【19-023】営業秘密保護の最新実務-営業秘密DD調査の実施
2019年9月30日
野村 高志:西村あさひ法律事務所 上海事務所
パートナー弁護士 上海事務所代表
略歴
1998年弁護士登録。2001年より西村総合法律事務所に勤務。2004年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上海)に勤務。2010年に現事務所復帰。2 012-2014年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。2014年より再び上海に駐在。
専門は中国内外のM&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブレベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
主要著作に「中国でのM&Aをいかに成功させるか」(M&A Review 2011年1月)、「模倣対策マニュアル(中国編)」(JETRO 2012年3月)、「 中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、「アジア進出・撤退の労務」(中央経済社 2017年6月)等多数。
1. はじめに
中国の現地法人では、しばしば重要な営業秘密・技術秘密が外部に流出・漏洩し、事業運営に多大な支障や損害がもたらされることがあります。中国における営業秘密の流出問題は、永年にわたり問題とされていながらも、即効性のある対策は中々ないため、今も多くの日系企業の悩みの種となっています。
中国で多く見られるのは、社員が競合他社に転職してしまい(引き抜きの場合もあります)、それに伴って営業秘密が移転してしまうというものです。ときには、社員が退職後に新会社を立ち上げ、以前の会社の技術秘密を利用して競合製品を製造・販売し、顧客が奪われてしまうという、大胆・悪質なケースも見られます。他方では、自社で開発中の新製品の情報を、社外の知人にひけらかすつもりで(いわば悪気無く、利得の目的もなしに)漏らしてしまうようなケースも見られます。更に、委託製造先などの取引先企業に提供していた設計図面等が、そこから第三者に漏洩するケースも発生しています。
日系企業の一般的な対応策としては、営業秘密保護に関する社内規程の制定や秘密保持の誓約書の差入れなどがあります。ただ、このような社内規程の制定から既に時間が経っていて、現在の業務の状況に合わなくなっていたり、規程の内容が抽象的なレベルに止まっていて、実効性に乏しかったり、又は既に死文化している等、実効性が上がっていないケースも多いのが実情です。また、社内的な対策に加えて、委託製造先などの取引先企業に対する営業秘密保護の具体的対策を講じている企業は、必ずしも多数でないように思われます。
このような状況においては、会社の営業秘密保護に関する社内の制度やその運用実態について、改めて弁護士等の外部専門家の目から見直しを行い、レベルアップを図ることが効果的といえます(かかる社内調査を、本稿では「営業秘密DD(デュー・デリジェンス)調査」と呼ぶことにします)。以下、その実務ポイントについて解説します。
2. 営業秘密保護DD-主な手順とフロー
まず、営業秘密保護DDの主な手順とフローを説明します。営業秘密DD調査は、概ね以下のような手順で進めていきます。ただ実際には、会社毎の事業内容や社内制度の相違を踏まえて、調査内容・方法をカスタマイズした上で、実施する必要があります。
3. 営業秘密保護DD-各プロセスのポイント
次に、上記の各プロセスにおける実務ポイントを説明します。
(1) DD調査の計画の立案・確定
会社サイドで営業秘密に関わる、法務部、知財部、営業部、管理部門等と弁護士サイドが相談して、全体的な計画の立案や、対応するチームメンバーを確定します。関係者が一同に会してキックオフミーティングを持つこともあります。
(2) 社内規程・契約書類等のレビュー
「社内規程・契約書類等のレビュー」についてのポイントを解説します。まず、提出資料のリストに基づいて、会社から弁護士チームに対し、営業秘密保護に関係する各種の資料を提出して頂きます。会社によって同じ書類でも名称が異なっている場合があるため、どのような書類を指しているのかを適宜説明し、提出漏れがないように注意する必要があります。
以下では、会社から提出して頂く主な書面の種類と、そのレビューの際のポイントについて説明します。
a) | 会社の事業概要に関する資料 |
例:事業概要の説明資料、社内の組織機構図、グループ会社の組織機構図 目的:会社事業の理解を深め、どのような知的財産権や営業秘密の出入り・やり取りがあるかを把握します。 |
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b) | 社内規程・労働契約等 |
例:就業規則、労働契約等 目的:従業員の秘密保持義務の内容・程度、違反した場合のペナルティの有無・程度を把握します。特に、営業秘密の漏洩があった場合に、対象者に対する解雇等の処分が実行可能な規定となっているかは、重要です。 |
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c) | 営業秘密保護に関する社内規程等 |
例:営業秘密保護に関する社内規程・誓約書等 目的:社内で営業秘密がどのように分類・指定され、管理されているか(営業秘密としての適切な管理がなされているか)や、従業員が秘密保持義務に違反した場合の確認方法、ペナルティの有無・程度を把握します。 |
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d) | 他の業者等との契約書類 |
例:販売契約、代理店契約、委託製造契約 目的:営業秘密のやり取りがある業者との間の契約文言において、営業秘密保護がどのように図られているか、営業秘密が漏洩した場合に違約責任の追及が可能となっているか等を確認します。 |
(3) 実務運用に関する担当者等へのヒアリング、現場調査(社内の管理状況の確認)
前述の「社内規程・契約書類等のレビュー」が、書面ベースで問題点を分析・検討するものであるのに対し、「実務運用に関する担当者等へのヒアリング、現場調査(社内の管理状況の確認)」は、弁護士チームが対象会社を訪問して関係者へのヒアリング行い、併せて社内の実際の管理状況を見たりして、実際の業務運営の状況を把握するものです。
即ち、①実際のビジネスの中で、営業秘密がどのようにやり取り・保管されているかを具体的に理解し、②社内の秘密管理の実態がどうかを精査し、③社内規程・契約書類等の文言内容と、営業秘密の管理の実態とを対比・照合することにより、具体的な問題点を抽出することを目的としています。なお、③の目的としては、(a)社内規程等自体が不十分な場合には、それが問題として健在化していないか検討し、(b)社内規程自体はしっかりしていても、運用実態との間に齟齬や乖離が無いかを検討するものです。
以下はヒアリングの対象者の例です。
- 会社の総経理
- 知的財産関連部門の責任者
- 営業・調達部門の責任者
- (必要に応じて)取引先の担当者、等
次に、各情報の種類毎にヒアリングや現場調査における調査のポイントを解説します。
a) | 会社の事業概要 会社の事業内容に照らして、社内又は社外の、誰と誰の間で、どのような営業秘密のやり取りがなされているかを把握するとともに、その重要性に鑑みて、どのような保護が必要かつ可能かを検討します。 |
b) | 社内規程・労働契約・営業秘密保護に関する社内規程等 従業員の秘密保持義務に関する規定が、どのように解釈・運用されているかを把握します。特に、従業員がかかる規定に違反した場合に、どのようなペナルティが課されているか(例えば、過去に解雇処分を下した場合に、従業員側が労働仲裁を提起して争ったケースがあるか等)は重要です。 |
c) | 他の業者等との取引の実態等 委託製造先等の取引先業者との間で、どのような営業秘密のやり取りがあるか、やり取りの窓口や連絡方法、営業秘密が漏洩した場合に、それを捕捉することが可能か等、営業秘密の保護がどの程度図られているかを調査します。 |
d) | 社内の営業秘密の管理の実態 社内における営業秘密の人的管理体制(管理の責任者が誰か、他の者によるチェックの有無等)及び物理的な管理状況(ITシステムによる管理状況、監視カメラの設置の有無)、通信デバイスの利用状況(会社の貸与PC・携帯の有無等)、業務上の情報提供におけるWechatの利用状況、過去に生じた営業秘密の漏洩・流出事例と対応策等を調査します。 |
(4) DDレポートの提出、報告会の開催
弁護士チームが調査結果を纏めたDDレポートを会社に提出します。DDレポートの中では、問題点の調査分析や、改善策の提案なども記載します。併せて、報告会議を開催したり、必要に応じて、追加質問への対応や、補充調査の実施等も行います。
(5) 社内規定及び社内管理体制等の見直し
DDレポートでの指摘事項を踏まえて、社内規程や社内管理制度の改訂を行います。必要に応じて、新たな社内規程を作成することもあります。また、取引先企業との契約条項の改訂や再締結の交渉を進めることもあります。
この場合に、できる限り具体的に実態を見て、具体的な対策を考えていくということが重要です。そのためには、DD調査段階で、具体的に問題点を抽出できるような調査を進めることが必要になります。その意味で、書面レビューをベースとした調査だけでなく、担当者等へのヒアリングと現場調査(社内の管理状況の確認)を一体的に進めることが肝要と思われます。社内規程がしっかりしていても、実態が追いついていないケースはよく見られますが、そのことが明確に意識されていないことも多いため、このような問題点を浮かび上がらせるよう努めることになります。
例えば、社内の執務スペースを見たときに、重要な資料が無造作に共用デスクの上に置かれたままになっていたり、開発中の試作品が通路に放置されているような状況だと、誰かがそれをコピーしたり持ち出すのが容易であろうと判断できます。まずは、社内の資料等の管理方法を整備して徹底させる必要があります。
また、社員が夜間や休日に、社内の情報を持ち出すおそれがあって、その防止策を考える必要がある場合は、会社の業務時間外における社員の出退勤の管理がどうなっているかを具体的に把握する必要があります。例えばカードキーを使用すると都度電磁気録が残るかどうかや、全ての出入り口に防犯カメラが設置されているか等の点をチェックし、必要な改善策を実施することになります。
更に、個人のPCや携帯を業務に利用することを、どこまで認めているかや、それに関連して、外部との情報のやり取りが、どのようなツールを利用してなされているかの実情の把握も重要になります。会社の業務連絡にも社員個人の携帯を使わせており、外部との業務連絡も専ら個人携帯のWechatを通じて行っている場合、社内調査の一環としてデータ調査をするために、個人の携帯の提供を求めると拒絶されてしまうケースが多く、よりハードルが高いといえます。対応策としては、会社貸与携帯への切り替えなどを検討することが考えられます。
以上のように、社内規程や契約書類等の文言上の改訂だけに止まらず、上記のヒアリングを含めた現地調査を通じて、実際の社内の情報管理状況を踏まえた改善策を立て、それを適切に社内規程や労働契約、取引契約等にも落とし込んでいくことが重要といえます。
(6) その後のフォローアップ
その後の継続的なフォローアップも大事です。例えば、社内向けに営業秘密保護に関する説明会や研修会を実施したり、その際に理解度を確認するためのアンケートを実施したりして、注意喚起や理解の定着に務めることが考えられます。
4. 人事労務管理・処分について
営業秘密の保護は、最終的に対象社員の人事労務の問題に帰着することを意識するということも重要です。
社員を通じて営業秘密の流出・漏洩が生じた場合、社内調査を通じて実行者・関与者を特定し、適切な人事処分を含めた責任追及を行う必要に迫られます。ただ実際には、実行者の特定が困難だったり、およそ見当はつくものの決め手となる証拠が見当たらないことも、しばしばです。そのような状況下で、会社側が敢えて解雇等の人事処分を下そうとすると、それに不服を持った対象者の方から会社に対する労働仲裁が提起され、十分な立証ができない企業側が「違法解雇」だと認定されて敗訴するケースも見られます(更に、会社に生じた損害を賠償請求しようとする場合や、事案の重大性に鑑みて刑事告訴する場合も、その事実を一定程度立証できる証拠が確保できるかどうかが、大きなポイントになります)。
このように、中国法人で社員の人事処分をする場合、厳しい処分であればあるほど、それを裏付ける証拠の確保が必要とされます。例えば、①営業秘密へアクセスしたり、それを移転させた記録が明確に残るよう、会社貸与のPC・携帯を業務で使用することを義務付け、かつ会社側のアクセス権限を確保しておくことや、②外部との営業秘密が関わるやり取りに複数の社員を関与させて行わせることで、相互牽制を図ること等が考えられます。
社内の管理体制を整備する過程で、営業秘密の流出・漏洩元を発見・特定することができること、当該流出に関与したことの証明ができるような管理がなされるようにすることが、適切な人事労務処分を実施するための前提として重要だと思われます。
5. おわりに
中国現地法人にとって、営業秘密の保護は古くて新しい問題といえますが、近年益々その重要性が高まっていると思われます。会社の設立から長期間が経っている現地法人などでは、改めて弁護士等の外部専門家による営業秘密DDを実施することで、社内の営業秘密保護の実態を把握して根本的に見直してみることも有益ではないかと思われます。