事業部の山田課長は、契約条件の詰めの交渉のため、一週間の出張予定を組んで甲公司を訪れた。
パターン1
×月×日(月曜日)午前に現地入りすると、甲公司の董事長以下がずらりと並んで歓迎を受けた。合弁事業の開始後に、甲公司側から合弁会社に出向予定のメンバーを紹介され、今後の事業展開で話が弾んだ。夜の会食には地元政府の幹部も参加し、「A社の投資を大歓迎する」とのスピーチもなされた。
「甲公司側は、やる気満々だな。後の交渉も楽そうだ。」緊張が抜けた山田課長は、甲公司側の本プロジェクト責任者の王総経理から勧められるまま、酒杯を重ねた。結局その日は、契約内容に関する話は一切無かった。
翌日火曜日の朝、「今日一日のうちに契約条件は纏めてしまうぞ。」と山田課長が意気込んでいたところ、王総経理から渡されたスケジュールでは、甲公司が新たに建設した工場の見学予定が組まれていた。難色を示したものの、王総経理から「工場長や技術部長が、わざわざ時間を空けて待っているので。」と言われ、断ると悪いと考えて応じることにした。
「なるべく早く切り上げて、契約の話に入りましょう」と釘を刺していたものの、工場関係者の説明・質疑応答が長引いて夕方にようやく終了し、あとはお決まりの宴会へと流れていった。王総経理は終始笑顔で、「食べ物は口に合いますか?何か困ったことはありませんか?」と色々配慮してくれるのが、大変ありがたいと思った。
パターン1で見られる特徴は以下の通りです。
①まずは中国式おもてなし、相手の出方を探る。
②交渉スケジュールのコントロール権を握り、相手の持ち時間を失わせる。
(1) 「中国式おもてなし」への対処
一見すると交渉は順調な滑り出しのように見えますが、中国側が友好的なムードを意図的かつ戦術的に演出している面も見受けられます。大々的な歓迎セレモニーと宴会で、交渉を進めようという気分を盛り上げておき、宴会に政府関係者も出席して発言することで、あたかも合弁プロジェクトが既成事実のように演出しており、A社側が合弁契約に応じざるを得ないような雰囲気を醸成しています。
またこの間に、中国側は、山田課長との会話を通じて、日本側の考えている妥協点なども探っており、その後の交渉戦略を練っています。実際には交渉が始まっているわけです。
中国側は対外的なメンツを重んじますので、相手方が企画して第三者(特に政府関係者)を招いたイベントやアレンジにはある程度協力する姿勢を示す必要がありますが、その一方で、参加者の顔ぶれや会話の中身から、相手方の意図や考えを読み取ることも重要です。
(2) 交渉スケジュールのコントロール
交渉は最初から中国側のペースで進んでおり、スケジュールが専ら中国側にコントロールされている点には注意が必要です。交渉の予定期間は月曜日から金曜日にかけての5日間なのに、最初の2日間は実質的な交渉に入れないまま終わっており、その分、A社側の持ち時間が失われています。このあと山田課長は、残り3日間で交渉を纏めなければならないというプレッシャーにさらされ、ますます中国側のペースで進行していくことになります。
日本側でもスケジュールを用意して相手方に提示し、事前に調整をしておくほか、中国側が提示したスケジュールについても、しっかり意見を述べ、想定している交渉プランに沿って進められるように尽力する必要があります。交渉の中身に入る前段階から、水面下での主導権争いは始まっているわけです。
パターン2
水曜の午前9時に、甲公司の会議室で、ようやく契約交渉が始まった。「さすがに今日は話を進めないと、上司に叱られるだろうな。」と心配していた山田課長の前に、甲公司側から中国語の書面が提示される。
その場で通訳に翻訳して貰ったところ、前回の交渉で一旦合意したはずの内容を覆す、甲公司に一方的に有利な条件が列挙されていた。主な要求事項は5項目で、そのうちX装置に関するA社の最新技術を合弁会社に供与するよう求めている点は、特に受け入れがたい。
驚いた山田課長が、「これらの条件を受け入れるのは、A社としては難しいと思います。」と述べたところ、王総経理の表情が一変した。
「この合弁事業の成功のため、甲公司側は既に多くの譲歩をしており、それをA社側にも十分考慮して貰いたい!」「A社が合弁会社に供与する予定の技術について検討したところ、中国市場での競争力は十分ではないと判断した!」「A社があくまで非協力的な姿勢を変えないなら、本合弁プロジェクトは中止するしかない!」...王総経理が一方的にまくし立てる。話の内容は通訳を通じて理解したが、王総経理の表情と声の大きさから、相当感情を害しているように感じられた。
「ご要望は承りました。本社と相談してみようと思います。」逡巡の末に山田課長が応じると、王総経理が表情を少し緩めて言った。「中国の市場は非常に大きい。両社が協力すれば必ず成功します!」
山田課長は、昼食もそこそこに、本社の担当役員と電話で協議した。「思いの外に強い要求を受けています。かなり譲歩しないと交渉は纏まらないかもしれません...。」
パターン2で見られる特徴は以下の通りです。
③敢えて難しい条件を突きつけ、相手の出方を窺う。
中国における交渉では、中国側が、突然に、提示条件のハードルを引き上げてくることがよくあります。その理由や動機は様々であり、例えば、①ダメ元で言っているだけの場合、②日本側に探りを入れるつもりで色々提示している場合、③担当者のその場の思いつきに過ぎない場合などが考えられます。
このような場合、中国側の交渉担当者が、それまでとは打って変わって厳しい姿勢で望んでくるケースは頻繁に見られます。感情を露わにしたり、日本側を非難・威嚇する発言が出ることもあります。本気の場合もあれば、演技やブラフの場合もあります。
相手が何を考え狙っているか、どの辺りを落とし所として考えているかを見抜く必要があり、そのために様々な角度から質問をしてみたり、時には相手の主張に正面から強く反論してみたりといったやり取りを交わす必要があります。
(その2へつづく)