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【19-026】求められる中国の個人破産制度

2019年11月15日 楊群(『中国新聞週刊』記者)/神部明果(翻訳)

中国の一般家庭の貯蓄額は減少しており、その一方で負債比率は著しく上昇している。家庭や個人の負債が増加し、信用貸付の違約率も急増するなか、個人破産制度を求める声が高まっている。

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「企業破産法」の施行から13年が経過した今、個人破産制度の制定を求める声が再び高まっている。

 国家発展改革委員会は7月中旬、13部門が共同で印刷・配布した「市場主体の撤退制度の改善を加速する改革方案」(以下「方案」)をウェブサイト上で公開した。そこには「個人破産制度を検討・策定し、自然人における条件を満たした消費負債を法に基づき合理的に免責にできるよう段階的に進め、最終的に包括的な個人破産制度を策定する」との内容が記されている。

 この文言に基づき、個人破産制度の構築が現実味を帯びてきたとの理解が広がっている。中国人民大学破産法研究センターの主任で北京市破産法学会会長の王欣新氏によれば、今は個人破産制度制定の絶好機であるという。ただし同制度が法律化されるのは、おそらくかなり先の話であるとのことだ。

機は熟せり

 上掲の方案は6月22日付となっており、この前日には発展改革委員会の財政金融・信用構築司による研究課題4件の募集・申請業務が終了したばかりだった。研究課題のうち「自然人の破産制度の策定をめぐる問題に関する研究」が王氏とその研究チームに託された。

 王氏によれば、同課題は立法をにらんだ理論的検討および実務的な研究調査であり、実務において実際に直面する可能性のあるさまざまな問題を総括し、それらを解決することを目的としたものだという。

 しかし、これは個人破産制度の立法業務がただちに開始されることを意味するものではない。立法手続の観点からいえば、昨年公布された第13回全国人民代表大会常務委員会の立法計画の中に、個人破産法は含まれていなかった。もし調査研究を経て立法項目として立案されれば、5年に1度の立法計画に組み込まれることになるが、実際の公布となれば相当先の話になる。

 王氏は、個人破産制度の法律化は「企業破産法」の改正によって実現する可能性があるとの考えを示している。個人破産制度の内容を企業破産法の改正項目の1つに含めることができれば、所要期間は相対的に短縮される。立法計画によれば、「企業破産法」の改正は第二類の「早急に作業を進める必要があり、条件が整った際に審議に提出する法律草案」に含まれている。

 王氏は2006年の「企業破産法」の起草業務に参加しており、当時は同法の適用範囲をめぐり4つの意見が存在していたという。第1の意見はこれまでの破産法の体系を維持し、全ての法人企業を破産の範囲内に含めるが、非法人企業(個人独資企業、パートナーシップ企業、企業の出先機関など)または商自然人および消費者自然人はその中に含まないというものだ。

 第2に個人独資企業やパートナーシップ企業を含む全ての非法人企業を含めるというものだ。個人独資企業とパートナーシップ企業の破産は、必ず関連出資者の連鎖破産と関わってくるため、個人の出資者も破産法の範囲内に含めるという意見だ。

 第3の意見は個人事業主やネットショップのオーナーなど、商業活動に従事する全ての主体を含めるというもの。つまり、営利を目的とした活動をおこなうすべての商自然人を破産法の範囲に含めるという考え方だ。

 最後の意見は最も広範なもので、すべての法人と自然人〔消費者を含む〕を破産法の範囲に含めるものになっている。

「起草チームが審議に提出した草案は上記の各意見を折衷したもので、非法人企業とその出資者個人のみを破産法の範囲に含めるというものだった」。しかし全人代常務委員会による審議の段階で、個人の破産を制度化するにはまだ条件が整っていないとの意見が一部の代表から提出された。このため企業破産法は最終的に最も保守的な形を採ることになった。つまり、すべての企業を破産法の範囲に含め、かつ法律末尾の付則第135条で「その他の法律が企業法人以外の組織の清算を規定し、これが破産清算に該当する場合、本法の規定する手続きを参照し適用する」と追記するのみにとどまった。

「結果として、非法人企業さらには非企業や自然人を破産法の調整範囲に組み込むチャンスが生まれた」と王氏は述べている。

 2006年に公布されたこの「企業破産法」は、企業のみに関係するものであるため、法律関係者の間では「未完の破産法」と揶揄されてきた。司法実務においては、自然人債務者の全財産が債務の弁済に不足する事態が生じた場合、いずれも民事訴訟手続により当該紛争を解決するものとされている。しかし、弁済しようがない債務がどうしても残ってしまうため、裁判所の執行効率に深刻な影響を及ぼしている状況だ。

 今年4月下旬に開かれた第13回全人代常務委員会第10回会議での報告内容によれば、2万社の企業に関係する63万件の執行案件が破産案件に変更されたという。これについて常務委員会の張蘇軍委員は「この63万件は執行案件全体のほんの一部にすぎない。ほとんどの執行案件は企業ではなく個人に関係するもの」と述べている。

 王氏によれば「暫定的な統計では、この2年間で最高人民法院による執行が困難となった案件のうち、4割から5割は債務者に弁済能力がないもので、そのうちの7割は自然人に関係したものだった。現在の法律の規定では、終結できない案件については『執行を中止』し、債務者がその後財産を取得した際に執行を再開する以外に方法がない」ということだ。

 このほか、企業の破産には破産清算と更生または和議による再建という2種類の方法がある。だが実際の過程においては,更生手続を終えた企業が弁済できない債務については免除可能だが、企業債務の担保人となっている企業経営者の債務は免除不可となっている。つまり王氏の言葉を借りれば「企業の更生においては、企業を救えても社長は救えない」。このため多くの企業経営者が企業を見捨てて行方をくらまし、場合によっては極端な手段に出るため、社会の安定にきわめて大きな影響を与えている。

 多くの債務紛争において、企業の経営主体ではないにもかかわらず、企業が融資を受ける際の担保人となったために、連帯保証責任を負わざるを得ないといったケースがたびたび生じている。

 不幸にもこのような状況に陥ってしまった誠実な個人債務者については、適正化された破産制度を早急に制定することで、基本的な生存権と将来性を保証する必要がある。事業に関するいっときの失敗または個人の金銭的トラブルが原因で、再起不能に陥る事態は阻止すべきであり、彼らに基本的な生存権を与え、場合によっては自身の努力で生活を立て直すよう促すことが必要だ。一方で一部の財産を移転し故意に債務から逃れる人々については、法的手段を通じてその個人財産を清算することも可能となる。弁済方法を立案することが、債権者にとっては一種の保護ともなるのだ。

「総じて言えば、破産法自体は市場経済に関する法律であり、市場が存在する限り、弁済不能な債務については必ず破産法を通じて解決するべきだ」。王氏はこう述べており、債務者が弁済能力を喪失した際、いかにして公平な解決を図り、債権者と債務者の利益を斟酌し保障するかは、市場経済が必ず解決すべき問題だとしている。

「企業破産法が施行された13年前と比べ、現在の中国は市場経済の発展にともなって財産登記制度、信用制度、社会保障制度なども段階的に整備されてきた。個人破産制度構築の条件は十分に整った」〔王氏〕。

論争の焦点

 破産法の策定の際、自然人が適用範囲に含まれなかったもう1つの重要な理由は、同法に対する考え方の対立だ。ここ数年、個人の破産制度をめぐる論争は絶えることがない。

 大きな争点となっているのが、個人破産制度が債務を故意に踏み倒す行為をかえって擁護する結果になるのではという懸念だ。だが王氏によればこれは大きな誤解であるという。個人破産制度を理解するにあたり、まず2つの概念の違いについてはっきり理解する必要がある。第1に債務者が経営または生活上の財務活動において失敗した際、すべての債務を弁済できないことが、必ずしも踏み倒しに相当するわけではない。「個人破産制度は、債務者における弁済不能という現象を公的な状態に変えた上で、制度という合理的な法的手段によって問題解決の手段を講じるもの」といえる。

 第2に、個人破産制度によってすべての債務が免除されるわけではない。各国の破産制度においては、債務者が破産手続を経た後も依然として弁済できない債務は、条件を満たしていれば免除される。ただし通常このような債務免除制度が対象としているのは、いわゆる「善意ある不幸な」債務者、すなわち詐欺・違法行為といった悪意ある行為が存在しない債務者である。

 債権者の立場からすれば、もし債権を行使したい場合、破産手続に入るまでは債務者の財産状況について外部から調査するほかなく、大変な困難が伴う。しかし破産手続に進んだ後は、債務者の全財産および財務関連資料は全て管財人によって接収管理され、人民法院の指導のもと審査と資産評価が実施される。もし資産の隠蔽といった状況が発覚した場合、破産法の規定に従って財産を取り戻すことができ、一定の懲罰が与えられることもあるため、債権者の利益を保障する上でさらに有利となる。「個人破産制度は破産を悪用した詐欺行為を最も効果的に阻止し、債権者の利益を保障することのできる公正な制度」であるといえる。

 議論が絶えない状況のなか、一部の地方では個人破産制度の試行業務が進められている。2014年9月には、深圳市弁護士協会が深圳市人民代表大会常務委員会に対し、深圳市における個人破産制度の立法化を提言した。

 この立法建議でリーダーになった国浩法律(深圳)事務所のパートナー弁護士である廬林氏は当時、深圳市弁護士協会で企業解散・破産清算専門委員会の主任を務めていた人物だ。廬氏は実務に関する大量の調査研究の結果、深圳市は特区の立法権を使って個人破産制度を試験的に構築できるとの結論に至った。

 廬氏は清算業務に25年間携わってきたが、連帯保証人になったために債務を負った事例をこれまで数え切れないほど目にしてきた。多くの企業は銀行から融資を受ける際、銀行のリスクマネジメントに関する要求に従い、法人や企業の幹部、さらには彼らの家族にも担保を設定する必要がある。企業が破産した場合、企業破産法の規程に基づき、連帯保証人の債務は免除されない。たとえ企業が登記を抹消したとしても、債務者は企業の債務を負い続けることになるのだ。

 深圳経済特区は改革開放の窓口であり、市場経済が発達していることに加え、社会保障制度も比較的整っている。また資金面でも充実しており、最低賃金や補助金の水準も相対的に高いほか、個人財産登記制度も他地域に比べ整備されているというのが廬氏の考えだ。

 またより重要な点として、深圳では全国でも比較的早期に個人信用調査システムが構築されており、2014年には全国信用調査システムとの接続を実現している。廬氏は過去にフィージビリティ・スタディを目的としてこの個人信用調査システムを利用した経験があるが、個人名義の住宅ローンをはじめとするあらゆる金融情報が網羅されていたという。

 深圳にはこのような優位性があるからこそ、個人破産制度を率先して構築し、先行して試行業務をおこなえば、全国における同制度の構築に向け確固たる基礎を築くことができると廬氏は考えている。

 深圳市では近い将来、人民代表大会常務委員会が個人破産制度を立法計画に組み込むと言われているものの、現在も依然として制定には至っていない。一番の問題は個人破産制度に対する人々の考え方だと廬氏はみている。破産目当てで深圳に移住してくる人が増えるといった問題を心配して、深圳で先行して個人破産制度を施行することに疑問をもつ人が多い。しかし、法律の規定が統一的でないために市場の分断を招く可能性はたしかに排除できないが、全体としては制御可能な問題であるというのが廬氏の考えだ。条例の中で企業の存続年数または自然人の社会保険の納付年限に規定を設けることで、破産を目的とした移住を阻止できるという。

 さらに、深圳での個人破産制度の試行業務は、一部の実務処理に抵触する可能性があり、この点を懸念する声も多く聞かれる。例えば地域を跨いだ財産の返済請求や、深圳の外部で執行される際の法的認可といった問題だ。「これらの問題はいずれも起こりうる。しかし、まずは試行業務を先行して進める以外に、解決のための具体的な方法は存在しない」〔廬氏〕

「方案」公布後、個人破産制度が一部の都市で試行されるという報道もあったが、王氏は、現時点で地方政府がこのような情報を公式に発表したことはないと否定している。破産は市場全体にかかわる問題であり、個人の破産に関する総合的な試行業務を単純に一地域のみで実施することは非常に困難というのが同氏の考えだ。

 しかし、同氏は次の点も考慮に入れている。各地域の経済発展水準の差によっておのずと個人破産における債務免除制度が多様化し、破産者の基本的生存能力を保証する基準も地域ごとに異なってくるかもしれない。破産者自身の住居を留保するかどうかなど理解が分かれる点も出てくる可能性がある。したがって、全国的な統一基準を設けたとしても、たとえば債務免除額の増減など、実情に基づく地域ごとの細かい調整は認めるべきだろう。

関連制度の構築も必須

 一般大衆が破産問題を意識するのは、多くの場合、有名人の破産を通してだろう。香港の某映画スターの破産はよく知られている。かなり早くから個人破産制度が制定されている香港のモデルは、中国本土の参考になるだろうか。

 廬氏によれば、香港の破産法が順調に施行できたのは、香港には破産管理署という専門機関があり、破産者の監督管理や個人破産の清算業務を実施しているためだという。これらの業務は公益性を伴い、営利を目的とした仲介企業が実施するのはあまり現実的ではないからだ。

 しかし、この香港の方法は中国本土に適さない。現時点では、司法部門あるいは清算機関のいずれにおいても、関連専門人材が大幅に不足しているからだ。「清算業務は、一般的に考えられているようないわゆる『お役所仕事』ではない。煩雑なうえにきわめて高い専門性が求められるほか、他の法律に対する理解も欠かせない」〔廬氏〕。中国で専門の政府機関を設置することはあまり現実的ではなく、しかも小規模な政府が大都市を支える深圳のような都市では、人員増加によってこのような業務を実施するのは不適切ということだ。アウトソーシングを利用して援助基金を設立し、民間の専門機関に清算業務を委託するべき――廬氏はそう提案する。

「中国の個人破産制度を考えるうえで世界各国の経験から学ぶことは必要だが、中国の実情も考慮するべき。国外では実施可能な制度でも、基盤となる関連制度が存在しない中国でそれを盲目的に導入すれば、問題になるおそれがある」。王氏はこのように述べており、中国で破産制度を構築する場合、大陸法系の国々〔欧州でいえばドイツ、アジアでいえば日本や韓国など〕の制度のほうがむしろ参考にできるとの考えを示している。

「破産制度は一種の社会システムプロジェクトであり、『破産法だけに依拠すればすべてOK、いい結果も出る』というのではなく、関連制度の構築を必ず追求しなければならない」〔王氏〕。要するに、個人破産制度を法律化する際、同時にそれに関連する規則や計画の制定も併せて進めなければ、将来的に制度ができても実効性を保証できないということだ。

 世界各国に目を向けても、破産法が単独で成り立っているケースは存在しない。とりわけ中国は計画経済から市場経済に転換したため、体制面での不備が少なくない。このため破産法の制定の過程においては、税収や工商管理に加え、破産費用の補助金や信用回復に関する制度など、関連する法律制度の制定が必須となる。

 このほか、各種データ情報との連携も欠かせない。個人の信用体系との整合性を図りながら、どのように工商、税務、金融、社会保障などのシステムとの互換性を持たせるかといった課題もある。

 個人破産制度の構築は容易ではないが、それは不可能という意味ではないというのが王氏の考えだ。むしろ制度の構築が他の関連制度の策定や適正化を促すとみている。「問題点ばかりに注目し、条件に目を向けない人々がなかにはいる。『水至りて渠成る』という語があるが、もし上流から水が絶対に流れてこないならば、だれも水路などつくらないだろうし、水路をつくるうえでの問題を解決しようとも思わないだろう。水が流れてきてはじめて、対処法を考えざるを得ないところに追い込まれるのだ」


※本稿は『月刊中国ニュース』2019年12月号(Vol.94)より転載したものである。