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【19-003】行政処罰情報にもデータベース化の波

2019年2月25日

御手洗 大輔

御手洗 大輔:早稲田大学比較法研究所 招聘研究員

略歴

2001年 早稲田大学法学部卒業
2003年 社団法人食品流通システム協会 調査員
2004年 早稲田大学大学院法学研究科修士課程修了 修士(法学)
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学
2009年 東京大学社会科学研究所 特任研究員
2009年 早稲田大学比較法研究所 助手(中国法)
2012年 千葉商科大学 非常勤講師(中国語)
2013年 早稲田大学エクステンションセンター 非常勤講師(中国論)
2015年 千葉大学 非常勤講師(中国語)
2015年 横浜市立大学 非常勤講師(現代中国論)
2016年 横浜国立大学 非常勤講師(法学、日本国憲法)
2013年より現職

現代中国の行政処罰情報の公開について

 先月半ばに国家統計局が「行政処罰情報公開弁法(試行)」を公布しました(以下、当該弁法とします)。法令名称のとおり、「国家統計局」が行政処罰の情報を公開する手続きを定めています。そして、早速公開が始まっています(下図)。

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図1 国家統計局HPの公開状況

 そもそも現代中国の行政処罰については、国務院が「中華人民共和国行政処罰法」を公布しており(以下、行政処罰法とします)、これが現代中国における行政処罰の基本法です。今回のコラムで紹介する当該弁法は、その1条で「企業情報公開暫定条例」と国務院の「ビッグデータを運用して市場の主体に対するサービス及び監督の強化に関する若干規定」の立法趣旨に照らして制定すると言明していますから、当該弁法は行政処罰法の下位法に当たる法令であると言えます。そして、当該弁法は、この行政処罰に関する情報を、国務院でなく「国家統計局」が公表すると言っているのです。

 行政処罰自体は行政処罰法に基づいて、国務院又は国務院が権限を付与した省等の人民政府や関係する行政機関が行政処罰権を行使することになっています(行政処罰法15条以下参照)。そして、国民、法人又はその他の組織が「行政管理秩序に違反する行為」を行ない法に基づいて行政処罰を与えるべき場合は、行政機関がその事実、理由及び根拠を明らかにしなければならないと言明します(行政処罰法30条以下参照)。そうすると、どんな処罰を、どんな理由と法的根拠に照らして下したのかは、行政処罰を与える行政機関が十分に理解しているはずですから、その行政機関が公表すべきだと思いませんか。なぜ国家統計局が公表するとしたのでしょう?

 ちなみに、行政処罰法の紹介と関連する手続き規定違反の効果の分析、裁判例の紹介については、例えば鹿嶋瑛「中国における行政手続規定違反の効果をめぐって」『東洋文化研究所紀要』159册(2011年3月)があります。宜しければご一読ください。

行政処罰情報の内容と評価

 今回は先行研究が行なった人民法院における行政手続きの実効性を再検討するのではなく、なぜ「国家統計局」が行政処罰情報を公開するのかを考えてみたいと思います。なぜならば、当該弁法によれば、行政処罰を受けた関係者の違法事実、処罰の種類、処罰の根拠と内容、処罰の結果だけでなく、その氏名・名称、住所に加えて統一社会信用コード[統一社会信用代码]を公表するとしているからです(下表)。これらの情報が権利主体のプライバシーを侵害するだろうと推測されるだけでなく、国家統計局は中国全土の統計業務や国民経済の推計を主管する統治機構の1つであり、その本来の業務からかけ離れた内容の公開のように思えるからです。

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表1 行政処罰情報公表フォーム

 このように書けば「現代中国がおかしい!」と考えている皆さんの興味を引くことができるでしょうか(笑)。興味を失わせる書き方になるかもしれませんが、誤解なきように事実を確認しておきたいと思います。

 まず、権利主体のプライバシー侵害については、当該弁法を公表するずっと以前の段階で、既に都市の繁華街の大画面の電光掲示板に債務踏倒し者の氏名や住所を公開し、人々に周知していました。今回の現象はこの流れが進化したにすぎません。次に、国家統計局は現代中国の国家社会の統計業務を統括する統治機構ですから、その責務に照らせば行政処罰の情報をデータベース化し、その傾向を公示すべきと言えますから、かけ離れているとも言えません。つまり、現代中国の過去から現在に至る現象には一応整合性があるわけですね。

 その一方で、「公正な処罰」であると認識していたとしても、それは当事者の認識にすぎません。よって主観的な判断であると評価されれば真摯に受け止めるしかありません。このような状況において、当事者でない第三者が、脱主観的な判断を行なうことで公正性を高めることを期待できます。要するに、「国家統計局」が行政処罰情報の公開を行ない、その統計データを集計・分析することは、統計の質的向上を図るうえで有効な試みであるとも言えるのではないでしょうか。

 それでも「現代中国がおかしい!」と考える人からは、前述の説明を詭弁であると吐き捨てられるかもしれませんし、それは司法を担う統治機構すなわち司法機関が行なうべきことであり、統計を担う統治機構が率先して担うべきでないと再反論されるかもしれません(ここに異文化理解があると私は思います)。なお、司法の役割やその仕組みについては以前のコラムで私見を若干述べましたので、こちら をご覧ください。

国家統計局も扱う統計データの意義とその功罪

 ここでは、行政処罰情報の公開は誰のためなのかを検討して参りましょう。

 そもそも統計データは、それが膨大になればなるほど、その統計的予測は勘や簡単な統計(単純統計と言います)を用いた予測よりも優れています。しかし、拾えない情報(これを暗数と言います)も当然にありますから、統計データによる予測が外れる場合もあります。そうすると、一方で暗数を解消するために更に膨大な統計データを求める傾向が生まれ、理想としては社会全域にわたる統計データが正確に拾えるシステムが望まれることになるでしょう。

 他方で、人間の行なう作業なので必ず間違いはあるし、暗数を完璧に取り除くことはできないと「あきらめる」傾向も生まれるでしょう。この傾向からは、そこそこの統計データを用いて社会に存在するかもしれない「傾向」を予測しつつ、そこにナマの人間の行動を組み合わせて予測し、その対策を考えるシステムが望まれることになるでしょう。

 私としては、後者の考え方に沿って統計データと付き合ってゆくのが適切であると考えます。なぜなら、(統計データが示す)事実は(自らの視点や判断に対して)自信のない弱者に対してつけ込み、現実的な情報をこれでもかと押し付けてきて、最終的にはその人間の満足しない結果(例えば自分では気に入らない選択なのにその選択をせざるを得ない結果)を生むからです。簡単な例を示すと、私の愛用するパソコンはVAIOなのですが、なぜVAIO製のパソコンを愛用しているかと言えば、VAIOに「惚れた」から。おそらく次のパソコンもVAIO製を私は選ぶでしょう。これが私の合理的選択の結果であり、それゆえに現実的な情報(例えば費用対効果、「ソニータイマー」など)を押し付けられても動じません。

 統計データと後者の付き合い方を私が選ぶに至った背景には、「現代中国の統計データは信頼できない」と決まり文句を繰り返し指摘している人々の言動があります。このように指摘する人はケース・バイ・ケースで前者の考え方に沿って批判したかと思えば、後者の考え方に沿って暗数になっている現象が大事だと批判します。いずれにせよ現代中国を批判している点では共通します。

 しかし、考えてみれば、これは統計データ自体のもつ功罪なのではないでしょうか。結局のところ、完璧な統計データが得られれば、それは暗数がなくなるということですから、最終的には自分の満足できない結果を受け入れよと迫られることになります。そうすると、完璧な統計データに従って言動を行えば良いことになりますから、究極的には人間が人間でなくなることを受け入れよと迫られることになるのではないでしょうか。

 要するに、統計データ自体は、それを根拠にして自らの論理的思考を強化する人々のためにあると同時に、統計データの結果に満足できない人々にとって(暗数の存在などで)完璧なデータでないから拒絶するとして自らが自らであることを守るためにあるわけです。

行政処罰法の公開は誰のためなのか?

 統計データの功罪が分かったところで、この視点から行政処罰情報に関する統計データを見て、「誰のためなのか?」に迫ってみましょう。

 行政処罰を受ける主体の名前や住所、統一社会信用コードの公表は、現代中国の構成員の1人であるその主体の社会的評価をコントロールすることになります。すなわち、その周囲に生存する構成員が、その行政処罰を受けた主体とどう付き合ってゆくかの判断材料を提供することになるので、その他の社会構成員のためであると言えます。

 行政処罰の根拠となった違法事実や処罰の種類、その法的根拠、処罰内容やその結果の公表は、類似の行動をその他の社会構成員が採ることを控えるよう警告することになります。また、その処罰が法に基づいたものであるかどうかを第三者の目で確認するという意味で、行政処罰を与えた行政機関の中立公正性やその公信力を高めることにもつながります。すなわち、「行政管理秩序に違反する行為」が何であるかを社会構成員が学習することになるので、法治社会の実現のためであると言えます。

 そして、公開期限を1年とし(当該弁法4条)、公開する内容に問題があれば執行監督局[執法監督局]が責任を負い、速やかに公開できない場合は資料センター[資料中心]が責任を負うとする(当該弁法8条)ことは、行政処罰情報を1年間公開する中でそのデータの正確性や脱主観性を確認し、正確な統計データとして編集するためであると言えます。

 このように、いずれの局面においても国家統計局が行政処罰情報を公開する目的は、この公開を通じて現代中国における統計データから導き出される論理的思考を強化する国家統計局自身のためにあると言えます。つまり、行政処罰情報の公開は、現代中国の国家・社会・個人のすべてに「正確な」統計データを提示するためであるという形式的な目的だけでなく、国家統計局の統計業務の質的向上のためであるという実質的な目的もあるわけです。

 そうすると、行政処罰を与えた行政機関がその統計データを管理することは脱主観性の要求を満たしませんし、その行政処罰の処断の判断に関与しなかった司法機関がその統計データを管理することはデータの正確性の要求を満たしません(司法機関にとって正確なデータであることにより自らの業務が強化・改善されるわけではないため)から合理的ではありません。そして、現代中国の国家社会の統計業務を統括する統治機構である国家統計局がその統計データを管理することは、この両者の要求を満たすと言えます。

統計データとの付き合い方が異なる

 しかしながら、当該弁法の内容から垣間見ることのできる現代中国の統計データとの付き合い方は、私の統計データとの付き合い方とは正反対のものです。さきほど統計データの功罪について単純化して示しましたが、彼らは暗数を解消した統計データの獲得に努力し、現代中国全域にわたる統計データが正確に拾えるシステムを構築しようとしているように見て取れます。先月(2019年1月)登場した500m以内の債務者を表示するWeChatアプリの登場は、この良い例かもしれません。

 また、現時点では、「統一社会信用コード」は日本の個人番号カードの「個人番号」に似ていると(私は)理解しています。一人一人の行動を捕捉する範囲が広がるので、捕捉率は高まりますが、危険でもあります。例えば、「統一社会信用コード」をキーにして、全く無関係のように思えるデータをコネクトさせていき、その結果として行き着くところは社会構成員のプライバシーの奪取すなわち自由を奪うことにつながったとなるかもしれません。

 当該弁法は、行政処罰情報の公開が誰のためかについて、現代中国の国家・社会・個人の三者すべてに向けた規定を設けています。おそらく、「国家統計局」が主導するので、今後の運用を経る毎に、国家社会のための行政処罰情報の公開という向きが強くなるでしょう。それと同時に、公開する行政処罰情報の正確性を個人がチェックすることによって法による支配の枠内に国家権力を封じ込める努力が求められるようになるのではないでしょうか。とはいえ、抗うように統計データの問題を指摘することが、結果として統計データの質の向上につながり、その正確性が高められることによって「完璧な統計データ」が私たちにこれでもかと現実的な情報を押し付けてくるわけです。無理に乗せられたレールを走っているだけのような感覚になりますけれども、この努力・抗いを止めた時点が、人間が人間でなくなることを受け入れる時点になってしまうかもしれませんね。

 今回は行政処罰情報の公開を国家統計局が行なう理由について明らかにしました。また、統計データの功罪から、それが私たちの人間性に対する挑戦になりはしないかという、少し大胆な警告を示しもしました。奇しくも日本社会で発生した「毎月勤労統計」の不正調査問題[1]をめぐる言動を見聞していると、残念ながら当該弁法の分析の中で紹介・整理した論理の大部分がどうも当てはまるように思えてなりません。

 そもそも「毎月勤労統計」は雇用動向の把握を目的とする統計調査です。ですから、暗数を解消することも大切ですが、暗数を完璧に取り除くことはできないでしょうから、調査できた統計データを用いて社会に存在するかもしれない「傾向」を論理的に予測しつつ、その論理的思考が見落としている所を脱主観的に埋める「工夫」を加えて調査結果を示すことの方が大切であると私は考えます。確かにこの統計データは「月例経済報告」や「国内総生産(GDP)推計」、「景気動向指数」などの算出にも用いられていますので、この不正調査によってその調査結果が本来の賃金実態と比べて低く算出されていたことは、雇用保険、労災保険、船員保険および事業主向けの雇用調整助成金の給付に影響するため大変な問題です。が、この「毎月勤労統計」の不正調査問題に関する言動を見聞していると、それを糾弾する側の言動に全面的に与せない自分がいます。それらの言動が、どこか日本の現代中国化を促しているように感じるからです。

 歴史は繰り返されると言います。日本が現代中国から学ぶ時代に再び入ったのでしょうか。

以上

御手洗大輔氏 記事バックナンバー


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