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【20-001】2019年の重要立法を振り返る (上)

2020年1月10日

野村高志

野村 高志:西村あさひ法律事務所 上海事務所
パートナー弁護士 上海事務所代表

略歴

1998年弁護士登録。2001年より西村総合法律事務所に勤務。2004年より北京の対外経済貿易大学に留学。2005年よりフレッシュフィールズ法律事務所(上海)に勤務。2010年に現事務所復帰。2 012-2014年 東京理科大学大学院客員教授(中国知財戦略担当)。2014年より再び上海に駐在。
専門は中国内外のM&A、契約交渉、知的財産権、訴訟・紛争、独占禁止法等。ネイティブレベルの中国語で、多国籍クロスボーダー型案件を多数手掛ける。
主要著作に「中国でのM&Aをいかに成功させるか」(M&A Review 2011年1月)、「模倣対策マニュアル(中国編)」(JETRO 2012年3月)、「 中国現地法人の再編・撤退に関する最新実務」(「ジュリスト」(有斐閣)2016年6月号(No.1494))、「アジア進出・撤退の労務」(中央経済社 2017年6月)等多数。

志賀正帥

志賀 正帥:西村あさひ法律事務所 弁護士 北京事務所代表

略歴

1982年上海市生まれ。2006年中央大学法学部卒業、2008年中央大学法科大学院修了、2009年弁護士登録。2012-2016年弁護士法人瓜生・糸賀法律事務所に勤務、2013-2016年北京代表処 一般代表に就任(うち、2015-2016年上海駐在)。三井住友銀行総務部での勤務を経て、2017年西村あさひ法律事務所に参画。
日本国内の会社法務全般、中国内外のM&A、中国現地法人の会社法務等を主に取り扱う。

木下清太

木下 清太:西村あさひ法律事務所 弁護士 上海事務所代表

略歴

2010年慶應義塾大学法学部卒業。2012年慶應義塾大学法科大学院修了。2013年弁護士登録、西村あさひ法律事務所に勤務。
日本国内の会社法務・紛争全般、中国内外のM&A、独占禁止法等を主に取り扱う。

福王広貴

福王 広貴:西村あさひ法律事務所 アソシエイト 弁護士

略歴

2012年慶應義塾大学法学部卒業。2014年早稲田大学法科大学院修了。2015年第二東京弁護士会登録。西村あさひ法律事務所に勤務。
プロジェクトファイナンス、日本法における金融規制、中国法におけるジェネラルコーポレート等を主に取り扱う。

篠田春樹

篠田 春樹:西村あさひ法律事務所 アソシエイト 弁護士

略歴

2014年慶應義塾大学法学部卒業。2017年東京大学法科大学院修了。2017年ハーグ国際私法会議常設事務局インターン。2018年弁護士登録、西村あさひ法律事務所に勤務。
日本における不動産ファイナンス、クロスボーダーのアセットファイナンス、中国・アジア関連法務等を主に取り扱う。

 2019年における重要な立法や法改正を2回に分けて解説します。今回は、会社法、不正競争防止法、ネットワーク上の個人情報保護にする重要立法を取り上げます。

 次号では、外商投資法、競争法等に関連する重要立法等を取り上げる予定です。

1. 会社法関連

「『中華人民共和国会社法』の適用に係る若干の問題に関する最高人民法院の規定(五)」(法釈[2019]7号、2019年4月28日公布、同年4月29日施行)

 2019年4月28日、最高人民法院は、少数派株主の権利保護及び適切な司法による救済手段の提供を実現することを目的として、6箇条から構成される「『中華人民共和国会社法』の適用に係る若干の問題に関する最高人民法院の規定(五)」(以下「司法解釈(五)」といいます。)を公布しました。司法解釈(五)により、中華人民共和国会社法(以下「会社法」といいます。)における株主代表訴訟における少数株主の権利が明確化されただけではなく、会社側によって董事に対する理由なき解任が行われた際の、会社からの補償についての解釈も示されております。人民法院ニュースマスメディア総社が2019年4月28日付で公表した、司法解釈(五)に関する最高人民法院の立法担当者による報道機関に対する解説1に基づき解説します。

第1条 関連取引が会社の利益に損害を与え、原告である会社が会社法第21条の規定に基づき支配株主、実際支配人、董事、監事、高級管理者に対し、もたらされた損害の賠償を請求した場合において、被告が当該取引が情報の開示、株主会又は株主総会による承諾の取得等の法律、行政法規又は会社定款が定める手続を既に履行したことのみを抗弁とするときには、人民法院は、これを支持しない。

2 会社が訴訟を提起していない場合には、会社法第151条第1項に定める条件に適合する株主は、会社法第151条第2項、第3項の規定に基づき人民法院に訴訟を提起することができる。

 司法解釈(五)第1条においては、会社法第21条により規制されている関連取引2に関して、会社に損害が発生したことを理由として董事らの会社関係者を相手に取り提訴した場合、これらの者が法令又は内部規程に定めた手続を履践したことを抗弁として主張することができないことが明記されました。これは、多数派株主により、関連取引に関して所定の手続が履践された場合であったとしても、公平の原則に反し、会社の利益を毀損した場合には、会社が当該関連取引に関する責任を問うことができるという考え方に基づくものです。

 また、関連取引に関して董事らを提訴するように、会社に対して請求したにも関わらず、会社側が訴訟を提起しない場合においては、会社法第151条第1項を満たす株主3であれば、直接の当事者として、当該董事らを提訴することができる旨定め、関連取引が会社に損害を及ぼした場合も株主代表訴訟の対象となることが明確となりました。

第2条 関連取引契約に無効又は取り消し得べき事由が存在する場合において、会社が契約の相手方に訴訟を提起しないときには、会社法第151条第1項に定める条件に適合する株主は、会社法第151条第2項、第3項の規定により人民法院に訴訟を提起することができる。

 司法解釈第2条では、関連取引契約において無効事由又は取消事由が存在する場合も、株主代表訴訟の対象となることが明記されました。

第3条 董事が任期満了前に株主会又は株主総会の有効決議により職務を解除され、解除が法的効力を生じない旨を主張する場合には、人民法院は、これを支持しない。

2 董事が職務を解除された後、補償により会社と紛争が生じ、訴訟を提起した場合には、人民法院は、法律、行政法規、会社定款の規定又は契約の約定に基づき、解除の原因、残存する任期、董事の報酬等の要素を総合考慮し、補償するか否か及び補償する合理的金額を確定しなければならない。

 司法解釈(五)第3条によれば、任期の途中においても、理由の有無にかかわらず、株主会/株主総会の決議により董事を解任することができるとされています。また、董事から解任に伴う補償の請求がなされた場合には、人民法院は、法令のみならず会社定款及び会社と董事との間の契約を基礎として、解任の原因、残存任期期間、董事の報酬等の事情を総合考慮して、補償額を決定しなければならないとされています。

第4条 利益配当の株主会又は株主総会の決議がなされた後、会社は、決議に明記された期限までに利益配当を完了しなければならない。期限が決議に明記されていない場合には、会社定款の規定に準ずる。決議及び定款のいずれにおいても期限が定められておらず、又は期限が1年を超えた場合には、会社は、決議がなされた日から1年間以内に利益配当を完了させなければならない。

2 決議において明記した利益配当の完了期限が会社定款に定める期限を超える場合には、株主は、会社法第22条第2項の規定に基づき、人民法院に対し、決議における当該期限に関する規定の取消しを請求することができる。

 少数派株主の権利保護の一環として、利益配当に関する株主会/株主総会の決議がされた日から遅くとも1年以内に、利益配当を完了させなければならないとされています(司法解釈(五)第4条第1項)。また、利益配当の期限について、株主会又は株主総会の決議が会社の定款に定める期間よりも長い期間となる場合には、株主は、人民法院に対して当該決議の取消しを請求することができるとされています(同条第2項)。

第5条 人民法院は、有限責任会社の株主間の重大な対立とかかわる案件を審理する場合には、和解を重視しなければならない。当事者が次の各号に掲げる方法により対立を解決することに合意し、かつ、法律、行政法規の強行性規定に違反しない場合には、人民法院はこれを支持しなければならない。

(1) 会社による一部の株主からの株式の買戻し

(2) 他の株主による一部の株主からの株式の譲受け

(3) 第三者による一部の株主からの株式の譲受け

(4) 会社の減資

(5) 会社分割

(6) 対立を解決し、会社の正常な経営を回復させ、会社の解散を回避することのできるその他の方法

 司法解釈(五)第5条は、有限責任会社の株主間における対立によりデッドロックとなった場合には、デッドロックにより、会社の意思決定が行われないことによる会社の解散を回避し、会社を存続させるための方法を各号において定めています。

第6条 本規定は、2019年4月29日から施行する。本規定の施行後、まだ結審となっていない事件については、本規定を適用する。本規定の施行前に結審となった事件、又は審判監督手続により再審となった事件については、本規定は適用しないものとする。

2 本院が以前に公布した司法解釈が本規定と一致しない場合には、本規定に準ずるものとする。

 第6条は、本規定の施行時期や、その適用に関する定めとなります。

2. 不正競争防止法関連

「中華人民共和国反不正当競争法」(主席令29号、2019年4月23日公布、2019年11月1日施行)

 2019年4月23日、中華人民共和国第十三回全国人民代表大会常務委員会第十次会議において、改正「反不正当競争法」(以下「2019年不競法」といいます。改正前の同法を「2017年不競法」といいます。)が可決かつ公布され、2019年11月1日より施行されました。同法は2017年にも改正がなされており、今回が2度目の改正となります。今回の改正内容の大部分は、商業秘密に係る規律に関するものであり、商業秘密に関して、侵害手段、侵害類型、懲罰的賠償及び裁判における証明責任等についての改正がなされています。以下では、今回の改正のポイントを紹介します。

(1) 商業秘密侵害行為類型の追加―「電子的手段による侵入」禁止の明確化

 現在、インターネットの普及により、多くの商業秘密は、コンピューターシステムにおいて電子データという形で保存されています。商業秘密を窃取する方法も、コンピューターのハッキングや、ウイルスの埋め込み等様々な手段が存在しています。2017年不競法が改正される前までは、上記のような電子的な手段によって商業秘密を取得する行為は、「その他の不正手段」に該当するものと解釈上の整理がなされていましたが、下表の通り、2019年不競法はかかる行為が商業秘密侵害行為である旨明記しました(第9条第1項第1号)。これにより、上記の行為が規制対象であることがより明確になりました。

2017年不競法第9条第1項 2019年不競法第9条第1項

第9条 経営者は、次の商業秘密を侵害する行為を実施してはならない。

(1) 窃盗、賄賂、詐欺、脅迫又はその他の不正手段により権利者の商業秘密を取得する行為

第9条 経営者は、次の商業秘密を侵害する行為を実施してはならない。

(1) 窃盗、賄賂、詐欺、脅迫、電子的手段による侵入又はその他の不正手段により権利者の商業秘密を取得する行為

(改正箇所は太字下線部分。以下同じ。)

(2) 商業秘密侵害行為の拡張

 2017年不競法第9条第1項第3号では、「約定」に反して、自己の所持する商業秘密を開示するなどした場合には、商業秘密の侵害行為に該当するとされていました。2019年不競法は、「約定」の違反を「秘密保持義務」の違反に変更し、これにより、契約上の秘密保持義務のみならず、法令上の秘密保持義務に違反した場合も商業秘密侵害行為を構成しうることになり、商業秘密侵害行為の範囲が拡張されたといえます。

2017年不競法第9条第1項 2019年不競法第9条第1項

第9条 経営者は、次の商業秘密を侵害する行為を実施してはならない。

(3) 約定に違反し、又は権利者の商業秘密の保持に関する要求に違反して、自己が掌握する商業秘密を開示し、使用し、又は他人が使用するのを許諾する行為

第9条 経営者は、次の商業秘密を侵害する行為を実施してはならない。

(3) 秘密保持義務に違反し、又は権利者の商業秘密の保持に関する要求に違反して、自己が掌握する商業秘密を開示し、使用し、又は他人が使用するのを許諾する行為

(3) 侵害行為類型の追加及び侵害主体の拡張

 2019不競法第9条第1項第4号は、商業秘密侵害行為の新たな類型として、他人による上記第9条第1項第3号に定める行為を教唆し、誘惑し、又は幇助する行為(いわゆる間接侵害類型)を追加しました。

 また、2017年不競法第9条第1項の各号に定める商業秘密侵害行為の侵害主体は「経営者」(=企業等)に限定されていたため、自然人、企業の行為として評価できない従業員等による商業秘密侵害行為も同条が適用されるかは明確ではありませんでした。この点、2019年不競法第9条は、第2項を新設し、「経営者」以外の自然人、法人又は非法人組織による第1項各号の行為も商業秘密侵害行為とみなされることを明確にしました。

(4) 懲罰的賠償規定の追加及び賠償額確定不能時の法定賠償額の引き上げ

 不正当競争行為により損害を受けた経営者に対する賠償額は、(ⅰ)実際に生じた損害によって計算され、(ⅱ)かかる損害の額を算出することができない場合には、権利侵害者の権利侵害行為により取得した利益を賠償額とするとされています(2017年不競法第17条第3項)。2019年不競法は、上記に加え、悪意をもって商業秘密侵害行為を実施し、かつ、情状が重大である場合には、上記(ⅰ)又は(ⅱ)の方法により算出された金額の1倍以上5倍以下の範囲で賠償額を確定することができる旨の規定を追記しました(いわゆる懲罰的賠償)。

 また、上記の(ⅰ)及び(ⅱ)の方法によっても賠償額を確定できない場合には、人民法院は権利侵害行為の情状に基づき賠償額を決定することができると規定されているところ、2017年不競法において定められていた法定賠償額の上限「300万元」は、2019年不競法において「500万元」に引き上げられました(第17条第4項)。なお、前述のように、2019年不競法と同時期に改正された「商標法」においても同様に、賠償額確定不能時の法定賠償額の上限が「300万元」から「500万元」に引き上げられました。

2017年不競法第17条 2019年不競法第17条

第17条 (第1項及び第2項省略)

3 不正競争行為により損害を受けた経営者の賠償額については、当該経営者が権利侵害により受けた実際損害に従い確定する。実際損害を計算しがたい場合には、権利侵害者が権利侵害により取得した利益に従い確定する。賠償額には、更に経営者が権利侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出を含めなければならない。

4 経営者が第6条又は第9条の規定に違反し、権利者が権利侵害により受けた実際損害又は権利侵害者が権利侵害により取得した利益を確定しがたい場合には、人民法院が権利侵害行為の情状に基づき、権利者に対し300万元以下の賠償を与える旨を判決する。

第17条 (第1項及び第2項省略)

3 不正競争行為により損害を受けた経営者の賠償額については、当該経営者が権利侵害により受けた実際損害に従い確定する。実際損害を計算しがたい場合には、権利侵害者が権利侵害により取得した利益に従い確定する。経営者が悪意をもって商業秘密侵害行為を実施し、情状が重大である場合には、上記の方法に従い確定した金額の1倍以上5倍以下において賠償額を確定することができる。賠償額には、更に経営者が権利侵害行為を差し止めるために支払った合理的な支出を含めなければならない。

4 経営者が第6条又は第9条の規定に違反し、権利者が権利侵害により受けた実際損害又は権利侵害者が権利侵害により取得した利益を確定しがたい場合には、人民法院が権利侵害行為の情状に基づき、権利者に対し500万元以下の賠償を与える旨を判決する。

(5) 商業秘密性の立証責任の転換

 「商業秘密」とは、①公衆に知られておらず、②商業的価値を有し、③権利者による相応の秘密保持措置の採用を経た技術情報及び経営情報をいうとされています(2019年不競法第9条第4項)。したがって、これまでは、民事裁判において商業秘密侵害行為の存在を主張する当事者は、Ⅰ.商業秘密該当性(即ち、上記①~③)及びⅡ.侵害行為の事実について立証責任を有すると考えられていました。

 2019年不競法は、下表の通り、一定の要件を満たす場合には、本来商業秘密の権利者が負う立証責任の一部を権利侵害の嫌疑にかかわる者に転換しました(第32条)。

商業秘密の権利者          権利侵害の嫌疑にかかわる者
Ⅰ.商業秘密該当性に関する立証責任の転換

・初歩的証拠により、主張する商業秘密について秘密保持措置を採用していること(=上記Ⅰの③)を証明

かつ

・商業秘密が侵害されたことを合理的に示す

商業秘密の権利者が主張する商業秘密が不競法所定の「商業秘密」(=上記Ⅰの①及び②)に該当しないことを証明しなければならない。

Ⅱ.侵害行為に関する立証責任の転換

・初歩的証拠により、商業秘密が侵害されたことを合理的に示す

かつ

・次に掲げるいずれか一つの証拠を提出

a.権利侵害の嫌疑にかかわる者に商業秘密を取得するルート又は機会があり、かつ、同人が使用する情報と当該商業秘密とが実質的に同一であることを示す証拠

b.商業秘密が既に権利侵害の嫌疑にかかわる者によって開示され、使用され、又はそのおそれがあることを示す証拠

c.商業秘密が権利侵害の嫌疑にかかわる者によって侵害されたことを示すその他の証拠

商業秘密侵害行為(=上記Ⅱ)の不存在を証明しなければならない。

3. ネットワーク上の個人情報保護関連

 本年度も、「ネットワーク安全法」(中華人民共和国主席令第53号、2016年11月7日公布、2017年6月1日施行)に関連した立法の動きがありました。本稿ではその中から、個人情報の国外移転に関する規定を紹介します。

「個人情報国外移転安全評価弁法(意見募集稿)」(国家ネットワーク情報弁公室、2019年6月13日公布)

 国家ネットワーク情報弁公室は、2012年4月11日に公布した「個人情報及び重要データ国外移転安全評価弁法(意見募集稿)」(以下「旧弁法」といいます。)をアップデートし、個人情報の国外移転の安全評価に関する内容を専門に規定するものとして、「個人情報国外移転安全評価弁法(意見募集稿)」(以下「本弁法」といいます。)を2019年6月13日に公布しました。ネットワーク安全法第37条は、個人情報の国外移転にあたり、安全評価が必要であると規定しています4。当該規定に関連して、本弁法は、未だ意見募集稿ではあるものの、企業(特にグローバル企業)において、実務上個人情報の国外移転が発生する場合に重要な参考になると思われます。以下では、本弁法のポイントについて紹介します。

(1) 本弁法の適用対象

 ネットワーク安全法の第37条では、重要情報インフラ5の運営者が収集した個人情報を中国国内に保存し、国外移転を行う場合、安全評価を行わなければならないと定め、個人情報の国外移転につき安全評価を実施する義務を負う者を「重要情報インフラ運営者」に限定していました。ところが、旧弁法及び本弁法においては、上記の安全評価の実施義務を負う者をより広い概念である「ネットワーク運営者」6と定めているため、本弁法(及び旧弁法)がその上位法規であるネットワーク安全法が定める安全評価の実施義務者の範囲を実質的に拡大したことになります。およそインターネットを利用して事業を行っている企業であれば(解釈によってはイントラネットを使っているだけの企業であっても)上記「ネットワーク運営者」に該当する解釈が成り立つ余地があるため、留意が必要です。

ネットワーク安全法 旧弁法 本弁法

適用対象

重要情報インフラ運営者

ネットワーク運営者

ネットワーク運営者

(2) 国外移転の安全評価の実施について

 旧弁法及び本弁法は共に、個人情報の国外移転に際する安全評価の実施に関する内容を規定していますが、本弁法では、以下の通り、安全評価の実施について旧弁法から更に厳格化されています。

監督官庁による安全評価が義務化

 旧弁法では、ネットワーク運営者は、個人情報の国外移転にあたり、原則として自身において安全評価を行い、一定の条件(移転対象となるデータが累計50万人以上の個人情報を含む場合やデータ量が1,000GBを超える場合等)を満たす場合のみ、監督官庁による安全評価を申請することとされていました。この点、本弁法では、ネットワーク運営者が、個人情報の国外移転が発生する全ての場合に、事前に監督官庁に報告し、監督官庁による安全評価・承認を得る必要があり(安全評価を経て個人情報国外移転が国家安全、公共利益を損害し又は個人情報の安全を保障できないと判断される場合、個人情報の国外移転ができないとされる)、かつ、2年毎に又は個人情報国外移転の目的、類型及び中国国外の保存期間に変更がある時には改めて安全評価を行うこととされています(第2条、第3条)。

安全評価の提出書類の明確化

 本弁法では、ネットワーク運営者が、監督官庁による安全評価を申請・報告する時に提出する必要書類を以下の通り明記しました(第4条)。

(ⅰ) 申請書

(ⅱ) ネットワーク運営者及び受領者が締結した契約7

(ⅲ) 個人情報国外移転安全リスク及び安全保障措置分析報告8

(ⅳ) 監督官庁が要求するその他の書類

安全評価の主な評価内容の改訂

 旧弁法では、個人情報国外移転の安全評価の主な評価内容を規定していましたが(第8条)、本弁法第6条では、その内容を改訂しました。具体的には、主に以下の内容とされています。

旧弁法第8条 本弁法第6条

(ⅰ) 個人情報の国外移転の必要性

(ⅱ) 関連する個人情報の内容(個人情報の数量、範囲、類型、センシティビティ、及び個人情報主体の同意の有無を含む)

(ⅲ) 関連する重要データの情況(重要データの数量、範囲、類型、センシティビティなどを含む)

(ⅳ) データ受領者の安全保護措置、能力及びレベル、及び所在国・地区のネットワーク安全環境

(ⅴ) データが国外移転後に漏洩、毀損、纂改、濫用などに遭うリスク

(ⅵ) 国外移転により国家安全、社会公共利益、個人の合法権益が被るリスク

(ⅶ) 評価する必要があるその他の内容

(ⅰ) 国の関連法令・規定に合致しているか否か

(ⅱ) 契約の条項が個人情報の主体の適法な権益を充分に保障できるか否か

(ⅲ) 契約が有効に実行されるか否か

(ⅳ) ネットワーク運営者又は受領者に、個人情報の主体の適法な権益を侵害した経歴があるか否か、重大なネットワーク安全事件が発生したことがあるか否か

(ⅴ) ネットワーク運営者が個人情報を取得することが適法かつ正当であるか否か

(ⅵ) 評価する必要があるその他の内容

(3) 個人情報の国外移転記録の保存及び報告

 本弁法によれば、ネットワーク運営者は、個人情報の国外移転記録を作成し、かつ、5年間保存する必要があります。その記録は、①個人情報の国外移転日、②受領者に関する情報(受領者の名称、住所、連絡方法等)、③国外移転の対象となる個人情報の類型、数量、センシティブレベル等の内容を含むものとされています(第8条)。

 また、ネットワーク運営者は、毎年の12月31日前に、①当該年度の個人情報国外移転に関する情況、契約の履行情況等を所轄の省レベルの監督官庁に報告し、かつ、②重大なデータ安全事件が発生した場合、適時に所轄の省レベルの監督官庁に報告するものとされています(第9条)。

(4) 個人情報の国外移転が不可となる情況

 本弁法第11条では、以下の情況のいずれかに該当する場合、監督官庁はネットワーク運営者に個人情報の国外移転の停止又は終止を要求することができると規定しています。

(ⅰ) ネットワーク運営者又は受領者に比較的厳重なデータ漏洩、データ濫用等の事件が発生した場合

(ⅱ) 個人情報の主体が個人の適法な権益を保護することができず、又はそれが困難である場合

(ⅲ) ネットワーク運営者又は受領者が個人情報の安全を保障することができない場合


1 http://www.court.gov.cn/zixun-xiangqing-155282.html

2 「関連取引」とは、日本法における利益相反取引に類似する概念であり、会社の支配株主、実際支配人、董事、監事及び高級管理者は、会社との関連関係を利用して会社の利益を損なうことが禁止されています(会社法第21条第1項)。ただし、会社法において、「関連取引」に関する明確な定義がなく、裁判例の中でも、「関連取引」に関する裁判所の見解には相違があることに、留意が必要です。

3 ①有限責任会社の株主、②株式会社で180日以上単独又は合計で100分の1以上の株式を保有する株主を指します。

4 ネットワーク安全法第37条 重要情報インフラの運営者が中国国内の運営において収集し、及び発生した個人情報及び重要データは、国内で保存されなければならない。業務上の必要により、確かに国外に提供する必要がある場合には、国家ネットワーク情報部門が国務院関連部門と共に制定した弁法に従い安全評価を行わなければならない。法律、行政法規に別段の定めがある場合には、その定めに従う。

5 現在施行が検討されている「重要情報インフラストラクチャー運営者に関する安全保護条例」の草案は、以下の業界の経済組織が運営するインフラにつき、重要情報インフラの対象とすべきと規定しています(ただし、重要情報インフラ運営者の具体的な認定基準については、現時点においてまだ公表されていません。)。
① 政府機関及びエネルギー、金融、交通、水利、衛生医療、教育、社会保障、環境保護、公用事業等業界
② 電信ネットワーク、ラジオテレビネットワーク、インターネット等ネットワーク、及びクラウドコンピューティング、ビッグデータその他大型公共ネットワークサービス
③ 国防科技工業、大型装備、化工、食品薬品等業界の科学研究生産
④ ラジオ放送、テレビ放送、通信社等新聞
⑤ その他の重要な経済組織

6 「ネットワーク」とは、コンピューターその他の情報端末及び関連設備により構成され、一定の規則及びプログラムに従い情報について収集、保存、伝送、交換及び処理をするシステムをいい(ネットワーク安全法第76条第1号)、「ネットワーク運営者」とは、ネットワークの所有者及び管理者並びにネットワークサービスの提供者をいいます(同法第76条第3号)。

7 本弁法の第13条~第16条では、契約において明確に定める必要がある内容(第13条)、ネットワーク運営者及び受領者の責任及び義務(第14条、第15条)、受領者が個人情報を第三者に転送してはならない旨の内容(例外の第三者に移転できる場合に関する内容を含む)(第16条)を規定しています。

8 本弁法の第17条は、個人情報国外移転安全リスク及び安全保障措置分析報告に必要となる内容を具体的に規定しています。