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【19-019】「証券法」改正草案に進展 IPO登録制が実現へ

2019年8月2日 楊群(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)

「証券法」第三次審議稿では登録制と科創板に関する内容が追加され、法的手続からも科創板の成功を保障するものとなっている。

 紆余曲折を経てきた「証券法」改正草案は、丸2年の歳月を費やし、ついに第三次審議の段階に入った。

 4月20日、証券法改正草案が第13回全国人民代表大会〔以下、全人代〕常務委員会第10回会議で審議された。業界関係者は、株式発行登録制、違法処罰の厳格化などが議論の焦点になったとみている。

 三審稿を二審稿〔第二次審議稿〕と比較すると、株式発行制度の改革の進展、つまり登録制の導入が試験的にせよ進んだことをふまえて、科創板〔ハイテク新興企業中心の新株式市場〕への登録制導入に関する規定が追加された点がポイントになっている。このほか資本市場の改革や発展の状況に応じ、他の関連制度についても適切な修正や改善が加えられたと関係筋は明らかにしている。

 立法の手順として、法改正は一般的に3度の審議を経てなされる。証券法改正草案の一審稿は2015年に株式市場が大きく混乱したため保留になり、2017年の二審稿も賛否の溝が大きく、三審稿は現在〔今年4月時点〕、全人代で審議中だ。

「証券法改正草案の第三次審議最大の見どころは、登録制がどのように証券法に盛り込まれるかという点にほかならない」。社会科学院金融研究所・金融市場研究室の尹中立副主任はこう語っている。

草案審議回数は「6年で3回」

 まずは株式を発行する、監督管理制度を設けるのはそのあと、法律の可決は最後――証券市場はこのような「試行先行」理念のもと、手探りで前進してきた。

 これまでの「石を探りながら川を渡る」過程において、証券市場の発展を象徴する2つの出来事がある。1つは国務院に従属する監督管理機関「中国証券監督管理委員会〔以下、証監会〕」が1992年に設立されたこと、もう1つは監督管理法となる証券法が全国人民代表大会により公布・施行されたことだ。

 統計によると、証券法の公布・施行以降、2004年、2013年、2014年の「修正」および2005年の「修訂」と年間で計4回の改正が実施されてきた。「修正」と「修訂」は中国の法改正における2種類の方法だ。関連規定によると、「修正」は立法機関が法律の一部条項におこなう改正、「修訂」は立法機関が実施する全面的改正である。

 中国人民大学の呉暁求副学長は早い段階から証券法の改正に携わってきた。2014年12月末には、全人代常務委員会に招かれ、資本市場発展の方向性について報告をしたこともある。グローバル資本市場発展の経緯、資本市場そのものの重要性、さらには中国資本市場の現状や問題点について、常務委員会で状況を把握する必要があったからだ。

 当時、証券法改正作業が始まってからすでに2年が経過しており、ちょうど一審稿の審議段階にあった。2015年4月下旬、第12期全人代常務委員会第12回会議にて証券法改正草案第一次審議が実施された。慣例により、法律草案は全人代での審議後に意見募集段階に入る。順調にいけば第二次審議、第三次審議を経て、同法は年内には公布されるはずだった。

 しかし、2015年6月に発生した株式市場の大混乱により証券法改正に暗雲が立ち込め、一審草案は棚上げにされた。意見募集稿の公開時期さえも目処が立たない状況になった。これは予想外のことだった。

 証券法改正の動きが再び公衆の目に留まるようになるのは、ようやく2017年3月になってからだ。4月26日、第12期全人代常務委員会第27回会議にて証券法改正草案の第2次審議がおこなわれた。だが第2次審議段階でも意見の合意には至らなかった。

 呉副学長は証券法改正がたびたび延期されたのには複数の原因があるとみている。第一に概念上の混乱だ。広義に解釈すれば、証券法の適用範囲は証券化されたすべての金融商品に及ぶ。しかし、証券に対する現行証券法の定義は非常に狭く、株式の発行、取引および監督管理についてしか規定していない。第二に、中国証券市場の構造転換問題が法改正と常にリンクしていた点だ。ここ5~6年の中国証券市場はまさに構造転換期で、市場化の方向性やその程度、さらにはいかに発行制度を確立し登録制改革を実施していくかなど、すべてが議論の途上にあった。

 2013年のスタートから今年の第三次審議まで、「6年で3度」の草案審議を経てきた証券法改正。その歩みは波瀾万丈だったといえよう。

発行制度をめぐる論争

 証券法改正をめぐっては大きな論 争が巻き起こったが、その争点の1つとなっているのが株式発行の登録制だ。

 A株〔人民元建ての中国企業株〕の発行・上場には、当初、国務院複数部門の審査と認可が必要だったが、後にそれは証監会主体の審査認可制へと変更された。この審査認可制は、1999年の証券法施行で正式に確立する。

 審査認可制では、企業が上場を希望する場合、一定の企業規模に加えて上場前まで黒字決算が続いている必要がある。市況は毎分毎秒めまぐるしく変化することを考えれば、黒字決算が続いているからといって今後もそうなるとは限らず、高い成長ポテンシャルを持つ企業を排除することにもなる。さらに、上場のための粉飾決算や権力者のレントシーキングといった問題も出てくる。

 登録制が審査認可制と異なるのは、上場予定企業の業績や経営内容に明確な条件を出していない点だ。ごく基本的な条件を満たし、提供情報が真実でありさえすれば、登録・上場が可能になり、株価も市場本位で決定される。だからといって審査や監督管理を一切実施しないということではもちろんない。監督管理の重心は上場後に置かれている。管理監督制度としてはむしろ高度化しているといえる。

 欧米市場で登録制が成果をあげていることにふまえて登録制を高く評価する経済学者は多い。恒大集団経済研究院の首席経済学者である任澤平氏は「登録制をめぐる改革は必ず一連の制度変革や法改正にかかわってくる。単なる名称の変化ではなく、資本市場制度の深層に迫る改革だ」と評価した。

 登録制改革の意義に関し、呉氏も同様の意見を述べている。「登録制は中国資本市場初の抜本的改革であり、一種のDNA変異ともいえる。中国資本市場を変えるという点で、その意義は大きい」

 とはいえ、制度改革は本来そう易々と事が運ぶものではない。尹氏は以前、登録制改革を一気呵成に実現するため、審査認可を経て上場した企業を全て登録制に変更することを考えたが、実際は難題が山積みだった。2015年には株式市場大混乱の余波を受け、登録制改革は棚上げされた。その後も市場には登録制改革に対するありとあらゆる見解が現れ、意見の相違がさらに深まっていった。

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証券取引所内で市況をチェックする投資家。写真/IC

「意見が高度に一致しない限り改正は実現しない。法律文書公布の鉄則だ。意見の不一致や相違が甚だしいときに議論しても意味がない。当然(登録制改革は)棚上げということになってしまう」と尹氏は分析している。

 呉氏は、登録制改革には十分な法的準備が必要だと考える。第一に発行制度と発行基準をあらためて確認しなければならない。現行証券法第十条は発行制度について「証券の発行においては証監会による審査認可が必要」と明確に定めている。また、発行基準についても証券法や会社法に明確な規定があり、収益指標、財務指標、資産規模が基準に含まれている。これらをどうするのかという問題だ。第二に、企業のガバナンス構造を変革しなければならない。現行の会社法はコーポレートガバナンスを明確に規定しており、同一株同一権利、一株一議決権などの記述がみられるが、これらは一部のイノベーション企業やテクノロジー企業に適さない可能性がある。この種の企業においては起業メンバーやマネジメントメンバーの発言権が株主の発言権より大きいことが多々あるからだ。第三に情報開示、市場撤退システムおよび刑事処罰などに関する法律を複数整備する必要がある。

 登録制改革はおそらく二段階に分けて実施されると尹氏はみている。

「まずは科創板で登録制の実証実験をおこない、法律文書の形で確立させる。今後の発行制度は、登録制と非登録制の二刀流になる可能性が高い」

 武漢科技大学金融証券研究所所長の董登新教授は「中国の資本市場の基本構造は現時点ですでに完成している。しかし特に株式市場など一部の重要な制度には、今なお重大な欠陥や弱点がある。これこそ現在の中国資本市場が直面している主な矛盾点、そして重大な改革任務である」との見方を示している。

「中国資本市場の最大の制度的欠陥は、A株に寛容性と開放性が欠けていること。また中国資本市場最大の欠点ないしは弱点として、第1に機関投資家の規模が弱小である点、第2に長期資金の不足が深刻な点が挙げられる。これらの欠点ないし弱点こそ、A株市場に寛容性と開放性の欠如をもたらしている根本的な原因だ」と董氏は分析している。

登録制改革を迫る科創板

 科創板の設立と登録制の試行においては、いずれも「試行先行」の理念が適用されている。1990年に上海取 引所と深圳取引所が設立され、中国資本市場は30年以上の模索を経て世界第二の市場規模を獲得してきた。しかし、資本市場を管理監督する4つの法律(刑法、会社法、証券法、会計法)はいま多重管理という問題に直面している。特に問題なのは、証券法で証券発行や取引制度の改革が幾度となく試みられているにもかかわらず、他の法律のおかげで結局目立った効果が得られていないという点だ。

 だからこそ、科創板の設立は登録制改革にとってある意味「最後のチャンス」なのだ。

 昨年11月5日、習近平国家主席は上海で科創板の設立と登録制の試行を宣言した。

 昨年年末に実施された中央経済工作会議では科創板と登録制の中身が議論され、その内容は今年の政府工作報告で提起されている。

 さらに、今年4月19日に開かれた共産党中央政治局会議でも「重要制度の革新によって資本市場の健全な発展を促進しなければならない。そのためには、情報公開を核心とした証券発行登録制を科創板で確実に実施する必要がある」と、あらためて強調された。

 事実、多層的な資本市場体系の構築とその健全化、資本市場の基礎的制度の改革や整備、それにより直接融資とりわけエクイティファイナンスの割合を高め、機関投資家を大々的に育成すること――こうしたことの必要性を中央政府は2003年以降くりかえし、トーンを強めながら提起してきた。

 つまり、第18期三中全会〔2013年〕ではじめて提起された「登録制改革」「資本市場の双方向への開放」が、いま再び「重要制度の革新による資本市場の健全な発展の促進」「情報公開を核心とした証券発行登録制の、科創板における確実な実施」として提起されているのだ。

 証監会が発表した3つの部門規則と上海取引所が発表した6つの関連文書によると、科創板では収益能力や資産規模などの財務指標を上場の必須条件から除外しているという。それに代わり時価総額を中心とした5つの上場基準が設けられている。科創板はいくつかの点で重要なブレイクスルーを果たしているといえる。第一に黒字実績がない企業の上場を許可したこと、第二に異なる議決権、つまり種類株式制度を採用する企業の上場を許可したこと、第三にレッドチップ〔香港市場で上場しているが、中国企業が30%以上出資しており中国以外で登記された企業〕とVIEスキーム〔変動持分事業体〕を採用している企業の上場を許可したことである。

 これは科創板の株価決定理論とその変動要因がこれまでとは異なるためと呉氏はみている。「登録制の市場 化レベルは非常に高い。上場企業の発行価格の決定は投資家の手に委ねられており、発行機関または監督管理機関が設定するわけではない。従来の株価決定基準では、一部企業の株価は低めに抑えられてしまう。しかし、科創板の株価決定理論では赤字の企業でも高値が付く可能性がある。上場できるだけではないということだ」

 科創板は登録制とセットで実現させるべきと考える呉氏は、「登録制を実施しなければ、科創板をつくる本質 的な意義がなくなる」とまで言う。具体的には、科創板は登録制をベースにしなければならず、登録制は情報公開を核心にしなければならない、そしてこれが一番重要だが、企業はより真実かつ完全な情報を公開しなければならないということだ。

 加えて、科創板の順調な旗揚げを法律などの側面からサポートする必要性も同氏は指摘する。その点でも重要なのが、科創板や登録制に関する規定を盛り込んだ証券法三審稿〔全人代常務委員会で審議中〕だ。「登録制はこれから中国資本市場の重要な制度になり、中国の資本市場は今後も引き続き市場化に向かうというメッセージになる。これは1つの基本的な趨勢だ」

「科創板と登録制の新設は今年の資本市場にとって最も重要な出来事であり、証券法三審稿の関連追加内容は、科創板の順調な船出を法的手続の面から保障するものだ」。尹氏はより法的な視点からこう分析している。


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年8月号(Vol.90)より転載したものである。